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Prologue
02話 兄と弟
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「ただいま」
形式的な帰宅の言葉。
しかし『おかえり』は聞こえてこない。
温かみがなく、少し冷えた自宅の玄関はどことなく寂しさを感じさせる。
ただアウルは特に気にすることもなく、履いていたブーツを脱ぎ始めた。
(……まあ、誰もいないのは解りきってることだしなぁ)
脱いだブーツをきちんと並べ、アウルは廊下に面したリビングへと足を運んだ。
「――よう、アウル」
「!!?」
突然の呼ぶ声。
誰も家には居ないとアウルは確信しきっていたため、心臓の鼓動がドクンと跳ね上がる。
「あ、兄貴……」
動揺を隠せないままアウルが呼び返した男は、食卓テーブルの上に脚を組みながら腰掛けていた。
キチンとセットされた短めの金髪とダークブラウンの瞳。
カジュアルなコートに身を包んだ身なりの良いこの男の名は、クルーイル・ピースキーパー。
そのラストネームが示す通り、アウルの実兄である。
クルーイルはアウルも通っている学園を主席で卒業した経歴を持ち、卒業後に国軍へ入隊。
新兵ながらも数々の戦果を挙げ、名家の長男に相応しい活躍を見せていた。
更には、ゼレスティアの王族であるマルロスローニ家の6代目当主、ヤスミヌク・マルロスローニが国の防衛強化の為と称し、銘を打って結成された特殊部隊。
『親衛士団』の団員にも18歳の若さで抜擢される快挙を成し遂げていたのだ。
そんな華々しい経歴を持つ兄だが――。
「――久々だな、2年ぶりくらいか? 少し背が伸びたな」
「兄貴は、そんなに変わって……ないね」
声が上擦り、視線の置き場に悩むアウル。
「おいおい、俺はもう20になったんだぞ? 変わるわけがないだろ」
「そう、だね。ハハ、は……」
愛想笑いをしたアウルは、こめかみに冷や汗が一筋流れたことに気付く。
しかし拭う余裕など無かった。
それほど実兄に畏怖していたのだ。
「どうしたアウル? 座れよ?」
クルーイルが顎で指す。
指した先には、3人掛けの黒い皮張りのソファーがあった。
「…………っ」
アウルは兄に言われるがまま、恐る恐るとそこに座る。
続くようにクルーイルも、少年の隣に腰を下ろした。
「学園はどうだ? 上手くやってるのか」
「まあ……それなりに」
「それなりに……か」
兄からの何気ない質問に対し、当たり障りのない返答をしたつもりのアウル。
「――――っ!?」
が、直後に真上から頭髪を鷲掴みにされ、そのまま硬い床板に額から叩き付けられる。
ゴンッ、と重く鈍い音が静かなリビング中に響いた。
前のめりに叩き付けられた額からは真っ赤な血が流れ出し、床板に染みていく。
「あ、兄貴……! なにす――」
「お前のっっ! お前の"それなり"ってどの程度なんだよっ!! なぁアウルぅ! 答えてみろ――!!」
開いた瞳孔に血走った両眼。
とても血を分けた兄弟に向ける顔つきではなかった。
凶相とでも言うべき表情を浮かべ、弟の顔面を床板に押し付けたまま、クルーイルは続ける。
「俺はな……お前と違って、今までピースキーパー家の長男としてっ、親父の名に恥じないよう死ぬほど努力してきたのにっ、どうしてお前はその程度の出来で平々凡々とのうのうと生きていられるんだよっ!!!」
「兄貴っ、落ち着けって……!」
転げ回りたいほどにジンジンと額が痛むのを堪えながら、アウルはクルーイルの拘束を無理矢理とほどく。
ブチブチっと毛髪が何本か抜ける感触があったが、意に介してる暇はない。
「どうしたんだよ兄貴……なにかあったの?」
「なにがあったかお前は知ってるんじゃないのか!! あぁっ!?」
アウルは尋ねたが、怒声まじりに突っ返されてしまう。
兄の口振りから察するに、何かがあったのは確かなのだろう。
しかし、アウルには全く心当たりが無かったのだ。
「……知らないよ」
「嘘をつくなっ!」
今度は左頬にクルーイルの鉄拳が刺さる――。
重たい衝撃に、アウルは背中から壁にぶつかる。
殴られた箇所が熱を伴った痛みが襲い、意識を卒倒させそうになる。
しかし、必死の思いで身体を起こし、リビングから脱兎の如く飛び出す。
「アウルっ! 待てっ!!」
(待つかよ、くそっ!)
悠長にブーツを履いている暇など無い。
ブーツを拾い上げ、素足のままアウルは玄関から家を出た。
「逃げるのかアウルっ! お前は昔から逃げてばっかだなぁ!」
追い掛けながらそう言うクルーイルだったが、弟の逃げ足の速さを熟知しているため、深追いはしなかった―――。
◇◆◇◆
「――痛ってえ。相変わらず本気で殴るんだもんなあ……」
自宅からひとしきり遠くへ逃げることに成功したアウルは、石畳で整備された街中を歩いていた。
痛む頬と額を抑え、奥歯の方から涌き出てくる血を吐き出し、実兄に毒づく。
(ったく、2年振りに帰ってきたっていうのになんであんなに荒れてるんだよ……)
親衛士団は四六時中任務で忙しいため、滅多に家に帰ることはない。
クルーイルも例外では無く、団士になってからの2年は生活の殆どを任務で明け暮れさせ、家をずっと留守にしていたのだ。
(おまけに情緒不安定なところもちっとも直ってないし……)
ただ2年も経ち、齢も20を迎えれば癇癪持ちの性格も少しは改善し仲良く過ごせるんじゃないか、という淡い期待をアウルは抱いていた。
しかしそれは、先程見事に打ち砕かれてしまったのであった。
(確かに俺は兄貴の言うとおり一族始まって以来の落ちこぼれだよ。数術に限らず学術全般ダメ。剣術も魔術も平均以下。だけど――)
「――いだっ!」
物思いに耽りながら雑踏の中を歩いていたアウルだったが、曲がり角付近で大男とぶつかり、石畳に尻もちをついてしまう。
「おお、すまんな。大丈夫か……ってお前さん、アウルか?」
「……ん?」
アウルとぶつかったその大男は、クルーイルが所属する『親衛士団』の副団長、バズムント・ネスロイドであったのだ――。
形式的な帰宅の言葉。
しかし『おかえり』は聞こえてこない。
温かみがなく、少し冷えた自宅の玄関はどことなく寂しさを感じさせる。
ただアウルは特に気にすることもなく、履いていたブーツを脱ぎ始めた。
(……まあ、誰もいないのは解りきってることだしなぁ)
脱いだブーツをきちんと並べ、アウルは廊下に面したリビングへと足を運んだ。
「――よう、アウル」
「!!?」
突然の呼ぶ声。
誰も家には居ないとアウルは確信しきっていたため、心臓の鼓動がドクンと跳ね上がる。
「あ、兄貴……」
動揺を隠せないままアウルが呼び返した男は、食卓テーブルの上に脚を組みながら腰掛けていた。
キチンとセットされた短めの金髪とダークブラウンの瞳。
カジュアルなコートに身を包んだ身なりの良いこの男の名は、クルーイル・ピースキーパー。
そのラストネームが示す通り、アウルの実兄である。
クルーイルはアウルも通っている学園を主席で卒業した経歴を持ち、卒業後に国軍へ入隊。
新兵ながらも数々の戦果を挙げ、名家の長男に相応しい活躍を見せていた。
更には、ゼレスティアの王族であるマルロスローニ家の6代目当主、ヤスミヌク・マルロスローニが国の防衛強化の為と称し、銘を打って結成された特殊部隊。
『親衛士団』の団員にも18歳の若さで抜擢される快挙を成し遂げていたのだ。
そんな華々しい経歴を持つ兄だが――。
「――久々だな、2年ぶりくらいか? 少し背が伸びたな」
「兄貴は、そんなに変わって……ないね」
声が上擦り、視線の置き場に悩むアウル。
「おいおい、俺はもう20になったんだぞ? 変わるわけがないだろ」
「そう、だね。ハハ、は……」
愛想笑いをしたアウルは、こめかみに冷や汗が一筋流れたことに気付く。
しかし拭う余裕など無かった。
それほど実兄に畏怖していたのだ。
「どうしたアウル? 座れよ?」
クルーイルが顎で指す。
指した先には、3人掛けの黒い皮張りのソファーがあった。
「…………っ」
アウルは兄に言われるがまま、恐る恐るとそこに座る。
続くようにクルーイルも、少年の隣に腰を下ろした。
「学園はどうだ? 上手くやってるのか」
「まあ……それなりに」
「それなりに……か」
兄からの何気ない質問に対し、当たり障りのない返答をしたつもりのアウル。
「――――っ!?」
が、直後に真上から頭髪を鷲掴みにされ、そのまま硬い床板に額から叩き付けられる。
ゴンッ、と重く鈍い音が静かなリビング中に響いた。
前のめりに叩き付けられた額からは真っ赤な血が流れ出し、床板に染みていく。
「あ、兄貴……! なにす――」
「お前のっっ! お前の"それなり"ってどの程度なんだよっ!! なぁアウルぅ! 答えてみろ――!!」
開いた瞳孔に血走った両眼。
とても血を分けた兄弟に向ける顔つきではなかった。
凶相とでも言うべき表情を浮かべ、弟の顔面を床板に押し付けたまま、クルーイルは続ける。
「俺はな……お前と違って、今までピースキーパー家の長男としてっ、親父の名に恥じないよう死ぬほど努力してきたのにっ、どうしてお前はその程度の出来で平々凡々とのうのうと生きていられるんだよっ!!!」
「兄貴っ、落ち着けって……!」
転げ回りたいほどにジンジンと額が痛むのを堪えながら、アウルはクルーイルの拘束を無理矢理とほどく。
ブチブチっと毛髪が何本か抜ける感触があったが、意に介してる暇はない。
「どうしたんだよ兄貴……なにかあったの?」
「なにがあったかお前は知ってるんじゃないのか!! あぁっ!?」
アウルは尋ねたが、怒声まじりに突っ返されてしまう。
兄の口振りから察するに、何かがあったのは確かなのだろう。
しかし、アウルには全く心当たりが無かったのだ。
「……知らないよ」
「嘘をつくなっ!」
今度は左頬にクルーイルの鉄拳が刺さる――。
重たい衝撃に、アウルは背中から壁にぶつかる。
殴られた箇所が熱を伴った痛みが襲い、意識を卒倒させそうになる。
しかし、必死の思いで身体を起こし、リビングから脱兎の如く飛び出す。
「アウルっ! 待てっ!!」
(待つかよ、くそっ!)
悠長にブーツを履いている暇など無い。
ブーツを拾い上げ、素足のままアウルは玄関から家を出た。
「逃げるのかアウルっ! お前は昔から逃げてばっかだなぁ!」
追い掛けながらそう言うクルーイルだったが、弟の逃げ足の速さを熟知しているため、深追いはしなかった―――。
◇◆◇◆
「――痛ってえ。相変わらず本気で殴るんだもんなあ……」
自宅からひとしきり遠くへ逃げることに成功したアウルは、石畳で整備された街中を歩いていた。
痛む頬と額を抑え、奥歯の方から涌き出てくる血を吐き出し、実兄に毒づく。
(ったく、2年振りに帰ってきたっていうのになんであんなに荒れてるんだよ……)
親衛士団は四六時中任務で忙しいため、滅多に家に帰ることはない。
クルーイルも例外では無く、団士になってからの2年は生活の殆どを任務で明け暮れさせ、家をずっと留守にしていたのだ。
(おまけに情緒不安定なところもちっとも直ってないし……)
ただ2年も経ち、齢も20を迎えれば癇癪持ちの性格も少しは改善し仲良く過ごせるんじゃないか、という淡い期待をアウルは抱いていた。
しかしそれは、先程見事に打ち砕かれてしまったのであった。
(確かに俺は兄貴の言うとおり一族始まって以来の落ちこぼれだよ。数術に限らず学術全般ダメ。剣術も魔術も平均以下。だけど――)
「――いだっ!」
物思いに耽りながら雑踏の中を歩いていたアウルだったが、曲がり角付近で大男とぶつかり、石畳に尻もちをついてしまう。
「おお、すまんな。大丈夫か……ってお前さん、アウルか?」
「……ん?」
アウルとぶつかったその大男は、クルーイルが所属する『親衛士団』の副団長、バズムント・ネスロイドであったのだ――。
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