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Liebe guard
11話 ピースキーパーの歴史
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――見物する学士達から少し離れた芝生の上で、レスレイはパシエンスを介抱していた。
「パシエンス君……大丈夫かい? 僕の代わりに戦ってくれたというのに、すまない」
「俺のことはいい。自分の意志で戦ったんだから自業自得だ。それに、アイツの言ってた通り大したダメージじゃない……くそっ」
学士の中でも剣術だけなら最強クラスを誇るパシエンスだが、流石にアウルとの実力差は歴然を認めていたようだ。
その表情からは諦めが悔しさを上回っているのが窺えた。
「悔しいがアイツの実力は本物だよ……。にしても落ちこぼれだと思ってたアウリストが、あんなに強かったなんてな……」
「僕も驚きだよ。トーナメントで何度も優勝してる君だったらもしかしたら……と思ったけどまさかあれ程とはね」
レスレイが言った通り、剣術組のヒーロー的存在であったパシエンスが相手なら
『勝てないにしても良い勝負を演じてくれるのでは』という淡い期待が彼以外の学士達にもあったのは事実。
しかし、結果は敢えなく惨敗に終わる――。
最早、学士相手ではアウルの実力を測る物差しにはなり得なかったのが、パシエンスの敗北によって証明されたのだった。
「ああ……。でも、今は恨みなんかよりアウリストの実力がどこまでサクリウス様に通用するか、っていうことしか俺の頭には無いぜ。まぁ、応援する気はサラサラねえけどな!」
「そうだね。僕もだよ……」
レスレイとパシエンスは武術を志す者として、このハプニングの顛末が同じ学士であるアウルがどこまでの実力を秘めているか、という興味に既に切り変わっていた。
◇◆◇◆
勢い良くサクリウスに斬りかかっていったアウル。
手加減など一切無用の一撃を首元へ放つ。
「――っ!?」
完璧な踏み込み。
完璧な剣速。
確実に当たると思っていた一撃が寸でのところで躱される。
それは、先程アウルがライカやパシエンス相手に散々と見せていた技術に似たものだった。
「残念、当たんねーよ」
「……やるじゃん」
その言葉と共に、臆することなくアウルは更に剣撃を重ねる――が、やはりどれも当たることはなく、空を切る音が虚しく響くだけ。
「どうしたーそんなもんかー?」
余裕綽々。といった様子でサクリウスが更に煽る。
「それなら……これでどうだ!」
攻撃の手を止めたアウル。
剣を握る手とは逆の左手に握っていた“何か”をサクリウスの顔に向かって投げた――。
「――っ!」
――投げ付けられた“何か”は、アウルが予め毟り隠し持っていた芝生だった。
(――もらった!)
サクリウスの眼前で舞う芝生をブラインドに、アウルが先の丸まっているバンブレードの切っ先を額に目掛け、突く――。
しかしその瞬間『カンッ』と木製の物体同士が勢い良く衝突したかのような、小気味の良い音が武術場へと鳴り響くのであった。
そしてその音と同時に、アウルの剣は自らの手を離れ、宙を舞う――。
「……え?」
一文字が思わず口からこぼれ、宙空へと舞った剣に視線を奪われてしまったアウル。
「……はーい、まず1回目の死亡なー」
「!!?」
突如聞こえたサクリウスの声。
次の瞬間、自身の喉元へバンブレードで軽く小突かれる。
冷や汗が途端に全身から噴き出し、少年は明らかな動揺を見せた。
「なーに、戦闘中にヨソ見してんだー? これが本物の剣なら今のでブスッと刺されて死んでたかんなー?」
サクリウスはそう言い、剣を定位置に戻す。
団士の鮮やかな戦闘技術を間近で見ていた学士達は、驚きと興奮が入り混じった歓声を上げる。
そんな中、ライカは見覚えのある動きに既視感を覚えていた――。
「マジかよ……! あれってさっきアウルが見せてた……」
一方で、戸惑いを隠せないアウル。
少年が狼狽えている理由は完璧だと思っていた不意打ちを防がれたことでも、いつの間にか喉元に剣を突き付けられた事でもなく、他にあった。
「……そんなに驚くことかー? もしかして家族以外でコレを見るのは初めてだったかー?」
その言葉に図星を突かれ、少年の背筋が凍る。
「んじゃー、ここでちょーっとだけ教士っぽいことをしてみよっかなー。ギャラリーの学士くん達もみんな良く聞いてろよー。楽しい歴史の授業の始まり、ってか」
男は、愉しげに説明を開始する。
◇◆◇◆
『城塞都市ゼレスティア』を建国し、初めて国として独立。そこで初代の王となったワルベルク・マルロスローニ。
無論その王朝は現在も続き、マルロスローニ家は途切れる事なく子孫を繁栄させていた。
その歴代のマルロスローニ家に仕えてきた戦士の一族は、歴史を遡っても数多く存在してきた。
だがどの一族も魔物や魔神族との激しい争いによって血脈を存続出来ず、志半ばで潰えてくものばかりとなってしまった。
そんな中とある一族に限り、初代のワルベルクから現代のヤスミヌクの時代まで常に側近として在り続け、最も多くの外敵を討ち払ってきたのだ。
一族の名は『ピースキーパー』
その名が示す通り、ゼレスティアの平和を今日まで維持し続けてきた名門中の名門。
ただ、そのピースキーパー家も建国当初から名を馳せていたわけではなかった――。
建国して間もない頃、ゼレスティアはその広い国土を生かし、魔神や魔物からの脅威を防ぐために近隣の農村や漁村からの数十・数百単位での移民を何度も受け入れ続けていた。
しかしその結果、食料や生活用品の需要が供給量を圧倒的に上回ってしまっていたのだ。
所謂“スピルスマネー”と言われている、誰も成し遂げる事の出来なかった魔金属『スピルス』の加工の成功。技術の革新によって莫大な資産を築いていたワルベルクは、元々が鉄工所からの叩き上げなだけあって、政治に関しては殆ど無知であった。
その為、前述した理由によって国民の貧富の差が激しくなり、国の治安も悪化を辿る一方となる。
そんな国の情勢の中において、ピースキーパー家もご多分に漏れず移民してきた漁村の出自だった。
初めてマルロスローニ家に仕えたとされるフラウシェル・ピースキーパーは、移民してきた当時は15歳と、まだあどけなさが残る年齢。
比較的治安の悪いスラム街に、フラウシェルは両親二人と仲睦まじく暮らしていた。
周りの同年代の少年達が暴行や窃盗と非行に明け暮れる中、彼だけは両親の言い付けを守り、品行方正に過ごす親思いの少年だった。
しかし16歳になったフラウシェルに、今後の人生を左右する転機が、事件となり襲い掛かってきたのだ――。
ある日の夜分のことだった。
近所の酒場に勤務していたフラウシェルの父グアルドが、仕事を終え帰路についている最中、強盗に遭い全身を何ヵ所も刺され死亡する――という痛ましい事件が発生したのだ。
幸いにも目撃者が居たため犯人はすぐに捕まったが長年夫に連れ添っていたフラウシェルの母、リーベの深い悲しみはそれでも当然癒えることなく、家で毎日泣いていたという。
フラウシェル少年はというと、敬愛して止まなかった父親が亡くなったにも関わらず、不思議とそれほど悲しむことはなかった。それどころか、悲嘆に明け暮れる母親を見てこう決意したとか――。
『次は、僕が母さんを守らなきゃ』
そしてその日からフラウシェルは毎日、遊ぶこともせずに自身が強くなるための訓練に時間を割いていくことになる。
しかし、心の優しいこの少年は相手を傷付ける訓練は殆どせず、防御・回避の術だけを極限まで練り上げたという。
時には近所の悪ガキ相手に自分から喧嘩を仕掛け、襲いかからせた相手が疲弊して諦めるまでの間、ひたすら回避だけを続けるという異様な特訓もしていたとか。
その特訓を2年程も続けると、隣町にまで『避ける少年』の噂が出回るほどに彼は話題となっていた。
そんな中、怪談じみた少年の噂を聞き付けたどの文献にも名前すら残らないような無名の兵士が、少年に直接会いに行く事を決断したのだった。
噂を半信半疑でしか信じていなかった彼は、フラウシェルの避ける力の真偽を確かめる為、わざと暴漢の振りをして接触。
実際に襲い掛かったのだが、どんな手段を用いても暖簾に腕押しと言った様に紙一重で回避されてしまい、疲れ切ったところで初めて噂は本当だと兵士は確信する。
そして次にその兵士がとった行動とは、フラウシェルに対し『軍に来ないか』という提案――いわゆるヘッドハンティングだった。
フラウシェルはただの暴漢だとばかり思っていた彼からの誘いに少しだけ驚きを見せたが、すぐに二つ返事で快諾をした。
想定していたよりもあっさりとスカウトに成功し、手放しで喜ぶ兵士。だが、思い出したかのように慌ててフラウシェルの年齢を聞き出す。
『18歳』と答えられた兵士は、親の許可が必要だと判断し、少年に母親か父親の所在を確認する。
しかし、フラウシェルは笑顔でこう答えたという。
『父は、2年前に殺され、母は去年に自殺しました。なので親はいません――』
『だから僕に、なにかを守らせてください』
―――その後、フラウシェルは軍に入隊。
当時のゼレスティア軍は、国の資源となる鉱山などがまだ確保・発見に至っていないこともあり、加工できる金属の量に限度があった。
その為、兵士の頭数に見合った武器が足りていない不況の時代でもあった。
おかげで剣を使用しての訓練が満足に行えなかったのだが、フラウシェルが編み出した避ける・防ぐ・弾くという技術は武器を持たずとも練習が可能な為、兵士達の間でその訓練は大変人気となっていた。
下級兵士の間でその技術は瞬く間に評判となり、その声は軍の上層部、ひいては王であるワルベルク・マルロスローニの耳にも届いた。
そしてフラウシェルが入隊して二年後。
多忙を極めるワルベルクにしては異例とも言える、兵士一人での王への謁見を許可され、そこでマルロスローニ家とピースキーパー家の血脈を持つ者同士が初めて対面したのだった――。
『君が、ピースキーパー君か。評判は聞いているよ。なんでも……攻撃を避けるのが大変達者だとか』
玉座に腰掛け、堂々と君臨するワルベルク。
だがその表情は穏やかであり、口調も厳格さは微塵もなく、優しいものであった。
『いえ! 自分で達者と言える程、まだまだ研鑽が足りていないというのは自覚しております!』
対するフラウシェルは片膝をつき、もう片方の膝に腕を置くような形で跪く。石壁に囲われた謁見の間全体に響き渡る程の大きな声で、ワルベルクに応えてみせた。
『ははは……そう謙遜しなくてもよい。君のその能力の高さは、軍に居る誰もが認めていると私の耳にも入っている。誇りなさい』
『はっ! 有り難き幸せ!』
口調とは裏腹に、内心では素直にフラウシェルは喜んでいた。
そんな彼にワルベルクはふと、問い掛ける。
『……ところで、二つほど質問をしてもいいかな? 予め言っておくが、その質問に答えたくなかったからといって厳罰を下したりなんて気は毛頭もない。安心するといい』
『はっ! なんなりと!』
『ではまずは一つ目だ。君はその技術をどこで編み出したのだ?』
『はっ! 全て独学で訓練したものであります!』
フラウシェルの迷いのない返答。
虚偽が無いと判断したワルベルクは、質問を続ける。
『……そうか、では二つ目だ。その技術の名はなんという?』
その質問にフラウシェルは表情を堅くしたまま、沈黙をしてしまう。
それを察したワルベルクは、答えを待たずして口を開く。
『……考えてなかったと?』
『はっ! 私の力不足ゆえ、至らず心からのお詫びを申し上げます!』
考えていなかったというのは図星であり、即座に謝罪をするフラウシェル。
しかし、それを咎めることはしないワルベルクは笑いながら再び口を開く。
『はははは、まあ気にすることはない。次に会う時までに考えてくれればいい』
『はっ! しかし陛下……次とは?』
フラウシェルのその反応と返答。
次の謁見の機会など、この先訪れるとは露ほども思っていなかったのだ。
そんな彼の慌てた応対を見て、ワルベルクは怪訝そうな顔付きで答えた。
『なんだ、使いの者に聞いていなかったのか? 君は来週から私の側近として働いてもらうんだよ?』
それを聞いたフラウシェルは石床に頭をつけ、喜びの言葉を口にする。
『はっ! 身に余る光栄……有り難く頂戴致しますっ!』
『あらゆる物から、私を守っておくれよ』
フラウシェルのその技術の名は後に“リーベ・グアルド”と名付けられた。
その由来は、沢山の愛を貰った母の名であるリーベと、死を以て守る心を教えて貰った父の名であるグアルドを組み合わせたもの。
そして、ここからピースキーパー家が名家と呼ばれる由縁である伝説が、幕を開けたのだった――。
「パシエンス君……大丈夫かい? 僕の代わりに戦ってくれたというのに、すまない」
「俺のことはいい。自分の意志で戦ったんだから自業自得だ。それに、アイツの言ってた通り大したダメージじゃない……くそっ」
学士の中でも剣術だけなら最強クラスを誇るパシエンスだが、流石にアウルとの実力差は歴然を認めていたようだ。
その表情からは諦めが悔しさを上回っているのが窺えた。
「悔しいがアイツの実力は本物だよ……。にしても落ちこぼれだと思ってたアウリストが、あんなに強かったなんてな……」
「僕も驚きだよ。トーナメントで何度も優勝してる君だったらもしかしたら……と思ったけどまさかあれ程とはね」
レスレイが言った通り、剣術組のヒーロー的存在であったパシエンスが相手なら
『勝てないにしても良い勝負を演じてくれるのでは』という淡い期待が彼以外の学士達にもあったのは事実。
しかし、結果は敢えなく惨敗に終わる――。
最早、学士相手ではアウルの実力を測る物差しにはなり得なかったのが、パシエンスの敗北によって証明されたのだった。
「ああ……。でも、今は恨みなんかよりアウリストの実力がどこまでサクリウス様に通用するか、っていうことしか俺の頭には無いぜ。まぁ、応援する気はサラサラねえけどな!」
「そうだね。僕もだよ……」
レスレイとパシエンスは武術を志す者として、このハプニングの顛末が同じ学士であるアウルがどこまでの実力を秘めているか、という興味に既に切り変わっていた。
◇◆◇◆
勢い良くサクリウスに斬りかかっていったアウル。
手加減など一切無用の一撃を首元へ放つ。
「――っ!?」
完璧な踏み込み。
完璧な剣速。
確実に当たると思っていた一撃が寸でのところで躱される。
それは、先程アウルがライカやパシエンス相手に散々と見せていた技術に似たものだった。
「残念、当たんねーよ」
「……やるじゃん」
その言葉と共に、臆することなくアウルは更に剣撃を重ねる――が、やはりどれも当たることはなく、空を切る音が虚しく響くだけ。
「どうしたーそんなもんかー?」
余裕綽々。といった様子でサクリウスが更に煽る。
「それなら……これでどうだ!」
攻撃の手を止めたアウル。
剣を握る手とは逆の左手に握っていた“何か”をサクリウスの顔に向かって投げた――。
「――っ!」
――投げ付けられた“何か”は、アウルが予め毟り隠し持っていた芝生だった。
(――もらった!)
サクリウスの眼前で舞う芝生をブラインドに、アウルが先の丸まっているバンブレードの切っ先を額に目掛け、突く――。
しかしその瞬間『カンッ』と木製の物体同士が勢い良く衝突したかのような、小気味の良い音が武術場へと鳴り響くのであった。
そしてその音と同時に、アウルの剣は自らの手を離れ、宙を舞う――。
「……え?」
一文字が思わず口からこぼれ、宙空へと舞った剣に視線を奪われてしまったアウル。
「……はーい、まず1回目の死亡なー」
「!!?」
突如聞こえたサクリウスの声。
次の瞬間、自身の喉元へバンブレードで軽く小突かれる。
冷や汗が途端に全身から噴き出し、少年は明らかな動揺を見せた。
「なーに、戦闘中にヨソ見してんだー? これが本物の剣なら今のでブスッと刺されて死んでたかんなー?」
サクリウスはそう言い、剣を定位置に戻す。
団士の鮮やかな戦闘技術を間近で見ていた学士達は、驚きと興奮が入り混じった歓声を上げる。
そんな中、ライカは見覚えのある動きに既視感を覚えていた――。
「マジかよ……! あれってさっきアウルが見せてた……」
一方で、戸惑いを隠せないアウル。
少年が狼狽えている理由は完璧だと思っていた不意打ちを防がれたことでも、いつの間にか喉元に剣を突き付けられた事でもなく、他にあった。
「……そんなに驚くことかー? もしかして家族以外でコレを見るのは初めてだったかー?」
その言葉に図星を突かれ、少年の背筋が凍る。
「んじゃー、ここでちょーっとだけ教士っぽいことをしてみよっかなー。ギャラリーの学士くん達もみんな良く聞いてろよー。楽しい歴史の授業の始まり、ってか」
男は、愉しげに説明を開始する。
◇◆◇◆
『城塞都市ゼレスティア』を建国し、初めて国として独立。そこで初代の王となったワルベルク・マルロスローニ。
無論その王朝は現在も続き、マルロスローニ家は途切れる事なく子孫を繁栄させていた。
その歴代のマルロスローニ家に仕えてきた戦士の一族は、歴史を遡っても数多く存在してきた。
だがどの一族も魔物や魔神族との激しい争いによって血脈を存続出来ず、志半ばで潰えてくものばかりとなってしまった。
そんな中とある一族に限り、初代のワルベルクから現代のヤスミヌクの時代まで常に側近として在り続け、最も多くの外敵を討ち払ってきたのだ。
一族の名は『ピースキーパー』
その名が示す通り、ゼレスティアの平和を今日まで維持し続けてきた名門中の名門。
ただ、そのピースキーパー家も建国当初から名を馳せていたわけではなかった――。
建国して間もない頃、ゼレスティアはその広い国土を生かし、魔神や魔物からの脅威を防ぐために近隣の農村や漁村からの数十・数百単位での移民を何度も受け入れ続けていた。
しかしその結果、食料や生活用品の需要が供給量を圧倒的に上回ってしまっていたのだ。
所謂“スピルスマネー”と言われている、誰も成し遂げる事の出来なかった魔金属『スピルス』の加工の成功。技術の革新によって莫大な資産を築いていたワルベルクは、元々が鉄工所からの叩き上げなだけあって、政治に関しては殆ど無知であった。
その為、前述した理由によって国民の貧富の差が激しくなり、国の治安も悪化を辿る一方となる。
そんな国の情勢の中において、ピースキーパー家もご多分に漏れず移民してきた漁村の出自だった。
初めてマルロスローニ家に仕えたとされるフラウシェル・ピースキーパーは、移民してきた当時は15歳と、まだあどけなさが残る年齢。
比較的治安の悪いスラム街に、フラウシェルは両親二人と仲睦まじく暮らしていた。
周りの同年代の少年達が暴行や窃盗と非行に明け暮れる中、彼だけは両親の言い付けを守り、品行方正に過ごす親思いの少年だった。
しかし16歳になったフラウシェルに、今後の人生を左右する転機が、事件となり襲い掛かってきたのだ――。
ある日の夜分のことだった。
近所の酒場に勤務していたフラウシェルの父グアルドが、仕事を終え帰路についている最中、強盗に遭い全身を何ヵ所も刺され死亡する――という痛ましい事件が発生したのだ。
幸いにも目撃者が居たため犯人はすぐに捕まったが長年夫に連れ添っていたフラウシェルの母、リーベの深い悲しみはそれでも当然癒えることなく、家で毎日泣いていたという。
フラウシェル少年はというと、敬愛して止まなかった父親が亡くなったにも関わらず、不思議とそれほど悲しむことはなかった。それどころか、悲嘆に明け暮れる母親を見てこう決意したとか――。
『次は、僕が母さんを守らなきゃ』
そしてその日からフラウシェルは毎日、遊ぶこともせずに自身が強くなるための訓練に時間を割いていくことになる。
しかし、心の優しいこの少年は相手を傷付ける訓練は殆どせず、防御・回避の術だけを極限まで練り上げたという。
時には近所の悪ガキ相手に自分から喧嘩を仕掛け、襲いかからせた相手が疲弊して諦めるまでの間、ひたすら回避だけを続けるという異様な特訓もしていたとか。
その特訓を2年程も続けると、隣町にまで『避ける少年』の噂が出回るほどに彼は話題となっていた。
そんな中、怪談じみた少年の噂を聞き付けたどの文献にも名前すら残らないような無名の兵士が、少年に直接会いに行く事を決断したのだった。
噂を半信半疑でしか信じていなかった彼は、フラウシェルの避ける力の真偽を確かめる為、わざと暴漢の振りをして接触。
実際に襲い掛かったのだが、どんな手段を用いても暖簾に腕押しと言った様に紙一重で回避されてしまい、疲れ切ったところで初めて噂は本当だと兵士は確信する。
そして次にその兵士がとった行動とは、フラウシェルに対し『軍に来ないか』という提案――いわゆるヘッドハンティングだった。
フラウシェルはただの暴漢だとばかり思っていた彼からの誘いに少しだけ驚きを見せたが、すぐに二つ返事で快諾をした。
想定していたよりもあっさりとスカウトに成功し、手放しで喜ぶ兵士。だが、思い出したかのように慌ててフラウシェルの年齢を聞き出す。
『18歳』と答えられた兵士は、親の許可が必要だと判断し、少年に母親か父親の所在を確認する。
しかし、フラウシェルは笑顔でこう答えたという。
『父は、2年前に殺され、母は去年に自殺しました。なので親はいません――』
『だから僕に、なにかを守らせてください』
―――その後、フラウシェルは軍に入隊。
当時のゼレスティア軍は、国の資源となる鉱山などがまだ確保・発見に至っていないこともあり、加工できる金属の量に限度があった。
その為、兵士の頭数に見合った武器が足りていない不況の時代でもあった。
おかげで剣を使用しての訓練が満足に行えなかったのだが、フラウシェルが編み出した避ける・防ぐ・弾くという技術は武器を持たずとも練習が可能な為、兵士達の間でその訓練は大変人気となっていた。
下級兵士の間でその技術は瞬く間に評判となり、その声は軍の上層部、ひいては王であるワルベルク・マルロスローニの耳にも届いた。
そしてフラウシェルが入隊して二年後。
多忙を極めるワルベルクにしては異例とも言える、兵士一人での王への謁見を許可され、そこでマルロスローニ家とピースキーパー家の血脈を持つ者同士が初めて対面したのだった――。
『君が、ピースキーパー君か。評判は聞いているよ。なんでも……攻撃を避けるのが大変達者だとか』
玉座に腰掛け、堂々と君臨するワルベルク。
だがその表情は穏やかであり、口調も厳格さは微塵もなく、優しいものであった。
『いえ! 自分で達者と言える程、まだまだ研鑽が足りていないというのは自覚しております!』
対するフラウシェルは片膝をつき、もう片方の膝に腕を置くような形で跪く。石壁に囲われた謁見の間全体に響き渡る程の大きな声で、ワルベルクに応えてみせた。
『ははは……そう謙遜しなくてもよい。君のその能力の高さは、軍に居る誰もが認めていると私の耳にも入っている。誇りなさい』
『はっ! 有り難き幸せ!』
口調とは裏腹に、内心では素直にフラウシェルは喜んでいた。
そんな彼にワルベルクはふと、問い掛ける。
『……ところで、二つほど質問をしてもいいかな? 予め言っておくが、その質問に答えたくなかったからといって厳罰を下したりなんて気は毛頭もない。安心するといい』
『はっ! なんなりと!』
『ではまずは一つ目だ。君はその技術をどこで編み出したのだ?』
『はっ! 全て独学で訓練したものであります!』
フラウシェルの迷いのない返答。
虚偽が無いと判断したワルベルクは、質問を続ける。
『……そうか、では二つ目だ。その技術の名はなんという?』
その質問にフラウシェルは表情を堅くしたまま、沈黙をしてしまう。
それを察したワルベルクは、答えを待たずして口を開く。
『……考えてなかったと?』
『はっ! 私の力不足ゆえ、至らず心からのお詫びを申し上げます!』
考えていなかったというのは図星であり、即座に謝罪をするフラウシェル。
しかし、それを咎めることはしないワルベルクは笑いながら再び口を開く。
『はははは、まあ気にすることはない。次に会う時までに考えてくれればいい』
『はっ! しかし陛下……次とは?』
フラウシェルのその反応と返答。
次の謁見の機会など、この先訪れるとは露ほども思っていなかったのだ。
そんな彼の慌てた応対を見て、ワルベルクは怪訝そうな顔付きで答えた。
『なんだ、使いの者に聞いていなかったのか? 君は来週から私の側近として働いてもらうんだよ?』
それを聞いたフラウシェルは石床に頭をつけ、喜びの言葉を口にする。
『はっ! 身に余る光栄……有り難く頂戴致しますっ!』
『あらゆる物から、私を守っておくれよ』
フラウシェルのその技術の名は後に“リーベ・グアルド”と名付けられた。
その由来は、沢山の愛を貰った母の名であるリーベと、死を以て守る心を教えて貰った父の名であるグアルドを組み合わせたもの。
そして、ここからピースキーパー家が名家と呼ばれる由縁である伝説が、幕を開けたのだった――。
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