悪役令嬢は、昨日隣国へ出荷されました。

ねこたまりん

文字の大きさ
6 / 24
業務日誌(一冊目)

(6)配備

しおりを挟む
「誠に申し訳ないのですが、アレクシス皇子殿下は、今朝方、急な用件で帝都に戻られまして…」

 魔導ギルドの応接室で、皇子の秘書だという若い男に平身低頭されながら、ローザは内心、ホッとしていた。

「ブラックデル様との城の売買のご契約につきましては、アレクシス皇子殿下のご指示の元、問題なく執り行いますので、どうかご安心ください」

「わっ分かりました。あのっ、いつから入居可能でしょうか」

「本日、今すぐにでも、お入りいただけます。必要とあれば、アレクシス皇子殿下の推薦で、使用人の斡旋もいたしますが」

「そそそそれは必要ありません。うちの者たちがおりますので」

 魔導ギルド長とマーサが見守る中で、契約は滞りなく完了し、ローザは無事に城のオーナーとなった。


「アレクシス皇子殿下から、今後とも、どうかよろしくとのことでした」

「は、はははい! こちらこそ、よよよよろしくお願いいたします」

「魔導ギルドへの貢献につきましても、アレクシス皇子殿下は、ブラックデル様に、大変に期待されておりました」

「そそそそうなんですね。いいいい至らぬ者ではありますが、微力を尽くしますっ」

 アレクシスという名前を聞くたびに、ローザは挙動不審になっていた。

(背筋がぞぞぞぞぞってするの、なんなんだろう。目の前にいるわけでもないのに…)


「ブラックデル嬢には、ぜひとも、アレクシス皇子殿下と親しく話してもらいたかったのだが。まあ、機会はいくらでもあるだろう」

「ふぁっ、ふぁい」

(ギルド長まで! お願いだから、固有名詞抜きにして! 「皇子殿下」だけで分かるから!)


「そうでございますね。アレクシス皇子殿下も、こちらに戻ったらぜひお茶でもとおっしゃっていたことですし、日取りだけでも決めておきましょうか」

「それは良いな」

(や、やめてーーーー無理無理無理っ!)


 狼狽えるローザを見かねたマーサが、助け舟を出してくれた。

「私どもは、これから使用人たちの引越しなどもございますので、暮らしのほうが落ち着きましたら改めてということで、お許しいただけますでしょうか」

「左様でございますか。ではそのように」

「ブラックデル嬢、何か困りごとがあれば、何でもギルドに相談してほしい」

「アレクシス皇子殿下も同じことをおっしゃっております。どうかご遠慮なくお知らせください」

「はははい!」



 契約のための会合が終わって応接室から退室すると、ギルドの玄関前にリビーがいた。
 
「お疲れ様です、ローザ様」

「ありがとう。ここで待っててくれたのね」

「ずいぶん早く終わったみたいですけど、何も問題ありませんでした?」

「皇子様はいらっしゃらなかったけど、契約は無事済んだわ。今日からでも入居できるって」

「では、ローザ様は、マーサさんとご一緒に、このまま馬車で新居にいらしてください。私は宿を引き払ってから参りますので」

「お願いね」

 荷台に乗り込むと、御者台のネイトが振り返って、小声で尋ねた。

「お嬢、何があった」
「何もなかったわ」
「嘘だな。顔がおかしい。マーサ」
「ええ。ローザ様、城についてから、よくよくお話を伺いますよ」
「何も…ないってば」
「何が何もないのかを、お話いただければいいんですよ。ネイト、馬車を出して」
「分かった」


 数分後、城の前で荷馬車を降りたローザは、残してきたはずの四十名の使用人たち……大切な家族全員に、血走った目で、熱く盛大に出迎えられたのだった。


「お帰りなさいませ、ローザ様!」

「みんな……ちょっと早すぎない?」

「リビーから魔導通信が来た瞬間に飛びましたからね!」

「それって、つい五分くらい前じゃないの!?」

「呼ばれたらいつでも来れるように、全員昨日から寝ずに準備してましたから!」

「寝てちょうだい! 全員、いますぐ!」

「引越しパーティの準備だけしたら、仮眠をとりますよ!」

「よーし、皆、取り掛かれ!」

「料理開始ー!」

「うおおおおおお!」


 大騒ぎの使用人たちを眺めながら、ローザは少しだけ、肩の力が抜けた気がした。


(訳もわからずに怖がってても、仕方ないよね。みんなを守れるように、考えなくちゃ)


しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

完結 愚王の側妃として嫁ぐはずの姉が逃げました

らむ
恋愛
とある国に食欲に色欲に娯楽に遊び呆け果てには金にもがめついと噂の、見た目も醜い王がいる。 そんな愚王の側妃として嫁ぐのは姉のはずだったのに、失踪したために代わりに嫁ぐことになった妹の私。 しかしいざ対面してみると、なんだか噂とは違うような… 完結決定済み

【完結】皇太子の愛人が懐妊した事を、お妃様は結婚式の一週間後に知りました。皇太子様はお妃様を愛するつもりは無いようです。

五月ふう
恋愛
 リックストン国皇太子ポール・リックストンの部屋。 「マティア。僕は一生、君を愛するつもりはない。」  今日は結婚式前夜。婚約者のポールの声が部屋に響き渡る。 「そう……。」  マティアは小さく笑みを浮かべ、ゆっくりとソファーに身を預けた。    明日、ポールの花嫁になるはずの彼女の名前はマティア・ドントール。ドントール国第一王女。21歳。  リッカルド国とドントール国の和平のために、マティアはこの国に嫁いできた。ポールとの結婚は政略的なもの。彼らの意志は一切介入していない。 「どんなことがあっても、僕は君を王妃とは認めない。」  ポールはマティアを憎しみを込めた目でマティアを見つめる。美しい黒髪に青い瞳。ドントール国の宝石と評されるマティア。 「私が……ずっと貴方を好きだったと知っても、妻として認めてくれないの……?」 「ちっ……」  ポールは顔をしかめて舌打ちをした。   「……だからどうした。幼いころのくだらない感情に……今更意味はない。」  ポールは険しい顔でマティアを睨みつける。銀色の髪に赤い瞳のポール。マティアにとってポールは大切な初恋の相手。 だが、ポールにはマティアを愛することはできない理由があった。 二人の結婚式が行われた一週間後、マティアは衝撃の事実を知ることになる。 「サラが懐妊したですって‥‥‥!?」

タダ働きなので待遇改善を求めて抗議したら、精霊達から『破壊神』と怖れられています。

渡里あずま
ファンタジー
出来損ないの聖女・アガタ。 しかし、精霊の加護を持つ新たな聖女が現れて、王子から婚約破棄された時――彼女は、前世(現代)の記憶を取り戻した。 「それなら、今までの報酬を払って貰えますか?」 ※※※ 虐げられていた子が、モフモフしながらやりたいことを探す旅に出る話です。 ※重複投稿作品※ 表紙の使用画像は、AdobeStockのものです。

最愛の番に殺された獣王妃

望月 或
恋愛
目の前には、最愛の人の憎しみと怒りに満ちた黄金色の瞳。 彼のすぐ後ろには、私の姿をした聖女が怯えた表情で口元に両手を当てこちらを見ている。 手で隠しているけれど、その唇が堪え切れず嘲笑っている事を私は知っている。 聖女の姿となった私の左胸を貫いた彼の愛剣が、ゆっくりと引き抜かれる。 哀しみと失意と諦めの中、私の身体は床に崩れ落ちて―― 突然彼から放たれた、狂気と絶望が入り混じった慟哭を聞きながら、私の思考は止まり、意識は閉ざされ永遠の眠りについた――はずだったのだけれど……? 「憐れなアンタに“選択”を与える。このままあの世に逝くか、別の“誰か”になって新たな人生を歩むか」 謎の人物の言葉に、私が選択したのは――

婚約破棄された令嬢が記憶を消され、それを望んだ王子は後悔することになりました

kieiku
恋愛
「では、記憶消去の魔法を執行します」 王子に婚約破棄された公爵令嬢は、王子妃教育の知識を消し去るため、10歳以降の記憶を奪われることになった。そして記憶を失い、退行した令嬢の言葉が王子を後悔に突き落とす。

悪役令嬢と言われ冤罪で追放されたけど、実力でざまぁしてしまった。

三谷朱花
恋愛
レナ・フルサールは元公爵令嬢。何もしていないはずなのに、気が付けば悪役令嬢と呼ばれ、公爵家を追放されるはめに。それまで高スペックと魔力の強さから王太子妃として望まれたはずなのに、スペックも低い魔力もほとんどないマリアンヌ・ゴッセ男爵令嬢が、王太子妃になることに。 何度も断罪を回避しようとしたのに! では、こんな国など出ていきます!

【書籍化】番の身代わり婚約者を辞めることにしたら、冷酷な龍神王太子の様子がおかしくなりました

降魔 鬼灯
恋愛
 コミカライズ化決定しました。 ユリアンナは王太子ルードヴィッヒの婚約者。  幼い頃は仲良しの2人だったのに、最近では全く会話がない。  月一度の砂時計で時間を計られた義務の様なお茶会もルードヴィッヒはこちらを睨みつけるだけで、なんの会話もない。    お茶会が終わったあとに義務的に届く手紙や花束。義務的に届くドレスやアクセサリー。    しまいには「ずっと番と一緒にいたい」なんて言葉も聞いてしまって。 よし分かった、もう無理、婚約破棄しよう! 誤解から婚約破棄を申し出て自制していた番を怒らせ、執着溺愛のブーメランを食らうユリアンナの運命は? 全十話。一日2回更新 完結済  コミカライズ化に伴いタイトルを『憂鬱なお茶会〜殿下、お茶会を止めて番探しをされては?え?義務?彼女は自分が殿下の番であることを知らない。溺愛まであと半年〜』から『番の身代わり婚約者を辞めることにしたら、冷酷な龍神王太子の様子がおかしくなりました』に変更しています。

敵に貞操を奪われて癒しの力を失うはずだった聖女ですが、なぜか前より漲っています

藤谷 要
恋愛
サルサン国の聖女たちは、隣国に征服される際に自国の王の命で殺されそうになった。ところが、侵略軍将帥のマトルヘル侯爵に助けられた。それから聖女たちは侵略国に仕えるようになったが、一か月後に筆頭聖女だったルミネラは命の恩人の侯爵へ嫁ぐように国王から命じられる。 結婚披露宴では、陛下に側妃として嫁いだ旧サルサン国王女が出席していたが、彼女は侯爵に腕を絡めて「陛下の手がつかなかったら一年後に妻にしてほしい」と頼んでいた。しかも、侯爵はその手を振り払いもしない。 聖女は愛のない交わりで神の加護を失うとされているので、当然白い結婚だと思っていたが、初夜に侯爵のメイアスから体の関係を迫られる。彼は命の恩人だったので、ルミネラはそのまま彼を受け入れた。 侯爵がかつての恋人に似ていたとはいえ、侯爵と孤児だった彼は全く別人。愛のない交わりだったので、当然力を失うと思っていたが、なぜか以前よりも力が漲っていた。 ※全11話 2万字程度の話です。

処理中です...