41 / 154
Brotherhood
40話 一件落着?
しおりを挟む
「おい……マジかよ? オリネイ……やめろ!」
土術による拘束によってその場を動けずにいたサクリウス。
彼の叫ぶ声も虚しく、第15団士の手による少年への処刑がたった今行われようとしていた。
「サクリウス、悪く思わないでよ……。アンタの為でもあるんだからね……!」
止めを刺すよう命じられたオリネイ。
蛇剣を握る手に力を込め、後ろ手に思い切り柄を引く。
彼女の装備である蛇剣は、内刃が巻き付いた相手の身体に掛かり柄を引いて力を調節することで締め付け、刃が深く食い込んでいくという設計が施されている。
その為、荒縄を引っ張るかの如く急激に引き寄せると、対象の肉体を一気に締め上げ“切り潰す”事が出来る代物なのだ。
たわみを見せていた巻き付く部位が、アウルの身体へと食い込み始める。
しかし、その刹那――。
「「――っ!」」
――降り注ぐ隕石が如く、上空から何者かが急降下。
アウルとオリネイの間へと、両の足で同時に着地。
ズン、という重たい轟音を着地と共に響かせ、土埃が煙幕のように舞い上がる。
一体何が起きたのか、三人の団士はすぐに判断出来ずにいた。
「……えっ? 嘘でしょ!? ア、アタシのシャルロアたんがぁっ!」
オリネイが悲鳴を混じらせ驚く。
言い終えたと同時、蛇剣の刃は意思を失ったかのように、ガシャンと無機質な音をたて石畳へ落下を見せる。
そして土埃は徐々に晴れ、空から落下してきた人物の正体が露わとなっていく。
その人物は、小柄で華奢な身体には似つかわしくない身の丈以上の長さを持つ大剣を、兜を叩き割るように上空から振り下ろし、蛇剣の芯となる鋼線を断ち切って見せたのだ。
サクリウスはその姿を確認し、大きな溜め息をつく。
そして、"彼女"の名を呼んだ。
「ふー、助かったわ。カレリア」
◇◆◇◆
再び時間は数刻ほど巻き戻り、ラオッサ街道にて――。
アムール鉱山で採掘した鉱物や鉄鉱石を運搬し、護衛する任務を行っていたビスタの部隊。
彼らと中位魔神との戦闘の形跡が色濃く残る現場に、ジェセルとカレリアが足を踏み入れる。
二人はここで何が起こったのか、詳細をすぐに把握することは出来なかった。
ただ兵士達の死体が彼方此方と散乱している為、運搬中に敵と遭遇し襲撃を受けたという図だけは容易に想像することが出来たのだ。
「うわぁ……ひどいね」
カレリアが思わずそう漏らしてしまう程に、現場の凄惨さは残虐を極めていた。
鋭利な刃物のような物で斬殺されている死体。
首と胴体が離れてしまっている死体。
白骨を覗かせる程に体の一部が溶解している死体。
その数々の遺体は、団士として歴戦を潜り抜けた彼女らですら目を覆いたくなるような有り様のものばかりだった。
「…………」
まだ敵が潜んでいないか警戒をしつつ、死体一つ一つの身元を探る二人。
するとジェセルの先を歩いていたカレリアが、とある一人の亡骸を確認しその場へとしゃがみ込む。
「カレリア、どうしたの……っ!?」
突如としてしゃがみ込んだ彼女に向けて尋ねたジェセルだったが、死体を見下ろす形で覗き込み言葉を失う。
「このオヤジ、いつも私にセクハラまがいの発言ばっかしてて大ッ嫌いだったんだけどさ……。面倒見は良かったし、良い腕してたのに……なんで死んじゃうのよ」
眠るように横たわるそれは、片足と下腹部が溶解し、臓物が零れ出ていたケルーン・ノーエストの遺体であった。
「彼がやられるなんて……」
兵士の中でも指折りの実力者として鳴らしていたケルーンが死亡した事実に、ジェセルは驚愕を見せるに留まる。
しかしカレリアにとっては同じ大剣士として一目置いていた存在だったため、ジェセルに比べて特に彼の死を悼んだのだ。
「カレリア、悲しむ気持ちはわかるけど今は調査を優先させなきゃダメよ。さあ、立って」
「……うん」
肩をポンと叩き、慰めるように専心を促すジェセル。
カレリアが力ない返答と共に立ち上がる。
「――死因がバラバラな所を見るに、どうやらビスタ達は魔神族に出くわしたようね」
全ての死体の確認がまだ済んではいないが、ジェセルはそう推測した。
魔物だと攻撃手段が限られてくるため、ここまで多様な殺害方法は無理だろうと踏んだのだ。
カレリアもそれに同調し、推測を続けた。
「そうかもね……。ただ、魔神の姿が無いってことはビスタがもう倒しちゃったのかも」
ビスタ達によって撃退された中位魔神の屍がこの場に無い理由。それは、魔神族とは高密度のマナによって形成されたガス状のエネルギー体であり、生命機能が停止すると共に肉体が跡形も無くこの世から消え去るのが性質となっていたからである。
「あの子は元々中位魔神を倒せるほどの潜在能力はあった。大方、ケルーンを含んだ兵士達の犠牲は避けれなかったけど、なんとか倒し……ゼレスティアに帰還したってところかしら」
ジェセル達がそう推測を終え、残っていた兵士の亡骸を確認しようとしたその時だった――。
「――ジェ……セル、さ、ま……」
「「――!?」」
今にも消え入りそうな程の微かな声が、二人の耳に届いたのだ。
「今のは……?」
「ジェス、あそこ!」
声の主を特定しようとキョロキョロと辺りを見回すジェセルに、先に発見したカレリアが指を差して伝える。
そしてその指の先に居たのは――。
「マックル!?」
血溜まりへと沈むように横たわる、マックル・ワレリオの姿がそこにあった。
◇◆◇◆
「……成る程な。"サイケデリック・アカルト"にかかってたのはビスタの方だったんだなー」
土術による拘束が続いたままのサクリウスが、頷きながら納得を見せる。
西門を開き、傷付いたマックルに肩を貸しながら入ってきたジェセルから全ての経緯を説明された団士三人。
現在は広場でジェセル達を含ませ、気を失ったままのアウルを囲うように事件の辻褄を合わせる為の情報交換をしていた。
「おーい、ワイン。いい加減コレ解いてくれよ」
「……そうだね。すまなかった、サクリウス」
要求を受けたワインロック。
パチンと指を鳴らし術を解除させ、サクリウスの両大腿を抑えていた石をサラサラとした砂に変えて見せた。
だが彼は素直に解除はしてみせたが、一段落したにも関わらず笑顔は零さない。心なしか、不満気な表情を覗かせていた。
「不服そうね。ワインロック?」
その僅かな機微を唯一感じ取ったジェセル。
機先を制すように問い掛ける。
「魔神族であるその子を生かそうって言うんだ。僕にはその結論が少し理解出来なくてね」
薄笑みを浮かべ、悪びれもせずに率直な意見をワインロックが述べる。
「"魔神族の殲滅"は私達、親衛士団にとっての至上命題。貴方のその考えは確かに正しい。でも、このコは魔神族である前に人間でもあるの。正体が不明瞭なままそれを無闇に殺めるのは道理に反しているわ」
「そう……だね。キミの方が正しいよ」
正論を上回る正論で説き伏せられてしまったワインロックは、アウルの拘束も同様に解除した。
するとそのまま、団士達の輪から離れ王宮方面へと歩を進め始める。
「よっ……と! おいワイン、どこへ行くんだ?」
捕縛から解かれバランスを失いその場で倒れそうになるアウルを受け止めたサクリウスが、場を後にしようとする男の背中に問う。
「なんか疲れちゃったから先に王宮に戻らせてよ。バズムントには先に報告を済ませておくからさ、いいでしょ? ジェセル」
そう返し、この場では最高序列となるジェセルの許可を仰ぐ。
「いいわ。ただくれぐれも――」
「虚偽の報告はしないように、でしょ? 安心してよ。僕がウソを嫌うのはみんな知ってるよね。それじゃ、おやすみ」
甲を見せながらヒラヒラと手を振り、一足先に彼は帰還した。
「ジェス、先に行かせていいの?」
隣にいたカレリアが耳元で囁き。
「いいのよ。彼にも信念って物があるし気持ちはわからないでもないわ」
ジェセルが小声でそう返した。
「そんなことより! アタシのシャルロアたん壊した落とし前はどうやってつけんのよ!」
二人に割って入ったのはオリネイ。キツめの化粧が更にキツく見える程に不機嫌な面持ちだ。
愛"剣"を壊した張本人であるカレリアの背後に立ち、ヒステリックに喚き散らす。
「いやぁ、オリネイちゃんゴメンねぇ。でもあれだけ切羽詰まった状態だとああやって止めるしかなかったのよぉ」
振り向きオレンジカラーの髪をポリポリと指で掻きながら、年下のオリネイの機嫌をとるが――。
「はんっ、そんなガサツなやり方しか出来ないからいつまで経っても男ができないんだよ! その学士みたいな貧相なカラダのように節度ってものを覚えなさいよ!」
「な、なによその言い草は! 人が優しく謝ってやってるってのに! それに、私はアンタみたいに男にだらしなくないからちゃんとした相手を探してるんですー!」
「ぷぷぷ……そう言ってますけどカレリアちゃんこの前マルロスローニ家との懇親会で一緒にお酒飲んだ時、王子達に気に入られようと陰で必死に媚売って甘えてたの忘れちゃったのー?」
「な、なんでアンタがそれ知ってんのよ!? それ誰かに言ったらタダじゃおかないんだからね!」
「タダじゃおかなかったらなんだっていうのよ、アラサーのくせに!」
「年齢は関係ないでしょ!? それにアラサーちゃうわ! ジャストクォーター(※25歳の意)って呼びなさいよ!」
「何ソレ? 往生際が悪いんだよ! 貧乳!」
「言ったわねー!? クソビ◯チ!」
「な、なんて醜い争いだ……! 止めなくていいのだろうか……」
ジェセルの治癒術のお陰でなんとか一命を取り留めたマックル。
目の前で繰り広げられている女団士二人の口論を遠巻きに眺め、思わず言葉を漏らしてしまう。
「あー、もうああなっちまったらオレらには止めらんねーよ。つーかマックル。その身体、傷は塞いだだけで完治じゃねーんだろ? あんま無理すんなよ」
「サクリウス様……」
アウルを抱えながら、逸るマックルをサクリウスが諭す。
彼が言ったように、確かにマックルの傷はジェセルの高度な治癒術によって完全に塞がれてはいた。
しかし流れた血が戻ってくることは敵わないので、実際は上等な応急処置程度のものだったのだ。
「しっかし、オマエよく生き延びれたなー? 何ヵ所も切られたり貫かれたりした状態でどうやって何十分も助けを待つことが出来たんだよ?」
純粋な疑問を投げ掛けられ、マックルは答える。
「……風術ですよ。空気の栓で傷を塞ぎ、出血を最小限に抑えました。助けが来るまでマナが持つかどうかの瀬戸際でしたけど、何とか助かりましたよ」
「なーるほど……ってマジかよ。オマエも魔神に劣らず中々に反則なのな」
想像以上の荒業にサクリウスはたじろぐ。
そんな彼を横目に、マックルは続けた。
「ただ、そんな風術を持ってしてもビスタ様は救えませんでした……」
「マックル……」
「俺は、一人で戦おうとするビスタ様の命令に素直に従ってしまい、戦場から退却してしまったんです。最初から全員で共に戦っていれば……ビスタ様はもちろん、ケルーン達も生き残れたかもしれなかった……! こんな俺だけが……生き残ってしまって、ケルーンとビスタ様に向ける顔がありません……!」
静かに涙を流し、自身の未熟さをマックルが悔いる。
それに対し、サクリウスは。
「オマエは思い上がり過ぎだっつーの。"責任感"っていう言葉が実体化したよーなビスタの事だ。どーせ“一緒に戦おう”って提案しても却下されたんだろ?」
「まあ……そうなんですが」
「だったらそれはビスタのミスだ。オマエが思い詰める事じゃねー。オレ達団員は任務の成功が最優先でなきゃダメなんだ。部下の命なんて二の次、って思う程にな。それをアイツは一人で抱え込んじまって一人で戦うことを選んだんだ。死んだヤツに対して冷たい事言っちまうかもしれねーが、アイツには団士としての心構えがなっちゃいねーって事だったんだよ」
「…………」
ビスタと同じ団士からの冷酷な物言いに、マックルの精神は沈んだままだったが――。
「……でもよ。結果はどーであれ、オマエだけが生き延びたんだ。だったらアイツの意志を生き残ったオマエが継ぎ、アイツが成し遂げられなかった"部下の命を守る"っていう役目をマックル……オマエがこれから担えば良い。それが一番、死んじまったビスタが喜ぶ事なんじゃねーのか?」
「……っ!」
サクリウスの言葉は、マックルの鬱屈した精神を払い除けてみせた。
その様子を窺いサクリウスが、今度は笑顔で一言だけ告げる。
「――な、マックル?」
「はい……!」
その瞳からは既に涙は流れていなかった。
(……なーんか、今日はこーやって宥める役回りばっかやってる気ぃすんなー。ま、いっか)
その後、カレリアとオリネイの喧嘩の仲裁を終えたジェセルの指示の下、5人は作戦室へと帰還しバズムントに報告を終えた。
クルーイルとビスタの亡骸は報告の後、戦死した兵士や被害に遭った市民と同時に直ぐ様回収が為され、2日後に合同葬儀が執り行われた。
アウルの処遇についてはバズムントを含んだ団士6人で決めることは敵わず、外交任務に出払っているヴェルスミスの帰還を待ち、方針を仰ぐことに決定した――。
――運命の二日間を乗り越えたアウル。
現在は気を失っているため、思い巡らす事も、葬儀に参列することすら叶わない。
兄との再開に始まり、和解を経て、約束が果たされぬまま迎えた兄の死――。
心に一生消えぬ傷を刻んだその出来事は、少年を取り巻く環境にも多大に影響を与えるだろう。
そして、平凡に暮らしていた筈の少年の運命は、この二日間を境にして劇的に揺れ動く事になるのであった。
転ぶ先は希望か、絶望か――それはまだ誰にもわからない。
土術による拘束によってその場を動けずにいたサクリウス。
彼の叫ぶ声も虚しく、第15団士の手による少年への処刑がたった今行われようとしていた。
「サクリウス、悪く思わないでよ……。アンタの為でもあるんだからね……!」
止めを刺すよう命じられたオリネイ。
蛇剣を握る手に力を込め、後ろ手に思い切り柄を引く。
彼女の装備である蛇剣は、内刃が巻き付いた相手の身体に掛かり柄を引いて力を調節することで締め付け、刃が深く食い込んでいくという設計が施されている。
その為、荒縄を引っ張るかの如く急激に引き寄せると、対象の肉体を一気に締め上げ“切り潰す”事が出来る代物なのだ。
たわみを見せていた巻き付く部位が、アウルの身体へと食い込み始める。
しかし、その刹那――。
「「――っ!」」
――降り注ぐ隕石が如く、上空から何者かが急降下。
アウルとオリネイの間へと、両の足で同時に着地。
ズン、という重たい轟音を着地と共に響かせ、土埃が煙幕のように舞い上がる。
一体何が起きたのか、三人の団士はすぐに判断出来ずにいた。
「……えっ? 嘘でしょ!? ア、アタシのシャルロアたんがぁっ!」
オリネイが悲鳴を混じらせ驚く。
言い終えたと同時、蛇剣の刃は意思を失ったかのように、ガシャンと無機質な音をたて石畳へ落下を見せる。
そして土埃は徐々に晴れ、空から落下してきた人物の正体が露わとなっていく。
その人物は、小柄で華奢な身体には似つかわしくない身の丈以上の長さを持つ大剣を、兜を叩き割るように上空から振り下ろし、蛇剣の芯となる鋼線を断ち切って見せたのだ。
サクリウスはその姿を確認し、大きな溜め息をつく。
そして、"彼女"の名を呼んだ。
「ふー、助かったわ。カレリア」
◇◆◇◆
再び時間は数刻ほど巻き戻り、ラオッサ街道にて――。
アムール鉱山で採掘した鉱物や鉄鉱石を運搬し、護衛する任務を行っていたビスタの部隊。
彼らと中位魔神との戦闘の形跡が色濃く残る現場に、ジェセルとカレリアが足を踏み入れる。
二人はここで何が起こったのか、詳細をすぐに把握することは出来なかった。
ただ兵士達の死体が彼方此方と散乱している為、運搬中に敵と遭遇し襲撃を受けたという図だけは容易に想像することが出来たのだ。
「うわぁ……ひどいね」
カレリアが思わずそう漏らしてしまう程に、現場の凄惨さは残虐を極めていた。
鋭利な刃物のような物で斬殺されている死体。
首と胴体が離れてしまっている死体。
白骨を覗かせる程に体の一部が溶解している死体。
その数々の遺体は、団士として歴戦を潜り抜けた彼女らですら目を覆いたくなるような有り様のものばかりだった。
「…………」
まだ敵が潜んでいないか警戒をしつつ、死体一つ一つの身元を探る二人。
するとジェセルの先を歩いていたカレリアが、とある一人の亡骸を確認しその場へとしゃがみ込む。
「カレリア、どうしたの……っ!?」
突如としてしゃがみ込んだ彼女に向けて尋ねたジェセルだったが、死体を見下ろす形で覗き込み言葉を失う。
「このオヤジ、いつも私にセクハラまがいの発言ばっかしてて大ッ嫌いだったんだけどさ……。面倒見は良かったし、良い腕してたのに……なんで死んじゃうのよ」
眠るように横たわるそれは、片足と下腹部が溶解し、臓物が零れ出ていたケルーン・ノーエストの遺体であった。
「彼がやられるなんて……」
兵士の中でも指折りの実力者として鳴らしていたケルーンが死亡した事実に、ジェセルは驚愕を見せるに留まる。
しかしカレリアにとっては同じ大剣士として一目置いていた存在だったため、ジェセルに比べて特に彼の死を悼んだのだ。
「カレリア、悲しむ気持ちはわかるけど今は調査を優先させなきゃダメよ。さあ、立って」
「……うん」
肩をポンと叩き、慰めるように専心を促すジェセル。
カレリアが力ない返答と共に立ち上がる。
「――死因がバラバラな所を見るに、どうやらビスタ達は魔神族に出くわしたようね」
全ての死体の確認がまだ済んではいないが、ジェセルはそう推測した。
魔物だと攻撃手段が限られてくるため、ここまで多様な殺害方法は無理だろうと踏んだのだ。
カレリアもそれに同調し、推測を続けた。
「そうかもね……。ただ、魔神の姿が無いってことはビスタがもう倒しちゃったのかも」
ビスタ達によって撃退された中位魔神の屍がこの場に無い理由。それは、魔神族とは高密度のマナによって形成されたガス状のエネルギー体であり、生命機能が停止すると共に肉体が跡形も無くこの世から消え去るのが性質となっていたからである。
「あの子は元々中位魔神を倒せるほどの潜在能力はあった。大方、ケルーンを含んだ兵士達の犠牲は避けれなかったけど、なんとか倒し……ゼレスティアに帰還したってところかしら」
ジェセル達がそう推測を終え、残っていた兵士の亡骸を確認しようとしたその時だった――。
「――ジェ……セル、さ、ま……」
「「――!?」」
今にも消え入りそうな程の微かな声が、二人の耳に届いたのだ。
「今のは……?」
「ジェス、あそこ!」
声の主を特定しようとキョロキョロと辺りを見回すジェセルに、先に発見したカレリアが指を差して伝える。
そしてその指の先に居たのは――。
「マックル!?」
血溜まりへと沈むように横たわる、マックル・ワレリオの姿がそこにあった。
◇◆◇◆
「……成る程な。"サイケデリック・アカルト"にかかってたのはビスタの方だったんだなー」
土術による拘束が続いたままのサクリウスが、頷きながら納得を見せる。
西門を開き、傷付いたマックルに肩を貸しながら入ってきたジェセルから全ての経緯を説明された団士三人。
現在は広場でジェセル達を含ませ、気を失ったままのアウルを囲うように事件の辻褄を合わせる為の情報交換をしていた。
「おーい、ワイン。いい加減コレ解いてくれよ」
「……そうだね。すまなかった、サクリウス」
要求を受けたワインロック。
パチンと指を鳴らし術を解除させ、サクリウスの両大腿を抑えていた石をサラサラとした砂に変えて見せた。
だが彼は素直に解除はしてみせたが、一段落したにも関わらず笑顔は零さない。心なしか、不満気な表情を覗かせていた。
「不服そうね。ワインロック?」
その僅かな機微を唯一感じ取ったジェセル。
機先を制すように問い掛ける。
「魔神族であるその子を生かそうって言うんだ。僕にはその結論が少し理解出来なくてね」
薄笑みを浮かべ、悪びれもせずに率直な意見をワインロックが述べる。
「"魔神族の殲滅"は私達、親衛士団にとっての至上命題。貴方のその考えは確かに正しい。でも、このコは魔神族である前に人間でもあるの。正体が不明瞭なままそれを無闇に殺めるのは道理に反しているわ」
「そう……だね。キミの方が正しいよ」
正論を上回る正論で説き伏せられてしまったワインロックは、アウルの拘束も同様に解除した。
するとそのまま、団士達の輪から離れ王宮方面へと歩を進め始める。
「よっ……と! おいワイン、どこへ行くんだ?」
捕縛から解かれバランスを失いその場で倒れそうになるアウルを受け止めたサクリウスが、場を後にしようとする男の背中に問う。
「なんか疲れちゃったから先に王宮に戻らせてよ。バズムントには先に報告を済ませておくからさ、いいでしょ? ジェセル」
そう返し、この場では最高序列となるジェセルの許可を仰ぐ。
「いいわ。ただくれぐれも――」
「虚偽の報告はしないように、でしょ? 安心してよ。僕がウソを嫌うのはみんな知ってるよね。それじゃ、おやすみ」
甲を見せながらヒラヒラと手を振り、一足先に彼は帰還した。
「ジェス、先に行かせていいの?」
隣にいたカレリアが耳元で囁き。
「いいのよ。彼にも信念って物があるし気持ちはわからないでもないわ」
ジェセルが小声でそう返した。
「そんなことより! アタシのシャルロアたん壊した落とし前はどうやってつけんのよ!」
二人に割って入ったのはオリネイ。キツめの化粧が更にキツく見える程に不機嫌な面持ちだ。
愛"剣"を壊した張本人であるカレリアの背後に立ち、ヒステリックに喚き散らす。
「いやぁ、オリネイちゃんゴメンねぇ。でもあれだけ切羽詰まった状態だとああやって止めるしかなかったのよぉ」
振り向きオレンジカラーの髪をポリポリと指で掻きながら、年下のオリネイの機嫌をとるが――。
「はんっ、そんなガサツなやり方しか出来ないからいつまで経っても男ができないんだよ! その学士みたいな貧相なカラダのように節度ってものを覚えなさいよ!」
「な、なによその言い草は! 人が優しく謝ってやってるってのに! それに、私はアンタみたいに男にだらしなくないからちゃんとした相手を探してるんですー!」
「ぷぷぷ……そう言ってますけどカレリアちゃんこの前マルロスローニ家との懇親会で一緒にお酒飲んだ時、王子達に気に入られようと陰で必死に媚売って甘えてたの忘れちゃったのー?」
「な、なんでアンタがそれ知ってんのよ!? それ誰かに言ったらタダじゃおかないんだからね!」
「タダじゃおかなかったらなんだっていうのよ、アラサーのくせに!」
「年齢は関係ないでしょ!? それにアラサーちゃうわ! ジャストクォーター(※25歳の意)って呼びなさいよ!」
「何ソレ? 往生際が悪いんだよ! 貧乳!」
「言ったわねー!? クソビ◯チ!」
「な、なんて醜い争いだ……! 止めなくていいのだろうか……」
ジェセルの治癒術のお陰でなんとか一命を取り留めたマックル。
目の前で繰り広げられている女団士二人の口論を遠巻きに眺め、思わず言葉を漏らしてしまう。
「あー、もうああなっちまったらオレらには止めらんねーよ。つーかマックル。その身体、傷は塞いだだけで完治じゃねーんだろ? あんま無理すんなよ」
「サクリウス様……」
アウルを抱えながら、逸るマックルをサクリウスが諭す。
彼が言ったように、確かにマックルの傷はジェセルの高度な治癒術によって完全に塞がれてはいた。
しかし流れた血が戻ってくることは敵わないので、実際は上等な応急処置程度のものだったのだ。
「しっかし、オマエよく生き延びれたなー? 何ヵ所も切られたり貫かれたりした状態でどうやって何十分も助けを待つことが出来たんだよ?」
純粋な疑問を投げ掛けられ、マックルは答える。
「……風術ですよ。空気の栓で傷を塞ぎ、出血を最小限に抑えました。助けが来るまでマナが持つかどうかの瀬戸際でしたけど、何とか助かりましたよ」
「なーるほど……ってマジかよ。オマエも魔神に劣らず中々に反則なのな」
想像以上の荒業にサクリウスはたじろぐ。
そんな彼を横目に、マックルは続けた。
「ただ、そんな風術を持ってしてもビスタ様は救えませんでした……」
「マックル……」
「俺は、一人で戦おうとするビスタ様の命令に素直に従ってしまい、戦場から退却してしまったんです。最初から全員で共に戦っていれば……ビスタ様はもちろん、ケルーン達も生き残れたかもしれなかった……! こんな俺だけが……生き残ってしまって、ケルーンとビスタ様に向ける顔がありません……!」
静かに涙を流し、自身の未熟さをマックルが悔いる。
それに対し、サクリウスは。
「オマエは思い上がり過ぎだっつーの。"責任感"っていう言葉が実体化したよーなビスタの事だ。どーせ“一緒に戦おう”って提案しても却下されたんだろ?」
「まあ……そうなんですが」
「だったらそれはビスタのミスだ。オマエが思い詰める事じゃねー。オレ達団員は任務の成功が最優先でなきゃダメなんだ。部下の命なんて二の次、って思う程にな。それをアイツは一人で抱え込んじまって一人で戦うことを選んだんだ。死んだヤツに対して冷たい事言っちまうかもしれねーが、アイツには団士としての心構えがなっちゃいねーって事だったんだよ」
「…………」
ビスタと同じ団士からの冷酷な物言いに、マックルの精神は沈んだままだったが――。
「……でもよ。結果はどーであれ、オマエだけが生き延びたんだ。だったらアイツの意志を生き残ったオマエが継ぎ、アイツが成し遂げられなかった"部下の命を守る"っていう役目をマックル……オマエがこれから担えば良い。それが一番、死んじまったビスタが喜ぶ事なんじゃねーのか?」
「……っ!」
サクリウスの言葉は、マックルの鬱屈した精神を払い除けてみせた。
その様子を窺いサクリウスが、今度は笑顔で一言だけ告げる。
「――な、マックル?」
「はい……!」
その瞳からは既に涙は流れていなかった。
(……なーんか、今日はこーやって宥める役回りばっかやってる気ぃすんなー。ま、いっか)
その後、カレリアとオリネイの喧嘩の仲裁を終えたジェセルの指示の下、5人は作戦室へと帰還しバズムントに報告を終えた。
クルーイルとビスタの亡骸は報告の後、戦死した兵士や被害に遭った市民と同時に直ぐ様回収が為され、2日後に合同葬儀が執り行われた。
アウルの処遇についてはバズムントを含んだ団士6人で決めることは敵わず、外交任務に出払っているヴェルスミスの帰還を待ち、方針を仰ぐことに決定した――。
――運命の二日間を乗り越えたアウル。
現在は気を失っているため、思い巡らす事も、葬儀に参列することすら叶わない。
兄との再開に始まり、和解を経て、約束が果たされぬまま迎えた兄の死――。
心に一生消えぬ傷を刻んだその出来事は、少年を取り巻く環境にも多大に影響を与えるだろう。
そして、平凡に暮らしていた筈の少年の運命は、この二日間を境にして劇的に揺れ動く事になるのであった。
転ぶ先は希望か、絶望か――それはまだ誰にもわからない。
0
あなたにおすすめの小説
どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。
俺だけ毎日チュートリアルで報酬無双だけどもしかしたら世界の敵になったかもしれない
宍戸亮
ファンタジー
朝起きたら『チュートリアル 起床』という謎の画面が出現。怪訝に思いながらもチュートリアルをクリアしていき、報酬を貰う。そして近い未来、世界が一新する出来事が起こり、主人公・花房 萌(はなぶさ はじめ)の人生の歯車が狂いだす。
不意に開かれるダンジョンへのゲート。その奥には常人では決して踏破できない存在が待ち受け、萌の体は凶刃によって裂かれた。
そしてチュートリアルが発動し、復活。殺される。復活。殺される。気が狂いそうになる輪廻の果て、萌は光明を見出し、存在を継承する事になった。
帰還した後、急速に馴染んでいく新世界。新しい学園への編入。試験。新たなダンジョン。
そして邂逅する謎の組織。
萌の物語が始まる。
最低のEランクと追放されたけど、実はEXランクの無限増殖で最強でした。
みこみこP
ファンタジー
高校2年の夏。
高木華音【男】は夏休みに入る前日のホームルーム中にクラスメイトと共に異世界にある帝国【ゼロムス】に魔王討伐の為に集団転移させれた。
地球人が異世界転移すると必ずDランクからAランクの固有スキルという世界に1人しか持てないレアスキルを授かるのだが、華音だけはEランク・【ムゲン】という存在しない最低ランクの固有スキルを授かったと、帝国により死の森へ捨てられる。
しかし、華音の授かった固有スキルはEXランクの無限増殖という最強のスキルだったが、本人は弱いと思い込み、死の森を生き抜く為に無双する。
軽トラの荷台にダンジョンができました★車ごと【非破壊オブジェクト化】して移動要塞になったので快適探索者生活を始めたいと思います
こげ丸
ファンタジー
===運べるプライベートダンジョンで自由気ままな快適最強探索者生活!===
ダンジョンが出来て三〇年。平凡なエンジニアとして過ごしていた主人公だが、ある日突然軽トラの荷台にダンジョンゲートが発生したことをきっかけに、遅咲きながら探索者デビューすることを決意する。
でも別に最強なんて目指さない。
それなりに強くなって、それなりに稼げるようになれれば十分と思っていたのだが……。
フィールドボス化した愛犬(パグ)に非破壊オブジェクト化して移動要塞と化した軽トラ。ユニークスキル「ダンジョンアドミニストレーター」を得てダンジョンの管理者となった主人公が「それなり」ですむわけがなかった。
これは、プライベートダンジョンを利用した快適生活を送りつつ、最強探索者へと駆け上がっていく一人と一匹……とその他大勢の配下たちの物語。
貧民街の元娼婦に育てられた孤児は前世の記憶が蘇り底辺から成り上がり世界の救世主になる。
黒ハット
ファンタジー
【完結しました】捨て子だった主人公は、元貴族の側室で騙せれて娼婦だった女性に拾われて最下層階級の貧民街で育てられるが、13歳の時に崖から川に突き落とされて意識が無くなり。気が付くと前世の日本で物理学の研究生だった記憶が蘇り、周りの人たちの善意で底辺から抜け出し成り上がって世界の救世主と呼ばれる様になる。
この作品は小説書き始めた初期の作品で内容と書き方をリメイクして再投稿を始めました。感想、応援よろしくお願いいたします。
チート魔力はお金のために使うもの~守銭奴転移を果たした俺にはチートな仲間が集まるらしい~
桜桃-サクランボ-
ファンタジー
金さえあれば人生はどうにでもなる――そう信じている二十八歳の守銭奴、鏡谷知里。
交通事故で意識が朦朧とする中、目を覚ますと見知らぬ異世界で、目の前には見たことがないドラゴン。
そして、なぜか“チート魔力持ち”になっていた。
その莫大な魔力は、もともと自分が持っていた付与魔力に、封印されていた冒険者の魔力が重なってしまった結果らしい。
だが、それが不幸の始まりだった。
世界を恐怖で支配する集団――「世界を束ねる管理者」。
彼らに目をつけられてしまった知里は、巻き込まれたくないのに狙われる羽目になってしまう。
さらに、人を疑うことを知らない純粋すぎる二人と行動を共にすることになり、望んでもいないのに“冒険者”として動くことになってしまった。
金を稼ごうとすれば邪魔が入り、巻き込まれたくないのに事件に引きずられる。
面倒ごとから逃げたい守銭奴と、世界の頂点に立つ管理者。
本来交わらないはずの二つが、過去の冒険者の残した魔力によってぶつかり合う、異世界ファンタジー。
※小説家になろう・カクヨムでも更新中
※表紙:あニキさん
※ ※がタイトルにある話に挿絵アリ
※月、水、金、更新予定!
底辺から始まった俺の異世界冒険物語!
ちかっぱ雪比呂
ファンタジー
40歳の真島光流(ましまみつる)は、ある日突然、他数人とともに異世界に召喚された。
しかし、彼自身は勇者召喚に巻き込まれた一般人にすぎず、ステータスも低かったため、利用価値がないと判断され、追放されてしまう。
おまけに、道を歩いているとチンピラに身ぐるみを剥がされる始末。いきなり異世界で路頭に迷う彼だったが、路上生活をしているらしき男、シオンと出会ったことで、少しだけ道が開けた。
漁れる残飯、眠れる舗道、そして裏ギルドで受けられる雑用仕事など――生きていく方法を、教えてくれたのだ。
この世界では『ミーツ』と名乗ることにし、安い賃金ながらも洗濯などの雑用をこなしていくうちに、金が貯まり余裕も生まれてきた。その頃、ミーツは気付く。自分の使っている魔法が、非常識なほどチートなことに――
あるフィギュアスケーターの性事情
蔵屋
恋愛
この小説はフィクションです。
しかし、そのようなことが現実にあったかもしれません。
何故ならどんな人間も、悪魔や邪神や悪神に憑依された偽善者なのですから。
この物語は浅岡結衣(16才)とそのコーチ(25才)の恋の物語。
そのコーチの名前は高木文哉(25才)という。
この物語はフィクションです。
実在の人物、団体等とは、一切関係がありません。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる