PEACE KEEPER

狐目ねつき

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The 3 days

48話 酒と泪となんとやら

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 路地を吹き抜ける、澄んだ夜風が心地良い。
 人でごった返していた店の中では、酒が苦手な者からすると不快でしかない酒臭さと、熱気による蒸し暑さに包まれていた。
 少しだけ冷えたこの空間だが今だけは居心地が良い、と身に沁みるようにアウルは感じた。


「――今日は、星が綺麗だな。雲一つない」

「え? う、うん……」

 何を話し出すかと思えば、路地から覗く夜空の景観について述べた彼女。
 アウルは思わず肩透かしを喰らってしまう。
 まだるっこしい無駄話を毛嫌いする性格だとばかり思っていたので、この話の切り出し方は想定外だった。
 彼女の顔色は暗くて視認しづらいが、恐らく相当酔っているのだろう。声色から上機嫌さが窺えた。

(…………)

 そして話の本題だが、アウルは彼女が自身と話したがっていた内容が何なのか、既に見当はついていた。

 ――クルーイルについてだ。

 あの日、避難警鐘が鳴り兄と別れた後、王宮前広場へと避難をしたアウル。
 その場でたまたま出くわしたエレニドに、兄の手助けを案じさせられるよう暗示された少年は一目散に駆け、クルーイルを助けに向かった。
 しかし辿り着いたアウルが尽力したところで、兄に訪れた結果は――死。
 察するに、目の前に立つ彼女がこれから話す内容は、兄を死なせてしまった事についてではないかとアウルは既に推測をしていた。だが少年は、非難を受ける事も辞さない覚悟でこの場に臨んでいたのだ。


「……あの、エレニドさん。まず、俺から先に良いかな?」

 先手を打つように、まず謝罪をしようとしたアウルだったが――。

「待て、オマエは何も言うな。アタシから先に言わせてくれ…………すまなかった」

 遮るようにそう言い、頭を下げたエレニド。

「え?」

 呆気にとられるアウル。
 割り込まれたどころか、逆に謝られるとはこれっぽっちも思っていなかったからだ。

「……アタシが全て悪かった。クルーイルヤツが死んでほしくないという一心と我が儘から、オマエに無理を強要する真似をしてしまった。許してくれ」

 頭を下げ、面を俯かせたまま謝罪をする彼女に倣い、アウルも続けて頭を下げる。それも、更に深く。

「俺の方こそ……兄貴を助けられなくて、ごめんなさい。それに、最後は助けに行った俺が逆に助けられるハメになっちゃって、それで……!」

 アウルも彼女と同様、反省の弁と共に謝る。
 兄の最期を迎えた情景が、脳裏に浮かぶ。
 ふと感情が蘇り瞑った瞼に熱が込もっていくが、我慢をした。

「ふふ……そうだったのか」

 うってかわって、エレニドの口から発せられた微笑み。
 彼女も死を悼んでいたとばかり思っていた、アウルの気勢が削がれる。
 しかし――。



「……最期は恐怖から逃げずに立ち向かえた、か。良かったな、クルーイル」

 俯いていた顔はいつの間にか夜空を見上げ、きらびやかに輝く星の一つへと語りかけるように、彼女はそう漏らした。
 差し込む月明かりに僅かばかり照らされていた左目に掛かる眼帯からは、一筋の雫が流れ落ちる。


「えっと……エレニドさん。一つ聞いてもいい?」

「……なんだ?」

 見上げていた顔を水平に戻し、左頬を拭うエレニド。
 一方でアウルは、以前から気に留めていた質問を恐る恐ると投げ掛ける。

「兄貴とエレニドさんって……」

「オマエの想像している関係ではないぞ」

 まるで疑問を予知されていたかの如く、聞き終える前に遮断をされてしまった。

「じゃあ、友達?」

「そうだな……。"友達"と言ってしまえばそれっきりかもしれないが、アタシはヤツが大好きだったよ」

「…………!」

 普段は無愛想な彼女から発せられた、"大好き"というその単語が、アウルの脳に衝撃を走らせた。

「片思い……だったの?」

「……オマエはまだまだ子供だな。そういうのじゃない。アタシがヤツに抱く感情というのはもっと別なんだ」

 自身の持つ価値観では到底理解をすることが叶わない彼女の物言いに、思考が停止してしまうアウル。

「言ってる意味が、良く……わからないよ」

「そうだな……一人の男として、友達としてではなく、人間として好きと言えばわかりやすいか」

 少しだけ噛み砕いたその説明でようやく理解を示した少年に、彼女が続ける。

「兄のように頼りがいがあると思いきや、時には弟のような情けない姿を見せたり……。何でも知っているかの如き知見を披露したかと思えば、誰もが知っている常識を知らずに恥を晒したりと……。一緒に居れば退屈という言葉を忘れてしまう程、ヤツの事は気に入っていたよ」

 表情は堅いが愉しそうに話すエレニド。
 アウルにとって、弟である自身よりも共に過ごしてきた時間が多い彼女が言う、兄の人となりがとても新鮮に感じられた。

「兄貴のこと……色々聞かせてもらっても、いいかな?」

「ああ、いいぞ」

 説明の途中から、二人の関係よりも兄の話の方に興味の対象が移ってしまっていたアウルは、そう要求した。
 それにあっさりと応えてくれたエレニドからはその後、自身も知らない兄の一面やエピソードを数十分にも渡って、一つ一つ丁寧に教わったアウル――。


◇◆◇◆


「――兄貴のこと、本当に好きだったんだね」

 ひとしきり聞き終えたアウルは、総括をするようにそう告げた。
 笑みを見せながらも終始、厳然な態度を崩さなかったエレニドだったが、少年の唐突なその言葉に恥じらう姿を見せる。

「ま、まあアタシから言ったことなんだが……改めて言われると、照れるな。クソッ、飲み過ぎたか……」

 慌てながら彼女は、黒いドレスから覗かせる白い谷間の中から煙草とマッチを取り出し、口に咥え火を付ける。

「でも――」

「ん?」

「――それと同じくらい、エレニドさんが兄貴に好かれてたっていうのがわかったよ」

 咥えた煙草が落下する。
 眼帯の奥が熱くなる。
 何かが込み上げて来そうになる。
 それでも、彼女は堪えた。

「……そうか、ありがとう」

「うん!」

 笑顔と白い歯を覗かせる少年は相槌の後、路地から見える往来の方向へと歩を進める。

「それじゃ、俺はもう帰るね。オリネイさんにいつまでもカレリアちゃんの介抱させるのもなんだか申し訳ないし……」

 そう言い残し、路地を後にしようとするアウル。

「アウリスト――! いや、アウル!」

 愛称で呼ばれた少年は、振り向く。

「なに? エレニドさん」

「この間依頼を断った剣の件、アタシが必ず作ってやるから卒業まで待っててくれ」

「ホントに? でも俺、あれから別に強くなんかなって……」

 素直に喜ぶことが出来ないアウルだったが、エレニドが安心感を与える口調で話す。

「大丈夫だ。オマエの強さはアタシに充分伝わったよ」

「そう……なの?」

「ああ。アタシが貸した方の剣は完成と同時に返してくれればいい」

「……うん」

「ほら、もう行け。女を待たせるな」

 帰宅を促すエレニド。
 大人しく従った少年は一礼だけをすると、路地から出てカレリアを引きずりながら、家路へとついた。




(……まさか、兄弟揃ってアタシを泣かせるとはな)

 アウルが去った後。堪えていた涙腺が遂に決壊してしまい、その場へとしゃがみ込むエレニド。


「……もうエレンったら、ずいぶん長く話し込んでたじゃない。って、うわ! なに、泣いてんの……?」

 路地に姿を現したオリネイが、エレニドの状態を見て驚く。
 当然、泣いている姿を見るのは友人である彼女ですら初めてだった。

「もー、どうしたのよエレーン? アンタが泣くなんて……」

 オリネイは丸まったように屈むエレニドの身体を、我が子をあやすように抱きしめ、ゆっくりと立ち上がらせる。

「…………一件行こう」

「え? なんて?」

 起き上がらせた途端、エレニドの口からぼそりと聞こえた言葉に、オリネイは耳を傾け聞き直す。

「……オリねえ、もう一件行こう」

「ハァ? この時間から? アタシは別に良いけど……大丈夫なの?」

 唐突な提案にオリネイは驚いた。

「もう、今日だけは……飲まなきゃやってられない」

 腕で両目を覆いながら話す彼女からは強い意志。
 それを感じ取ったオリネイは優しい声色で。

「……はいはい、アタシの可愛い可愛いエレンの頼みならなんでも聞きますよー」

 身体を寄せ合ったまま、路地から出た二人。

「アンタにも色々あるもんね。ちゃんと話聞いてやるから今日で全部忘れな。ね?」

「オリ姐、ごめん」

 両目を隠したまま、鼻声でそう漏らすエレニドの頭を優しく撫でてあげるオリネイ。
 辺りは既に漆黒に包まれ、淡い光を放つ光灯だけが、頼り無さげに往来を照らすだけであった。




「……そうだエレン。ミレイノにアタシ好みの良い店がオープンしたんだけど、そこ行く?」

「どこでもいい、オリ姐についてく」

「"ホストクラブ"っていう新しいジャンルのバーらしいんだけど、どう?」

「ほすとくらぶ……? なんだそれは?」

 ――そのまま、夜の街に繰り出す二人であった。
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