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Birth of evil spirit
21話 胎動
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……何が、起きた?
俺は確か、任務の途中で……。
そうだ。魔神が現れたんだ……。
戦って、マナが尽きて……。
気を失っていたはず……。
苦しくて
動けなくて
辛くて
それなのに
今はどうして
こんなにも――。
◇◆◇◆
「ビスタ様……何故、立ち上がれるのですか?」
狐にでもつままれたかの様な表情を、マックルが浮かべている。
生き残った他の三人の兵士も、同様の反応を示していた。
理由は勿論、マナ・ショックからの早すぎる復帰。
どんな熟練の魔術士でもマナ・ショックに陥ってしまえば平凡な術士と変わらず、一律に半日は起き上がってこれない、という共通の認識だったのだ。
「そんな事はどうでもいいからさ、取り敢えず剣、返してよ。ホラ」
そう言うとビスタはふらつく様子すら見せずにマックルの元へと歩みを始め、剣を差し出すよう要求する。
「…………っ」
団士の命令を聞き入れぬ訳にもいかない。マックルは靄のかかった頭の中で整理しきれない違和感をなんとか押し殺し、長剣を差し出そうとするが――。
「……ビスタ様、剣を渡す前に一つ報告とお願いがあります」
「いいよ。何だい?」
その返事を聞くと、マックルは少しの深呼吸の後、言葉を紡いだ。
「――ケルーン、イワロ、セルグエイ、ティムオ、マスティ、フェバイオ。今名を挙げた6名は最後にその身を犠牲にし、力尽きました。ですから剣を受け取る前に、どうか彼らに労いと弔いの言葉を……お願い申し上げたいのです」
「……そうだね、分かったよ」
面倒くさそうな素振りを見せることなく、ビスタは了承の意。
翻り、辺りに伏すケルーン達の亡骸の方へ。
そして、スッと目を閉じ――。
「ケルーン、イワロ、セルグエイ、ティムオ、マスティ、フェバイオ、この勝利は君たちの多大なる献身と犠牲によってもたらされた物だ。このビスタ・サムエレスが代表をして礼を言わせて欲しい。そして、どうか誇りを持ってこの世を旅立って――」
弔いの言葉を紡ぎ終えるかに見えたその瞬間。
真横の方角からヒュッ、と首に長剣をを突き付けられたビスタ。
「…………」
しかし冷静さを欠くことはなく目を伏せたまま口を閉じ、少しの間を置いた後に問う。
「……これは一体、何の真似かな?」
「ビスタ様、心優しく部下思いの貴方ともあろうお方が兵の名を間違えるなど、俺には考えられません。本日の任務に就いた兵の中に"フェバイオ"という名前の男は存在しません。"ファベイオ"ならいましたがね――」
「…………」
動揺をした様子は窺えない。
黙ったままのビスタに彼は続ける。
「それと、一つだけ質問をさせて頂きたい……」
「……ビスタ様。いや、"貴様"は誰だ?」
そう問われた“何か”はゆっくりと目を開き――。
◇◆◇◆
「アウルか……」
帰宅してきた家族を一瞥もせず、窓の外から視線を逸らさずにいたクルーイル。
しかし、当のアウルは自身への興味が窓越しの景観にすら劣ることにも気に留めることなく、コミュニケーションを続ける。
「兄貴、ただいま」
それは、ありふれた家族がありふれた毎日とありふれた帰宅に言う、ありふれた言葉。
その単語の懐かしい響きに少しだけ面を食らったクルーイルは、若干の薄笑みを見せる。
「今日は随分と機嫌が良さそうだな。一体どうした? 学園で良いことでもあったのか?」
「うん、そうだね。今日は武術授業があってさ、団士のサクリウスさんと手合わせをしたんだけど、ぜんっぜん敵わなくてさぁ……あの人本当に強かったなあ」
「……サクリウスだと? お前なんかが相手にしてもらえるレベルの奴じゃないだろう」
少しだけ兄の表情が強張る。
長年この男の顔色を伺う生活を続けてきたアウルは、それが爆発への一歩手前のサインだということを熟知していた。
あと一度でも彼の癪に障るような発言をすれば、昨日のような逆鱗に触れることになるのは明白。
そして、こうなってしまうとアウルはこれ以上火に油を注ぐことのないよう、当たり障りの無い発言しか出来ないのがお決まりのパターンとなっていた。
しかし今日だけは――。
「確かにレベルは全然違ったね。でも相手はしてくれたよ? 兄貴はどうなのさ? 今でも相手してもらえるの?」
実はアウルは、授業中にクルーイルが親衛士団から退団させられていたことを、サクリウスから密かに聞き及んでいたのだ。
その旨を受けてのこの返答。
当然今のクルーイルの立ち位置を鑑みるに、この問い返しは『火に油』どころか『山火事に揮発油の雨』と形容でもできよう。
「アウル、お前の機嫌が良くてもな、俺の機嫌が良いとは限らないんだ。言葉は慎重に選べ。昨日の仕置きがやはり足りてなかったのか……?」
腰を掛けていたソファーから立ち上がり、ゆっくりとアウルに歩み寄る兄。
今にも襲い掛かってきそうな形相。
が、もちろんアウルにとって、この反応は想定内である。
「兄貴、いつまでも俺をさ――」
「アウルううぅぅぅっっ!!」
反論や弁解の余地を挟ませず、有無を言わさぬ鉄拳制裁。
これが、現在のピースキーパー家の兄と弟の"ありふれた"コミュニケーション。
この後はアウルの遁走で終わるのがお約束となっていたのだが。
「――っ!?」
首を傾げ、左拳を寸でのところで避けてみせたアウル。
実兄相手に初めて使うリーベ・グアルドを、遺憾なく発揮した上での回避だった。
「……どうしたの、兄貴? いつものように当ててみなよ?」
不敵に挑発をする実弟に対し、クルーイルは絶叫にも似た怒号。
続いて右フック。膝蹴り。
と、立て続けに連撃を繰り出す。
しかし、どれもすり抜けるように躱される。
そこで初めて、クルーイルはこの回避術がリーベ・グアルドによるものだということに気付く。
「お前、どこでこれを……っ!」
問い掛けを言い終える前にクルーイルの脳裏には、先程話題に挙がったサクリウスの姿が過るが――。
「兄貴からだよ」
「何だと……!?」
全く想像もしていなかった技術の授け主に、クルーイルは耳を疑う。
そんな兄の驚く姿を余所に、アウルは続けた。
「……小さい頃から庭で兄貴が親父に教わっていたのを俺はずっと見て、学んでいたんだ」
少年は、積年の想いを言葉に乗せる。
「そうやって……俺はいつも兄貴をずっと見ていたのに、兄貴はいつだって俺の事なんか見てくれなかった」
「……っ!」
言葉に詰まるクルーイル。
彼の泳ぎがちな視線を、アウルは両の眼でしっかりと捉え、離さない。
「――だから今日は、俺の事を見てくれよ。兄貴」
アウルはそう告げ、途端にくるりと踵を返す。
そのまま家の玄関の方へと歩みを始めたのだ。
「……どこへ行く、アウル」
怒り冷めやらぬ、といった声で弟の背中に問う。
するとアウルは振り返り――。
「庭においでよ、兄貴。手合わせしよう――」
◇◆◇◆
――ラオッサ街道。
「まだ殺すつもりは無かったんだけどなぁ……まあ、バレちゃったなら仕方ない、か」
平原沿いの長閑な並木道。
マックルや、他の兵士達が血の海に沈む。
そんな光景の中ビスタ・サムエレス"だった"男は、長剣にこびりついた血を大きく一振りして払うと――。
「さぁて、次はあそこかな」
醜悪な笑みを浮かべた彼が向けた視線の先には、ゲートに囲まれた街が――。
俺は確か、任務の途中で……。
そうだ。魔神が現れたんだ……。
戦って、マナが尽きて……。
気を失っていたはず……。
苦しくて
動けなくて
辛くて
それなのに
今はどうして
こんなにも――。
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「ビスタ様……何故、立ち上がれるのですか?」
狐にでもつままれたかの様な表情を、マックルが浮かべている。
生き残った他の三人の兵士も、同様の反応を示していた。
理由は勿論、マナ・ショックからの早すぎる復帰。
どんな熟練の魔術士でもマナ・ショックに陥ってしまえば平凡な術士と変わらず、一律に半日は起き上がってこれない、という共通の認識だったのだ。
「そんな事はどうでもいいからさ、取り敢えず剣、返してよ。ホラ」
そう言うとビスタはふらつく様子すら見せずにマックルの元へと歩みを始め、剣を差し出すよう要求する。
「…………っ」
団士の命令を聞き入れぬ訳にもいかない。マックルは靄のかかった頭の中で整理しきれない違和感をなんとか押し殺し、長剣を差し出そうとするが――。
「……ビスタ様、剣を渡す前に一つ報告とお願いがあります」
「いいよ。何だい?」
その返事を聞くと、マックルは少しの深呼吸の後、言葉を紡いだ。
「――ケルーン、イワロ、セルグエイ、ティムオ、マスティ、フェバイオ。今名を挙げた6名は最後にその身を犠牲にし、力尽きました。ですから剣を受け取る前に、どうか彼らに労いと弔いの言葉を……お願い申し上げたいのです」
「……そうだね、分かったよ」
面倒くさそうな素振りを見せることなく、ビスタは了承の意。
翻り、辺りに伏すケルーン達の亡骸の方へ。
そして、スッと目を閉じ――。
「ケルーン、イワロ、セルグエイ、ティムオ、マスティ、フェバイオ、この勝利は君たちの多大なる献身と犠牲によってもたらされた物だ。このビスタ・サムエレスが代表をして礼を言わせて欲しい。そして、どうか誇りを持ってこの世を旅立って――」
弔いの言葉を紡ぎ終えるかに見えたその瞬間。
真横の方角からヒュッ、と首に長剣をを突き付けられたビスタ。
「…………」
しかし冷静さを欠くことはなく目を伏せたまま口を閉じ、少しの間を置いた後に問う。
「……これは一体、何の真似かな?」
「ビスタ様、心優しく部下思いの貴方ともあろうお方が兵の名を間違えるなど、俺には考えられません。本日の任務に就いた兵の中に"フェバイオ"という名前の男は存在しません。"ファベイオ"ならいましたがね――」
「…………」
動揺をした様子は窺えない。
黙ったままのビスタに彼は続ける。
「それと、一つだけ質問をさせて頂きたい……」
「……ビスタ様。いや、"貴様"は誰だ?」
そう問われた“何か”はゆっくりと目を開き――。
◇◆◇◆
「アウルか……」
帰宅してきた家族を一瞥もせず、窓の外から視線を逸らさずにいたクルーイル。
しかし、当のアウルは自身への興味が窓越しの景観にすら劣ることにも気に留めることなく、コミュニケーションを続ける。
「兄貴、ただいま」
それは、ありふれた家族がありふれた毎日とありふれた帰宅に言う、ありふれた言葉。
その単語の懐かしい響きに少しだけ面を食らったクルーイルは、若干の薄笑みを見せる。
「今日は随分と機嫌が良さそうだな。一体どうした? 学園で良いことでもあったのか?」
「うん、そうだね。今日は武術授業があってさ、団士のサクリウスさんと手合わせをしたんだけど、ぜんっぜん敵わなくてさぁ……あの人本当に強かったなあ」
「……サクリウスだと? お前なんかが相手にしてもらえるレベルの奴じゃないだろう」
少しだけ兄の表情が強張る。
長年この男の顔色を伺う生活を続けてきたアウルは、それが爆発への一歩手前のサインだということを熟知していた。
あと一度でも彼の癪に障るような発言をすれば、昨日のような逆鱗に触れることになるのは明白。
そして、こうなってしまうとアウルはこれ以上火に油を注ぐことのないよう、当たり障りの無い発言しか出来ないのがお決まりのパターンとなっていた。
しかし今日だけは――。
「確かにレベルは全然違ったね。でも相手はしてくれたよ? 兄貴はどうなのさ? 今でも相手してもらえるの?」
実はアウルは、授業中にクルーイルが親衛士団から退団させられていたことを、サクリウスから密かに聞き及んでいたのだ。
その旨を受けてのこの返答。
当然今のクルーイルの立ち位置を鑑みるに、この問い返しは『火に油』どころか『山火事に揮発油の雨』と形容でもできよう。
「アウル、お前の機嫌が良くてもな、俺の機嫌が良いとは限らないんだ。言葉は慎重に選べ。昨日の仕置きがやはり足りてなかったのか……?」
腰を掛けていたソファーから立ち上がり、ゆっくりとアウルに歩み寄る兄。
今にも襲い掛かってきそうな形相。
が、もちろんアウルにとって、この反応は想定内である。
「兄貴、いつまでも俺をさ――」
「アウルううぅぅぅっっ!!」
反論や弁解の余地を挟ませず、有無を言わさぬ鉄拳制裁。
これが、現在のピースキーパー家の兄と弟の"ありふれた"コミュニケーション。
この後はアウルの遁走で終わるのがお約束となっていたのだが。
「――っ!?」
首を傾げ、左拳を寸でのところで避けてみせたアウル。
実兄相手に初めて使うリーベ・グアルドを、遺憾なく発揮した上での回避だった。
「……どうしたの、兄貴? いつものように当ててみなよ?」
不敵に挑発をする実弟に対し、クルーイルは絶叫にも似た怒号。
続いて右フック。膝蹴り。
と、立て続けに連撃を繰り出す。
しかし、どれもすり抜けるように躱される。
そこで初めて、クルーイルはこの回避術がリーベ・グアルドによるものだということに気付く。
「お前、どこでこれを……っ!」
問い掛けを言い終える前にクルーイルの脳裏には、先程話題に挙がったサクリウスの姿が過るが――。
「兄貴からだよ」
「何だと……!?」
全く想像もしていなかった技術の授け主に、クルーイルは耳を疑う。
そんな兄の驚く姿を余所に、アウルは続けた。
「……小さい頃から庭で兄貴が親父に教わっていたのを俺はずっと見て、学んでいたんだ」
少年は、積年の想いを言葉に乗せる。
「そうやって……俺はいつも兄貴をずっと見ていたのに、兄貴はいつだって俺の事なんか見てくれなかった」
「……っ!」
言葉に詰まるクルーイル。
彼の泳ぎがちな視線を、アウルは両の眼でしっかりと捉え、離さない。
「――だから今日は、俺の事を見てくれよ。兄貴」
アウルはそう告げ、途端にくるりと踵を返す。
そのまま家の玄関の方へと歩みを始めたのだ。
「……どこへ行く、アウル」
怒り冷めやらぬ、といった声で弟の背中に問う。
するとアウルは振り返り――。
「庭においでよ、兄貴。手合わせしよう――」
◇◆◇◆
――ラオッサ街道。
「まだ殺すつもりは無かったんだけどなぁ……まあ、バレちゃったなら仕方ない、か」
平原沿いの長閑な並木道。
マックルや、他の兵士達が血の海に沈む。
そんな光景の中ビスタ・サムエレス"だった"男は、長剣にこびりついた血を大きく一振りして払うと――。
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