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五話

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「えっ!? ちょっと待って、こいつあれじゃね?」
「あー、確かに。何か怪我した人、もとに戻したヤツっしょ?」
「そうそうそう。拡散とかしない? バズるんじゃね?」
「やめとこ。うちらのたまり場に、知らない人いっぱい来んの嫌だし」
「えー!? いいじゃん! うちらも有名人になりたいし」
 騒がしく話す声で、僕は目が覚めた。体も冷めてるけど。深夜に気温が下がり過ぎたのか、指先とか耳の感覚が無い。息を吹きかけたり、こすったりして冷えた部分を温める。この人達は僕をすぐにどうこうしようという気はないみたいで少しだけ安心したけど、声が聞こえた時は心臓が飛び出すかと思った。
 話し声の主は僕が目覚めたのも気付かずに、まだ話続けている。十七か十八くらいの女性二人だ。制服を着ているから、学生で、登校前って事かな。今は……6時半か。こんな朝早くから、この二人は何でこんな所にいるんだ?
「……」
 こちらには一切目を向けていないので、気付かれる前に僕は無言でこの場を去ろうとした。
「ちょっ、待ち!」
 しかし、呼び止められ、腕をガッシリ掴まれた。
「何ですか?」
「あんた、有名人でしょ?」
「そうそう。何だっけ? 飛び降り自殺した人、助けたやつ」
「そうだけど……?」
「あれって、マジでやってんの? 光がぶわーってなるやつ」
「聞いてどうするの?」
 今『出ない。あれは嘘だ』って言えば、ここはスムーズに去れたかもしれない。けど、僕の力が必要かもしれないから、まずは出方を伺った。その前にスクーターの位置を目で確認して、荷物をさりげなくまとめたのは言うまでもないか。
「おー! やっぱそうじゃん」
 一人がスマホと僕を眉間にしわを寄せつつ交互に見比べて、納得したようで間もなくパッと笑顔になった。
「何もしない。気になっただけ。でもあんた、今めっちゃ悪人みたいに言われてるけど、大丈夫?」
「写真撮っちゃって、良き?」
「え? 写真は出来れば撮って欲しくないけど、SNSとかに投稿はしないで」
「おけ」
 一人がスマホを構えるが一瞬固まって、考える動作をした。
「三人で記念撮影しね?」
「それじゃ、うちらの顔見えんじゃん。場所もバレちゃうし」
「ダメ?」
「ダメ。てか、うちは有名人になりたくないし」
「そか。じゃ、しゃーない」
「写真は撮らないの?」
「いや、記念撮影はするっしょ!」
「待って待って。その前に、爪割れてるの治してくんない?」
 話を聞く限りでは今の所は、僕の場所は他に知られて無いようだ。今爪の一つや二つ治した所で今後に障りは無いだろう。
「じゃあ、指出して貰える?」
「はい!」
 見てみると、確かに爪が割れている。でも、それより手が全体的に汚れているのが目立っていた。
「あー、ごめんごめん。これね、掃除してたから汚れちゃったんだよね~。嫌だった?」
 僕が不思議そうに見ていたのを察したのか、彼女が理由を話した。
「うちら、毎朝町の掃除してんだよね。昔はもっと何人もやってたんだけど、皆理由つけてやめちゃったし。マジで薄情なんだけど。まー、うちらも大学は遠いとこ行くつもりだから、来年やめちゃうんだけど」
「昔って、何年もしてるのか?」
「ん? 小学生の時からだから、十年くらいじゃね? うちのひいおじいちゃんは五十年してたらしいし、まだまだだよ」
「何かの学校行事でさ、掃除してたんだけど、町の人に感謝されんの結構嬉しくってさ、続けてたらいつの間にかうちらも高校生ってわけ」
「へえ、凄いな。町のヒーローみたいだ」
「ヒロインだし!」
「ああ、そっか。ごめん」
「ゆるす!」
「ありがとう」
 僕は彼女の爪に光を当てる。二人は興味深そうに覗き込む。
「やば……。マジで治ったんだけど」
「奇跡じゃん。救世主かよ」
 爪を治しただけで随分と感動してくれて、僕は嬉しくなった。
「そんな大げさな事はしてないよ」
「ん? 自信持ちなよ。凄い怪我とか病気とか治せるんでしょ。ネット情報だからあんま詳しい事知らないけど、それってめちゃ凄いことじゃん」
「そーそー。皆けっこー酷い事言ってたりすっけど、うちらは応援してっから。あ、でも機会あったらうちが応援したってのは言ってくれてもいいよ」
「やば。そろそろ学校行かないと……!」
「ほんとだ。はやく記念撮影しよ」
 そして僕達は三人で記念撮影をした。僕の笑顔がぎこちなくて笑われたけど、一期一会ってことで撮り直しはさせてもらえなかった。でも、初めに会えたのが彼女たちで良かったかもしれない。
「うちら大事な時期だから行くわ。じゃ、またね~」
「じゃ、頑張って」
 一人が僕に向かって拳を突き出して、もう一人も横に並べるように拳を出した。
「ああ、うん。お互いに」
 僕はそれに応えるように二つの拳に突き合わせた。それに二人は満足したようで、笑顔で去っていった。

 僕は“悪人みたいに言われてる”って言葉が気になって、サンドウィッチを食べつつスマホをつけた。どうやらまだ親からの連絡は来ていないみたいだ。まだ寝ているのかもしれない。
 気を取り直して検索してみたら、既に住所も知られているみたいで、心無い人が僕の住んでいる家にゴミを投げたり、誹謗中傷を書いた張り紙を張ったりしているらしい。
 なぜここまで早く知れ渡る事になったのか疑問だったけど、理由の一つが判った。あの親子に大々的に、つまりテレビで大物芸能人が高額の募金をしたらしい。とは言っても、詳しい額は分からなかったけど。それで前回の僕が男の子を治したことによって起きた詐欺騒動で、その芸能人が激怒して痛烈に批判。昨日の動画で火に油を注ぐ事になった。
『お粗末な芝居で民衆をまたも騙そうとするなんて、絶対に許せない。動画に映るこの男は共犯者かもしくは首謀者に違いない。こいつらは人の善意を弄ぶ最悪の詐欺犯罪者だ。返した所で罪は消えないが、騙し取った金を皆に返せ。────────』
 ニュース番組でその芸能人がコメントをしているのが取り上げられていた。それによってフアンだとか意見に賛同する人たちがで晒上げているようだ。
 あの親子は大丈夫だろうか? これ以上過激になると、危害が及びかねない。その前に安全な所を見つけられればいいけど。

 僕は朝の空気を吸いながらストレッチをして体を温めた。今日は冬らしい気温で、じっとしているとすぐに体が冷えてしまうから入念にした。こんな事今まで殆どしたことがなかったけど、なかなか心地が良いものだ。
 ほどほどに体が温まったころ、この公園も平穏とは言えなくなってしまった。
「なんだ?」
 入り口付近に男性が一人立っていた。良く見ると警察官で、こちらを見ながら無線で何かやりとりしていた。
「どうする……?」
 僕にただ職務質問しようとしてるだけなら普通に対応しないと逆に怪しまれる。でも、万が一僕を追っているなら話は別だ。隙を見て逃げないと。いや、考え過ぎか? 流石に被害届とかでてないよな。
「あ、君! ここで何してるの?」
 警察が話しかけてきた。当たり前か。でも、僕の心臓は早鐘を打っている。
「あ、いえ。ちょっとストレッチをしていました」
 嘘はついていない。多分、この緊張した状態でついても、すぐにバレて無意味に怪しまれるのがオチだ。
「ふーん。荷物多いみたいだけど、本当はここで何してたの」
 何と答えるか……。『寝てました』なんて馬鹿正直に答えたら、理由を聞かれるに決まってる。
「一応免許証見せて貰っていいかな? あのスクーター君のでしょ」
「あ、はい」
 僕は生唾を飲みつつも警察に免許証を見せた。免許証と僕の顔を何度も見比べられると、悪い事はしていないのに、何故か自身が悪い事をしているような気分になる。一応普通に対応しているつもりだけど、変じゃないかな?
「はい」
 警察は僕の免許証を返してくれた。
「ありがとうございます」
「ここキャンプ禁止だし、今後寝泊まりはしないようにね。あと、最近物騒だから気を付けて」
「はい。何かあったんですか?」
「ん~。今の所実害はないんだけど、ここ一週間で怪しい人間を見たっていう通報が何件も来ててね。それでこの辺りを見回ってるんだよ」
「そうでしたか」
「酔っ払いとかホームレスが冬に外で寝てて凍死するの毎年あるから、若くて元気あるのは良い事だけど野宿はほどほどにね」
「はい」
 警察はそう言って去って行った。
「…………っふー!」
 僕は大きく息を吐いた。杞憂だったか。良かった。まあ、流石に昨日の今日で捕まえられる、なんてあるはずないか。この数分で寿命が一年くらい縮んだ気がする。
 警察がここに来たという事は、ここも巡回ルートに組み込まれているのか。じゃあ、ずっと留まっているわけにもいかないな。次は何処に行こうか? 
 とりあえず温かいコーヒーが飲みたい気分だ。自動販売機でも探して飲もう。とりあえず通勤登校ラッシュの時間は避けた方がいい。あと人通りが少ない所が良いか。
 僕は時間を見計らって、周りに気を付けながら公園を出た。
「良かった」
 時間が良かったのか、あたりは静かで人通りも殆ど無い。住宅街だから自動販売機がなかなか見当たらないのが残念だけど。すれ違う人も僕を別段気にする様子もなく、自分たちの事に集中しているみたいだった。遅刻しそうな人、買い物帰りの人、散歩する人、ゴミ出しする人等々。
 自動販売機が無かったので、通りすがりにあったガソリンスタンドで給油した後、僕は近くのスーパーに寄ることにした。ついでに食べ物も補充した。カバンに入らないから、あんまり買えなかったけど。
 硬いベンチで寝たからか疲れが出てしまっていたので、イートインスペースで少し休憩しようと思ったけど、それはやめることにした。何人かに僕の顔をジロジロと見られたからだ。もしかすると、ワイドショーでも見て僕が話に上ったのかもしれない。そうじゃないかもしれないけど、変に騒がれても困る。
 そう思って駐車場に出た時だった。
「ねえ、あなた! 詐欺師よね!」
 妙齢の女性が話しかけてきた。初めから犯罪者と決めつけている様子だ。
「詐欺なんてしていません」
 ここで逃げれば無駄に噂が加速するだけだ。狭いコミュニティでも、放っておけばその内大きなコミュニティに広まってしまう。だから、機会があれば少しでも誤解を解く必要がある。その先に何があるかは分からないけど。
「嘘ついても無駄よ。テレビで言ってたんだから。あんたもそれにあの女も、子どもを使って金稼ぎなんて卑怯よね。私は募金してないけど、しなくて良かった。初めから怪しいと思ってたんだから」
「いや、だから詐欺なんてしてないですって!」
「じゃあ何? あんな嘘くさい魔法みたいなのが現実で出せるって言いたいわけ? 頭おかしいんじゃないの!」
「そうです。使えます。でも、今まで騒ぎになりたくないから隠してただけなんです」
「はあ!? 本当にそんな力があるんなら、隠すなんて卑怯よ。怠慢じゃないの!」
「いや、もし言っても信じて貰えないですし、例え信じて貰えても実験のモルモットにされて、最悪死ぬかこの力が無くなるだけでしょ」
「本当は独占したくて隠してただけなんでしょ。そんな嘘にはだまされないわ。それにモルモットって、動物を引き合いにだしてかわいそうだと思わないのかしら? サイコパスなんじゃないの」
「それは例えでしょう!」
「何の!?」
「実験の被験者である僕の! 確か昔はモルモットが薬とか病気の治療法の実験をする時に使われていたはずです」
「そんなの聞いてない! ようは、あんたが犯罪者ってことなんでしょ」
 自分の中で答えを決めつけて話しているせいで、何をこちらが言っても聞く耳を持ってくれない。このまま話していても埒があかない。それに、大声を出したから他のお客さんが寄ってきている。店内からだけど、店員さんもちらちらこちらを見ている。通報されるのは面倒だ。これ以上悪評は立てたくない。いや、むしろ警察に事情を説明した方がいいかな? でも、能力を説明する前に自傷行為に移った時点で拘束されるか。何にしても、ほとぼりが冷めるまで待ちたいのが正直な気持ちだ。
「あ、来たわ」
「え?」
 女性が見る先にはパトカーが来ていた。サイレンなんて聞こえなかったぞ? あえて鳴らしていなかったのか?
「これで丸く収まるわ。せいぜい、迷惑をかけた人達に謝れ。許されるかは知らないけどね」
 したり顔で女性が言った。しかし疑問だ。警察がすぐに来たということは、何らかの動かざるを得ない理由があったはずなんだ。どう、何を通報したんだろう? もう誰か被害届をだしたのか?
「どう通報したんですか?」
 一応聞いてみた。
「どう? 詐欺師に会いましたって言ったのよ。あと、最近出没してる不審者もあんたかもしれないって」
 正直に答えてくれたが……。僕と話している時に電話をした素振りは一切なかったから、声をかける前に通報したんだな。でも、って、僕を呼び止められる事を確信してたのか? 逃げないと思ったのか? いや、そこまで考えてなさそうだな。
 まあ、なかなか賢い手ではあるな。僕自身じゃなくて、“詐欺被害に会った。しかもその詐欺師が現場にいる。ついでに町の人を脅かす不審者の可能性もある”なんて、説明も少なくて済むし、言われてしまえば動かないわけにもいかない。警察の人もパトロールしてるって言ってたし、すぐに駆け付けられても不思議じゃないな。
 でも、困った。車から降りてもうそこまで来ている。どうせスクーターじゃパトカーは撒けないから、降りてくれないことには始まらないんだけどさ。かと言って、このままここにいて話をしたとしても、あの女性が僕のことをって、最悪な紹介をしてくれるのは間違いない。
 なら、隙を見て逃げるしかない。僕の能力を見せたところで、疑り深い女性にも、会って話したことも無い警察に信じて貰えるかも分からない。僕自身に傷を負わせて治したとしても手品だと思われる可能性がある。でも、証明したいがために他の人を傷つけたら、それこそ暴行か何かの罪で現行犯逮捕だ。
 こんな使い方は初めてだし、何だか抵抗あるけど仕方ない。
「ご通報して下さったのは貴女ですね?」
 眼鏡をかけた警察が僕達二人を見てから確認を取る。いつの間にか、が十人以上に増えている。店員さんは面倒事に関わりたくないのか、ドア付近でこちらを見るだけに留めている。確かに、“駐車場で起きたトラブルには一切責任をとりません”って注意書き、どこにでも書いてあるもんな。下手に関わると店の評判を落しかねないし。
「はい、そうです。この男が詐欺師で」
 さっきまでの人の意見なんて聞かないような威圧感は捨てて、随分親しみやすそうな、本当にいい意味で大人な雰囲気で女性は応えた。
「僕は詐欺なんてしていません。誤解です」
 一応弁明はしないとね。
「でも、よっぽどの事が無い限り詐欺と思われるなんて無いですよね。事情聴かせてもらえますか?」
「この男、テレビで取り上げられたあの詐欺師なんです」
 女性がいらない捕足に入った。
「テレビ?」
「はい。募金目当てで、子どもが大怪我をして植物状態でって……」
「ああ! 見ましたテレビでもSNSでも問題になっていますね。確か芸能人だけじゃなく一般の人も被害届を出すって聞きましたね」
「ほら! ね、やっぱりあんたは悪人なのよ!」
「だから、していないですって!」
「まあまあまあ」
 思わず大声を出して異議を唱えた僕を警察の人がなだめた。
「それで、現在詐欺被害に遭われたんですか?」
「いえ。でも、難しい事言って私を騙そうとしたんです……。早く逮捕してください」
「そうですか……。でも、それでは今逮捕する事はできませんね」
「なんでですか!?」
 青天の霹靂と言わんばかりに女性は驚いた。
「証拠も無いようですし、被害届も受理されていません。それに、現行犯でもないなら逮捕はできないんですよ」
「そんな!」
 これは、そのまま捕まらずに行けるかな。
「でも、状況が状況ですし任意同行して貰う事はできます」
「ありがとうございます~」
 一転、女性は満足げな顔をした。マジか……。
「えっと、僕は本当に詐欺なんてしてないですし、騙そうとしたっていうけど、ただ僕は説明しよう────」
「はいはい。そういうのは署で聞きますから」
 警察は僕の言葉を遮る。
「だから、僕にはちゃんと怪我とか病気を治す────────」
「大丈夫大丈夫聞く、聞くから。無実なら任意同行されても問題ないでしょ」
「いや、でも……」
 警察は僕の腕を掴んで半強制的にパトカーに連れていこうとし、僕が抵抗しようとしたら能面みたいな表情の無い顔になった。
「それともやましい事でもあるの?」
 仕方ない。使わずに済むならと思ったけど……。少なくとも、この警察に話しても協力は仰げないだろう。今の所は逃げて、話を聞いてくれる人を探さないとダメだ。ハッピーエンドなんてあるのか分からないけど、条件としては公的機関に認めて貰わないとまともに生活もできなくなる。ここで捕まる訳にはいかない。
「あ゛ー!! 警察なら、人の言う事くらいちゃんと聞いてくれ!!」
 僕が急に叫んだので、警察が驚いて振り向いた。
「何だ!?」
 今だ。
「目見開いて、よーく見ろ!」
 僕は今できる最大限の強い光を、警察の目に向かって放った。眼鏡がその時飛んでしまったのは、少し申し訳ない気持ちになったけど、まあ、仕方ない。
「うぐぁっ!」
 目くらましを食らった警察は僕の手を反射的に離して目を抑えた。
「よし!」
 上手く行った。この隙に僕は予めエンジンをかけておいたスクーターに乗った。
「ちょっと、待ちなさい!」
 そんな呼び止めには応じられない。『怒らないから』と言われて待つ子どもはいないんだ。
 僕は囲んでいた人をすり抜けて、この場から逃げだした。
 これからは、もっと慎重に行動しなければならないだろう。と思いながら、僕は少し憂鬱になりつつスクーターのスピードを上げたのだった。
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