アネモネを君に

野部 悠愛

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背けては居られない

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楽しい時間というものは呆気なく終わってしまうものだ。

彼女をもう少し話したいからと理由をつけて家まで送った帰り道、彼女の春の太陽のような笑顔や雰囲気を思い出しながら帰途につく。

誇張ではなく本当に彼女は春の太陽だった。
ふんわりと包み込むような暖かさで、冬の寒さや雪を溶かす優しい光。その光を、私は誰にも渡したくない。

太陽を独占したいだなんて、なんと愚かしいことだろう。
それでも、そう思うのを辞めることは、今の私にはできそうもなかった。

今更、あの光を手放すことなんて出来ない。
彼女は、あの光は、優しくて、とても優しくて、そして麻薬のような中毒性を持つ残酷な存在だ。

彼女の側は心地良い。だから、彼女の周りには人が集まる。
彼女が人に囲まれているのを見る度に嫉妬を抱き、顔を醜く歪める私は、もうきっと彼女なしではいられないのだろう。

彼女は周りから向けられる心に酷く鈍感だった。
どんなに彼女を恋しく思おうとも、彼女はそれに気づかない。

優しさを与えられて、可愛らしい笑顔に話し方に惹かれて恋情を抱いて、けれども気づいては貰えず、自分に向けられる優しさを失いたくなくて、気持ちを告げることもままならない。

彼女は何よりもタチの悪い麻薬のようだ。
彼女に心奪われた私は、彼女から離れたら、彼女の心が離れたらきっともう息すらままならない。
……
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