PEACE KEEPER

狐目ねつき

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Eroded Life

32話 アウルについて

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 PM16:00――ハーティス食堂。

 ランチの時間帯が過ぎると、ディナータイムまでのこの時間は最も客足が遠退く。
 店主であるブレットはこの時間から厨房に現れ、息子のライカは一時間の休憩に入る。

「おう、ライカ。休んできていいぞ」

 腰回りにコルセットを巻いた姿のブレットが、家のリビングとの境目である暖簾をくぐり、厨房に顔を出す。

「ああ、もうそんな時間か」

 洗剤の泡と食器で溢れ返るシンクに手を突っ込みながら、ライカが時計を見やる。
 急いで食器洗いを片付け、側にあるタオルで手を拭く。


「……じゃあ、休憩に入らせてもらいますか。あ、親父。予約の客に出すハーブ牛のステーキ、下ごしらえ済んでるからね」

「おう」

 引き継ぎの報告をライカが済ませ、ブレットが簡素に返す。
 そして今度はライカが暖簾をくぐってリビングに向かおうとしたその時、ドアベルの鳴る音が親子の耳へと届く。

「いらっしゃい! お、アイネちゃんとピリムちゃん! こんな時間に来るなんて珍しいねえ!」

 ブレットが呼んだ少女二人の名を聞いたライカは、再び厨房へと踵を返す。


「はろはろー。誘われた気がしたから遊びに来てやったよ、ライカくん」

 手をヒラヒラと振りながら、アイネがライカへ挨拶をする。
 一方のピリムは、心なしか顔色が冴えない。

「誘った覚えねえよ! ん、どうしたピリム? 元気無さそうだな」

 アイネにツッコミで応じたライカはピリムの覇気の無さに気付き、訝しむ。

「特に何もないよ……うん」

 口ではそう言うが、少女の表情はどこか思い詰めているようにも見えた。

「……まあ、とりあえず席着けよ」

 何かを察したライカが、厨房から出て二人をテーブル席へと案内する。
 そして、自分の席として予備のイスを一つだけ用意し、テーブルのそばに置いた。

「ライカ、良いの? 営業中にホールで休んじゃって……」

「気にすんな。どうせこの時間他の客いねえし」

 ピリムがライカへと心配を送るが、あっさりと返される。

「で、二人ともこんな変な時間にどうしたんだ? 今日はオフだったのか?」

 ライカが自ら持ってきた、水が入った三人分のグラス。少女二人と自身の席にそれぞれ置く。

「そうだよー。今日はね、ピリムと二人でお菓子食べ歩きデートをしてたんだけど、この子朝からずっとこんな感じで浮かない顔でさあ――」

「ちょっ、アイネ! やめてよ!」

「ごめんごめん。デートってのは冗談だよ~」

「そっちじゃなくて!」

 テンポの良いやり取りを見せる少女二人。

「はは、お前らは相変わらず仲が良いな。それで、浮かない顔のピリムちゃんは一体何の用で来たのかね? こんな時間にメシ食いに来たってワケじゃあるまいに」

 意地の悪い笑みを含ませながら、ライカが茶化す。

「アンタまで……! はぁ……もう」

 反射的にライカを殴ろうとしたが、思いとどまり、深く溜め息を吐いたピリム。
 荒れているのか、憂いているのか。感情の置き所に悩んでいる姿が窺える。

「患ってんなあ。ほれ、話してみ。どうせアウルの事だろ?」

「なっ――!」

 飲み込もうとした水を噴き出しそうになるのをこらえ、ピリムは顔を赤面させる。

「んなワケないじゃない! もうっ……なんなの? 有り得ない……」

 慌てて否定し、蓋をするかのように両手で顔を覆う少女。

「図星か――」

「――図星ね」

 少女のその反応だけで悟ってしまったライカとアイネ。

「……どうしてわかったのよ?」

 ピリムが顔を覆ったまま、指と指の隙間からライカを睨む。

「そりゃお前、アレだよ。昔からピリムがそうやって悩んでる時は、大抵がアウル関連の事だったしな。まさか今までバレて無いとでも思ってたのか?」

「そうそう。卒業前にアウルくんの進路がまだ定まってない時もそうだったし、学校に出てこれなかった時も、今みたいに憂鬱そうにしてたじゃない」

「…………!」

 二人の少年少女が好調な連携を見せ、ピリムの顔面の紅潮度をじわりじわりと高めていく。
 その赤らみは、本人の髪の色と同色に達しようかという程だった。

「二人ともヤメテ……。恥ずかしすぎて死にそう」

 力ない言葉と共に、テーブルへ顔を伏せる少女。過去の自身を思い返すと、穴にでも入りたい気分になってしまったようだ――。


◇◆◇◆


「――ほら、これ母ちゃんから。お代は要らねえとよ」

 ナタールが淹れてくれた温かい紅茶を、ライカが二人の側に置く。

「あ、アリガト……」

「せんきゅー」

 姿は見えないが、バックヤードであるリビングに恐らくは居るであろうナタールへ向けて、二人の少女が礼をする。

「良い香り……」

 淹れたての紅茶の華やかな香りが、淀んでいたピリムの気持ちを幾分か清らかにさせる。

「おいしーっ」

 アイネはぐいぐいと飲み、ご満悦な表情と白い歯を見せる。


「んで、アイツについて何に悩んでたんだよ、ピリム」
 
 ライカが本題へと話を向ける。
 ピリムは一口だけ紅茶を啜ると、花柄のティーカップを置き皿ソーサーにカチャンと置く。
 そして、自白でもするかの如く悩みを打ち明けた。


「あのさ……。最近のアウル、変だと思わない?」

 投げ掛けられた問い。
 アイネは笑顔のまま『うーん』と漏らす。
 ライカは眉をひそめ、考えを巡らす。


「変、というか……」

 先に開口したのはアイネ。

「"わったね"、とは思うかなぁ」

「具体的に言うと?」

 不明瞭な回答に、ピリムが即座に返す。
『うーん』と言いながらホワイトブロンドの髪の毛先をいじり、考える素振りを見せるアイネ。言葉を探り探り紡ぐ。

「……強くなったよねえ、アウルくん。肉体的にも精神的にも。前まではさ、なんかどことなく頼り無さげで、いつも何かに怯えているように見えて、いつも負担を避けようとしている感じがあったもん」

「あー、アイネのそれすっげえわかる」

 ライカが自身の思考を中断させ、ウンウンと納得の意。

「でしょー? 多分お兄さんが亡くなってから意識の変化があったんだろうね。最近のアウルくんは頼りがいがある男になって良い傾向だと思うんだけどなあ。演習の時だって何度も助けられたしさ……」

 その後も最近のアウルについて、思い浮かぶ点をスラスラと言い連ねるアイネ。
 同調する様からライカも似たような気持ちだろう。

「そう……わかったわ」


 一通り聞き終えたピリムは、"充分"とでも言わんばかりに、それだけを漏らす。
 そして、自身の考えを述べる。


「確かにアイネの言うとおり、アウルは強くなったよ。でも、なんか形振り構わなさすぎにも見えるの。私達の事なんてどうでも良いくらい、どんどん先に進もうとしてる」

「それって良いことじゃね? ストイックにストロングに、男らしいじゃん」

 ライカが率直な意見を挟む。

「違うのよ! その、自分の身とか省みないレベルにまで、自分を追い込んでるというか……。以前までが負担を避けてるって言うなら、今は負担を背負いすぎてるって感じがして……」

「あのね、ピリム。演習の時も言ったけど、アウルくんは"あの"ピースキーパー家の現嫡子だよ? 国を守る責任感や重圧が、やっぱり私達とは桁が違うんだし、そう見えても仕方ないんじゃないかな?」

 重たい面持ちで心配を論ずる赤毛の少女に対し、今度はアイネが宥めるように被せる。
 しかし、ピリムはそれでも自身の意見を曲げようとはしなかった。

「それはもちろんそうよ。でも、このままだと絶対にアウルはその内何か痛い目を見ると思うわ。そうならないように私がもっと強くなって、アイツを支えてあげなきゃ……!」

 強くなろうとする決意を燃やすピリム。
 アイネは握った手をポンと叩き、閃いた表情を見せた。

「あー、それで今日は前々から約束してた食べ歩きデートを中止してトレーニングしよ、って私に提案してきたんだあ。なるほどなー健気だなー良いコだなー」

 アイネが嫌味たらしく納得する一方で、ライカは苦笑を溢す。ピリムの顔色は再び真っ赤へ。


「……言わないでよ、アイネ」

「あはははウケる」

 細い声で太く笑うアイネ。
 ピリムはここに来てから二度目の深い溜め息。
 一方で、ライカはニヤニヤとした顔付きをしている。
 

「……まあ、その、なんだ。お前は俺よりもアイツと付き合い長いしな。俺達には思いも寄らない些細な変化にも気付けるんだろうが……。今回は流石に思い過ごしだと俺は思うぞ」

 金髪の少年が同情と否定をする。

「思い過ごしなら良いんだけど……でも」

 ピリムの踏ん切りの付かない態度。
 埒が明かないと思ったライカは、"爆弾"の投下を試みる――。


「――てか、ぶっちゃけ聞くぞ? お前アウル好きだろ?」
 
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