PEACE KEEPER

狐目ねつき

文字の大きさ
3 / 154
Prologue

02話 兄と弟

しおりを挟む
「ただいま」


 形式的な帰宅の言葉。
 しかし『おかえり』は聞こえてこない。

 温かみがなく、少し冷えた自宅の玄関はどことなく寂しさを感じさせる。
 ただアウルは特に気にすることもなく、履いていたブーツを脱ぎ始めた。

(……まあ、誰もいないのは解りきってることだしなぁ)

 脱いだブーツをきちんと並べ、アウルは廊下に面したリビングへと足を運んだ。


「――よう、アウル」

「!!?」

 突然の呼ぶ声。
 誰も家には居ないとアウルは確信しきっていたため、心臓の鼓動がドクンと跳ね上がる。

「あ、兄貴……」

 動揺を隠せないままアウルが呼び返した男は、食卓テーブルの上に脚を組みながら腰掛けていた。

 キチンとセットされた短めの金髪とダークブラウンの瞳。
 カジュアルなコートに身を包んだ身なりの良いこの男の名は、クルーイル・ピースキーパー。
 そのラストネームが示す通り、アウルの実兄である。

 クルーイルはアウルも通っている学園を主席で卒業した経歴を持ち、卒業後に国軍へ入隊。
 新兵ながらも数々の戦果を挙げ、名家の長男に相応しい活躍を見せていた。
 更には、ゼレスティアの王族であるマルロスローニ家の6代目当主、ヤスミヌク・マルロスローニが国の防衛強化の為と称し、銘を打って結成された特殊部隊。
『親衛士団』の団員にも18歳の若さで抜擢される快挙を成し遂げていたのだ。
 
 そんな華々しい経歴を持つ兄だが――。



「――久々だな、2年ぶりくらいか? 少し背が伸びたな」

「兄貴は、そんなに変わって……ないね」

 声が上擦り、視線の置き場に悩むアウル。

「おいおい、俺はもう20になったんだぞ? 変わるわけがないだろ」

「そう、だね。ハハ、は……」

 愛想笑いをしたアウルは、こめかみに冷や汗が一筋流れたことに気付く。
 しかし拭う余裕など無かった。
 それほど実兄に畏怖していたのだ。

「どうしたアウル? 座れよ?」

 クルーイルが顎で指す。
 指した先には、3人掛けの黒い皮張りのソファーがあった。

「…………っ」

 アウルは兄に言われるがまま、恐る恐るとそこに座る。
 続くようにクルーイルも、少年の隣に腰を下ろした。

「学園はどうだ? 上手くやってるのか」

「まあ……それなりに」

「それなりに……か」

 兄からの何気ない質問に対し、当たり障りのない返答をしたつもりのアウル。

「――――っ!?」

 が、直後に真上から頭髪を鷲掴みにされ、そのまま硬い床板に額から叩き付けられる。

 ゴンッ、と重く鈍い音が静かなリビング中に響いた。
 前のめりに叩き付けられた額からは真っ赤な血が流れ出し、床板に染みていく。

「あ、兄貴……! なにす――」

「お前のっっ! お前の"それなり"ってどの程度なんだよっ!! なぁアウルぅ! 答えてみろ――!!」

 開いた瞳孔に血走った両眼。
 とても血を分けた兄弟に向ける顔つきではなかった。
 凶相とでも言うべき表情を浮かべ、弟の顔面を床板に押し付けたまま、クルーイルは続ける。

「俺はな……お前と違って、今までピースキーパー家の長男としてっ、親父の名に恥じないよう死ぬほど努力してきたのにっ、どうしてお前はその程度の出来で平々凡々とのうのうと生きていられるんだよっ!!!」

「兄貴っ、落ち着けって……!」

 転げ回りたいほどにジンジンと額が痛むのを堪えながら、アウルはクルーイルの拘束を無理矢理とほどく。
 ブチブチっと毛髪が何本か抜ける感触があったが、意に介してる暇はない。

「どうしたんだよ兄貴……なにかあったの?」

「なにがあったかお前は知ってるんじゃないのか!! あぁっ!?」

 アウルは尋ねたが、怒声まじりに突っ返されてしまう。
 兄の口振りから察するに、何かがあったのは確かなのだろう。
 しかし、アウルには全く心当たりが無かったのだ。

「……知らないよ」

「嘘をつくなっ!」


 今度は左頬にクルーイルの鉄拳が刺さる――。

 重たい衝撃に、アウルは背中から壁にぶつかる。
 殴られた箇所が熱を伴った痛みが襲い、意識を卒倒させそうになる。
 しかし、必死の思いで身体を起こし、リビングから脱兎の如く飛び出す。

「アウルっ! 待てっ!!」

(待つかよ、くそっ!)

 悠長にブーツを履いている暇など無い。
 ブーツを拾い上げ、素足のままアウルは玄関から家を出た。

「逃げるのかアウルっ! お前は昔から逃げてばっかだなぁ!」

 追い掛けながらそう言うクルーイルだったが、弟の逃げ足の速さを熟知しているため、深追いはしなかった―――。


◇◆◇◆


「――痛ってえ。相変わらず本気で殴るんだもんなあ……」

 自宅からひとしきり遠くへ逃げることに成功したアウルは、石畳で整備された街中を歩いていた。
 痛む頬と額を抑え、奥歯の方から涌き出てくる血を吐き出し、実兄に毒づく。

(ったく、2年振りに帰ってきたっていうのになんであんなに荒れてるんだよ……)

 親衛士団は四六時中任務で忙しいため、滅多に家に帰ることはない。
 クルーイルも例外では無く、団士になってからの2年は生活の殆どを任務で明け暮れさせ、家をずっと留守にしていたのだ。

(おまけに情緒不安定なところもちっとも直ってないし……)

 ただ2年も経ち、よわいも20を迎えれば癇癪持ちの性格も少しは改善し仲良く過ごせるんじゃないか、という淡い期待をアウルは抱いていた。
 しかしそれは、先程見事に打ち砕かれてしまったのであった。

(確かに俺は兄貴の言うとおり一族始まって以来の落ちこぼれだよ。数術に限らず学術全般ダメ。剣術も魔術も平均以下。だけど――)

「――いだっ!」

 物思いに耽りながら雑踏の中を歩いていたアウルだったが、曲がり角付近で大男とぶつかり、石畳に尻もちをついてしまう。


「おお、すまんな。大丈夫か……ってお前さん、アウルか?」

「……ん?」


 アウルとぶつかったその大男は、クルーイルが所属する『親衛士団』の副団長、バズムント・ネスロイドであったのだ――。

しおりを挟む
感想 4

あなたにおすすめの小説

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

むっつり金持ち高校生、巨乳美少女たちに囲まれて学園ハーレム

ピコサイクス
青春
顔は普通、性格も地味。 けれど実は金持ちな高校一年生――俺、朝倉健斗。 学校では埋もれキャラのはずなのに、なぜか周りは巨乳美女ばかり!? 大学生の家庭教師、年上メイド、同級生ギャルに清楚系美少女……。 真面目な御曹司を演じつつ、内心はむっつりスケベ。

旧校舎の地下室

守 秀斗
恋愛
高校のクラスでハブられている俺。この高校に友人はいない。そして、俺はクラスの美人女子高生の京野弘美に興味を持っていた。と言うか好きなんだけどな。でも、京野は美人なのに人気が無く、俺と同様ハブられていた。そして、ある日の放課後、京野に俺の恥ずかしい行為を見られてしまった。すると、京野はその事をバラさないかわりに、俺を旧校舎の地下室へ連れて行く。そこで、おかしなことを始めるのだったのだが……。

彼の言いなりになってしまう私

守 秀斗
恋愛
マンションで同棲している山野井恭子(26才)と辻村弘(26才)。でも、最近、恭子は弘がやたら過激な行為をしてくると感じているのだが……。

父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

四季
恋愛
父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

最低のEランクと追放されたけど、実はEXランクの無限増殖で最強でした。

MP
ファンタジー
高校2年の夏。 高木華音【男】は夏休みに入る前日のホームルーム中にクラスメイトと共に異世界にある帝国【ゼロムス】に魔王討伐の為に集団転移させれた。 地球人が異世界転移すると必ずDランクからAランクの固有スキルという世界に1人しか持てないレアスキルを授かるのだが、華音だけはEランク・【ムゲン】という存在しない最低ランクの固有スキルを授かったと、帝国により死の森へ捨てられる。 しかし、華音の授かった固有スキルはEXランクの無限増殖という最強のスキルだったが、本人は弱いと思い込み、死の森を生き抜く為に無双する。

私が王子との結婚式の日に、妹に毒を盛られ、公衆の面前で辱められた。でも今、私は時を戻し、運命を変えに来た。

MayonakaTsuki
恋愛
王子との結婚式の日、私は最も信頼していた人物――自分の妹――に裏切られた。毒を盛られ、公開の場で辱められ、未来の王に拒絶され、私の人生は血と侮辱の中でそこで終わったかのように思えた。しかし、死が私を迎えたとき、不可能なことが起きた――私は同じ回廊で、祭壇の前で目を覚まし、あらゆる涙、嘘、そして一撃の記憶をそのまま覚えていた。今、二度目のチャンスを得た私は、ただ一つの使命を持つ――真実を突き止め、奪われたものを取り戻し、私を破滅させた者たちにその代償を払わせる。もはや、何も以前のままではない。何も許されない。

断罪まであと10分、私は処刑台の上で「ライブ配信」を開始した〜前世インフルエンサーの悪役令嬢、支持率100%でクズ王子を逆処刑する〜

深渡 ケイ
ファンタジー
断罪まで、あと10分。 処刑台の上で跪く悪役令嬢スカーレットは、笑っていた。 なぜなら彼女は―― 前世で“トップインフルエンサー”だったから。 処刑の瞬間、彼女が起動したのは禁忌の精霊石。 空に展開された巨大モニターが、全世界同時ライブ配信を開始する。 タイトルは―― 『断罪なう』。 王子の不貞、聖女の偽善、王家の腐敗。 すべてを“証拠付き・リアルタイム”で暴露する配信に、 国民の「いいね(=精霊力)」が集まり始める。 そして宣言される、前代未聞のルール。 支持率が上がるほど、処刑は不可能になる。 処刑台は舞台へ。 断罪はエンタメへ。 悪役令嬢は、世界をひっくり返す配信者となった。 これは、 処刑されるはずだった悪役令嬢が、 “ライブ配信”で王子と王国を公開処刑する物語。 支持率100%の先に待つのは、復讐か、革命か、 それとも――自由か。

処理中です...