悪役令嬢は、昨日隣国へ出荷されました。

ねこたまりん

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業務日誌(一冊目)

(2)輸送

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 出荷を宣言したローザは、挨拶もそこそこにリバーズの屋敷を飛び出した。

 つい気になって屋敷の外まで出てきたゲブリル・リバーズは、門前で待っていた二頭引きの大きな荷馬車に飛び乗るローザを見て、ぎょっとした。

「なんだあの身のこなしは。令嬢のやることか? それにあの馬車は農民用ではないか。あんなものに乗って、うちに来たのか…」

 御者台には、黒ずくめのお仕着せを身につけたローザの従者が座っていて、荷台にも数人の使用人が居るようだった。

 荷台に乗り込んだローザは、ゲブリル・リバーズがこちらを見ているのに気づくと、別れの挨拶とは言い難い言葉を叫んだ。

「いっぺん、魔導医師の診察受けた方がいいですよー! 呪いって、早めに対処したほうが後遺症が少ないっていいますからね!」


 荷馬車が妙に早い速度で走り去るのを見送り、屋敷に戻ったゲブリル・リバーズは、背筋に薄寒い何ががぴったりと貼り付いているような気がして、思わず肩をすくめた。

「全て、うまく行っている。そうだよな…」
 
 ローザに抵抗されることもなく、あっさりと婚約破棄が成立した。慰謝料も取れると決まっている。問題は何もない…はずだ。

 なのに、なぜか、とても不味いことをしてしまったような、薄気味悪い落ち着かなさがある。

「呪いだと? まさかな……」

 否定したくてもしきれなかったゲブリル・リバーズは、腕のいいと評判の魔導医師に、連絡を取ってみることにした。


……………

 心地よい速さで進む荷馬車の中で、ローザは心の憂いを隠しつつ、おやつの時間を楽しんでいた。

 幌付きの荷台に一緒に乗っている侍女の一人が、手に持った携帯用カップに、よく冷えた茶を注いでくれる。

「リバーズ家のお茶など、飲むものじゃありませんよ。あそこの侍女頭は味音痴で有名ですからね」
「そうなんだ。今日は顔にかけられたけど、口には入らなかったのよ」
「それはよろしゅうございました」

 にこやかに答える侍女だけれど、目は全く笑っていない。

 もう一人の侍女は、甲斐甲斐しく小皿にクッキーのおかわりを並べてくれている。

「落ち着き先が決まったら、料理長も他の者も、全員すぐに飛んで来るそうですから、引越し祝いのパーティをいたしましょうね。どこぞの婚約式よりも、盛大に、晴れやかに!」

「うん、ありがとう」


 御者台の従者が、荷台を振り返って声をかけてきた。

「お嬢、もう少し先で瞬間移動しますから、今のうちに食べちまってくださいよ!」
「分かったわ!」


 今日の面会で、ゲブリル・リバーズが婚約破棄を言い出すことと、自分の養父母が了承していることを、ローザは事前に把握していた。

 もともとローザの望まない婚約で、金に目のない俗物の養父母が勝手に決めたものだった。

 だいぶ格上のリバーズ家が抱えた負債を少しばかり肩代わりする代わりに、姻戚関係となることで、利権のおこぼれに与かりつつ、社交の場で注目を集めようという、下卑た話だった。

 けれども、ゲブリル・リバーズは、幼馴染のルーシェと内々に結婚の約束をしていて、そのことで自分の両親と揉めていた。

 ルーシェの両親は特に貧しいわけではなかったが、借金を肩代わりをしてまで、高慢な振る舞いの多いリバーズ家の人々と繋がりたいとは思わず、むしろ愛娘の嫁ぎ先としては、敬遠したいと考えていた。

 そんなわけで、愛する女性と引き裂かれそうになって焦ったゲブリル・リバーズは、ローザ側の有責で婚約破棄するために、ローザに不埒な噂を立てて評判を落とすという、実に姑息な作戦を思いつく。

 夜会などで誰彼となく人をつかまえて、ローザについて有る事無い事、というか、ほとんど無い事ばかりを言いふらすという、行き当たりばったりばったりの品のない作戦だったのに、意外にもそれが大成功し、ゲブリルの両親が婚約破棄を命じるという結果になった。

 ローザの養父母は、令嬢としての値打ちの下落したローザを、資産家のやもめ貴族に売り飛ばし、その金の一部をリバーズ家への慰謝料に充てる算段をしはじめた。もちろん、このままリバーズ家との婚約にしがみついて怒りを買うよりも、そちらの方が儲かると計算してのことである。


 そこまでの情報をつかんだ時点で、ローザは養家を捨てる決意を固め、信頼する従者や侍女たちとともに、出奔する準備を始めた。

 持てる限りの私物と隠し資産を持って、速やかに隣国へ逃げ落ち、そこで生活の基盤を作る。

 ゲブリル・リバーズとの話し合いが終わったら、その足で逃走するつもりだったので、密かに購入していた幌付きの大きな荷馬車に、逃走用の物資を積んで、リバーズ邸の近くで待たせていた。

 逃走劇には、従者のネイト、侍女のマーサとリビーの三人が同行することになっていた。

 養父母の家の使用人たち全員が、ローザと一緒に隣国に行きたがったのだけど、生活基盤ができるまでは、どう考えても無理がある。

 真夜中の納屋に、執事から庭師までを含む三十余名が集合し、恨みっこなしという誓いを立てた上で、くじ引きを敢行。三人の初期人員を決めたけれども、明け方まで声無き怨嗟が屋敷中に飛び交っていたとか、いないとか。

 養父母のろくでもない思惑に振り回されない普通の生活を夢見て、ローザは幼いころから、血の滲むような努力を続けて来た。

 生きるための知識と力を貪欲に身につけ、資金を得る手段をいくつも獲得し、信頼できる味方を増やしていった。

 その夢の新生活に、あと少しで手が届くのだ。

 というわけで、ローザとしては逃走の日を心待ちにしていたのだが……。

 ゲブリル・リバーズの怒鳴り声で蘇ってしまった、前世の記憶のせいで、ローザは想定外の悩みを抱え込むことになってしまった。


(邪神の私を倒した変態皇子の国って、隣国なのよね。まさか、もう生きてないとは思うけど…)




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