災禍の令嬢ヴィヴィアンは、普通に無難に暮らしたい

ねこたまりん

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ヴィヴィアンの婚約

ヴィヴィアンは夢を見た

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「つまり、虫騒動の原因は、入院患者の家族による呪力の大暴走ということか」

 疲れきった顔で、スカーレットの報告を受けていた病院長、コンラート・サポゲニンは、この会議が始まる前から、今日中に帰宅できる見込みのないことを悟っていた。

 けれども、出来る努力は惜しむべきではないとも思っていた。

 今夜は妻の誕生日であり、半年も前から必ず晩餐を共にすると、全身全霊で誓っていたからだ。もっとも、二十五年間の結婚生活で、誕生日の誓いを守ることができたのは、最初の一回だけだった。

(今夜帰らなければ、イルザは今度こそ、二度と家に帰らぬ旅に出るだろう)

 恐妻家のコンラート・サポゲニンではあるけれど、妻の愛の重さと苛烈さは、骨まで染み通るほどの痛みを持って理解していた。

(彼女が私に見切りをつけたとき、私は破滅する…)

 明日の夜明けまでに帰りついて、イルザに釈明できなければ、今日の虫騒ぎどころではない、恐るべき呪いの災厄が病院に襲いかかり、病院長ごと滅ぼし尽くすと、コンラート・サポゲニンは確信しているのだった。

 怯えきった心情とは裏腹の冷徹な表情で、コンラート・サポゲニンは言葉を続けた。

「爆発寸前レベルの大暴走を止めるために、ビンフィル魔導医師の管理下で、ウィステリア嬢が固有魔法を発動し、一気に沈静化したと。事実ならば、大変な偉業と言えるが、個人の力で、しかもこれほどの短い時間で成せるとは…」

 立場上、うっすらと疑義を呈して見せながらも、コンラート・サポゲニンは、自分の正面に座っているスカーレットに向けて、全力で肯定の念を送っていた。

(頼むビンフィル医師! 一刻でも、いや一秒でも早く、その信じ難い報告を真実だと証明して、私を家に帰してくれ! 家内安全と私の延命のために!)

 スカーレットによる報告は、本人とヴィヴィアンにとって都合の悪い事実が全て抜き取ってあるために、荒唐無稽なものになっていた。

 呪力や魔力の大暴走は、頻度こそ少ないものの、発生すれば大惨事になる場合がほとんどだった。

 しかも、暴走者が肉体爆散寸前の状態に陥ってから、たった二人の人間によって収束するなど、まずあり得ないなことなのだ。

 実際には呪力暴走などではなく、ユアン・グリッドが展開していた呪いを、ヴィヴィアンが歪んだ根性ごと『消去』したために、呪いのエネルギー体だった虫が消えただけのことなのだが、スカーレットはそれを語るつもりなどない。

 ヴィヴィアンの固有魔法は、その全容が表沙汰になれば、人格改造の危険性を指摘され、封印すべきものと認定されかねない。そうなれば、最悪の場合、ヴィヴィアンは幽閉される可能性もある。

(誰にもヴィヴィアンの人生は奪わせないわ)

 今回の事件の真相を知る人間は、スカーレットとヴィヴィアンの他に二人いるけれども、現時点でユアン・グリッドは意識がなく、目覚めたとしても、今回の呪いに絡んだ記憶は『消去』されて残っていないだろうから問題ない。

 彼が多少ボケたように見えたとしても、呪力暴走から奇跡の生還を果たしたせいだと思われる程度だろう。

 ヴィヴィアンを恩人と慕うメアリーも、口を閉ざしてくれるはずだ。

(あとはこの場を切り抜けるだけだわ)

 スカーレットは、気合いを込めて、隠蔽のための言葉を紡いだ。

「院長が疑うお気持ちは理解できますわ。でも正真正銘、事実ですの。ヴィヴィアンの固有魔法については、本人の許しがありませんから、ここでは語れませんけれど」

「本人の安全を損なうような情報開示は求めないし、我々にその権利はない」

「ご理解いただけて助かりますわ。ユアン・グリッドは、妻の病室で何らかの危険な呪術を行おうとして膨大な呪力を注ぎ込み、失敗して暴走状態に陥った。現場の状況から考えるに、余命幾許もない妻に自分の生命力を分け与えようとしたのでしょう。もっとも禁術が成功しても、ユアン・グリッドは絶命していたでしょうけれど」

 会議室には、ユアン・グリッドの父親も呼ばれていた。

「ウィステリア嬢が、我が息子の命を救ってくれたということだが、にわかには信じられん。ビンフィル医師を疑うわけではないが、あやつとウィステリア嬢との過去の経緯を思えば、見捨てられ、見殺しにされたと言われたほうが納得できよう」

「ヴィヴィアンは、私の依頼に応じて助手の仕事をしただけですわ。仕事に個人の感情など持ち込むものではないでしょう」

 本当はヴィヴィアンが過去を全部忘れているだけなのだが、それを説明しても話がややこしくなるだけなので、スカーレットは口に出さない。

「お二人にはどれほど感謝してもしきれぬ。この場におられないウィステリア嬢には、改めて謝罪とお礼を申し上げる機会をいただきたい。ビンフィル医師、仲介をお願いできないだろうか」

「ヴィヴィアンに聞いておきますわ。もっともあの子は、お礼も謝罪も求めないと思いますけど」

 病院前の群衆を抑えていた警察部隊のシャルマン隊長は、一連の話の流れに、全く納得しかねていた。

「膨大な呪力が虫になって王都中の人々を襲ったのは、なぜなのだ。呪術の失敗で、そのような馬鹿げた事態になるなど、聞いたことがないのだが」

「虫が湧いた理由は、私にも分かりませんわ。呪術に詳しいグリッド家の皆様による解析を待ちたいと思います。お願いできますよね」

「グリッド家として、責任を持って全力で解析しよう」

 ユアン・グリッドの父親がそう答えても、シャルマン隊長は虫を理由に食い下がるのをやめなかった。

「今回の虫の大量発生のような訳の分からん騒動が、これまで王都で何度も起きていることは、皆さんご存じだろう。本日出動した警察部隊員の中には、強い既視感を覚えたという者も少なくないし、私もその一人だ。もう少し踏み込んで言わせていただくならば、これまで原因不明とされてきた、数々の騒動の大半に、ヴィヴィアン・ウィステリアが関係しているということも、王都の危機管理に携わる人間は皆、把握している。そのことについて、ここに集まっておられる皆さんのご意見を伺いたい」

 シャルマン隊長の顔を見れば、虫はヴィヴィアンの仕業だと確信しているのが明らかだった。

 もちろんそれは事実ではないけれども、真相を語るわけにもいかない。

 とにかく隊長こいつに場を仕切らせていたら、ヴィヴィアンを有罪にするまで話が終わらないと判断したスカーレットは、シャルマン隊長をとっとと潰すことに決めた。

「シャルマン隊長、逆に聞きたいのだけど、虫が湧いたことにヴィヴィアンが関係していたとして、その理由をどう説明するのかしら。まさか、あの子が悪意で王都に虫を湧かせたとでも?」

「悪意の有無など問うつもりはない。悪意などなくても、天災は街を破壊し、人々を殺すではないか。私が明らかにしたいのは、ヴィヴィアン・ウィステリアの何らかの行動が、今回の虫騒動の元凶であるか否かということに尽きる」

「元凶だったら、どうすると?」

「王都の治安維持条例に基づき、ヴィヴィアン・ウィステリアの行動制限及び、魔力封印の許可を、司法に求める」

 コンラート・サポゲニンの願いも虚しく、会議の終わりが見えることのないまま、妻の晩餐に間に合う可能性は、いまや風前の灯となった。

 同じ頃、自宅の寝台で静かな寝息を立てていたヴィヴィアンは、カフェテラスで甘いパンをたくさん食べるという、幸せな夢を見ていた。



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