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業務日誌(二冊目)
(10)事情聴取
しおりを挟むデミグリッド城の謁見の間では、アルダスとゲイソンが、国王を尋問していた。
「信じられん…我が国が隣国に攻め込むなど、あり得ない」
「国境に駐留していた軍隊について、派遣した覚えはないと?」
「そのような命令は出していない。そもそも戦争など起こす余裕がない。度重なる災害のせいで、国の予算は赤字なのだ」
「お言葉ですが、この数年、貴国の災害など、全く耳にしたことがありませんな」
「国の予算も、軍事費ばかり増額されている。災害復興や食糧の補填に当てた形跡が全くないぞ」
「突然の徴兵令で、働き手を奪われた農村地帯が困窮している話ならありますがね」
「そんな馬鹿な…」
「貴殿については、『王は人が変わってしまった』『何かに取り憑かれたかのように、欲深くおなりだ』と、侍従たちが嘆いておりましたよ」
ただし、デミグリッド王の侍従たちが嘆いていたのは三年前までで、それ以降は侍従を含めた城内の全員が、国王と同様に人が変わってしまったことを、彼らの記憶を覗き見したアルダスは把握していた。
「私は、一体、何をしていたのだ…」
「ここ三年ほどの記憶はございますか?」
「……分からない。はっきりしない」
「三年以上前の記憶は?」
デミグリッド王は、力なく首を横に振った。
「全てに靄がかかっているかのようだ。私はただ、疲弊した国を建て直そうとしていたつもりだったが、自分の思いとは違う言葉を口にしていたような気がする…」
アルダスとゲイソンは、顔を見合わせて結論を出した。
「傀儡化、でしょうな」
「だな。うちの城に仕掛けられていた呪具と同じものが、ここの城でも大量に見つかっている」
「術者はいましたか」
「残念ながら、だいぶ前に逃げた後だったな。アデラたちが追跡しているが、捕まえられるかどうか分からん」
「となると、うちに来ていた愚か者たちに話を聞かなくてはなりませんね」
「城で捕縛してあるのか?」
「いえ、少々腹が立っておりましたので、縛り上げて、ケルベロスが群れている平原にお送りしてしまいました」
「それ…もう食われてんだろ」
「齧られても死なないように、多少の防御は施しておきましたよ」
「生きてるといいな…」
「とりあえず、馬鹿者たちをケルベロスの口から取り戻しに行ってきます。あなた方も早目に撤収してください。明日には軍がクーデターを起こすはずですので」
「デミグリッド王はどうする?」
「当面はうちで保護するしかありませんな。ここに放置していくと、証拠隠滅のために消される可能性が有るでしょうから」
「王様なんか抱え込んだら、面倒じゃないのか?」
「後の始末は、アレな皇子様に丸投げといきましょうか」
「それいいな! よし、撤収だ。お前ら、帰る支度をしろ!」
「では後ほど城で」
「おう!」
遠見の術式で、謁見の間の一部始終を見ていたアレクシス皇子は、難しい顔で考え込んでいた。
「デミグリッド国王が傀儡ということは、隣国への侵攻はブラフだった? 目的は、ローザの液体魔力の占有だとして、首謀者は、どこの誰だ…?」
皇子は足元に転がっている間諜たちを見た。
「こいつらは、自分たちがデミグリッド王の手の者だと思い込んでいたようだが、それも意志操作の呪いのせいだったのだろうな」
皇子は小型通信魔具を取り出して、テオを呼び出した。
「いかがなさいました」
「想定外の仕事が増えた。僕一人では回らないから、少し手伝いを頼みたい」
「何なりと」
「まずはデミグリッド国の建て直し。軍事クーデターということになるけど、大将は温厚な人物のようだから、当面の国王代理に据える。そっちは僕が見るから、官僚機構のほうを頼む。ある程度まともに動くように、リモートで監視してくれ。帝国とは早めに友好関係を結ぶことも忘れずに」
「わかりました」
「それと、商工業については、いきなり沈没しないように、さりげなく帝国でサポートしたい。問題は、この三年で荒廃し切っている農業なんだけど…どうしたもんかね」
「人員の不足でしょうか」
「徴兵された農民たちが帰還するから、人手はまあ、大丈夫かな。ただ農耕地がズタズタなんだよな。何にもしてなかったらしくて、今年の収穫はおそらくゼロだ」
「短期で収穫できる作物を斡旋しますかね。農作業に熟達したゴーレムも貸し出して、一気に農地を回復させれば、多少はましになるかと」
「それで行こう。手配を頼む」
「殿下はこの後どうされます?」
「デミグリッド国を洗脳操作していた黒幕を探そうと思うけど、現時点では見当もつかないんだ」
「こちらでも当たってみますが、あまり深入りなさらずに、早めに帰国することをお勧めします」
「なぜ?」
「黒幕の狙いがローザ様の可能性があるのでしょう? お近くにいらした方が、何か起きたときに動きやすいのではないかと」
「そうだな……一刻も早く憂いを消し去りたいんだけど、彼女を危険にさらすのでは、本末転倒か」
「特に今回、あの使用人の方々すら出し抜かれていますからね。守りは固めるべきではないかと」
「分かった。最小限の調査だけして、帰国する」
「お待ちしております」
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