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Youth with sword and armor
05話 応接間にて
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「ビナルファ、いい加減にしろっ!」
「ぶははははは――いだぁっ!」
ゴンっ、と鈍い音。
オールバックの屈強な体格の男がダチョウの卵ぐらいのサイズの握り拳を、イスに座り笑い続けている男の脳天へ直下させた。
ビナルファと呼ばれた男が頭を抱え、痛みに悶える。
確かに今のは痛そうだ。
「……痛てぇよ旦那ぁ! 舌噛みそうになったじゃねえか!」
「大口開けて笑ってるお前が悪い」
「…………」
俺とスレイズは既に作法や挨拶の事など頭の片隅にもなく、両膝をついたままの体勢で二人のやり取りを唖然と見守ることしかできなかった。
どうすればいいのか判断がつかないでいたんだが、そこで不意にオールバックの方の男と視線がぶつかる。
「……ああ、キミ達。立ち上がってもいいんだぞ」
「あ、はい……」
言われるがまま、立ち上がる俺達二人。
そして立ち上がった途端、スレイズが深々と一礼をする。俺も慌てて頭を下げ、それに倣った。
「おっ、お初にお目にかかりますっ! スレイズ・フーバーと申します! この度のご来訪、心よりお待ちしておりました!」
脳内で散々練習でもしていたのだろうか、ご丁寧な挨拶をこれでもかというくらい張り上げた声で放ったスレイズ。
というか"心よりお待ちして"――って、思いっきり嘘じゃん。まあ、でもこれが社交辞令というやつか。俺もしなきゃな。
「二人とも、そう畏まらなくていいぞ。自然体で居てくれた方がこっちも楽にできて助かる」
スレイズに続き、俺も挨拶を言おうとしたが、オールバックの男の言葉に制止されてしまい、喉で詰まる。
「……そうです、か」
スレイズも俺も下げていた頭を上げる。
二人とも気を張っていたのだが肩透かしを食らい、呆気にとられる。
「ねえ、お前ら歳いくつなの? 見たところすげえ若そうだけど」
ビナルファと呼ばれてる男が、拳骨を食らった箇所をさすりながら俺達に質問をする。
「はい、17になります。あと、こっちのフォルデンも自分と同じ17です」
スレイズが先に答えてくれた。ついでに俺の分も。
「若っ! おい、ヴェルスミス聞いたかよ? あんたのとこの次男坊も確かこの二人と同じくらいの……ってヴェルスミス? どうした?」
俺達の年齢を聞いて驚く彼。
そのまま窓際に立つピースキーパーさんへ驚きついでに語りかけるが、話し途中から怪訝そうな表情へと変化を見せる。
後を追うように俺も視線を窓際へ移すと、ピースキーパーさんが俺の顔をじっと凝視していたのだ。
「えっと、なにか……ございました?」
ここまでずっと静観を続けていた彼が、無言で俺のことを食い入る様に見つめる。
眼力もそうだが、圧倒的な存在感からくる迫力の前に俺はどうしてもたじろいでしまう。
なんだ? なにかマズったか?
……そういえば、まだ名乗って無かったっけか。
「あ、申し遅れました。自分はレノリアス・フォルデンといいます!」
会釈をしながらフルネームを名乗る。
ペコリと軽く下げた頭を復位すると、ピースキーパーさんは既に興味を失ったかのように俺から視線を背けていた。
「なんかあったのかよ? ヴェルスミス」
俺と同じく異変に気付いていたビナルファさんが、彼を問い質す。
「いや、なんでもない。……フォルデンとフーバーだったな。会談までの短い間だが、今日はよろしく頼む」
「「こちらこそ、よろしくお願いします!」」
何事もなかったかのように済ませた彼。
さっきあんなに見つめてきたのは結局なんだったんだ?
「……ところでフォルデンにフーバー。俺達が誰なのか上から聞かされているのか?」
ビナルファさんの背後に立っていたシングラルと呼ばれていた男が、無理矢理話題を変えるように口を開く。
「いえ、ゼレスティアから参られた使者という情報しか知らされておりません」
スレイズがその問いに答える。
言われてみればこの人たちの情報は、誰からも知らされてないんだよな。
「そうか。じゃあ俺達も名乗るのが礼儀ってものだな。……俺はシングラル・マルロスローニ。ゼレスティア国軍、親衛士団所属。第1団士だ」
え? マルロスローニって……確かあっちの王族の名前だったよな?
世界史に疎い俺でもその名前は聞き覚えがあるぞ。
確か、"スピルス"の加工に初めて成功した一族だとか。
「はは。やっぱりガストニアで名乗ってもそういう顔されるか。まあ、畏まらず他の二人と同じように接してくれ」
目の前の豪傑はそう言ってのけたが、最初に名乗られた相手が王族となれば動揺なんて隠せるわけがなかった。
俺の隣に立っていたスレイズもそれは同様で、ほぐれかけていた緊張が再び堅さを取り戻したようだ。
「ほら、ビナルファ。次はお前だ」
「えー? 俺はいいよ。旦那と違って大した名前も肩書きも持って無いんだしさ。大体こういうのは序列が下の奴から名乗らせるもんじゃねえの?」
「別に比べ合うものでもないんだからいいだろうに。つべこべ言わずさっさとしろ」
嫌々とするビナルファさんに、シングラルさんが急かす。
「はいはい、わかりましたよー。えぇと、俺は"ビナルファ・ヴァイルス"って名前でぇー旦那と同じとこ所属ぅーの第4団士ぃー以上ぉー」
覇気が全く感じられない間延び混じりな自己紹介に、俺とスレイズは苦笑いするしかなかった。
シングラルさんもやれやれとした顔を見せている。
ただ本人が謙遜してはいるが、ピースキーパーさんが今回の会談に同行をさせる程の人物だ。
ゼレスティア国内でも屈指の実力者だというのが窺える。
あと、さっきシングラルさんが言ってた"親衛士団"という団体名はガストニアでいう五星みたいなものなのだろうか。結構気になる。
「んで、あっちの人がヴェルスミス・ピースキーパーね。俺らの頼れる団長。クソが付くほど無愛想だけどな。ぶはは」
ビナルファさんが親指を窓際に向け、ついでとでも言ったようにそのままピースキーパーさんを紹介する。
「おい、ビナルファ! なに、勝手に紹介してるんだ!」
シングラルさんが再び拳骨を作り、今にも振り下ろすんじゃないかという程に憤慨する。
「怒んなよ旦那ぁ。別に良いじゃん。な、ヴェルスミス?」
「ああ。別に構わん。一言余計だったがな」
「良いのかよ……!」
「良いんだ? 良いんだ? ぶははははは!」
がくりと肩を落とす第1団士と、その一方で団長の反応を面白がる第4団士。
俺も笑い上戸な彼につられるように、思わず笑ってしまう。
本来ならもっと堅苦しい雰囲気になるものだと、応接間へ入室する前に俺は想定していた。
しかし軍の上層であるはずの人達が繰り広げてるとは思えない程のコミカルなその一連の流れが、とても面白可笑しく感じてしまったのだ。
「おいレノ、何笑ってんだよ……っ!」
そう言って小声で嗜めようとするスレイズだが、悟られないように慌てて隠したその口元に若干の笑みがこぼれているのは俺にはバレバレだった。
「ははっ、無理すんなよ。スレイズ」
「……うっせ」
無理に取り繕おうとしてる友人を見ていると余計に笑えてきた。
そこでふと、笑い続けている俺の頭の中に一つの率直な感想が思い浮かぶ。
なんか良いな。この人達―――。
◇◆◇◆
「――えっ、俺達の声聞こえてたんですか?」
「ちと、ワケありな身体でな。痛覚以外の感覚が常人より優れているんだ。だから騎士団の礼儀作法を答えてた君達の声も、扉の先から聞くことができたってわけだ」
ビナルファさんとテーブルを挟んで置いてあるイスに座る俺は、シングラルさんと話していた。
「へー、話には聞いてたけどこの国ってそんなにメロンが美味しいのね。土産に何個か買って帰ろうかな」
「是非是非! 俺の家も親がメロン栽培を営んでおりまして。良かったら何個か差し上げますよ!」
スレイズはビナルファさんに、この国の風土や文化について説明をしている最中だ。
既に何時間こうやって話しているだろうか。
シングラルさんとビナルファさん。この二人は身分の差や初対面だということを全く感じさせないほど、気さくに俺達と会話をしてくれているのだ。
「…………」
その一方で、相変わらず仏頂面を続けるヴェルスミスさんだけが、窓際に立ったまま会話には一切口を挟んでこない。
しかし自分たちの先輩騎士や五星の人達の様な威圧的な態度は微塵も無く、"見守る"といったスタンスに近い。
――時々、俺の顔をチラチラと見てくるのが気になるが。
コンコン、コンコン――。
話の盛り上がりに水を差す形で、内側にも宝飾が散りばめられた扉が小高い音をたてる。
「あぁ、もうそんな時間か。どうぞー」
面倒くさそうな顔を見せたビナルファさんがノックへ一言返すと、扉がバタンと勢い良く開かれた。
俺とスレイズは反射的に立ち上がり、背筋をピンと伸ばして直立をする。
「失礼っ! ピースキーパー殿! マルロスローニ様! ヴァイルス殿! 会談の準備が整いましたので、至急"礼拝の間"までお越しをお願い申し上げます!」
甲冑を身に纏ったスキンヘッドの騎士が扉の先に立ち、腹の底から張った声でそう伝える。
彼の名はディデイロ・ランパルド。俺の先輩騎士であり、上級騎士の一人。
普段から俺やスレイズの事をいびってくる性格の悪い先輩騎士だ。どうしてよりにもよってこの人も内務なんだよ。最悪だ。
と、俺の心の声が聞こえてしまったのか、ディデイロと目が合ってしまう。
「フォルデン、フーバー! なにをやってる! さっさと御三方を案内して差し上げろ!」
「「はっ!」」
俺に対し睨み付けながらそう怒鳴ると、奴は階段を降りていった。
「はぁ……」
深い溜め息をつく。
一番会いたくない奴と顔を合わせてしまったお陰で、楽しかった気分が一気に萎え縮んでしまった。
恐らく今日の任務が終了すると、いつものようにまた呼びつけられ、小突かれながらグチグチと小言を喰らうんだろうな。
と、思うと気が重くなる。
「……ぶはは、レノリアス。お前今のハゲのこと嫌いだろ?」
ビナルファさんが突いた図星に、俺の鼓動が一気に跳ね上がる。
「えっ、どうして……」
「ぶはっ、当たりか。お前、露骨に嫌な顔し過ぎだぜ。バレバレだっての」
そう言うとビナルファさんはイスから立ち上がり、俺の装着している肩当てにポンと手を置く。
「……まあ、気にすんな。俺の経験則から話すと、若輩モンにあんな威張り散らすような奴は戦場じゃ早死にするだけだ。どうせその内くたばるさ」
「――っ!」
根拠も何もないその推察は何故か説得力に満ちていて、俺の心に安堵をもたらしてくれた。
「……よし、行こう。二人とも、案内を頼む」
「「はっ!」」
ヴェルスミスさんが満を持したかのように窓際から離れ、俺達の前に立つ。
俺とスレイズは返事と共に、先行して応接間から出る。
――楽しかったひとときはあっという間で、少しだけ名残惜しかった。
しかし任務を最優先させるのが俺たち騎士だ。
そう割り切り、俺は先頭を切って階段を降りる。
「……そういえば、何で俺だけ敬称が"様"だったんだ?」
階段から降りる途中で、シングラルさんがふとこぼす。
「さあ? 旦那が王族だからじゃねえ?」
ビナルファさんが適当に推測。
「……そういう線引きは気に入らんな」
「ぶはは、旦那がお怒りだ! 怖い怖い!」
5人は、談笑を続けながら礼拝の間へと向かう。
「ぶははははは――いだぁっ!」
ゴンっ、と鈍い音。
オールバックの屈強な体格の男がダチョウの卵ぐらいのサイズの握り拳を、イスに座り笑い続けている男の脳天へ直下させた。
ビナルファと呼ばれた男が頭を抱え、痛みに悶える。
確かに今のは痛そうだ。
「……痛てぇよ旦那ぁ! 舌噛みそうになったじゃねえか!」
「大口開けて笑ってるお前が悪い」
「…………」
俺とスレイズは既に作法や挨拶の事など頭の片隅にもなく、両膝をついたままの体勢で二人のやり取りを唖然と見守ることしかできなかった。
どうすればいいのか判断がつかないでいたんだが、そこで不意にオールバックの方の男と視線がぶつかる。
「……ああ、キミ達。立ち上がってもいいんだぞ」
「あ、はい……」
言われるがまま、立ち上がる俺達二人。
そして立ち上がった途端、スレイズが深々と一礼をする。俺も慌てて頭を下げ、それに倣った。
「おっ、お初にお目にかかりますっ! スレイズ・フーバーと申します! この度のご来訪、心よりお待ちしておりました!」
脳内で散々練習でもしていたのだろうか、ご丁寧な挨拶をこれでもかというくらい張り上げた声で放ったスレイズ。
というか"心よりお待ちして"――って、思いっきり嘘じゃん。まあ、でもこれが社交辞令というやつか。俺もしなきゃな。
「二人とも、そう畏まらなくていいぞ。自然体で居てくれた方がこっちも楽にできて助かる」
スレイズに続き、俺も挨拶を言おうとしたが、オールバックの男の言葉に制止されてしまい、喉で詰まる。
「……そうです、か」
スレイズも俺も下げていた頭を上げる。
二人とも気を張っていたのだが肩透かしを食らい、呆気にとられる。
「ねえ、お前ら歳いくつなの? 見たところすげえ若そうだけど」
ビナルファと呼ばれてる男が、拳骨を食らった箇所をさすりながら俺達に質問をする。
「はい、17になります。あと、こっちのフォルデンも自分と同じ17です」
スレイズが先に答えてくれた。ついでに俺の分も。
「若っ! おい、ヴェルスミス聞いたかよ? あんたのとこの次男坊も確かこの二人と同じくらいの……ってヴェルスミス? どうした?」
俺達の年齢を聞いて驚く彼。
そのまま窓際に立つピースキーパーさんへ驚きついでに語りかけるが、話し途中から怪訝そうな表情へと変化を見せる。
後を追うように俺も視線を窓際へ移すと、ピースキーパーさんが俺の顔をじっと凝視していたのだ。
「えっと、なにか……ございました?」
ここまでずっと静観を続けていた彼が、無言で俺のことを食い入る様に見つめる。
眼力もそうだが、圧倒的な存在感からくる迫力の前に俺はどうしてもたじろいでしまう。
なんだ? なにかマズったか?
……そういえば、まだ名乗って無かったっけか。
「あ、申し遅れました。自分はレノリアス・フォルデンといいます!」
会釈をしながらフルネームを名乗る。
ペコリと軽く下げた頭を復位すると、ピースキーパーさんは既に興味を失ったかのように俺から視線を背けていた。
「なんかあったのかよ? ヴェルスミス」
俺と同じく異変に気付いていたビナルファさんが、彼を問い質す。
「いや、なんでもない。……フォルデンとフーバーだったな。会談までの短い間だが、今日はよろしく頼む」
「「こちらこそ、よろしくお願いします!」」
何事もなかったかのように済ませた彼。
さっきあんなに見つめてきたのは結局なんだったんだ?
「……ところでフォルデンにフーバー。俺達が誰なのか上から聞かされているのか?」
ビナルファさんの背後に立っていたシングラルと呼ばれていた男が、無理矢理話題を変えるように口を開く。
「いえ、ゼレスティアから参られた使者という情報しか知らされておりません」
スレイズがその問いに答える。
言われてみればこの人たちの情報は、誰からも知らされてないんだよな。
「そうか。じゃあ俺達も名乗るのが礼儀ってものだな。……俺はシングラル・マルロスローニ。ゼレスティア国軍、親衛士団所属。第1団士だ」
え? マルロスローニって……確かあっちの王族の名前だったよな?
世界史に疎い俺でもその名前は聞き覚えがあるぞ。
確か、"スピルス"の加工に初めて成功した一族だとか。
「はは。やっぱりガストニアで名乗ってもそういう顔されるか。まあ、畏まらず他の二人と同じように接してくれ」
目の前の豪傑はそう言ってのけたが、最初に名乗られた相手が王族となれば動揺なんて隠せるわけがなかった。
俺の隣に立っていたスレイズもそれは同様で、ほぐれかけていた緊張が再び堅さを取り戻したようだ。
「ほら、ビナルファ。次はお前だ」
「えー? 俺はいいよ。旦那と違って大した名前も肩書きも持って無いんだしさ。大体こういうのは序列が下の奴から名乗らせるもんじゃねえの?」
「別に比べ合うものでもないんだからいいだろうに。つべこべ言わずさっさとしろ」
嫌々とするビナルファさんに、シングラルさんが急かす。
「はいはい、わかりましたよー。えぇと、俺は"ビナルファ・ヴァイルス"って名前でぇー旦那と同じとこ所属ぅーの第4団士ぃー以上ぉー」
覇気が全く感じられない間延び混じりな自己紹介に、俺とスレイズは苦笑いするしかなかった。
シングラルさんもやれやれとした顔を見せている。
ただ本人が謙遜してはいるが、ピースキーパーさんが今回の会談に同行をさせる程の人物だ。
ゼレスティア国内でも屈指の実力者だというのが窺える。
あと、さっきシングラルさんが言ってた"親衛士団"という団体名はガストニアでいう五星みたいなものなのだろうか。結構気になる。
「んで、あっちの人がヴェルスミス・ピースキーパーね。俺らの頼れる団長。クソが付くほど無愛想だけどな。ぶはは」
ビナルファさんが親指を窓際に向け、ついでとでも言ったようにそのままピースキーパーさんを紹介する。
「おい、ビナルファ! なに、勝手に紹介してるんだ!」
シングラルさんが再び拳骨を作り、今にも振り下ろすんじゃないかという程に憤慨する。
「怒んなよ旦那ぁ。別に良いじゃん。な、ヴェルスミス?」
「ああ。別に構わん。一言余計だったがな」
「良いのかよ……!」
「良いんだ? 良いんだ? ぶははははは!」
がくりと肩を落とす第1団士と、その一方で団長の反応を面白がる第4団士。
俺も笑い上戸な彼につられるように、思わず笑ってしまう。
本来ならもっと堅苦しい雰囲気になるものだと、応接間へ入室する前に俺は想定していた。
しかし軍の上層であるはずの人達が繰り広げてるとは思えない程のコミカルなその一連の流れが、とても面白可笑しく感じてしまったのだ。
「おいレノ、何笑ってんだよ……っ!」
そう言って小声で嗜めようとするスレイズだが、悟られないように慌てて隠したその口元に若干の笑みがこぼれているのは俺にはバレバレだった。
「ははっ、無理すんなよ。スレイズ」
「……うっせ」
無理に取り繕おうとしてる友人を見ていると余計に笑えてきた。
そこでふと、笑い続けている俺の頭の中に一つの率直な感想が思い浮かぶ。
なんか良いな。この人達―――。
◇◆◇◆
「――えっ、俺達の声聞こえてたんですか?」
「ちと、ワケありな身体でな。痛覚以外の感覚が常人より優れているんだ。だから騎士団の礼儀作法を答えてた君達の声も、扉の先から聞くことができたってわけだ」
ビナルファさんとテーブルを挟んで置いてあるイスに座る俺は、シングラルさんと話していた。
「へー、話には聞いてたけどこの国ってそんなにメロンが美味しいのね。土産に何個か買って帰ろうかな」
「是非是非! 俺の家も親がメロン栽培を営んでおりまして。良かったら何個か差し上げますよ!」
スレイズはビナルファさんに、この国の風土や文化について説明をしている最中だ。
既に何時間こうやって話しているだろうか。
シングラルさんとビナルファさん。この二人は身分の差や初対面だということを全く感じさせないほど、気さくに俺達と会話をしてくれているのだ。
「…………」
その一方で、相変わらず仏頂面を続けるヴェルスミスさんだけが、窓際に立ったまま会話には一切口を挟んでこない。
しかし自分たちの先輩騎士や五星の人達の様な威圧的な態度は微塵も無く、"見守る"といったスタンスに近い。
――時々、俺の顔をチラチラと見てくるのが気になるが。
コンコン、コンコン――。
話の盛り上がりに水を差す形で、内側にも宝飾が散りばめられた扉が小高い音をたてる。
「あぁ、もうそんな時間か。どうぞー」
面倒くさそうな顔を見せたビナルファさんがノックへ一言返すと、扉がバタンと勢い良く開かれた。
俺とスレイズは反射的に立ち上がり、背筋をピンと伸ばして直立をする。
「失礼っ! ピースキーパー殿! マルロスローニ様! ヴァイルス殿! 会談の準備が整いましたので、至急"礼拝の間"までお越しをお願い申し上げます!」
甲冑を身に纏ったスキンヘッドの騎士が扉の先に立ち、腹の底から張った声でそう伝える。
彼の名はディデイロ・ランパルド。俺の先輩騎士であり、上級騎士の一人。
普段から俺やスレイズの事をいびってくる性格の悪い先輩騎士だ。どうしてよりにもよってこの人も内務なんだよ。最悪だ。
と、俺の心の声が聞こえてしまったのか、ディデイロと目が合ってしまう。
「フォルデン、フーバー! なにをやってる! さっさと御三方を案内して差し上げろ!」
「「はっ!」」
俺に対し睨み付けながらそう怒鳴ると、奴は階段を降りていった。
「はぁ……」
深い溜め息をつく。
一番会いたくない奴と顔を合わせてしまったお陰で、楽しかった気分が一気に萎え縮んでしまった。
恐らく今日の任務が終了すると、いつものようにまた呼びつけられ、小突かれながらグチグチと小言を喰らうんだろうな。
と、思うと気が重くなる。
「……ぶはは、レノリアス。お前今のハゲのこと嫌いだろ?」
ビナルファさんが突いた図星に、俺の鼓動が一気に跳ね上がる。
「えっ、どうして……」
「ぶはっ、当たりか。お前、露骨に嫌な顔し過ぎだぜ。バレバレだっての」
そう言うとビナルファさんはイスから立ち上がり、俺の装着している肩当てにポンと手を置く。
「……まあ、気にすんな。俺の経験則から話すと、若輩モンにあんな威張り散らすような奴は戦場じゃ早死にするだけだ。どうせその内くたばるさ」
「――っ!」
根拠も何もないその推察は何故か説得力に満ちていて、俺の心に安堵をもたらしてくれた。
「……よし、行こう。二人とも、案内を頼む」
「「はっ!」」
ヴェルスミスさんが満を持したかのように窓際から離れ、俺達の前に立つ。
俺とスレイズは返事と共に、先行して応接間から出る。
――楽しかったひとときはあっという間で、少しだけ名残惜しかった。
しかし任務を最優先させるのが俺たち騎士だ。
そう割り切り、俺は先頭を切って階段を降りる。
「……そういえば、何で俺だけ敬称が"様"だったんだ?」
階段から降りる途中で、シングラルさんがふとこぼす。
「さあ? 旦那が王族だからじゃねえ?」
ビナルファさんが適当に推測。
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