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ヴィヴィアンの婚約
ヴィヴィアンは尋ね人を発見した
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ギル・グリッドとヴィヴィアンが出会う、少し前のこと。
サポゲニン病院長の執務室を出た後、ヴィヴィアンは埋葬虫たちと一緒に、ユアン・グリッド夫妻の病室へ向かった。
埋葬虫たちは、ヴィヴィアンの帆布カバンの中で休憩することになった。
ヴィヴィアンは、ノラゴに持たせていた薬壺を受け取り、みんなをカバンの中に入れた。
「謎肉ガム食べながら、番さんの卵と一緒に休んでてね」
──何かあれば、いつでも飛び出しますぞ。
「うん、お願い」
薬壺は、ヴィヴィアンが預かっておくことになった。なかに閉じ込められている何者かを取り出せるのは、ヴィヴィアンだけだったからだ。
「まだ無理なんだよね。色々諦めて眠っちゃってる感じで、たぶん呼んでも反応しない」
病院のスタッフたちは、ほぼ目覚めていて、状況の把握や患者の介護に走り回っていた。
入院患者たちも、軽症の者から目覚めていったようで、病棟はいつもの賑やかさを取り戻しつつあった。
ユアンとメアリーは、重症患者の多い病棟の二人部屋にいた。
ヴィヴィアンが病室を訪ねると、すっかり元気になったメアリーが出迎えてくれた。
「ヴィヴィアン様! 来てくださったんですね!」
「うん。メアリー、具合は大丈夫?」
「ええ。元気すぎて、すぐにでも退院したいくらいです」
「良かった。ユアン・グリッドは?」
「それが、ついさきほど目が覚めたんですけど…」
窓際のベッドの上で、ピンク色の病衣を着せられたユアン・グリッドが、半身を起こして、呆然とこちらを見ていた。
「あ、え……メ、メアリー、なんでウィステリア嬢が…?」
メアリーは、ユアンの傍らに行き、そっと手を握った。
「あなた、急に倒れて入院したのよ」
「倒れた? 君じゃなくて、僕が?」
「ええ。私はもうすっかり元気よ」
「本当かい?」
「本当よ」
「どこも苦しくないの?」
「もちろん」
ユアン・グリッドの目に涙が滲んだ。
「……夢じゃ、ない?」
「目は覚めてるでしょ」
「結婚、できるんだね」
メアリーは、黙って小さく頷いた。
「メアリー!」
ユアン・グリッドは、メアリーの細身の体を抱きしめようとして身を乗り出し、そのままずるりとベッドから転落した。
「ユアン!」
「ち、力がぜんぜん入らないや。あはは…」
ヴィヴィアンは、ちょうど病室前を通りかかった看護師に声をかけた。
「あのー、ここの患者さん、ベッドから落ちて具合悪いみたいだから、見てあげてください」
「え? あらあらあらグリッドさん、急に動いちゃダメよ。呪術系のショックと魔力枯渇で倒れたんだから、しばらくは絶対安静ですからね」
「呪術のショックって……覚えてない」
「のちほど主治医も来ますから、それまで奥様、危なくないように見ててあげてくださいね。お昼の配膳も始まってるから、よろしくね」
「はい」
看護師が立ち去ると、ユアン・グリッドがおずおずと尋ねた。
「…奥様って、メアリーのこと?」
「私は、あなたの妻よ」
「え? えええ? でも僕ら、学院卒業してない…よね」
「してるのよ」
「………」
「お食事をもらってくるから、少しだけ待っていて。食べながら、ゆっくりお話しましょう、私たちのこと」
「メアリー…」
「すぐ戻るわ」
メアリーは、入り口のところに立っていたヴィヴィアンに目配せして、一緒に病室を出た。
「あの人、まだ婚約時代だった学院生の頃に戻ってしまったみたいなんです」
「昨日のこととか、何も覚えていない?」
「ええ。ユアンが実家を出て、寮に入った頃、私の病状が急に悪化して、それで私の家のほうから、婚約を辞退する話が出て。いまのあの人は、そのころの記憶の中にいるようです」
「それは、メアリーが私にパンをくれた後のことだよね」
「はい。余命宣告も出て、結婚は無理だと私も思ったんですが、ユアンは、どうしても私と結婚するって言って。卒業と同時に、ユアンは病院の近くの家を買って、私を引き取ったんです。その頃には、一人では起き上がることもできなくなっていましたから、二人きりで、家の中で結婚式を挙げました」
「そうだったんだ」
ヴィヴィアンは、埋葬虫たちがいた、小さな可愛い家のことを思い出した。
「とても、嬉しかった…だけど、卒業まで生きられないと言われていましたから、ほんのひとときの幸福なんだって、覚悟してたんです」
「でも、死ななかった」
「ええ。ユアンは、呪術の知識で、私を必死に生かそうとしてくれました。最初のころは、禁術などではなかったんです。彼は、人を守って元気にするための優しい呪術を、たくさん知っていましたから」
「頑張ったんだね、ユアン・グリッド」
「ええ。昔から、優しくて、誰よりも努力家で……でも、お兄様が亡くなってしまってから、何かが少しづつ、変わってしまったんです。私には優しいままの人だったけど、ご家族と決裂しただけでなく、誰彼となく、恨んだり、傷つけたり…ヴィヴィアン様にも、酷い仕打ちを」
「お弁当を踏まれたことは、思い出したらちょっと許せなかったけど、昨日ぶっ飛ばしたから、おあいこだよ。それより、ユアン・グリッドの亡くなったお兄さんって、セイモア・グリッドじゃないよね」
「はい。セイモア様は、二番目のお兄様で、亡くなった一番目のお兄様は、ギル様とおっしゃる方でした」
「ギル・グリッド。ユアン・グリッドと、セイモア・グリッドの、お兄さん」
ヴィヴィアンが確かめるように名前を口にすると、手に持っている薬壺が、小刻みに震えはじめた。
「ねえ、メアリー。その人、この中にいるみたい」
サポゲニン病院長の執務室を出た後、ヴィヴィアンは埋葬虫たちと一緒に、ユアン・グリッド夫妻の病室へ向かった。
埋葬虫たちは、ヴィヴィアンの帆布カバンの中で休憩することになった。
ヴィヴィアンは、ノラゴに持たせていた薬壺を受け取り、みんなをカバンの中に入れた。
「謎肉ガム食べながら、番さんの卵と一緒に休んでてね」
──何かあれば、いつでも飛び出しますぞ。
「うん、お願い」
薬壺は、ヴィヴィアンが預かっておくことになった。なかに閉じ込められている何者かを取り出せるのは、ヴィヴィアンだけだったからだ。
「まだ無理なんだよね。色々諦めて眠っちゃってる感じで、たぶん呼んでも反応しない」
病院のスタッフたちは、ほぼ目覚めていて、状況の把握や患者の介護に走り回っていた。
入院患者たちも、軽症の者から目覚めていったようで、病棟はいつもの賑やかさを取り戻しつつあった。
ユアンとメアリーは、重症患者の多い病棟の二人部屋にいた。
ヴィヴィアンが病室を訪ねると、すっかり元気になったメアリーが出迎えてくれた。
「ヴィヴィアン様! 来てくださったんですね!」
「うん。メアリー、具合は大丈夫?」
「ええ。元気すぎて、すぐにでも退院したいくらいです」
「良かった。ユアン・グリッドは?」
「それが、ついさきほど目が覚めたんですけど…」
窓際のベッドの上で、ピンク色の病衣を着せられたユアン・グリッドが、半身を起こして、呆然とこちらを見ていた。
「あ、え……メ、メアリー、なんでウィステリア嬢が…?」
メアリーは、ユアンの傍らに行き、そっと手を握った。
「あなた、急に倒れて入院したのよ」
「倒れた? 君じゃなくて、僕が?」
「ええ。私はもうすっかり元気よ」
「本当かい?」
「本当よ」
「どこも苦しくないの?」
「もちろん」
ユアン・グリッドの目に涙が滲んだ。
「……夢じゃ、ない?」
「目は覚めてるでしょ」
「結婚、できるんだね」
メアリーは、黙って小さく頷いた。
「メアリー!」
ユアン・グリッドは、メアリーの細身の体を抱きしめようとして身を乗り出し、そのままずるりとベッドから転落した。
「ユアン!」
「ち、力がぜんぜん入らないや。あはは…」
ヴィヴィアンは、ちょうど病室前を通りかかった看護師に声をかけた。
「あのー、ここの患者さん、ベッドから落ちて具合悪いみたいだから、見てあげてください」
「え? あらあらあらグリッドさん、急に動いちゃダメよ。呪術系のショックと魔力枯渇で倒れたんだから、しばらくは絶対安静ですからね」
「呪術のショックって……覚えてない」
「のちほど主治医も来ますから、それまで奥様、危なくないように見ててあげてくださいね。お昼の配膳も始まってるから、よろしくね」
「はい」
看護師が立ち去ると、ユアン・グリッドがおずおずと尋ねた。
「…奥様って、メアリーのこと?」
「私は、あなたの妻よ」
「え? えええ? でも僕ら、学院卒業してない…よね」
「してるのよ」
「………」
「お食事をもらってくるから、少しだけ待っていて。食べながら、ゆっくりお話しましょう、私たちのこと」
「メアリー…」
「すぐ戻るわ」
メアリーは、入り口のところに立っていたヴィヴィアンに目配せして、一緒に病室を出た。
「あの人、まだ婚約時代だった学院生の頃に戻ってしまったみたいなんです」
「昨日のこととか、何も覚えていない?」
「ええ。ユアンが実家を出て、寮に入った頃、私の病状が急に悪化して、それで私の家のほうから、婚約を辞退する話が出て。いまのあの人は、そのころの記憶の中にいるようです」
「それは、メアリーが私にパンをくれた後のことだよね」
「はい。余命宣告も出て、結婚は無理だと私も思ったんですが、ユアンは、どうしても私と結婚するって言って。卒業と同時に、ユアンは病院の近くの家を買って、私を引き取ったんです。その頃には、一人では起き上がることもできなくなっていましたから、二人きりで、家の中で結婚式を挙げました」
「そうだったんだ」
ヴィヴィアンは、埋葬虫たちがいた、小さな可愛い家のことを思い出した。
「とても、嬉しかった…だけど、卒業まで生きられないと言われていましたから、ほんのひとときの幸福なんだって、覚悟してたんです」
「でも、死ななかった」
「ええ。ユアンは、呪術の知識で、私を必死に生かそうとしてくれました。最初のころは、禁術などではなかったんです。彼は、人を守って元気にするための優しい呪術を、たくさん知っていましたから」
「頑張ったんだね、ユアン・グリッド」
「ええ。昔から、優しくて、誰よりも努力家で……でも、お兄様が亡くなってしまってから、何かが少しづつ、変わってしまったんです。私には優しいままの人だったけど、ご家族と決裂しただけでなく、誰彼となく、恨んだり、傷つけたり…ヴィヴィアン様にも、酷い仕打ちを」
「お弁当を踏まれたことは、思い出したらちょっと許せなかったけど、昨日ぶっ飛ばしたから、おあいこだよ。それより、ユアン・グリッドの亡くなったお兄さんって、セイモア・グリッドじゃないよね」
「はい。セイモア様は、二番目のお兄様で、亡くなった一番目のお兄様は、ギル様とおっしゃる方でした」
「ギル・グリッド。ユアン・グリッドと、セイモア・グリッドの、お兄さん」
ヴィヴィアンが確かめるように名前を口にすると、手に持っている薬壺が、小刻みに震えはじめた。
「ねえ、メアリー。その人、この中にいるみたい」
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