PEACE KEEPER

狐目ねつき

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Eroded Life

35話 エリスについて

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 自室の窓から見える空模様は、昨日と同様雲一つ無い晴天。
 薄いレースカーテン越しから射し込む陽光に、温もりと眩しさを感じつつ、アウルは起床した。

(なんだか全然疲れが取れてないなぁ……。まあ、昨日は色々あったし仕方ないか……)

 体を起こして早々にふう、と溜め息を一つこぼすアウル。

 ――市街地を駆けずり回った挙げ句の、エリスとの心理戦。

 結果としてアウルは、休日であるにも関わらずこれでもかと神経を磨り減らす羽目となってしまった。肉体的にも精神的にも疲労が残るのは仕方がないだろう。

(……くそ、やっぱりまだ動かせないか)

 固定と保護の役割を果たす石膏で造られたギプス。ずしりと重さを感じる自身の左腕へ視線を落としたアウルが、声には出さずに呟く。
 少年はエリスとの決着後、カレリアを含んだ三人で近くの診療所へ足を運び、改めて治療を施してもらったのだ――。


◇◆◇◆


 ――アーカム市内、街の一角のとある診療所前。

『あ、戻ってきた』

 少年が診療所のガラス張りの扉を開いて外へ姿を現すと、カレリアがいち早くに察した。

『アウル!』

 その彼女と共に、入り口のそばで診察が終わるのを待っていたエリス。
 診察中ずっと心配をしていたのだろう。というのが、少女の顔色から充分に窺えた。

『ちょっ、エリス!? 抱き付かないでよ! だ、大丈夫だから!』

 駆け付けた勢いそのままに抱き付いてきたエリスに対し、アウルは照れた様子。

『おうおう見せ付けてくれちゃってえ。で、容態の方はどうなの?』

 カレリアがジャージ姿で腕を組みながら、茶化しつつ訊く。
 変装の必要がもうないので、用済みになったニット帽とサングラスは既に外し、マスクの着用のみとなっていた。

『……どうもこうも、ただの骨折だよ』

 エリスに抱きつかれながら、三角巾から白いギプスを嵌めた左腕を出してみせたアウル。

『医士は全治一ヶ月って言ってたけど、俺だったら・・・・・五日で治る、かな』

 アウルは今までの経験則から、完治までの見込みを概ねで言い切った。
 それを受けたカレリアは少しだけ考える素振りを見せ、やがて口開く。


『――そっか。じゃあ……念のため一週間は自宅で安静にしておいて。バズムントには私から報告しておくからさ。もちろんエリスちゃんのことはまだ伏せておくね』


 アウルの見込みを聞いた上で、カレリアはそう提言した。
 ちなみに、バズムントやライカ達へ刷り込ませていた認識は、アウルの要求でエリスが解除リセットしていた。
 その為、次にエリスと彼らが会う際は、また新たに認識を刷り込ませる必要があるのだ。

『一週間!? そんなに長く安静にしてるなんて嫌だよ!』

 カレリアの提案にアウルが驚き、異を唱える。

『はーい、これ"団士命令"ね~。一般兵のアウルくんは従わなきゃダメよ~』

 対しカレリアは職権を振りかざし、強行措置とでも言わんばかりに反論を封じてみせた。
 納得など出来るはずもなく、アウルは顔をしかめ反抗心を露わにしている。

『何よその顔は?』

『……カレリアちゃんのわからず屋! 早く26歳になっちゃえばいいんだ!』

『アウルくーん。命令無視のペナルティで一週間の懲罰房入りと一週間の自宅療養。どっちが良いか選ばせてあげるよ♪』

 軽口を叩くアウルへ、カレリアがニコニコとしながら二択を迫る。

(うわっ……めちゃくちゃ怒ってる)

 柔らかな物腰ではあるが、殺気に近いただならぬ迫力を気取ったアウル。

『……わかったよ』

 思わず萎縮してしまい、少年は大人しく従う。というより、従わざるを得ないのだろう。

『これを機に少し頭の中をリセットしなさい。最近のアウルくん、ちょっと思い詰めすぎよ』

 一転して声色と顔つきが神妙になったカレリアが、少年を気遣う。

『そうなの……かな』

『そうよ。たまには休みなさい。頑張りすぎるのも身体には毒よ』

 優しく宥めるようにカレリアはそう諭した。
 彼女がアウルに安静にしてもらいたかったのは、肉体よりも精神の方だった。
 最近の少年の変化についての話をサクリウスに聞かされてから、実は彼女も少年の精神面について懸念をし始めていた。
 その為、少々横暴すぎるきらいもあったがカレリアは今回のアウルの負傷を好機と捉え、なんとか安静にしてもらうよう漕ぎ着けたのだった。


『はぁ……』

 一方で、アウルはネガティブに息を大きく吐く。
 兄を亡くしてから今日まで、目標に向かってひた走り続けてきた少年にとって、たった一週間の足踏みですら文字通りの痛い時間の損失となってしまうのだ。

 しかし、カレリアの言葉にも一理はあった。
 良い機会と捉えるとして、与えられた期間をリフレッシュに費やそうとアウルは既に考え始めていた。

『アウル、ごめん……私のせい、だよね』

 持って殴れば鈍器代わりにも使えそうなサイズの白いギプス。それが嵌まった腕を見ながら、エリスが沈痛な面持ちをアウルへと向ける。

『俺が選択した行動だから良いよ。エリスは気にしないで』

 深く反省をする少女相手に責めることはせず、アウルは優しく返し、続けた。

『まあ……せっかくだし、カレリアちゃんの言う通り、家で大人しく過ごすとするよ。エリス、帰ったら早速今後の生活について二人で詳しく話し合おう』

『……うん!』

 アウルの慮った言葉により、少女は笑顔を取り戻す。
 これから二人きりで一緒に生活が出来るという期待に、胸を膨らませでもしたのだろう。

『エリスちゃん。その子、味にすっっごいうるさいから気をつけてね』

 カレリアが嫌味を充分に含めた忠告をする。

『俺がうるさいんじゃなくて、カレリアちゃんの味付けがひどすぎるんでしょ! それに、エリスの料理は絶品だよ。カレリアちゃんと違って、ね』

『うわ、生意気。私の唇返して』

『こっちのセリフだよ』

 その後も軽口を言い合うアウルとカレリアと、愉しげに笑うエリス。
 三人は程なくして解散し、アウルとエリスは自宅へ。カレリアは王宮へ向かいアウルの負傷をバズムントに報告してから家路についたという。


◇◆◇◆


「お兄ちゃん、朝だよー! 起きてー!」

「――っ!」

 昨日の事を思い返していたアウルを、自室のドアを叩くノックの音とエリスの呼ぶ声が現実へと引き戻す。

「エリス、"お兄ちゃん"はやめてって!」

 アウルはドアを開き、自身の部屋の前に立つパジャマ姿のエリスへ嫌々と告げる。

「え? だって昨日から"お父さんが別の兄妹"って設定で生活するって言ってたよね?」

 キョトンとした顔で、エリスが首を傾げる。

「それは確かに言ったけど……だからといって"お兄ちゃん"って呼ぶ必要無いから! 今まで通り名前で呼んでよ!」

 昨晩、アウルは夜遅くまで二人の今後の生活に関してと、特性で認識させる細かい設定についてエリスと話し合っていたのだ。

 ――まず、設定の細部について説明をしよう。

 アウルが一晩かけて悩み抜いた末に考えたエリスの設定は『亡くなったアウルの母と異父との間に出来た子』だという。
 要するに"種違いの妹"という設定だ。

 アウルと出逢うまでの経緯からその設定の解説をすると。

『エリスと共に二人で暮らしてた異父が突然蒸発し、住まいも身よりもなく、路頭に行き倒れていたエリスをたまたまアウルが助け、出自を探ると母が一緒だった――』
 という、フィクション小説でも中々見掛ける事のない程に、相当に都合の良い内容の設定を二人は考えた。
 一生を共に過ごすのと、妹という設定を齟齬なく突き通すにはこれしかないとアウルは思い至り、認識の刷り込みにさえ成功すれば信憑性の有無は問題ではないと結論を出したのだ。

(本当は母さんを使いたく無かったんだけどなあ。ゴメン、母さん……)

 先に階段を降りていくエリスの背中を追いながらアウルは思い馳せ、静かに亡き母へ謝罪をした。

 ――実は最初に思い付いた案は"ヴェルスミスの隠し子"、という内容だった。
 しかし特性にも刷り込みの出来る内容に限りがある、とエリスから言われた為、む無く母の方の出自とするよう決めたのだ。

 ちなみに、エリスの特性で限定される設定の条件とは『自分以外の人物の設定の脚色は不可能』というもの。
 つまり、ヴェルスミスに『アウルの母以外の女性と関係を持っていた』という因果を植え付ける事は不可能で、『隠し子を作った相手』という第三者を介する刷り込みが出来ないということだ。一方でアウルの母は既に亡くなっているため、整合性を曖昧にさせる設定の刷り込みが可能となるのだった。

 エリスの特性についてはまだまだ不明瞭な点も多く、少女自身もまだ完全には把握しきれていないという。
 なのでひとまずは保留とし、今後も考察していく必要があるだろうとアウルは判断した。


 設定については以上となる。
 次に、エリスの今後の生活についての説明をするとしよう。

 重要視されたのは、エリスの活動できる範囲。
 アウルの身体から離れ具現化に至った少女だったが、どうやら行動出来る範囲に限りがあるらしく、二人で昨晩色々試した挙げ句解ったのが――。


「アウル、今日は何して過ごすの?」

 エプロンを着けたエリスが、キッチンで朝食を作りながらソファーに座るアウルへ尋ねた。
 野菜と肉を炒める音が、食欲を誘う香りと共にリビング中へ拡がる。

「うーん、自宅療養しろってカレリアちゃんから言われているからね。トレーニングも控えなきゃだし……家で何してれば良いんだろ」

 広げた朝刊に目を通しつつ、アウルが返す。

「自宅療養だからって常に自宅で籠っている必要は無いんじゃないの?」

「それはそうだろうけど……そもそも今まで休日も殆どトレーニングに費やしてたし……」

「じゃあさ、アウル。気分転換に公園へピクニックにでも行かない? 私、お弁当沢山作るよ!」

 出来上がった料理を皿に盛り付けながら、キラキラと目を輝かせるエリス。

「……今日は疲れてるし、明日にしようよ」

 考える素振りすら見せずにアウルが即答する。

「今日行きたいのー!」

「じゃあ……下見してきてよ。俺はどこでも良いからさ」

「アウルったら最低。私が物理的に遠くへ行けないのすっかり忘れてるんだもん」

 エリスが頬を膨らませ怒りを露わにすると、アウルは思い出したように慌てる。

「あっ、ごめん! ……よし、じゃあ今日行こう」

「やったー!」

 転じて、嬉々とするエリス。
 リビング内を踊り回って喜びを爆発させる。

『ずっと一緒に居たが一緒に居れない』というジレンマを抱えての、途方も無いほどの時間を経ての具現化だ。溜まりに溜まっていた鬱憤を様々な場所に出掛けて晴らしたかったのだろう。

(まあ、仕方ないか……。今までずっと寂しい思いをしてたんだしなあ。この一週間はどこにでも付き合って行ってあげようかな。一人じゃどこも満足に行けないだろうし)



 ――そう、エリスはアウルが移動しない限り、そう遠くへ離れる事が出来ない。
 実際にどれだけ離れられるか試してみた結果、アウルを中心に半径100ヤールト程にしか、エリスの行動範囲は無かった。
 少女がそれ以上先へ進もうとすると、透明な見えない壁のような物に阻まれてしまうのだ。

 となると危惧されるのは、療養期間明けにアウルが任務へ赴く際は、必ずエリスを同行させなければいけないということ。
 その為にはエリスも国軍へ入隊させる必要があった。
 実戦経験ゼロの少女を庇いながら任務をこなさなければならないのかと、流石のアウルもこれには頭を悩ませていたが――。



「……そうだ、エリス。しようよ」

 朝食を食べ終えたアウルが、食器を片付けながらエリスへ背中越しに提案する。

「ん、トレーニングはしないんじゃなかったの?」

 イスに座り、まだ食事を続けていたエリスが聞き返す。

「流石に一週間何もしないってなると身体がなまっちゃうからね。だから毎日少しだけ付き合ってよ」

「ふふ……いいよ」

 アウルの提案に少女は微笑み、頷く。


◇◆◇◆


 木製の剣が小気味の良い音と共に弾かれる。
 弾かれた反動で、少年の身体が宙に舞う。
 視界に広がる、高速で流れるブルーの空。
 何とか身を大きく翻し、緑の芝へ着地。
 しかし――。


「――はい、今日も私の・・勝ち」

 面を上げたアウルの目に映るは、真近まで迫った木剣の切っ先と、汗一つかいてない余裕綽々といった表情の少女。

 対して、冷や汗を顎の先に滴らせているアウル。
 お互い硬直したまま均衡が続くが、次第に少年は気と同時に大きく息を吐き――。


「……まいった。俺の負けだよ」

 少年が敗北の宣言。
 すると、少女は切っ先を戻す。

「ふふ……やっぱり、腕一本じゃ厳しかったんじゃない?」

 経年の劣化と、日頃の訓練による酷使によって傷んだバンブレードの刀身を撫でながら、エリス。

「いやぁ、仮に両手が無事でも敵わないって。強すぎだよ、エリス」

 自宅の庭に生え広がる短い芝。
 へたり込むようにそこへ尻餅を付け、アウルが正直に答えた。

 かつてこの場で相対し、切り結んだ実兄クルーイル。
 当時の自身と兄にあった、圧倒的な実力差以上の壁が眼前に立つ少女に存在しているのを、アウルは身を以て実感することができた。


 ――そう、エリスは強かったのだ。
 アウルの懸念などどこ吹く風と言わん程に、凄まじく。

(こんなに強かったら……カレリアちゃんの推薦無しでも入隊できそうだなぁ)

 安堵をすると共に、少しだけ自信を喪失しかけるアウル。

 それはともかくとして。
 少なくともエリスが、今後"エリシスト・ピースキーパー"として生活するにあたって、現時点では概ね問題が無さそうだと言えるのは確かだ――。

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