PEACE KEEPER

狐目ねつき

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Birth of evil spirit

19話 奇襲

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 あと一息で魔神を倒せる――。
 という状態にまで、戦況を好転させたビスタ。
 だがもう一度“プロミネート”を唱えようとしても、どうしても二の足を踏んでしまう。
 自身のマナの残量が限界に近いと懸念したからだ。

 生来より定められた許容量キャパシティを超える値の魔術を使用すると、人間は“マナ・ショック”という名の、マナの過不足による全身の一時的な麻痺状態に陥る。
 こうなってしまうと戦闘は勿論のこと、全身に襲い来る疲労感で半日はまともに動けなくなるのが常となる。
 魔術の心得がある者は絶対に許容量を超えるマナを使用してはいけない、と学士の1修生から常識として叩き込まれているのだ。


(様子見代わりで最初に"イグニート"を撃ったのが迂闊だった……。仮にもう一度"プロミネート"を唱えれば、あの無駄撃ちの分が完全に許容量をオーバーしてしまう……)

 親衛士団クラスの戦士になれば、自身のマナの絶対量を完全に把握し、どの術をどれほど唱えればマナ・ショックになるかを知り尽くしていた。

(くっ、やはり剣だけで……!)

 魔術での足止めは諦め剣一本で戦うしかないか、とビスタは作戦を切り替えようとした。
 しかし、その時であった――。



(――――溶解サルファリクス――――)


 魔神が脳内でそう念じる。
 無論、その単語を聴き取ることなど不可能。
 それでもビスタは、何か嫌な気配を感知した。
 咄嗟に第六感が働き、左へ身を転がし回避する。

「なっ……!? これは……!」

 予感は的中。魔神が念じた数秒後。ビスタが元々立っていた位置の、やや後ろに転がっていた兵士の生首の一つが、一瞬にして溶け出したのだ。

 タンパク質が濃硫酸を浴びせられた様に溶解し、そこから発する強烈な刺激臭に思わず鼻をつまみたくなってしまう。
 顔面の骨が剥き出しになる程にたちまちと溶けていくその様は、ビスタをかつてなく戦慄させた。


(これが、中位以上の魔神が持つと呼ばれる“特性”か……。なんとか避ける事が出来たが、もう数秒遅ければ……)

 その仮定の続きは考えたくもないといったところか。
 ビスタは一旦思考をリセットし、警戒を続けながら策を練る。

(ノーモーションであんな威力の攻撃がある相手にこれ以上近付くのはマズい。やはり中距離以上からの魔術での攻撃が理想だが、それはもう難しい……)

 これ以上相手との間合いを詰めることなどできない。
 かといって、このまま離れて戦うにはやはり魔術での攻撃が必要となってくる。
 戦況としてはひどく不利な状態だろう。

 そして、そうこう考えている内に魔神は再び念じ始めていた。
 だがその瞬間――。



「"プレッション・ゲーレ"!!」

 ――"念じ"ではなく肉声が聞こえたのだ。
 直後、ビスタの後方から視認不可の風の矢が放たれ、魔神の左胸を射抜く――。

「――っっ?!」

 何故胸が貫かれたか、魔神は理解ができず。
 風矢かざやが飛んできた方向に目を向けてみるが、そこには誰もいなかった。


「ここだ!」

「……え……ぇっ?」

 見上げた魔神の真上に居たのは、マックル・ワレリオ。
 人間の跳躍では有り得ないほどの高さに彼は"浮いて"いたのだ。

(マックル……? どうしてここに……)

 魔神の驚きとは理由が異なり、この場には既にいないと思っていた人物の再登場にビスタが絶句する。

(……いや、これはチャンスだ!)

 しかしすぐに冷静にと頭を働かせ、叫ぶ。

「マックルっ! 頭だ!」

 浮いたまま、マックルは右手の二本の指を頭上に掲げる。
 そしてマナを練り上げ、勢いよく二本指を魔神に向け――。

「"プレッション・ゲーレ"!!」


 唱えたと同時に再び放たれた風の矢は、山羊頭の眉間の位置に突き刺さるかに思われたが。

「ぐっ……!」

 矢を発射する寸前。魔神の長く尖った右腕が、宙空に浮くマックルの右肩を貫通。
 それにより風矢の狙いは外れてしまい、地面に少しの穴を空ける程度に留まる結果となってしまったのだ。

 肩を貫かれた痛みに表情を歪ませるマックルは、「飛翔風術ティア・ゲーレ」を解除。
 よろめきながら、ビスタの側へと着地をする。

「マックル! 大丈夫か!」

 患部を見ると、鉛筆ほどの太さの風穴からは大量に血が流れ出ていた。
 着ていた白いローブの袖が赤へと滲んでいく。

「お、俺なら大丈夫です……! それより……」

 事もなげに済まそうとするマックル。
 既に左胸の修復を終えていた魔神の方に目をやり、悔しそうに唇を噛む。

「俺の奇襲は失敗してしまいました……。命令違反に続き、このような体たらくをお見せしてしまい、誠に申し訳ありません……!」

「そんな事で一々謝らなくていい! それより……キミ一人で引き返して来たのか?」

「いえ……。俺は風術で飛び、先行して来ましたので後続の兵士達よりも先に到着しただけです」

(――ん?)

 ビスタは、一連のマックルとのやり取りにどこか引っ掛かる箇所があった。

(確か……)

 違和感を覚え、思い返し、マックルに改めて質問をする。

「今、“俺の”奇襲が失敗したと言わなかったか……?」

 その問いにマックルは、ニヤリと薄笑みを浮かべる。

「ええ、俺の奇襲は失敗しましたよ。"俺の"、はですが……」




「――すっすす好きっ……す、隙だっらっ、け……ね……」


 マックルが答え終わるかどうかという程のタイミングで、隙を見せた二人目掛けて魔神が再び念じる。
 そして『特性』を放つ準備を整えた。

 マックルの思わぬ登場により動揺をしてしまったビスタが、今回の戦闘で見せた一番の隙だったのだが――。




「へっ、お前が一番隙だらけだよ」

「……っっ!?」

 背後から突如聞こえた太い男性の声。
 眼前に立つ二人以外の存在に対し、魔神が仰天とする。


「ケルーン!?」

「あの蛮人も意外と頭が切れるんですよ。ビスタ様……」

 ケルーンの突然の登場に面を食らうビスタ。
 マックルは笑みを浮かべたまま、第二の奇襲の成功を確信する。


◇◆◇◆


「"ティア・ゲーレ"!」

 そう唱えたマックルの身体の周りを、辺りにそよぐ微風が徐々に集まっていき、集束していく。
 そしてゆっくりと宙に浮き、3ヤールト程の高さまで浮遊をした。

「俺は一足先にビスタ様の元に向かい支援するつもりだが、貴様らはどうする?」

 ふよふよと浮きながら、ケルーン達を見下ろす状態でマックルは訊いた。


「俺は“インキュ・ベモール”で向かうつもりだ」

 自信満々に答えたケルーンは、マナを練り上げる。

「インキュ・ベモールだと……?」

 想定していなかった返答に怪訝そうな表情をするマックルだったが、狙いにすぐ気が付き、納得する。

「……成る程な。貴様にしては考えた方じゃないか」

「オメーは一言余計だよ」

 大剣で宙に浮くマックルを突っつこうとするが、ひらりと華麗にかわされてしまう。


「……俺はもう行く。貴様らも遅れずに来いよ」

「ああ、ビスタ様を頼んだ」

 こくりと頷くと、マックルは勢いよく空中を滑走。真っ先にビスタの元へと向かったのだ――。


「なあケルーン……。俺達はどうしたらいい?」

 二人を除いた八人の兵士達の内の一人が口を開き、ケルーンへと指示を仰ぐ。
 彼等もゼレスティア軍の勇猛な兵士。ただ指を咥えながら戦いを眺める気など毛頭無さそうだった。

「そうだな……。お前達は四人ずつに分かれて左右から迂回して向かってくれ。茂みに隠れながら機を窺い、俺の合図で挟み撃ちしてほしい」

「……わかった。俺達の命、お前に預けたからな!」

「おう、任せろっ」

 拳同士をゴツっとケルーンとぶつけ合ったその兵士は、他の兵士達と共に左右から迂回して向かっていった。


「……さぁて、俺もぼちぼち向かわねえとな!」

 気合いを入れるべくケルーンは両頬をバチンと叩く。
 そしてしゃがみ込むと右手を大地に翳し、唱える。

「"インキュ・ベモール"――!」


◇◆◇◆


「――そうか、ケルーンはインキュ・ベモールを……!」

 土で全身が薄汚れたケルーンの姿を見て、ビスタは背後から何故急に彼が現れたのか、理解をする。

「その通りです、ビスタ様。ただ“地中に潜り、移動できるだけ“の土術をあの男は上手く使ったのです」



「――もらったぁ!」

 完全に魔神の虚をつくことに成功したケルーン。
 そのまま横に大きく振りかぶる。
 極限まで身体を捻って遠心力を込め、大剣を山羊頭に向かって思い切り振った――。



「――あ、あっ、a……ま甘いわ、よ……!」

「なっ……?」

 魔神がそう告げた後、山羊頭の首は180度グルリと回転。
 身体の構造を全力で無視した体勢のまま、続けて念じる。
 特性が狙い撃つ先は、驚きのあまりに硬直してしまったケルーンの――顔面。

「なんだ? なにしようってんだよ……?」

 相手取る魔神の『特性』についてまだ理解をしていなかったケルーンに

「――ケルーン、離れろぉっ!」

 ビスタが回避を命じるが、時既に遅く――。



(――――溶解サルファ……―)
「"プロミネート"ぉっ!」



 魔神が念じ終える直前に、ビスタは再び上級火術を唱え、先刻と同じく業火を直下させた――。

「ビスタ……様?」


 ――自身のマナの許容量を無視してまで『部下の命を守った』ビスタ。
 しかしそれは、事態を先延ばしにしただけに過ぎない。
 導火線に点火したかの如く、ここから静かに絶望は始まっていくのだった。


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