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第一章 姿なき百の髑髏は、異界の歌姫に魂の悲歌を託す

骨肉の争いに疲れた女皇帝は、純白の屍衣を身に纏う(3)死霊のボーン踊り

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「百人の首。斬首され、非業の死を遂げたものたちの歌を集めた、ということなのだろうか」

 ヒギンズが硬い声で言うと、サラはためらうように告げた。

「そうなのかもしれないが……昨日の歌の皇帝は、斬首はされていないように思うのだ」

「口寄せの時に、死に際の場面が見えたのか?」

「死に際かどうかは、分からない。ただ、晩年になって、重い病を得ているのに、なぜか山中を彷徨っているような記憶があった」

「敵に追われていたのだろうか」

「そうかもしれない。敵に対して、ただならぬ怨嗟を抱えていたことだけは、間違いない。家族への強い憎悪も感じた」

「そして、息子は斬首か。革命でも起きたのか、あるいは身内に裏切られたのか…」

 ヒギンズは、そこまでのメモを取り終えると、

「今後は、我々がこれまで得た情報を、これで共有していこう」

 と言って、厚手のノートを二冊、作業台の上に出した。

「このノートは、二冊で一セットになっていて、書かれた内容を同期させる機能を持っている。片方に書きこむと、もう片方にも同じように書き込まれる仕組みだ」

 サラはノートを手に取った。

「面白い文具だな。教授が開発したのか?」
「いや、市販の交換日記用ノートを、研究者向けに少しばかり改造しただけだ」

 元は若い恋人同士に大人気の魔導商品なのだけれども、世間に疎いサラは知らない。

「いつも思うが、あなたは本当に多才だな。尊敬するよ」

「必要に迫られて、なんでもやっているだけだよ」

「私には、巫術しか出来ることがないな。家事なども、まるでダメだ。食事は、ほとんど外で調達している」

「私も似たようなものだ。料理は好きだが、時間が取れない」

「料理もできるのか。素晴らしいな」

 サラは崇敬の眼差しをヒギンズに向けた。

「教授のような種族と、私のような種族を対比する言葉を、先日知ったよ。『多才某たさいぼうと、単才某たんさいぼう』というのだそうだ。なかなか面白いだろう」

 ヒギンズは苦笑しながら言った。

「その言い回しは、イルザ・サポゲニン女史の『異世界格言集』だろう。私も買ったよ」

「あなたもサポゲニン女史の著作を愛読しているのか!」

「ほとんどは、女史の魔導医学関係の著作だがね」

 『異世界格言集』を書店で見かけて、サラが好きそうだと思い、つい購入してしまったことを、ヒギンズは何となく言わずにおいた。

「家事といえば、普段の生活はどうするつもりだ。こんな野っ原では、家から通うのも骨ではないか。君は、魔術による転移や飛行は不得手だろう」

「前の神殿が壊れてからは、ずっとここにいるよ」

「なんだって!?」

 ヒギンズ教授は、驚いて作業場を見回した。

「広さだけはあるが、人が住める建物じゃないだろう。ただでさえ消耗しているのに、身体を壊すぞ」

「この神殿(仮)で寝起きしているわけじゃない。空間転移ドアで、王都中央にある自宅と繋げてあるんだ」

「ああ、そういうことか」

 ヒギンズ教授は、玄関扉の向かい側の壁に、隠蔽されている扉があることに気がついた。

「旧型の転移ドアか。単機能だが、それでも結構な値段だったろう」

「高い中古品だったよ。おかげでますます貧乏になった」

「事業団に金を出させろ。どう考えても必要経費だろう、これは」

「以前から、いろいろ請求はしている」

「予算が通らないのか」

「それ以前の話だ。事務方が、請求に気づいていないらしいと、最近知ったよ」

「そんな話がまかり通ってたまるか! 今日にでも掛け合ってくる!」

「無駄だよ教授」

 熱くなるヒギンズに、サラは力なく微笑んだ。

「事務方は全員、研究職と兼業だそうだ」
「それは……」

 ヒギンズの脳裏に、風呂も食事も忘れ、目を血走らせながら和歌分析に狂奔する、昨晩の研究班の鬼気迫る姿が浮かんだ。

(あれはまさに、『死霊のボーン踊り』というべき有様だったな…)

 イルザ・サポゲニン女史は、その言葉について、著書で次のよう解説していた。


【死霊のボーン踊り】

一つのことに取り憑かれて熱中するあまり、良識や善悪の判断能力すら失い、人間らしさをかなぐり捨てた人々を、死者の骨を持って冒涜し、踊り狂う悪霊たちに喩えていう言葉。

極端に研究熱心な学者マッドサイエンティストや、納期に追われて理性の一部を失うほど疲弊した技術者や事務担当者などに、よく見られる痴態である。



 ヒギンズは、心の中で匙を投げた。




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