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High voltage
44話 尋問士と女魔術講士
しおりを挟む「……さて、フェリィ。ここからは慎重に事を運びましょう」
「わかってるよ、エルミ」
物陰に隠れているエルミが声を潜めて促し、背後のフェリィも小声で応える。
辺りには廃屋が建ち並び、鉄柵で囲まれた小さな公園のような広場で、エルミとフェリィは行動を共にしていた。
ここはフルコタ市の街外れ。
放置された古びた家々ばかりが建つ廃墟群。
住民も殆ど退去し、スラム街の中でも最も下流層と位置付けられている浮浪者達が、寝泊まりで利用しているのみ、といった状態だ。
エルミは、天使教の教団支部がこの区画にあるとフェリィに伝え、共にここまで足を運んできたのだ。
「……こんな辺鄙な区画に、本当にワインロック様がいるのか?」
「現在いるかどうかは分かりませんが、この周辺を活動拠点としているのは間違い無いでしょう」
足音を消し、声を潜めながら、二人は広場を進む。
広場の中央には、大理石の台座の上に旧世代型の鎧を身に纏った剣士の姿――の銅像が、天空へ向けて剣を突き立てた体勢で勇ましく聳え立っている。
3ヤールト大のその銅像は、経年による劣化が激しく、所々が酸化によって表面が緑がかった青に変色をしていた。
「フルコタ市には私も住んでいたが、まさかこんな場所があるなんて知らなかったよ」
その銅像の足首となる部分に触れるフェリィ。
錆の具合を見るに、建てられてから相当の年月が経っているというのが窺えた。
「ここも建国当初は栄えていたようですが、治安の悪化と共に廃れ、現在は国も区画の整備にサジを投げてしまう程の無法地帯と化してしまっています」
小声で会話をしながら広場を進んでいく二人。
この辺りは浮浪者の他に、マフィアの傘下にすら属していない破落戸の縄張りでもあるのだ。
身なりの良い人間が一度歩きでもすれば、追い剥ぎのターゲットにされる可能性が極めて高く、女・子供はおろか、成人を迎えた男性ですらこのエリアを迂闊に歩くことを控えているのが実状だ。
「武器は常に懐から出しておいた方がいいですよ。無防備ではないという事を解らせるだけで、襲われる確率は限りなくゼロに近づきます」
エルミがそう促すと、フェリィは懐に隠し持っていた杖剣を取り出す。
出来ることなら面倒事を避けたいと思っていたエルミは、極力静かに、速やかに事を終えなければ、と思っていた。
警戒を途切れさせることなく広場を抜け、蛻の空となった家々に挟まれた小路を二人が進む。
そして、数十軒分ほど家の並んだ道を進んだところで、他の廃屋とは明らかに一線を画す建造物に突き当たった。
「着きましたよ」
先を歩いていたエルミが立ち止まる。
フェリィは目の前に現れた建物の外観を見上げ、ぼそりと洩らす。
「教会……?」
石造りの小さな神殿のような、物々しい外観。
他の家々とは違い、劣化や損傷も少なく比較的新しく建てられたであろうその教会。
そして大きく目を引いたのが、入り口の上部に設置された、薄布一枚を纏った姿の長髪の女性の石像。
薄く笑んだ慈愛に満ちた表情に、背中からは大きな翼が生えている。
さながら天使のような、神々しくも美しい外見の女性の石像が、建物の外観の中央に据えられていたのだった。
「天使教……ねえ。崇める相手が本当に天使なら、"邪教"と揶揄されることも無かったろうに」
「何を一人で喋っているんですか、フェリィ。行きますよ」
入り口の扉へと既に手をかけていたエルミが、感慨に浸るフェリィへと促す。
「…………!」
少しだけ恥ずかしそうにしながら、彼女はエルミの待つ入り口へと歩を進めた。
扉を静かに開き、教会内部へと侵入した二人。
教会の内観は、至ってシンプルなものだった。
楕円状に湾曲した高い天井。
それを支える何本もの白い支柱。
壁には色鮮やかなステンドグラス。
十数列並んだ木製の長椅子。
その椅子の群れを割ったかのように奥へと続く赤絨毯。
そして、奥には祭壇が置かれている。
「案外、普通の教会だな」
フェリィは感想を小さく零す。
ハスキーな声質と小声のせいか、大分掠れて聞こえる。
「表向きは普通の"アルセア教"の教会ですからね」
たった今エルミが名を出したアルセア教とは、全世界で最も歴史が古く、最も信者の数が多いと知られている大衆宗教である。
『原初のヒト』と呼ばれ、この世界に『時間』という概念を定めた人物、アルセア。
彼を敬い、日々の訪れに感謝するといった単純明快な内容の民間信仰なため、ゼレスティアでは唯一、施設の建設を許されている宗教なのだ。
「……誰もいないな」
聖堂の中央程まで歩み、ぐるりと全体を見回しながらフェリィが呟く。
「この建物は既に天使教の物。最早アルセア教会としての機能は果たしていません。元々勤めていた神父や修道女はとうに追い出されたか――」
「――殺されたか」
「……ということです」
息の合ったやり取りを二人が続けながら、歩みは祭壇の元へ。
ゼルコーバの木で造られた、腰元ほどの高さの祭壇。
檀上には供物等は捧げられておらず、薄く埃が積もっていた。
「……で、ワインロック様が隠れていると思わしき場所は一体どこなんだ? 今のところ、それらしき部屋などは無いようだが」
祭壇の側に立ち、フェリィが尋ねる。
「下ですよ。フェリィ、その祭壇を持ち上げてください」
「下……?」
怪訝な表情を見せるフェリィだが、床を指差すエルミの指示に大人しく従う。
「ちょっ……重っ……!」
重厚な木質で出来た祭壇だ、いくらフェリィが軍人であるにせよ、女性一人で持ち上げるには中々骨が折れる代物である。
「エルミ、レディにこんなの持たせる気? 手伝ってよ……!」
「おや、私だってレディですよ? あなたの目から見れば、ですが」
とぼけつつ、意地の悪い笑みを浮かべるエルミ。
「昔の話を掘り起こすなっ! いいから手伝え――」
顔を赤面させ、手助けを要求するフェリィ。
二人の過去について、少し遡ろう――。
◇◆◇◆
――15年前。学武術園、9修生教室。
茜色に染まった空。
教室の窓からは、オレンジの陽光が射し込む。
『…………』
卒業を間近まで控えていたエルミ。
放課後の教室で一人黙々と勉強をしていた。
当時のエルミは、卒業後の進路希望を軍への入隊ではなく、"ある"職業へと定めていた。
その為、こうして資格取得へ向け居残りで一人寂しく机に向かっているのだった。
中性的な顔立ち。
オーバーサイズの衣服。
長い黒髪と赤く染まった前髪の一部。
チェーンの付いた黒ぶち眼鏡。
この頃からエルミの見た目は既に現在と殆ど変わっておらず、男性か女性か区別のつかないものとなっていた。ちなみに、本当の性別が男だということは、教士連中以外知らない事実だった。
『――あの、ピエルミレさん。なにしてるんですか……?』
唐突に聴こえた透き通るような少女の声。
席に着いていたエルミは、声の主へと視線を移す。
教室の入り口の傍に立つ少女。
清楚な服装に、黒髪の三つ編み。
幸薄そうな格好とは対照的に、ワイルドな褐色の肌が印象的な姿だった。
何やらそわそわと落ち着かない様子が窺えるが、エルミは気に留めることなく質問に返す。
『……なに、って。見ていれば分かるでしょう? 勉強しているんですよ』
『そう、ですよね……すみません』
素っ気のないエルミからの返答に、戸惑う少女。
が、勇気を振り絞り、再度問う。
『あの、何の勉強をしてるんですか……?』
『私が何の勉強をしていようと、貴女に関係がありますか?』
冷たさを含んだ即答。
少女は狼狽え、萎縮してしまう。
『ご、ごめんなさい……お邪魔でしたよね』
オドオドとする少女に対し、エルミは深く溜め息をつく。
『一体何の用ですか? 取り敢えず、そこにずっと立っていられると気が散りますので、立ち去るか教室に入るか、どちらかにしてください』
エルミがそう伝えると、少女は躊躇をしつつ、恐る恐ると教室内へと足を踏み入れる。
そして、エルミが座る席の一つ前の席に、少女は静かに座った。
『『…………』』
席に着いてもそわそわとした様子を絶やさない少女。
業を煮やしたエルミは一瞥もすることなく、鉛筆をノートに走らせながら端を発する。
『で、一体私に何の用なんです? "フェリィ・マーテルス"』
『え、どうして私の名前……』
少女は唐突に名を呼ばれたことに対し、どうして自身の名を彼が知っているのか――と驚く。
フェリィが驚くのも無理はない。彼女はエルミの一つ下の学年――8修生だった。
個人的な繋がりでも無い限りは、殆ど接する機会などなく、当然名など知る由もないだろう。
しかし、一つの学年だけで50名以上が在籍しているにも関わらず、エルミはフェリィの名前を記憶していたのだ。それも、フルネームで。
『驚くのはいいので、答えなさい』
『え、あっ、すみません……。その、特にこれと言った用ではないんですけど……前々からピエルミレさんとお話、してみたいなと思って……』
『私は貴女とは特に話をしたくありません』
『――そう、ですよね……』
ピシャリと遮断されてしまい、フェリィが項垂れる。
束の間、緊張を伴った沈黙が続く。
黒板の上に掛かった時計。
秒針の刻む音だけが無機質に教室内へと響く。
『…………』
埒が明かないと判断したのか、エルミが先に口開く。
『……仕方ないですね。勉強しながらで構わないのなら、五分間だけ付き合ってあげましょう。その間お好きに話してどうぞ』
少女は彼からの温情に若干の戸惑いを見せたが、意を決して話を始めた。
『じゃ、じゃあ聞きますね。ピエルミレさんは――』
『エルミでいいですよ』
『……っ、エルミ、さんは……好きなヒトとか居るんですか……?』
『いないです。色恋沙汰に興味がないので』
『じゃあ、今まで……恋人とか居なかったんですか?』
『興味が無いので、当然いるわけがないでしょう』
『……ですよね』
恐る恐ると尋ねるフェリィと、ノートに向かいながら冷静に答えるエルミ。
耐え難い沈黙が再び漂うが、フェリィは続けた。
『あの……エルミさん。もしかして女の子に興味とか、あります?』
『いや、ですから……』
エルミの持つ鉛筆と言葉がピタリと止まる。
フェリィの不可解な言い回しに違和感を覚えたのだ。
(このフェリィという子、もしかして……)
学士である当時からエルミの尋問士たる"観察眼"は既に備わっていた。
そして勘が働いたのか、彼は数瞬だけ思考し、今度は逆に尋ねる。
『興味があったとして、何かあるんですか?』
誘い水としてエルミが返した質問。
流れに沿うかのように、フェリィは反応を見せてしまう。
『……あの、エルミさん。実は私も異性には興味がないんです』
顔を赤らめ、少女は気持ちを打ち明ける。
『だから……良ければ私と……』
『私、男ですよ?』
『へっ?』
エルミが告白を遮り、自らの性別を告白。
こうして、フェリィ・マーテルスの淡く歪な初恋は、儚くも散ってしまったのだった――。
◇◆◇◆
「――あの時のフェリィの驚いた顔……今思い返しても色褪せることなく目に焼き付いていますよ……ククク」
「いい加減忘れてくれ……」
当時を思い出し笑うエルミと、顔を紅潮させて恥ずかしそうな顔を浮かべるフェリィ。
思い出話に花を咲かせている間にエルミも手を貸してくれていたようで、今は二人で祭壇を退かしている最中だ。
「大体、男か女か区別のつかない見た目をしているエルミが悪いんだ」
「そこを責めちゃうんですか? 私の性別の判断がつかない段階で、自らを同性愛者だとカミングアウトしてしまった貴女が迂闊過ぎたのでは?」
「――っ!」
エルミの正論に、ぐうの音も出ないフェリィ。
この二人は、放課後の邂逅があってからは先輩と後輩――卒業後は善き友人同士として、関係を保っていたのだ。
「……ふぅ」
エルミの助力もあってなんとか祭壇を退かせ終えたフェリィ。
額に浮かんだ汗を拭い、祭壇が元々置かれていた部分を見やる。
「これは……ハシゴ? 地下へ続いているのか?」
フェリィが口にした通り、祭壇で丁度良く隠れるような箇所に、地下へと続く梯子が掛かった穴が掘られていたのだ。
「ええ。ここから降りれば、地下にある教団のアジトへと侵入できます。前回侵入した時に掘っておきました」
服の袖に付着した埃を払いながら、エルミが肯定する。
「そうか、では早速――」
「キサマ等、何をしている――!」
片足を掛け、梯子を降りようとしていたフェリィの背中へ、男の怒声が突き刺さる。
「「――!!」」
二人が教会の入り口へと視線を移すと、そこには全身を真っ黒いローブに包んだ男が立っていたのだ。
旧世代の魔術士のようなその服装。
目深に被ったフードによって、容貌は視認できない。
しかし、その格好をしているというだけで、エルミとフェリィは気付く。
「フェリィ、あれが――」
「――ああ、教団の人間だな」
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