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第二章 名もなき古話の神々は、漂泊の歌姫に祝福を与ふ

尾の長すぎる怪鳥は、眠れぬ恋を啄み呪う(5)執事と勾玉と仮宮と

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「共有スペースに食堂がある。少し早いが、夕食にしよう」


 そう言われて案内された食堂に入ると、古風な執事服を身につけた背の高い男が、サラの脳が沸騰するような言葉で出迎えてくれた。

「お帰りなさいマセ、ご主人サマ、奥方サマ」

「へっ? お、おくがたさまっ?」

「ただいま、セバスティアヌス。こちらは、サラ・ダークネルブだ。今日からこちらに住むが、彼女は未婚だ。奥方と呼ぶのは控えてくれ」

「ダークネルブサマは、女あるじサマとなられるのデスカラ、奥方サマでよろしいのデハ?」

「…呼び方は、彼女自身に決めてもらおう。サラ、どうする?」

「や、あの……さ、サラで」

「……デハ、サラ様。お席にご案内シマス」

 二十人は座れそうな大テーブルの一角に、二人分の食事が既に用意されていた。

「セバスティアヌスは、私が作ったことのある料理を、寸分違わず再現できるのだが……今日はまた、凝った取り合わせになっているな」

「古代野菜のマリネ、古代魚のフライパン焼き、始祖魔鳥のロースト、デザートに、魔の森のすもものソルベ、でゴザイマス」

「古代…始祖…伝説級に珍しい食材ばかりでは?」

「スベテ、サラ様のオモテナシのために、ご主人サマが魔樹森林で獲っていらしたものデス」

「セバスティアヌス、余計なことは言わなくていい」

「ちょっと待て…魔樹森林で獲った? 教授、あなたは一体何をやってるんだ! 危険すぎるだろう!」

「気にするな。狩猟も趣味の一つでな、ここを建てるときに、挨拶がてら見回ってみただけだ。セバスティアヌスも一緒だったし、危険はなかった」

「食材はスデニ十年分は確保されてオリマスので、サラ様は、どうか御心配ナク。チナミニ、私は戦闘タイプのゴーレム執事でゴザイマス。ランクは特S級」

「セバスティアヌスは、元々サラと私の仕事の護衛にと思って取り寄せたのだが、配備された建造物内と、その周辺でしか、自立行動が出来ない仕様だったので、とりあえず保留としていたのだ」

「魔樹の森でしたら、全域いけるのデスガネ。お二人とも、お食事が冷める前に、ドウゾ。精霊サマには、金の精霊猫缶を数種ご用意いたしマシタ」

「ぶにゃーん」

 大テーブルの近くに、低めのテーブルが置かれ、ミーノタウロス用の食事の器が並んでいた。

「ぶにゃっ!」

(こ、これは、いまだ口にしたことのない、最高級の猫缶にゃ! 夢か? 夢なのかにゃっ?)


「今日一日で、もう一生分驚いた気がするよ…」

「ぶにゃにゃにゃー!」

(決めたにゃ! にゃーはずっとここで暮らすにゃー!)


 サラの驚愕とミーノタウロスの感動の冷めやらぬうちに食事が終わり、ヒギンズが事業団へ報告に行くことになった。
 
「忘れないうちに、ここのゲートの鍵を渡しておくよ」

 サラは、三日月のように曲がった、金色の石を受け取った。石には長めの鎖がついていて、首に掛けられるようになっていた。

勾玉まがたまという宝玉なのだが、これに魔力を注ぐことで、どこからでも研究所内に転移できるようにしてある。外出する時には必ず持っていてほしい。転移を追尾されても、鍵を持たない人間は、中には入れない」

「ありがとう。大切に持つよ」

「それから、共有の研究スペースに、私の書庫を持ってきて開放してあるから、自由に利用してほしい。空き部屋もたくさんあるので、資料置き場にしてくれて構わない」

「分かった。教授が留守の間に、探検してみるよ」

「では、行ってくる」

 ビギンズの転移を見送ってから、ヴィヴィアンは、自分のプライベートスペースの方へ行ってみることにした。

「サラ様、途中の施設など、ご案内イタシマス」

「ありがとう。お願いする」

 どうにも現実味のない、ふわふわした気持ちで食堂を出ると、左右に多くの扉の見える廊下が続いていた。

「こちらの通路にある部屋は、スベテ、サラ様のためのものになりマス。部屋名称の札のついていない部屋は、空き部屋デスノデ、使用の際に家具ナドご必要デシタラ、お声がけをお願いいたシマス」


「空き部屋の使い道など、まだ想像もつかないけれども、その時はよろしく頼む」


 セバスティアヌスの案内で、資料室、読書室、喫茶室などを覗いて回っていると、なにやら奇妙な木札が貼り付けられた扉があった。


『さららの仮宮!』


「見覚えのない札デス。侵入者など、アリエナイはずでゴザイマスが、これは一体…」

「さらら……まさか!?」

「サラ様お下がりヲ。安全確認ができるまでは入室はなさいませんようニ」



──サラ! なかなか来ぬから待ちくたびれたぞ! 


 扉を勢いよく開けて飛び出してきたのは、昼間、想念の宮殿とともに消えていったはずの女皇帝だった。



 




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ヒトマロ

「僕のお姫様、先に行っちゃった…」

サルマロ

「仮のお宮は、魔樹の森の中だって。鹿とか、いるかなあ」

ヒトマロ

「しっぽの長い鳥なら、いるみたいだよ。さっき、巫女の人が食べてたよ」



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*ヒトマロ……柿本人麻呂。歌聖。

*サルマロ……猿丸大夫。三十六歌仙。


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