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The 3 days
41話 目覚め
しおりを挟む真っ白な天井が眩しい。
生まれて初めて瞼を開いたのではないか。と錯覚をしてしまう程、目に映る白色が新鮮に思えたアウル。
同じく真っ白なベッドに仰向けで寝たまま、少年はまだボンヤリとした意識で頭を働かせる。
ここは一体どこで、今は何時で、自分はどれくらいの間寝ていたのだろうか。
少しずつ定かになっていく意識と比例するように、様々な疑問が湯水の如く脳内で溢れ出てくる。
ただ、自身にとってとても大事なことを何か一つ忘れている――そんな気がした。
どうにかしてそれを思い出すべく、考え込むが――。
「お、目が覚めたみたいだな」
左方向からの聞き馴染みのある声。
天井を向いたままだった視線を反射的に左へと持っていく。
ウォルナッツの木で造られた机の横で、同じ材質で出来た椅子に腰を掛けていたライカの姿がそこにはあった。
「ライカ……」
まだ状況が不明瞭なこの場に親よりも信頼のできる人間が居てくれたという事実が、アウルの心に安堵をもたらす。
「もう起きねえかと思ったぞ。待ってろ、今先生呼んでくるからよ」
「ちょ……ちょっと待って!」
席を立ち、部屋から出ようとするライカ。
アウルは上半身だけをベッドから起こし、慌てて彼を引き留める。
「ここは……病院だよ、ね? 俺は一体どのくらい寝てたんだ?」
ライカが言った"先生"というフレーズと、自身が今まで寝ていたシングルサイズのベッド。
自身の部屋と学園の教室の中間程の広さを誇るこの空間を見渡して察するに、ここが病院の一室だという事をアウルは容易に想像することが出来た。
「んん、大体……二日と半日くらいじゃねえかな? とりあえず後でその辺はちゃんと説明するから今は待ってろよ。目が覚めたら医士を呼んでくるように言われてるんだ」
そう言い残したライカは、他にも何かを聞き出そうとするアウルを尻目に病室のドアを開き、廊下へと消えていく。
「そんなに……寝てたんだ」
想像以上の時間の経過に唖然とするアウル。
しかしその情報を得ても、目が覚めてからずっと頭の片隅で引っ掛かる"何か"を思い出せずにいた。
(何だ……? 何かとても大切なことを俺は……。くそっ、なんで思い出せないんだよ!)
頭を抱え悩ませるアウルに応えるよう、再び病室のドアノブが回る音。すぐに扉が開く。
「なんだ、目を覚ましてたのか」
部屋に入ってきたのは、一度その姿を見てしまえば絶対に忘れないであろう風貌。
そんな鮮烈な見た目のインパクトを誇る鍛治士、エレニド・ロスロボスだった。
「――っ!」
彼女の姿を見た途端、ノイズの様なものがかかっていたアウルの脳内に潜む情報が、少しずつ鮮明に蘇っていく。
――派手な見た目。
――エレニドさん。
――鍛冶士。
――グラウト市の。
――性格がキツい。
――兄貴の……。
――兄貴?
――俺の
――兄貴
――死んだ?
――――兄貴が死んだ。
「うわあぁあああぁあああああぁぁっっ!!」
全てを、本当に全てを思い出してしまったアウル。
次いで襲いくる困惑と悲哀と焦燥。
その他多種多様なマイナスの感情が同時に去来した少年の精神はパニックを引き起こす。
慟哭と共にベッドから跳ね起き、エレニドから逃げるように病室を飛び出す。
(嘘だ! 嘘だ嘘だ嘘だ嘘だ嘘だ嘘だ嘘だ――! 兄貴が……。兄貴が……!)
現実から目を背け、無理矢理と否定の言葉を脳内で繰り返す。
屋内だという事を全く考慮せずに、病室が並ぶ廊下を全力で疾走る。
曲がり角から来る人影にも気が付かない少年は、そのまま駆け抜けた。
そして案の定と言うべきか、その人影と勢い良くぶつかってしまう。
思い切り衝突してしまい、タイル張りの廊下に尻餅をついたアウル。
「キミ、大丈夫かい?」
そんな少年を心配するように、ぶつかった相手である青年が穏やかな口調で手を差し伸べる。
「す、すみません……」
衝撃によって乱れた思考が幾分か正常に引き戻されたアウルは、俯き加減の面持ちのまま差し伸べられた手を取り、起き上がろうとする。
「いいかい、廊下は走っちゃダメだよ? じゃないと――」
そこでアウルは、初めて青年の顔を視界に捉える。
「――"こんなこと"になっちゃうかもしれないよ?」
「えっ?」
黒髪の青年の顔面は、二つに割った熟れた西瓜の断面の如く真っ赤に染まり上がり、鈍器で何度も殴られたような形跡が窺えた。
目・鼻・唇の境目がどこからどこまでだったかを忘れさせてしまう程、その面はぐちゃぐちゃに変形していたのだ。
「あはっ……AHAっ、あははははhaははははははははははははhaはははははははははははははは」
嗤う青年。アウルの脳裏には、自身の拳でみるみる内に赤へと染まっていくビスタの顔と呻き声がフラッシュバックされていき――。
「ああああぁぁあああああああぁぁああああああああぁあああ――っっ」
◇◆◇◆
真っ白な天井が眩しい。
全身からはじっとりと嫌な汗。
白い枕とベッドは湿り気を帯びている。
意識が定かになったと同時に左方向へと首を傾けるが、ライカの姿はなかった。
「……夢か」
まだ若干ボンヤリとした意識だが、先程まで見ていた映像が悪夢によるものだということを第一に理解することが出来た。
(くそ……一体何がなんだか……)
目覚めた際に視界に映った景色が全く一緒だったので、既にどこからどこまでが夢なのかと判断に苦しむ少年。
思慮を巡らせようとしたその矢先、病室のドアが開く。
(――っ!)
先程夢で見たおかげか、エレニドが入ってくる姿を予め想定できた。そのまま、アウルはドアを注視する。
「あら、やっと目が覚めたのね」
入ってきた人物はライカでも、エレニドでも、況してやビスタでもなく――第10団士のジェセル・ザビッツァだった。
「ジェセル……さん? うっ、痛って……」
上半身だけを起き上がらせようとしたアウルは、電撃のように全身へと走る筋肉痛に顔を歪ませる。
「あ、まだ動いちゃダメよ。今、医士を呼んでくるから少し待っててね」
「待って、ジェセルさん……!」
「ん、何かしら?」
夢で見たライカと同様、病室を後にしようとするジェセルを引き留めたアウル。
――意を決し、問う。
「あの、兄貴は……」
その質問を聞くや否や、目鼻立ちがくっきりとした美貌を持つジェセルの表情が目に見えて曇っていく。
「……ごめんなさい。私達の力と配慮が至らなかったばかりに、こんな……。本当に、本当に……ごめんなさい」
それだけを告げ、ジェセルはアウルと目を合わせることの無いまま部屋を出ていき、ドアを静かに閉めた。
「夢じゃ……なかったんだなぁ」
両の目を腕で覆い、ぼそりとそう呟く。
枕だけが、湿り気を増した。
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