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業務日誌(一冊目)
(6)配備
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「誠に申し訳ないのですが、アレクシス皇子殿下は、今朝方、急な用件で帝都に戻られまして…」
魔導ギルドの応接室で、皇子の秘書だという若い男に平身低頭されながら、ローザは内心、ホッとしていた。
「ブラックデル様との城の売買のご契約につきましては、アレクシス皇子殿下のご指示の元、問題なく執り行いますので、どうかご安心ください」
「わっ分かりました。あのっ、いつから入居可能でしょうか」
「本日、今すぐにでも、お入りいただけます。必要とあれば、アレクシス皇子殿下の推薦で、使用人の斡旋もいたしますが」
「そそそそれは必要ありません。うちの者たちがおりますので」
魔導ギルド長とマーサが見守る中で、契約は滞りなく完了し、ローザは無事に城のオーナーとなった。
「アレクシス皇子殿下から、今後とも、どうかよろしくとのことでした」
「は、はははい! こちらこそ、よよよよろしくお願いいたします」
「魔導ギルドへの貢献につきましても、アレクシス皇子殿下は、ブラックデル様に、大変に期待されておりました」
「そそそそうなんですね。いいいい至らぬ者ではありますが、微力を尽くしますっ」
アレクシスという名前を聞くたびに、ローザは挙動不審になっていた。
(背筋がぞぞぞぞぞってするの、なんなんだろう。目の前にいるわけでもないのに…)
「ブラックデル嬢には、ぜひとも、アレクシス皇子殿下と親しく話してもらいたかったのだが。まあ、機会はいくらでもあるだろう」
「ふぁっ、ふぁい」
(ギルド長まで! お願いだから、固有名詞抜きにして! 「皇子殿下」だけで分かるから!)
「そうでございますね。アレクシス皇子殿下も、こちらに戻ったらぜひお茶でもとおっしゃっていたことですし、日取りだけでも決めておきましょうか」
「それは良いな」
(や、やめてーーーー無理無理無理っ!)
狼狽えるローザを見かねたマーサが、助け舟を出してくれた。
「私どもは、これから使用人たちの引越しなどもございますので、暮らしのほうが落ち着きましたら改めてということで、お許しいただけますでしょうか」
「左様でございますか。ではそのように」
「ブラックデル嬢、何か困りごとがあれば、何でもギルドに相談してほしい」
「アレクシス皇子殿下も同じことをおっしゃっております。どうかご遠慮なくお知らせください」
「はははい!」
契約のための会合が終わって応接室から退室すると、ギルドの玄関前にリビーがいた。
「お疲れ様です、ローザ様」
「ありがとう。ここで待っててくれたのね」
「ずいぶん早く終わったみたいですけど、何も問題ありませんでした?」
「皇子様はいらっしゃらなかったけど、契約は無事済んだわ。今日からでも入居できるって」
「では、ローザ様は、マーサさんとご一緒に、このまま馬車で新居にいらしてください。私は宿を引き払ってから参りますので」
「お願いね」
荷台に乗り込むと、御者台のネイトが振り返って、小声で尋ねた。
「お嬢、何があった」
「何もなかったわ」
「嘘だな。顔がおかしい。マーサ」
「ええ。ローザ様、城についてから、よくよくお話を伺いますよ」
「何も…ないってば」
「何が何もないのかを、お話いただければいいんですよ。ネイト、馬車を出して」
「分かった」
数分後、城の前で荷馬車を降りたローザは、残してきたはずの四十名の使用人たち……大切な家族全員に、血走った目で、熱く盛大に出迎えられたのだった。
「お帰りなさいませ、ローザ様!」
「みんな……ちょっと早すぎない?」
「リビーから魔導通信が来た瞬間に飛びましたからね!」
「それって、つい五分くらい前じゃないの!?」
「呼ばれたらいつでも来れるように、全員昨日から寝ずに準備してましたから!」
「寝てちょうだい! 全員、いますぐ!」
「引越しパーティの準備だけしたら、仮眠をとりますよ!」
「よーし、皆、取り掛かれ!」
「料理開始ー!」
「うおおおおおお!」
大騒ぎの使用人たちを眺めながら、ローザは少しだけ、肩の力が抜けた気がした。
(訳もわからずに怖がってても、仕方ないよね。みんなを守れるように、考えなくちゃ)
魔導ギルドの応接室で、皇子の秘書だという若い男に平身低頭されながら、ローザは内心、ホッとしていた。
「ブラックデル様との城の売買のご契約につきましては、アレクシス皇子殿下のご指示の元、問題なく執り行いますので、どうかご安心ください」
「わっ分かりました。あのっ、いつから入居可能でしょうか」
「本日、今すぐにでも、お入りいただけます。必要とあれば、アレクシス皇子殿下の推薦で、使用人の斡旋もいたしますが」
「そそそそれは必要ありません。うちの者たちがおりますので」
魔導ギルド長とマーサが見守る中で、契約は滞りなく完了し、ローザは無事に城のオーナーとなった。
「アレクシス皇子殿下から、今後とも、どうかよろしくとのことでした」
「は、はははい! こちらこそ、よよよよろしくお願いいたします」
「魔導ギルドへの貢献につきましても、アレクシス皇子殿下は、ブラックデル様に、大変に期待されておりました」
「そそそそうなんですね。いいいい至らぬ者ではありますが、微力を尽くしますっ」
アレクシスという名前を聞くたびに、ローザは挙動不審になっていた。
(背筋がぞぞぞぞぞってするの、なんなんだろう。目の前にいるわけでもないのに…)
「ブラックデル嬢には、ぜひとも、アレクシス皇子殿下と親しく話してもらいたかったのだが。まあ、機会はいくらでもあるだろう」
「ふぁっ、ふぁい」
(ギルド長まで! お願いだから、固有名詞抜きにして! 「皇子殿下」だけで分かるから!)
「そうでございますね。アレクシス皇子殿下も、こちらに戻ったらぜひお茶でもとおっしゃっていたことですし、日取りだけでも決めておきましょうか」
「それは良いな」
(や、やめてーーーー無理無理無理っ!)
狼狽えるローザを見かねたマーサが、助け舟を出してくれた。
「私どもは、これから使用人たちの引越しなどもございますので、暮らしのほうが落ち着きましたら改めてということで、お許しいただけますでしょうか」
「左様でございますか。ではそのように」
「ブラックデル嬢、何か困りごとがあれば、何でもギルドに相談してほしい」
「アレクシス皇子殿下も同じことをおっしゃっております。どうかご遠慮なくお知らせください」
「はははい!」
契約のための会合が終わって応接室から退室すると、ギルドの玄関前にリビーがいた。
「お疲れ様です、ローザ様」
「ありがとう。ここで待っててくれたのね」
「ずいぶん早く終わったみたいですけど、何も問題ありませんでした?」
「皇子様はいらっしゃらなかったけど、契約は無事済んだわ。今日からでも入居できるって」
「では、ローザ様は、マーサさんとご一緒に、このまま馬車で新居にいらしてください。私は宿を引き払ってから参りますので」
「お願いね」
荷台に乗り込むと、御者台のネイトが振り返って、小声で尋ねた。
「お嬢、何があった」
「何もなかったわ」
「嘘だな。顔がおかしい。マーサ」
「ええ。ローザ様、城についてから、よくよくお話を伺いますよ」
「何も…ないってば」
「何が何もないのかを、お話いただければいいんですよ。ネイト、馬車を出して」
「分かった」
数分後、城の前で荷馬車を降りたローザは、残してきたはずの四十名の使用人たち……大切な家族全員に、血走った目で、熱く盛大に出迎えられたのだった。
「お帰りなさいませ、ローザ様!」
「みんな……ちょっと早すぎない?」
「リビーから魔導通信が来た瞬間に飛びましたからね!」
「それって、つい五分くらい前じゃないの!?」
「呼ばれたらいつでも来れるように、全員昨日から寝ずに準備してましたから!」
「寝てちょうだい! 全員、いますぐ!」
「引越しパーティの準備だけしたら、仮眠をとりますよ!」
「よーし、皆、取り掛かれ!」
「料理開始ー!」
「うおおおおおお!」
大騒ぎの使用人たちを眺めながら、ローザは少しだけ、肩の力が抜けた気がした。
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