PEACE KEEPER

狐目ねつき

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Birth of evil spirit

20話 ケルーンとマックル

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「――ビスタ様っ!」

 "プロミネート"を唱えた直後。
 膝から崩れ落ち、その場にうつ伏せで倒れるビスタ。
 虚ろとなった視線。
 手足の若干の痙攣。
 額からは冷たい汗。
 マックルはすぐに、その症状がマナ・ショックによるものだと気付く事が出来た。

「ビスタ様が……マナ・ショックになるなんて……一体なぜ……」

 魔術を扱える者達の間で、絶対にあってはならないミスとして認識されているマナ・ショック。
 それを団士が引き起こしていることに、マックルは困惑する。

「……っっ……っ!」

 その彼に対し、ビスタは『魔神へトドメを刺せ』とどうにか伝えようとする。
 しかし全身の筋肉が弛緩し、声すら出せずにいたのだった。

(マックル、頼む……! 俺の事はいいから早くトドメを――!)

 声を出さずに懇願し、徐々に意識が遠退いていくビスタの思いも虚しく、プロミネートの発動時間は終了を迎えてしまう。
 そして、魔神が拘束から解かれる――。


「あ、aっ……あつっ熱か、っ……tあ」

 魔神の全身が再び重度の火傷に見舞われるが、瞬く間に修復していく。


「ふぅっ、あぶねえあぶねえ……」

 一方でケルーンは、不恰好な形で地面へとダイビングするように跳び、間一髪でプロミネートの巻き添えから逃れていた。

「……っ! マジかよ?」

 起き上がったところで魔神の自己治癒力の高さを初めて目撃し、驚嘆とする。

(なんつう回復スピードだよ。ビスタ様のプロミネートを喰らったっていうのに……)

 しかし、驚いている場合ではない。
 瞬時にそう判断したケルーンは大剣を構え、向き直る。

(……ビスタ様は、あの様子だと恐らくマナ・ショックによるダウンだろうな。俺としたことが魔神の“特性”の事をすっかり忘れてたぜ……ビスタ様がプロミネートを撃ってくれなきゃ今頃天国行きだっただろう……面目ねえ)

 ケルーンは先程の攻防を反省しつつ、魔神の背後にいるビスタとマックルにチラッと視線を移す。

(あの状態じゃ、マックルはあそこから離れることは出来ないだろうな……。だからこの場は俺がどうにかしてコイツを倒さなきゃ、自分のマナの許容量を無視してまで守ってくれたビスタ様に顔向けが出来ねえ……!)

 その表情には決意と覚悟に満ちていた。
 剣を握る手に力を込め、闘気を剥き出しにする――。

 が、それを嘲笑うかのように、魔神は念じ始めた。


(――――溶解サルファリクス――――)


「――えっ」

 瞬間、大木のように太く逞しかったケルーンの左大腿部がドロリと溶け、激しい火傷の様な痛みが彼を襲う――。

「熱っ、うぅっ……ぐっ! があああぁぁっっ!!」

 自身の脚が溶けていくその激痛は筆舌に尽くし難く、大の男でありながら大声で呻く羽目に。
 ケルーンはそのまま身体のバランスを崩し、その場へと倒れ込みそうになる。
 しかし大剣を杖のように地面へと突き立て、なんとか転げ回りたい気持ちを抑える。
 分厚い筋肉に覆われていた左脚は、白い骨を覗かせる程に溶解が進み、溶けた傷口からは湯気が昇り立つ。

「ふうーっ……ふうーっ……!」

 歯を食い縛りながら痛みを堪えるケルーンの額には珠のような汗が滲み、顔色は蒼白へと変化していく。

「ケルーンっ!」

 ビスタの傍らに居たマックルはケルーンの深刻なダメージに見兼ね、駆け付けようとするが――。

「来るんじゃねえっ……!」

 自身に向けての怒号に、反射的に身体をピタリと止めてしまうマックル。
 ケルーンは開いた手をこちらに向けて制し、再び口を開く。

「だいっ、じょう……ぶだ! 来なくていい……! それより、ビスタ様の傍にいてやれるのはお前だけなんだ……! 絶対にそこを離れるなよ……」

 彼はそう言いながらも、激痛に顔を歪ませている。
 満身創痍なその姿は、とてもではないが“大丈夫”という言葉とは無縁の状態だ。
 当然、マックルは反論をする。

「貴様っ! 強がりは止めろっ! いいから一旦退け! このままでは死ぬぞ……!」

「おやおやマックルくん……俺の事を心配してくれるってのかい? お優しいねえ」

 いつになく心配をする彼に、ケルーンはいつものように軽口を叩く。
 マックルは顔を赤くして激怒する。

「……ああそうかわかったっ! 貴様はそのままそこで死んでろっ!」

 この期に及んでの軽薄な態度に呆れ返ったマックルは、ビスタの元へと踵を返す。


「……マックルちゃん、勘違いすんなよ? 俺は無駄死にする気なんてサラサラ無いんだぜ」

(なにっ――?)



「――お前ら今だっ! 出てこい!」

「「応っっ!!」」

 その合図と共に、魔神とケルーンを挟むようにあった繁みから兵士達が勢いよく現れると、そのまま一斉に魔神へと飛び掛かる――。

「――っ……っ!?」

 ケルーンが指示した、三度目の奇襲。
 魔神は山羊頭をキョロキョロと動かし、どこから相手にすればと困惑。
 そこに一瞬の隙が生じる。

(――チャンスだ!)

 その好機をケルーンは見逃さなかった。
 地面に刺していたままの大剣を強く握り、腕の筋肉だけで棒高跳びの要領で跳躍。
 そのまま魔神へと抱き付き、背骨が折れるかというほどの力で羽交い締めをする。物理的な拘束に成功したのだ。
 成人男性一人分ほどの重さを誇る大剣を軽々と扱う、腕力自慢のケルーン。
 怪力によるその羽交い締めは、いくら魔神族といえども引き剥がすのは容易ではないだろう。

「お前らっ! 頭だ、やれ――!」

 抑え付けながらそう指示したケルーンに従い、兵士達は各々が持っている剣で頭部への攻撃を繰り出そうとする。
 しかし、羽交い締めにされる直前。
 魔神は咄嗟に右腕を地面へと刺し、潜行させていたのだ。
 針金のようなその腕は地中から猛スピードで飛び出し、蠍が尾を突き刺すが如く兵士一人の額を貫通させ、一瞬で絶命させる――。

「う、うわああああ!」

 恐怖のあまり、隣にいた兵士が悲鳴を上げた。
 魔神に斬りかかろうとしていた全員の意識が、そちらへと集中してしまう。


(――――溶解サルファリクス――――)

 その硬直を逃さなかった魔神。
 今度は一番間近まで踏み込んでいた、兵士の頭部を特性であっという間に溶かす。
 そして間髪入れず右腕を再び動かし、並んでいた兵士二人の側頭部を、串焼きのように貫いてみせた。

「「なっ……!」」

 八人もいた奇襲部隊は瞬く間に半数となってしまい、残る四人は踏み込むのを躊躇う。

「お前ら怯むんじゃねえ! 頭を……!」

「あっ、A、naなた……いっE加減、じゃ、邪っ魔っま、ね……」


 魔神はいい加減と嫌気が差したのか、必死の形相で抱き付いてくるケルーンの顔面に向けて特性を念じる。

「――っ!」

 頭部だけには食らうまいと、羽交い締めをしながらも必死に上体だけを仰け反らす。
 そう先読みして回避したのだが――。

「ぎっぎぎぎっ……! あっああ"あ"あ"あ"ァァッッ」

 密着したままでは避けきれる筈もなく、今度は胸から腹部にかけてが溶解し、焼け爛れていく筋肉や脂肪。
 はらわたがだらりと下腹部からこぼれていく――。


「――今だ! 行くぞ!」

 しかし、魔神の注意がケルーンに逸れたことが功を奏す。逡巡していた兵士達は一斉に山羊頭目掛けて斬りかかる――しかし。




「なん、て硬さだよ、この頭! 切り落とせねえ……!」

 刃は通るのだが、硬さと重さで振り切れない。
 一般兵士達に支給されてる鉄剣くらいでは、首を落とすのが難しかったのだ。
 止めを刺せずにいる兵士達に見かねたケルーンは痛みを堪え、力を振り絞り声を上げる。

「――び、ビスタ様の……ビスタ様の剣を持ってくるんだっ!」

「わ、わかった!」

 魔金属であるスピルスで造られたビスタの長剣リアーズルなら、容易に切り裂くことができると判断したケルーン。
 瀕死の彼に命じられた兵士は、急いでマックルとビスタが居る場所へと向かったのだが――。

「い、イカっ、せな、いっ……わゎよっ」

(―――溶解サルファリクス―――)

 特性によって兵士の左足が溶かされる。
 支えが一本になったことによってバランスを崩し、溶解していく足を見て無様に喚き散らす。


(だ、ダメだっ、一体どうしたら……)
 
 残った兵士三人の脳裏に、諦めの文字がちらつく。魔神も勝利を確信し始めたことだろう。

 すると、彼らの頭上を一輪の風が吹き抜けていく。
 全員が上を見やると――。

「まっ、マックル――!?」

 飛翔風術ティア・ゲーレで空を滑空するマックルが、そこにはいた。
 その手には長剣リアーズルが握られていた。
 魔神の頭上で術を解除し、落下した状態のまま両手で長剣を握り、大きく振りかぶる――。



「これで……終わりだ!」

 マックルのその宣言に、山羊頭の魔神も諦めたかのように

「ええ…………終わりのようね」

 ハッキリと聞き取れる言葉を言い残し、直後に首が切り落とされた――。


◇◆◇◆


「マックル……助かったよ。お前がやってくれなきゃ俺達は全滅してた」

 兵士の一人が礼を言い、後の二人もそれに倣う。

「礼なんていらん。それより……ケルーン!」

 2つの首が綺麗に切り落とされた魔神の身体をケルーンから引き剥がし、急いで容態を確認する。




「……っっ全く……貴様ときたら。なぜそういう時に笑ってられるんだ」


 マックルが涙を流しながら語りかける。
 ケルーンの顔はとても安らかで、この世に後悔や未練を少しも残していない、とでも言わんばかりの表情を浮かべていたのだ――。


「貴様と肩を並べて戦った日々……悪くなかったぞ。今までありがとう、ケルーン」
























「……雰囲気壊しちゃって悪いんだけどさぁ、その剣俺のだよね? 返してもらっていいかなあ?」


「――っ!?」


 ケルーンの亡骸を寝かせ、立ち上がろうとしたマックルの背後からは、聞き慣れた声。
 振り返った先に、悠然と立っていたのは――。


「ビスタ……様?」
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