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Prologue
01話 アウルの日常
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木造の教室の窓から差す木漏れ日の暖かさ。
その心地良さは、卒業を間近に控えた少年少女達の勉強への意欲を削ぎ、微睡みへと誘う。
しかしながら生徒達は欠伸を堪えながらも真面目に勉学に勤しみ、黒板を注視し続ける。
そんなある種の緊張感が漂う教室の中、窓際の席に座る一人の少年が栗色の頭を机に伏せていた――。
「――アウル、おい起きろ」
「…………」
隣に座る友人が身体を揺すり、小声で起こす。
しかし、少年は全く起きる素振りを見せず、小さく寝息を漏らしている。
「――アウル、やばいって」
「…………」
更に強く友人は揺する。
それでも少年は起きてはくれず、微動だにしない。
そして――。
「――アウリスト・ピースキーパー!!」
「いでっっ」
名を呼ぶ怒声と共に、伏したままの少年の頭に飛来物が命中する――。
◇◆◇◆
――ここは『城塞都市ゼレスティア』
その冠した城塞都市という名の示す通り、“ゲート”と呼ばれた石製の分厚い城郭に囲われた大都市だ。
ここには一万人を優に超す市民が、その城郭の内側に住んでいる。
ゲートの建造に使用されている石は、魔物や魔神といった悪しき魂を持つ生物が触れることすら嫌う特殊な石で造られ、外敵から人々の暮らしを守っているのだ。
ゼレスティア国内は、東西南北の4つの区画で分けられていて、その内の1つである『アーカム市』が、この物語の主人公であるアウリスト・ピースキーパーが住まう街だ。
街にはこの国で唯一の学武術園(通称:学園)が存在し、ゼレスティアで暮らす人々全てに六歳で入学する義務と十五歳で卒業する権利が与えられる。
学園では一般的な教養の他に、基礎的な武術・魔術を学ぶようカリキュラムされ、義務教育を終えた生徒達には個人の能力に応じて職が斡旋。そのまま社会の一部へと組み込まれていくのが専らだった。
そして主人公アウリスト・ピースキーパーは、今年度に卒業を迎える9修生であったのだ――。
◇◆◇◆
「いでっっ」
指で小突かれたような衝撃のお陰で、アウルは眠りから覚め、面を上げる。
まだ開ききらない重い瞼をこすりながら開いた先には、黒板の前でこちらを睨みながら顔面を紅潮させ、怒りに打ち震えている様子の中年男性が立っていたのだ。
紅潮させている原因が、数術授業の途中だというのに居眠りを続けるアウルに対してであるのは明白。
授業の開始直後から寝始める少年に対し遂に我慢の限界が訪れてしまった数術教士、ハミルク・マコマクがたった今、チョークを頭へ勢いよく投げ付けたのであった。
(あっちゃー、バレちゃったか……)
バツが悪そうな表情をするアウルの席へ、整列された机を縫うようにハミルクが迫り寄る。
「やっと起きたかピースキーパー、俺の授業は退屈かぁ? んん?」
口角を目いっぱいに吊り上げて笑顔を見せるハミルク。
しかしその額には青筋が浮き出ているように見えた。
「い、いやぁハミルク先生のありがたい授業は退屈とは無縁なんですけど、もう卒業も間近な俺には今さら数術なんて勉強しても今後の人生に役に立たないというか――」
「お前は1修生の時からまともに聞いてなかっただろうがああぁっ!!」
アウルの苦し紛れな言い訳を怒号で遮るハミルク。
「す、すんませんっ!」
竦み上がるアウルに対し、彼は溜め息で間を置くと、呆れたように口を開く。
「……もういい、授業を再開する。ピースキーパー、授業は聞かなくていいからもう寝るなよ」
そう言い残し、ハミルクは定位置である教壇へと戻って行ったのだった。
(ふう、今日は補習無しで済んだかぁ……)
今度は安堵の溜め息をアウルが漏らす。
(くそぉ、どうせ数術なんて習ったところで俺にはなんの使い道も無いんだし、別に居眠りくらい良いじゃんかよ!)
チョークをぶつけられた栗色の髪を無造作に掻き、アウルは脳内で悪態をつく。
「――おい、アウル」
「ん?」
左隣の席に座る金髪の眼鏡をかけた友人が、他の学士に聞こえないような程の声でアウルに声をかける。
「大丈夫か、頭?」
「どっちの心配? ハミルクのチョークの威力なら相変わらずだし、脳はいつも通り正常だよ」
「ハハ、そこまで聞いてねえよ」
他愛のないやり取りをする二人。
今度はアウルが友人に訊く。
「それよりなんで起こしてくれなかったの? ライカ」
「バカ、散々起こしたっつーの! お前が起きなかったんだろ!」
アウルがライカと呼ぶこの少年は、ライカート・ハーティスと言い、アウルと同じく9修生。
彼とアウルは入学して程なく仲良くなり、学園内外で常に行動を共にしていたのだった。
◇◆◇◆
空が赤みを帯びてくる頃。
終業の鐘が鳴り、アウル達を含む学士達がまばらに帰宅を開始する。
「――しかしアウル、お前卒業した後どうするんだよ? この時期にまだなにも進路希望提出してないのはお前くらいだぜ?」
教室の中、帰り支度を済ませながらライカが続ける。
「希望を提出すれば学園側も多少は考慮してくれるのアウルも知ってるだろ? 早く希望出さねえと進路の枠埋まっちゃうぞ」
「うるさいなあ、進路なんて決まってなくてもなにも問題ないだろ。どうせ国軍に配属されるんだし」
自身の進路への忠告に対し、アウルは嫌々と返す。
少年は支度を既に終えていたため、学園指定されている皮のバッグを肩に掛け、先に教室を後にする。
そのアウルを追いライカも教室を出ると、シリアスな面持ちで訊く。
「アウル……。お前の成績で国軍に配属されると本気で思ってるのか?」
「なるようになるよ! 大体、俺の心配ばっかしてるけど、ライカ! お前はどーなんだよ?」
詰め寄り、アウルが鼻先へと指を突き付ける。
すると、ライカはそれに動じることなく自信満々に答えた。
「俺か? 前から言ってるが俺は家業を継ぐからな! 将来で悩む必要はないんだよ!」
「あの不味いハンバーグが出てくる食堂ね。あれ、オットルの肉使ってるでしょ」
「おまっ、150年の歴史を誇る老舗ハーティス食堂ナメんなよ! つか、魔物の肉なんて使うわけねえだろ!」
半分喧嘩に見えなくもない論争だが、周囲に居る誰もがその場を収めようとはせず。
この二人の仲の良さを入学当初から知ってる者ばかりなので、止めるだけ無駄だということは誰もが解りきっていたのだ。
――そんな中、二人の少年の目の前に一人の赤髪の少女が腕を組みながら立ち塞がる。
「また下らないことで言い争ってる。アンタらってホント懲りないよねえ」
その言葉にアウルとライカが論争をピタリと中断させ、同時に名を呼ぶ。
「なんだ、またピリムか」
「なんだとはなによ!」
一瞥したと同時に『やれやれ』といった表情を見せたアウルとライカに少女が激昂する。
エメラルドグリーンの瞳に、華奢な身体。ローゼの花のように赤いロングヘアーと額を出した髪型が印象的な少女、ピリム・ネスロイドはアウル達と同じく9修生。
成績は優秀で武術と魔術にも秀でているピリムだが、万年平凡以下の成績のアウルとライカとは何故か一緒に行動を共にすることが多い。
そして、このピリムを加えた3人で再び言い争いに発展するのも、他の学士達はもちろん周知済みだった。
◇◆◇◆
レンガ造りの一戸建てが建ち並ぶ、やや閑散とした住宅街。
敷き詰められた石畳の上を歩き、帰路についている三人の少年少女――。
アウル、ライカ、ピリムは家の方向が殆ど一緒なため、いつも一緒に帰っていた。
「――しっかし、俺達もあと100日足らずで卒業かあ。なんだかあっという間な9年間だったなぁ」
気怠そうに言いながら両の手を後頭部にやり、アウルの右隣を歩くライカ。
「確かにそうだね。なんの面白みもない学園生活って感じだったな……ふわぁ~あ」
会話の途中で欠伸を挟むアウル。
一方で左隣を歩いていたピリムが、少年二人の脱力っぷりにやきもきし、思わず口を挟む。
「なにが“あっという間で面白みもなかった”よ。二人とも普段から授業を全然真面目に受けてこなかったからじゃない」
「わーってるよ、ピリム。確かに俺達はお前の言う通り、学術に剣術や魔術もまともに勉強してこなかったよ。でもな、平和なこの国で他人以上に努力したところで一体何に繋がるっていうんだよ?」
「はぁ? 何が言いたいのよ……?」
父親が国軍所属。自らも国軍への入隊を志願し、二人に比べ学術や魔術を日頃から真面目に取り組んでいたピリムが、ジト目で睨みを利かせる。
「怖い顔すんなよ……まあ良く聞け。俺達がガキんちょだった頃はまだ西の“ガストニア”と領土の奪い合いがあったりもしたが、今では魔神族の根絶、っていう共通の目的の下に停戦協定を結んで同盟国になったじゃんかよ」
身振り手振りを加えながら説明をするライカが更に続ける。
「そのお陰で今はこんなに平和な国になったんだぜ。ゲートからさえ出なければ魔物や魔神には滅多に遭う事なんて無いんだし、学術とか剣術なんて無理して頑張らなくてもいいんだよ! 特に俺なんて務め先が決まっちゃってるしなっ」
『ガハハハ』と父親譲りの大きな声で笑い飛ばすライカに、ピリムは苛々とした様子を見せている。
「アウル、アンタはどう思うのよ? 今のハナシ」
隣で眠たそうにしながら二人の話を聞いていた少年は、急に話を振られて体をびくりとさせてしまう。
「え、俺? んー俺は……まあ、ライカの言う通りだと思うかな」
「アンタ今、絶対適当に答えてるでしょ……」
ピリムが聞く相手を間違えたとすぐに気付く。
「そもそもアンタは進路希望どうするの? まずそこからよね?」
「ピリムもその質問するのかよ! だから俺は、国軍に……」
「アンタのその成績で!? 冗談でしょ?」
トーンは違うがライカと全く同じ質問、同じ反応をするピリムに、少年の脳内ではデジャヴを引き起こす羽目となる。
その様を見ていたライカは大爆笑し、目の端に一滴の涙を浮かばせる。
「やっぱそういう反応になるよな! 気持ちは解るぜ、ピリム。でもな、アウルは確かに俺よりも更にひどい成績だが、コイツはあの名門ピースキーパー家の生まれだぜ? 親父さんと兄のクルーイルさんのコネみたいなもんでなんだかんだ軍には配属されると思うけどな。な、アウル?」
「家の事は言うなっての! それに俺は落ちこぼれなんだからコネなんて無いって」
同意を促すよう肩に腕を回すライカに、アウルは辟易とした表情を見せる。
「またまた何をおっしゃる、ピースキーパー殿!」
じゃれあう二人を無視するように、少女はピタリと足を止める。
「ん、どうしたピリム? あ、お前ここ曲がったら自分ちだもんな」
振り向く二人に対し、ピリムは不機嫌そうな顔付きだ。
「アンタ達の考えはよーくわかったわ。そうね、このまま卒業してそうやって呑気に暮らしているといいわ。でも、一つだけ覚えておきなさい。今は確かにこの国は平和だけど、この先いつ何が起きるかなんて誰にも想像なんて出来ないんだから! 取り返しのつかない事態になった時にでも精々悔い改めるといいわ……」
いつになく怒気を孕んだ物言いのピリムに対し、アウルは若干の動揺を見せる。
「どうしたんだよ急に……」
「アタシんちこっちだから、もう帰るね。バイバイ」
そうピシャリと言い捨て、ピリムは角を曲がって自宅に向かっていった。
そして取り残されたように、立ち呆けるアウルとライカ。
「……今日はなんか特にイライラしてたね、ピリム」
「そうかぁ? どうせいつものように一日経ったらまた何食わぬ顔して話しかけてくるって」
扱いに慣れているライカがそう返すと、二人はまた歩を進めた。
「――で、アウル、今日はこれからどうするんだ?」
ライカの家であり、就職内定先でもある『ハーティス食堂』の前に二人は着いた。
営業中の店内を覗くと、大盛況とまではいかないが、それなりに客は入っている模様。
「ヒマだったらさ、新メニューの試食でもしていかねえ? もちろんお前からは金は取らねえぜ! どうだ?」
目をキラキラと輝かせながらそう提案するライカに、アウルはいつもの調子で答えた。
「んー、今日はいいかなぁ」
「"今日も"の間違いだろー? お前ここ一、二年で急に付き合い悪くなったよなあ。……実はカノジョでも出来てたりして?」
「馬鹿、そんなんじゃないって」
下世話な勘繰りに対し苦笑を浮かべる少年。
その後二人は少しだけ談笑し、別れを告げ、お互いの自宅に帰っていったのだった。
「…………」
自宅に着いたアウルは門を開き敷地内へと。
そのまま緑の芝が根付く庭を横切り、自宅の入口のドアノブに手を掛けると、ふと思いに耽る。
(この先いつなにが起こるかわからない、か……。今日は久々に剣でも振ってみようかな)
そう考えを巡らせながら、少年は家のドアを開いた。
その心地良さは、卒業を間近に控えた少年少女達の勉強への意欲を削ぎ、微睡みへと誘う。
しかしながら生徒達は欠伸を堪えながらも真面目に勉学に勤しみ、黒板を注視し続ける。
そんなある種の緊張感が漂う教室の中、窓際の席に座る一人の少年が栗色の頭を机に伏せていた――。
「――アウル、おい起きろ」
「…………」
隣に座る友人が身体を揺すり、小声で起こす。
しかし、少年は全く起きる素振りを見せず、小さく寝息を漏らしている。
「――アウル、やばいって」
「…………」
更に強く友人は揺する。
それでも少年は起きてはくれず、微動だにしない。
そして――。
「――アウリスト・ピースキーパー!!」
「いでっっ」
名を呼ぶ怒声と共に、伏したままの少年の頭に飛来物が命中する――。
◇◆◇◆
――ここは『城塞都市ゼレスティア』
その冠した城塞都市という名の示す通り、“ゲート”と呼ばれた石製の分厚い城郭に囲われた大都市だ。
ここには一万人を優に超す市民が、その城郭の内側に住んでいる。
ゲートの建造に使用されている石は、魔物や魔神といった悪しき魂を持つ生物が触れることすら嫌う特殊な石で造られ、外敵から人々の暮らしを守っているのだ。
ゼレスティア国内は、東西南北の4つの区画で分けられていて、その内の1つである『アーカム市』が、この物語の主人公であるアウリスト・ピースキーパーが住まう街だ。
街にはこの国で唯一の学武術園(通称:学園)が存在し、ゼレスティアで暮らす人々全てに六歳で入学する義務と十五歳で卒業する権利が与えられる。
学園では一般的な教養の他に、基礎的な武術・魔術を学ぶようカリキュラムされ、義務教育を終えた生徒達には個人の能力に応じて職が斡旋。そのまま社会の一部へと組み込まれていくのが専らだった。
そして主人公アウリスト・ピースキーパーは、今年度に卒業を迎える9修生であったのだ――。
◇◆◇◆
「いでっっ」
指で小突かれたような衝撃のお陰で、アウルは眠りから覚め、面を上げる。
まだ開ききらない重い瞼をこすりながら開いた先には、黒板の前でこちらを睨みながら顔面を紅潮させ、怒りに打ち震えている様子の中年男性が立っていたのだ。
紅潮させている原因が、数術授業の途中だというのに居眠りを続けるアウルに対してであるのは明白。
授業の開始直後から寝始める少年に対し遂に我慢の限界が訪れてしまった数術教士、ハミルク・マコマクがたった今、チョークを頭へ勢いよく投げ付けたのであった。
(あっちゃー、バレちゃったか……)
バツが悪そうな表情をするアウルの席へ、整列された机を縫うようにハミルクが迫り寄る。
「やっと起きたかピースキーパー、俺の授業は退屈かぁ? んん?」
口角を目いっぱいに吊り上げて笑顔を見せるハミルク。
しかしその額には青筋が浮き出ているように見えた。
「い、いやぁハミルク先生のありがたい授業は退屈とは無縁なんですけど、もう卒業も間近な俺には今さら数術なんて勉強しても今後の人生に役に立たないというか――」
「お前は1修生の時からまともに聞いてなかっただろうがああぁっ!!」
アウルの苦し紛れな言い訳を怒号で遮るハミルク。
「す、すんませんっ!」
竦み上がるアウルに対し、彼は溜め息で間を置くと、呆れたように口を開く。
「……もういい、授業を再開する。ピースキーパー、授業は聞かなくていいからもう寝るなよ」
そう言い残し、ハミルクは定位置である教壇へと戻って行ったのだった。
(ふう、今日は補習無しで済んだかぁ……)
今度は安堵の溜め息をアウルが漏らす。
(くそぉ、どうせ数術なんて習ったところで俺にはなんの使い道も無いんだし、別に居眠りくらい良いじゃんかよ!)
チョークをぶつけられた栗色の髪を無造作に掻き、アウルは脳内で悪態をつく。
「――おい、アウル」
「ん?」
左隣の席に座る金髪の眼鏡をかけた友人が、他の学士に聞こえないような程の声でアウルに声をかける。
「大丈夫か、頭?」
「どっちの心配? ハミルクのチョークの威力なら相変わらずだし、脳はいつも通り正常だよ」
「ハハ、そこまで聞いてねえよ」
他愛のないやり取りをする二人。
今度はアウルが友人に訊く。
「それよりなんで起こしてくれなかったの? ライカ」
「バカ、散々起こしたっつーの! お前が起きなかったんだろ!」
アウルがライカと呼ぶこの少年は、ライカート・ハーティスと言い、アウルと同じく9修生。
彼とアウルは入学して程なく仲良くなり、学園内外で常に行動を共にしていたのだった。
◇◆◇◆
空が赤みを帯びてくる頃。
終業の鐘が鳴り、アウル達を含む学士達がまばらに帰宅を開始する。
「――しかしアウル、お前卒業した後どうするんだよ? この時期にまだなにも進路希望提出してないのはお前くらいだぜ?」
教室の中、帰り支度を済ませながらライカが続ける。
「希望を提出すれば学園側も多少は考慮してくれるのアウルも知ってるだろ? 早く希望出さねえと進路の枠埋まっちゃうぞ」
「うるさいなあ、進路なんて決まってなくてもなにも問題ないだろ。どうせ国軍に配属されるんだし」
自身の進路への忠告に対し、アウルは嫌々と返す。
少年は支度を既に終えていたため、学園指定されている皮のバッグを肩に掛け、先に教室を後にする。
そのアウルを追いライカも教室を出ると、シリアスな面持ちで訊く。
「アウル……。お前の成績で国軍に配属されると本気で思ってるのか?」
「なるようになるよ! 大体、俺の心配ばっかしてるけど、ライカ! お前はどーなんだよ?」
詰め寄り、アウルが鼻先へと指を突き付ける。
すると、ライカはそれに動じることなく自信満々に答えた。
「俺か? 前から言ってるが俺は家業を継ぐからな! 将来で悩む必要はないんだよ!」
「あの不味いハンバーグが出てくる食堂ね。あれ、オットルの肉使ってるでしょ」
「おまっ、150年の歴史を誇る老舗ハーティス食堂ナメんなよ! つか、魔物の肉なんて使うわけねえだろ!」
半分喧嘩に見えなくもない論争だが、周囲に居る誰もがその場を収めようとはせず。
この二人の仲の良さを入学当初から知ってる者ばかりなので、止めるだけ無駄だということは誰もが解りきっていたのだ。
――そんな中、二人の少年の目の前に一人の赤髪の少女が腕を組みながら立ち塞がる。
「また下らないことで言い争ってる。アンタらってホント懲りないよねえ」
その言葉にアウルとライカが論争をピタリと中断させ、同時に名を呼ぶ。
「なんだ、またピリムか」
「なんだとはなによ!」
一瞥したと同時に『やれやれ』といった表情を見せたアウルとライカに少女が激昂する。
エメラルドグリーンの瞳に、華奢な身体。ローゼの花のように赤いロングヘアーと額を出した髪型が印象的な少女、ピリム・ネスロイドはアウル達と同じく9修生。
成績は優秀で武術と魔術にも秀でているピリムだが、万年平凡以下の成績のアウルとライカとは何故か一緒に行動を共にすることが多い。
そして、このピリムを加えた3人で再び言い争いに発展するのも、他の学士達はもちろん周知済みだった。
◇◆◇◆
レンガ造りの一戸建てが建ち並ぶ、やや閑散とした住宅街。
敷き詰められた石畳の上を歩き、帰路についている三人の少年少女――。
アウル、ライカ、ピリムは家の方向が殆ど一緒なため、いつも一緒に帰っていた。
「――しっかし、俺達もあと100日足らずで卒業かあ。なんだかあっという間な9年間だったなぁ」
気怠そうに言いながら両の手を後頭部にやり、アウルの右隣を歩くライカ。
「確かにそうだね。なんの面白みもない学園生活って感じだったな……ふわぁ~あ」
会話の途中で欠伸を挟むアウル。
一方で左隣を歩いていたピリムが、少年二人の脱力っぷりにやきもきし、思わず口を挟む。
「なにが“あっという間で面白みもなかった”よ。二人とも普段から授業を全然真面目に受けてこなかったからじゃない」
「わーってるよ、ピリム。確かに俺達はお前の言う通り、学術に剣術や魔術もまともに勉強してこなかったよ。でもな、平和なこの国で他人以上に努力したところで一体何に繋がるっていうんだよ?」
「はぁ? 何が言いたいのよ……?」
父親が国軍所属。自らも国軍への入隊を志願し、二人に比べ学術や魔術を日頃から真面目に取り組んでいたピリムが、ジト目で睨みを利かせる。
「怖い顔すんなよ……まあ良く聞け。俺達がガキんちょだった頃はまだ西の“ガストニア”と領土の奪い合いがあったりもしたが、今では魔神族の根絶、っていう共通の目的の下に停戦協定を結んで同盟国になったじゃんかよ」
身振り手振りを加えながら説明をするライカが更に続ける。
「そのお陰で今はこんなに平和な国になったんだぜ。ゲートからさえ出なければ魔物や魔神には滅多に遭う事なんて無いんだし、学術とか剣術なんて無理して頑張らなくてもいいんだよ! 特に俺なんて務め先が決まっちゃってるしなっ」
『ガハハハ』と父親譲りの大きな声で笑い飛ばすライカに、ピリムは苛々とした様子を見せている。
「アウル、アンタはどう思うのよ? 今のハナシ」
隣で眠たそうにしながら二人の話を聞いていた少年は、急に話を振られて体をびくりとさせてしまう。
「え、俺? んー俺は……まあ、ライカの言う通りだと思うかな」
「アンタ今、絶対適当に答えてるでしょ……」
ピリムが聞く相手を間違えたとすぐに気付く。
「そもそもアンタは進路希望どうするの? まずそこからよね?」
「ピリムもその質問するのかよ! だから俺は、国軍に……」
「アンタのその成績で!? 冗談でしょ?」
トーンは違うがライカと全く同じ質問、同じ反応をするピリムに、少年の脳内ではデジャヴを引き起こす羽目となる。
その様を見ていたライカは大爆笑し、目の端に一滴の涙を浮かばせる。
「やっぱそういう反応になるよな! 気持ちは解るぜ、ピリム。でもな、アウルは確かに俺よりも更にひどい成績だが、コイツはあの名門ピースキーパー家の生まれだぜ? 親父さんと兄のクルーイルさんのコネみたいなもんでなんだかんだ軍には配属されると思うけどな。な、アウル?」
「家の事は言うなっての! それに俺は落ちこぼれなんだからコネなんて無いって」
同意を促すよう肩に腕を回すライカに、アウルは辟易とした表情を見せる。
「またまた何をおっしゃる、ピースキーパー殿!」
じゃれあう二人を無視するように、少女はピタリと足を止める。
「ん、どうしたピリム? あ、お前ここ曲がったら自分ちだもんな」
振り向く二人に対し、ピリムは不機嫌そうな顔付きだ。
「アンタ達の考えはよーくわかったわ。そうね、このまま卒業してそうやって呑気に暮らしているといいわ。でも、一つだけ覚えておきなさい。今は確かにこの国は平和だけど、この先いつ何が起きるかなんて誰にも想像なんて出来ないんだから! 取り返しのつかない事態になった時にでも精々悔い改めるといいわ……」
いつになく怒気を孕んだ物言いのピリムに対し、アウルは若干の動揺を見せる。
「どうしたんだよ急に……」
「アタシんちこっちだから、もう帰るね。バイバイ」
そうピシャリと言い捨て、ピリムは角を曲がって自宅に向かっていった。
そして取り残されたように、立ち呆けるアウルとライカ。
「……今日はなんか特にイライラしてたね、ピリム」
「そうかぁ? どうせいつものように一日経ったらまた何食わぬ顔して話しかけてくるって」
扱いに慣れているライカがそう返すと、二人はまた歩を進めた。
「――で、アウル、今日はこれからどうするんだ?」
ライカの家であり、就職内定先でもある『ハーティス食堂』の前に二人は着いた。
営業中の店内を覗くと、大盛況とまではいかないが、それなりに客は入っている模様。
「ヒマだったらさ、新メニューの試食でもしていかねえ? もちろんお前からは金は取らねえぜ! どうだ?」
目をキラキラと輝かせながらそう提案するライカに、アウルはいつもの調子で答えた。
「んー、今日はいいかなぁ」
「"今日も"の間違いだろー? お前ここ一、二年で急に付き合い悪くなったよなあ。……実はカノジョでも出来てたりして?」
「馬鹿、そんなんじゃないって」
下世話な勘繰りに対し苦笑を浮かべる少年。
その後二人は少しだけ談笑し、別れを告げ、お互いの自宅に帰っていったのだった。
「…………」
自宅に着いたアウルは門を開き敷地内へと。
そのまま緑の芝が根付く庭を横切り、自宅の入口のドアノブに手を掛けると、ふと思いに耽る。
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