PEACE KEEPER

狐目ねつき

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Eroded Life

31話 誓い

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「まったく……無茶しすぎよ、アウルくん」

 カレリアがそう嗜めつつ、応急処置をアウルに施す。
 彼女は肘と手首の間の前腕から折れたアウルの左腕を、包帯で添え木と共に巻いて固定。三角巾代わりに幾何学模様の布を左肩で結んでいた。
 この布はエリスが敗北の宣言をした直後、カレリアが店内へと戻り、ナタールから拝借したテーブルクロスを切った物だ。

「いくら怪我の治りが早いって言ってもね、自分で自分を傷付ける真似なんて絶対ダメ。もっと自分の身体を大事にしなさい。わかった?」

「うん……ゴメンナサイ」

 処置を終え説教混じりで伝えるカレリアに対し、アウルは苦笑いを浮かべ謝る。

「でも、カレリアちゃんがもっと早く俺の言ったことを信じてくれれば、こんなことにはならなか――」
「仕方ないでしょ。状況の説明が突拍子すぎるのよ!」

 その後も数分間に渡って、お互いの不手際を痴話喧嘩の如くぶつけ合う二人。
 ひとしきり言い尽くした所で、ふとカレリアが話題を現在へと至らせる。

「――で、この子どうするの?」

 カレリアが視線でした先――。
 路地の片隅に尻餅を付け、立てた両膝を両腕で抱え、顔を埋めるエリス。
 アウルから受信した痛みは既に無くなっているようだが、先程からその体勢のままピクリとも動かない。
 少女が今何を考えているのか、二人は思いあぐねていた。

「エリスちゃんは、ホントに魔神族なのよね?」

 事実確認は、治療中にアウルから聞き出していたカレリア。
 特性の詳細も、エリスがアウルの身体の内に眠っていた魔神だということも、勿論伝えている。

「うん。それは間違いないよ。本人は"魔神"って呼び方は不本意みたいだけど」

 アウルもエリスを見やる。
 本来、魔神がゼレスティア内に出現した際には直ちに駆除をしなければならないのが、国軍に仕える者としての義務。

 ――しかし、エリスを殺してしまえばアウルも死ぬ。

 その繋がりがネックとなってしまい、アウルはともかく、カレリアもどのような判断を下せばいいのか悩んでいたのだ。

「まあでも、見れば見るほど普通の人間にしか見えないわよね、エリスちゃん……」

 カレリアが少女を見ながら零す。
 アウルも頷き、同調する。



「「ねえ――」」

 ふと、同じ言葉を同じタイミングで発した二人。

「「…………」」

 互いに驚き、押し黙る。

「……カレリアちゃん、先に言ってよ」

 レディファーストの精神で先に譲ったアウル。
 それを受けたカレリアは小さく咳払いをする。

「あのね、アウルくん……この子、魔神だという事実を隠せば、ゼレスティアで生活出来るんじゃないかな……?」

 団士としてあるまじきその提案。
 当然、彼女もそれは大いに理解をしている。
 だが、いたいけな少女の姿をしたこの魔神を手にかけるのに、些か抵抗があったのも事実。
 それに――。

「ほら、この子ちゃんと言葉を話せるじゃない? 特性さえ悪用させなければアウルくんみたいに暮らしていけるよ、きっと」

 彼女は、アウルと出会う以前までは他の団士と同様、魔神は殲滅すべき対象だと認識をしていた。
 しかし、魔神の血を宿す少年と出会い、三日間の生活を共にすることで、その固定観念は薄れつつあった。
 もちろんアウルは魔神ではない、人間だ。
 だが、言葉が通じる相手ならば話し合うことで相互の理解への道も歩めるのでは、という意識を身を持って深めていたのだ。

「俺も、カレリアちゃんと同じ事を言おうと思ってたよ。だから……今後はエリスを普通の人間として扱いたいと思う。魔神だという事実は、俺とカレリアちゃんだけの秘密にしよう」

 アウルは提案に対しそう答えると、エリスの方へと歩を進める。

「大丈夫なの……?」

「大丈夫。少し話をするだけだよ」


 カレリアは身構えるが、少年は平常心を以て少女の前に立つ。

「エリス、今ここで決めて。俺と共に魔神としてこの場で死ぬか。一緒に人間として暮らすか」

「…………」

 うなだれたままの少女へ、アウルは選択肢を与えた。

「もし、俺と一緒に生きていきたいなら、守ってもらわなきゃいけない約束がある」

 エリスを見下ろしながら淡々と話すアウルは、続ける。

「まず、人間への危害は絶対に加えないこと。理由は……言うまでもないよね?」

「…………」

 少女は沈黙を崩さず。
 だが、意に介す事なくアウルは更に紡ぐ。

「次に、特性についてだけど。これから人間社会にエリスが溶け込む為には、様々な問題が待ち受けて居ると思う。だからこの先エリスが出会う人達一人一人に、一度だけ認識の刷り込みをしてほしい」

「……どんな設定で認識させるつもりなの?」

 黙りこくったままのエリスに代わるように、カレリアが恐る恐ると問う。
 少年は少しの間を置き、決意を込めて静かに伝える――。
 


「……"エリシスト・ピースキーパー"。エリスは今日からその名前で、俺の兄妹として設定して生きるんだ」

「「――っ!」」

 驚いたのはカレリアだけではなかった。
 エリスはうずめていた顔を素早く上向かせ、アウルの目を見る。
 穏やかではあるが、力強さも併せ持った少年の眼差しは、言っている旨が冗談の類いではないということが窺えた。

「もちろん認識の刷り込みはその一度きりだ。もし、余計な認識が刷り込まれたと俺が気付いた際には、君を殺す。いいね?」

 これは脅しなどではなく、覚悟の証明。
 今後エリスが起こしうる問題の全責任を一身に背負うと、少年は覚悟をしていた。
 エリスに向けてアウルは生死の選択を委ねたが、少年の心の内では人生の選択という点で、とうに選ぶのを済ませ覚悟を終えていたのだ。

「本気なの……アウルくん?」

「本気だよ。こうするしかないんだよ、カレリアちゃん」

 つまり、その覚悟が意味するのは――今後の人生、少年は魔神と兄妹として一生を添い遂げるということ。
 かねてより自身の内に眠る、忌み嫌った存在に対し共生の意を示すことを、アウルは選択したのだ。


「……ごめんなさい、アウル」

 湿った声でようやく口開くエリス。
 白い頬を伝い流れ落ちたのは、先程見せた嘘の涙ではない。
 心の底からの反省を含んだ温かなしずくだった。

「私ね……ずっとアウルに会いたかったの。アウルの中で何年もそれだけを願っていた」

 少女は純な感情で、初めて胸の奥底をさらけ出す。

「ずっと嫉妬してた……。ライカくんやピリムちゃん……そこにいるカレリアちゃんだってそう。なんで私はアウルと話すことも出来ないのに、みんなは話せるの? ずるい、って……」

 生まれてからたった一日しか生きてない少女の涙腺は驚くほどにゆるく、一度溢れ出た涙が止めどなく零れ続ける。

「だから……"出て"これた時、みんなに対してアウルを一人占めしてやろうって思って……それで……!」

 涙声で次々と反省の弁を述べるエリス。
 アウルはスッと目の前でしゃがみ、同じ目線へ。
 そして、ゆっくりとエリスの頭に手を置くと。

「……もういいよ、謝らなくて。二度としないって約束さえしてくれればそれでいい」

 優しい声色。慈しみ溢れる表情。
 その姿は、家族に向けて与える無償の愛そのもの。
 愛情に飢えていた少年が、皮肉にも初めて愛情を注いだ相手は、魔神だったのだ。


「私、この先も……生きてていいの――?」

 涙をドレスの袖で拭いながら、エリス。

「エリスが言ったよね? 俺はキミで、キミは俺、だって」

 今朝方向けられた言葉を、唱えるように逆に言い聞かせたアウル。

「それと、最後に俺の方から約束を一つするよ――」

 少年は誓った。


「――エリスが死ぬ時が、俺の死ぬ時だ」 





 ――結果として、この誓いがかつてシングラルが言っていた『内に眠る魔神に打ち克つ』と同義だという事を、アウルはまだ気付いていなかった。
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