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業務日誌(二冊目)

(11)方針転換

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「収穫は、なしですか」

 頭が三つある巨大な犬の口から、侵入者たちを回収したアルダスは、ボロボロになっていた彼らに尋問し、記憶を読み取ったけれども、よほど強固に精神が縛られているのか、分かったことは、デミグリッド国の出身ではないということだけだった。

 彼らについては、コソ泥ということで警察部隊に突き出し、あとは泳がせておくことになった。

 防護班や庭師組が捕まえた者たちは、全員がデミグリッド国の農民たちだった。

 ローザ襲撃の首謀者の情報などは何も持っておらず、洗脳が解けてからは怯えるだけだったので、まとめて帰国させた。

 ゲイソンたちが連れ帰ったデミグリッド国王は、城の別棟で保護し、手厚く養生させながら事情を聞くことになった。

「私には、確かに王妃と娘がいたはずなのに、なぜかはっきりと思いだせないのだ…」

 国王は十年前に結婚していて、五年ほど前には王女の誕生が報じられていた。それなのに、王妃と王女が公的な場に姿を見せたという記録が、一切なかった。


「結婚式やパレードの写真すら残っていないというのは、明らかに不自然です」

 アルダスの言葉に、ゲイソンが頷いた。

「住民たちの記憶を探ると、確かにパレードを見てはいるんだよ。なのに、聞いても誰も思い出せなくなっている」

 夜が明けてから、荒廃した農村地帯を回ってきた庭師組の者たちも、憂い顔で状況を報告した。

「みんな働くことを放棄して、ぼーっとしてたな。蓄えた食糧で食い繋いでいたようだけど、中には餓死寸前の者もいたよ」

 庭師組は手分けして、飢餓に苦しむ者を手当して回ったという。

「あと、女たちがほとんどいなかった。どこの家も、女房とか娘とかがいなくなってるのに、そのことに誰も気づいてないみたいでな」

「国丸ごと洗脳され、国民を奪われていたということですか…」

 城内で回収された呪具を分解調査していたネイトが、忌々しげに言った。

「ここの城でも、同じことをやろうとしてたんだろうな。お嬢に液体魔力を作らせて、俺らのことは、良いように使い回そうってか。ムカつくぜ」

 アルダスの横で報告を聞いていたデミグリッド国王は、何かを目で追うような仕草をしながら、頼りなげに話し始めた。


「思い出せそうで、どうにも思い出せないことがある…」

「どんなことですかな」

 アルダスが促すと、デミグリッド国王は、握った拳を胸のあたりに強く当てて、話を続けた。

「王妃がまだ城にいた頃に、誰か…名前も顔も分からぬが、よく気の利く者を、寵臣としてそば近くで使っていた。王妃が居なくなってからは、その者の姿も見なくなったように思うのだ。思い出そうとすると、なぜか、胸に痛みが起こるようだ。痛み…いや、押し潰した怒りか……私は、何かに対して、ひどい怒りを持っていたのか?」

「よく気の利く者への怒りでしょうか」

「分からぬ…その者の話を聞いて、別の誰かに憤りを感じたようにも思うのだが……何も思いだせぬ」

 デミグリッド国王の顔色が悪くなってきたのを見て、アルダスは聞き取りを切り上げることにした。

「今日はここまでにいたしましょう。食事を届けさせますので、お召し上がりになって、ゆっくりお過ごしください」

「しかし、国や民のことを放っておくわけには…」

「まずは心身の回復が最優先です。お国のことは、決して悪いようにはいたしません」

「そなたらが言っていた、戦は…」

「起こさせませんよ。徴兵されていた農民たちは、今日にも家に帰ることでしょう」

 帝国の皇子アレが頑張っていますからねと、アルダスは心の中で付け加えた。

「すまない…」

「元気だせよ王様。どう考えても、あんたは被害者だ。あんたの国もな。でもって俺らも当事者だ。敵の姿はまだ見えねえが、このままじゃ済ませねえ。こんなことをやらかした奴を、一緒にやっつけようぜ」

「そう、だな…」

 ネイトがデミグリッド王を励ましていると、侍女のポージーが、賑やかに食事を運んできた。

「はーい王様、お昼ごはんですよー。消化に良くて美味しいスープと、やわらかーいお惣菜、とろっとろに煮込んだお林檎もありますよー」

「ありがとう…そなたらは、双子か?」

「つい最近出会ったばっかりなんですけどね。よーく似てるでしょ?」

 ポージーの傍らで、ポージーそっくりの人形が、ニコニコしながら配膳の手伝いをしていた。

「私の娘も、双子だったはずだ。まだ、名も思い出せぬが…王妃の顔と名も…」

「きっと見つかりますよ! 元気だして、一緒に探しましょうね!」

 王の世話をポージーたちに任せると、アルダスたちは別棟を出た。

「デミグリッド王は、お一人にしないほうが良さそうですね」

「だな。心が危ういだけでなく、襲撃の危険もありそうだ。厨房組からも何人か付けさせる。王の食事は、別棟の厨房で用意した方が安全だろう」

「庭師組も手分けして常駐する。別棟周りの花壇を整えながら、呪具対策も取ろうと思う」

「お嬢のおかげで戦力が倍になったのは、好都合だったよな」

 ネイトは自分の分身を大層気に入ったようだった。

「全くだ。この際もう少し増やしてもらうか」

「いいけど、同じ顔ばっかり増えるのは混乱のもとじゃね? ていうか、侍従長や料理長が増えると、怯える奴が多そうだぜ」

「よろしいではありませんか。現場が引き締まれば、それだけお嬢様の安全も増すのですから」

「俺の顔を増やすかどうかはともかく、デミグリッド国から消えた女たちを探すとなると、完全に人手が足りんな」

「だよなー。お嬢の警護と、新プロジェクトのこともある。いっそ俺が百人くらい欲しいぜ」

「今のことろ、元凶を見つける手掛かりになりそうなのは、行方不明の女たちだけだからな。王妃と王女たちも、早く見つけてやらないと、あの王様、気の毒すぎるぜ」

「そうですが、我々の最優先はお嬢様の安寧です。まあしばらくは、アレな皇子殿下に頑張っていただきましょうかね」

「だな」






遠見の術でアルダスたちを眺めていたアレクシス皇子は、今日何度目か分からない、深いため息をついた。



「僕だって、僕が百人欲しいよ、ローザ……」

 視点を変えて、自室でお茶を飲んでいるローザを盗み見しはじめた皇子は、少しだけ機嫌をよくして、考えごとを進めた。

「デミグリッドの王妃と王女たちか。僕も全く記憶にないってことは、知らないうちに洗脳の術式を食らっていたんだろうな。忌々しいけど、まだ体内に術式のかけらでも残っていれば、分離して、発動元をたどれるかな…」





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