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第5話

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「昼間もそして生徒会室の中でも失礼な事ばかりしてごめんなさい。早苗のこともそう。貴方がどういう人なのか判断する為にわざと煽る様な態度をし彼女に貴方を観察させていました。本当にごめんなさい。」



そう頭を下げる新實さんと刈谷さん。
威圧する様な、そして見下す様な態度は完全になりを潜め、自らの発言を真摯に謝る姿に本当に演技だったのだと納得する。
有無を言わさぬ命令口調しかり、立たせたままでの会話もしかりだ。


あの後、俺の事を信用するに値すると評価がでたのか応接用のソファまで案内され座るように促された。
刈谷さんは慣れた手つきでお茶を淹れてくれたので遠慮せず口をつけ一息つくと先程の謝罪が始まったのだ。


「もう良いよ。偶然とはいえ盗み聞きする様な形で2人の会話を聞いてしまった訳だし。それに得体の知れない、しかも悪い噂が飛び交う人物相手だからね。不安になら無い方がおかしいよ。
はぁ、いやでも正直安心したよ。これでもし信用されないなら転校も視野に入れていたからさ。
あっ、嫌々転校するって意味じゃ無いぞ、お互い憂い無く過ごせる様にする前向きな転校な!」


面倒事は全く好まないが(事実逃げようと足掻いたし)愛し合う二人の平穏を犯したくないのが本音だ。だから俺1人が消えて平穏が保てるのであれば安いものだと思っていた。

だがそれを口にすると新實さんが困惑の顔を浮かべた。

「何でそこまで私たちの事を真剣に考えてくれたの?親しい間柄でも無いのに。
それに貴方はたまたま私達の秘密を聞いてしまっただけで一方的に責められた被害者なのよ。
なのに私達の為に転校も視野に入れてたとか、、、全く理解が及ばないわ。ねぇ、貴方にとってその行動は何かメリットはあるの?」


心底分からないといった表情をしてる。刈谷さんも無表情ながらも新實さんの言葉に小さく頷いている。
うーん、、、俺としては当たり前の事なのだが理解出来ないみたいだ。


「メリットと言うよりはただの自己満足に近いかな。
俺にとってお互いを想い合える関係って奇跡であり尊いものだって思うんだ。
だって凄くないか?同じ分の熱量を互いが持ってるって。過不足が一切無く釣り合った気持ちが存在するなんて正に奇跡だ。
だからその奇跡を邪魔する位なら喜んで泥くらい被るさ。
それに良く言うじゃん。愛し合う2人を邪魔するなら『馬に蹴られて死んじまえ』って。」


最後にウィンク付きで軽口を添えれば、新實さんと刈谷さんはクスッと笑みを溢した。
刈谷さんってちゃんと笑えるんだなと少し失礼な事を考えたのは内緒だ。


「貴方が『愛』について一家言があってその信念を元に行動しているって事は分かったわ。その考え方嫌いじゃ無いし素敵だと思うわ。でもーーー」


新實さんは言葉を区切ると少し表情を強張らせた。刈谷さんも少し俯いている。
そして今度は恐る恐るといった感じで言葉を繋いだ。


「でも、、その、私達愛しあっているけど、、女同士、である訳じゃない?ーーーその事で、貴方は何か思う事は無いの?」


小刻みに震えている新實さんの手をそっと握り締めた刈谷さんが聞こえるギリギリの声量でボソッと言葉を溢す。


「ーーー気持ち悪い?」



どう言う事だろう?
気持ち悪い?
2人が?
あり得ない。なぜそんな事をーーー

ーーーあぁ、あれか世間一般にってヤツか。それなら俺にも良く分かる。開けてきたとはいえマイノリティへの風当たりは依然強いままだ。
だが彼女達にはそんな事を気にせず幸せになって欲しいなと感じていた。お互いが本当に大切な存在なのは見ていれば分かるから。
だからこそ俺は彼女達を全面的に肯定したいと思った。


「思う事も何も本人達が幸せなら良くないか?新實さんは刈谷さんが好きで刈谷さんも新實さんが好き。うん、問題無い。寧ろお互いの『唯一』を見つけられた2人が羨ましいくらいだ。
世間の理解がまだ及ばないだろうけどお互いが心から相手を好きになれた事を寧ろ誇りに思って欲しい。そしてなにより自分達だけはお互いの関係を、気持ちを否定しないであげて欲しいよ。
気持ち悪い?ーーーいいや、2人にぴったりの言葉は『愛しい』だろ?」


まだまだ世間は俺たちのような枠外を受け入れてはくれないが少しずつで良いから理解は出来なくても受容くらいはして欲しいと願う。

そう想いを馳せていると鼻を啜る音が聞こえた。慌てて意識を戻し前を向くと新實さんと刈谷さんがお互いを強く抱きしめながら泣いている姿が目に入った。


「えっ!えっ?俺が泣かしたの?ごっ、ごめん!俺なにか不味い事を言ったみたいで、、本当にごめん。どうしたらいい?俺にできることがあれば何でも言ってくれ!」


つい狼狽え声が上擦った。
慌ててハンカチを出したが既に互いの制服の襟元に吸い込まれてしまっていた。

俺の言葉の何かが琴線に触れてしまったようで申し訳なくなる。事実彼女達を泣かしてしまったのは俺なので何かしら責任を取らなければならないだろう。そう考えを巡らせていると新實さんから声が掛かる。


「ご、めんなさい。貴方は何も、悪く無いの。ただ、貴方が本心で私達の関係を否定するどころか受け入れてくれたことが本当に、本当に嬉しくて、、、。
ーーー私達は家族にすら『気持ち悪い』と言われ、、全てを否定された。何度も、、何度も。。
だから私達はおかしいんだ、誰にも認められない否定される存在なんだって、、もう、限界が近かったの。」


そう言ってまた涙を流す新實さん。


「ふふっ、『愛しい』か。初めて言われた。ーーーありがとう。」


微かな声でお礼を述べる刈谷さん。


彼女達は今までどれだけの悪意に晒されて来たのだろうと心が苦しくなった。支えてくれるはずの家族にすら2人の関係を否定されるなんて、その苦しみは計り知れない。
一見強そうに見えた彼女達は脆くなったボロボロの心に必死に鎧を纏わせ虚勢を張っていたのだろう。


ならば俺はーーー



偶然にも関わることになった関係だが、何者からも彼女達を守りたい。と身勝手にもそう思ってしまったのだった。


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