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High voltage
43話 惨劇の昼
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――ネスロイド宅、玄関前。
バズムントからピリムの容態を確かめてくるよう指示を受けたアイネ。
意気揚々と足を運んだ少女は、ピリムの自宅へと辿り着いたのだった。
(えーと、ピリムのママさんってこの時間は居ないんだっけ……)
開くと玄関に繋がる木製の頑丈な材質で造られたドアの前に立ちながら、アイネは推察する。
ピリムの母シャリエは日中の時間帯は近所にある服屋での勤務があるので、家を空けている事が多い。
その為、正午を過ぎたばかりの今の時間はピリムしか在宅していない筈なのだ。
コンコン、と手の甲を向けてドアを叩く。
しかし、なにも反応がない。
(うーん……寝てるのかな?)
もう一度叩く。
家中に響き渡るよう、一度目より強く。
(それとも留守かなぁ……? 病院にでも行ってるとか……)
考えうる可能性全てを思い巡らせつつ、アイネは駄目元でドアノブを捻ってみる。
「え……開いてる?」
まさか、と思い少女は握ったまま恐る恐ると引く。
すると、ドアはあっさりと開いてしまった。
「うそぉ……。開いちゃっ……」
アイネは驚きを隠せずにいた。
が、ドアが開いた先。目の前へ飛び込んできた光景により、言葉を失ってしまう。
「…………なにこれ」
◇◆◇◆
「エレン、何コレ?」
エレニドがカウンターに置いた一枚の紙。
書かれた文字列を目で追いながら、オリネイが訪ねた。
「店へ顔を出すってことは、どうせオリ姐暇なんでしょ? そこのボンクラ魔術士を連れて買い出しに行って欲しいんだが、ダメか?」
紫煙を燻らせながら、エレニドが頼む。
紙に書かれていたのは、マックルの杖剣を製作するにあたって現時点で足りていない素材のリストだという。
「どうせヒマでしょ……って。まあ、確かにヒマだからココにいるんだけど……」
マックルは有休中。オリネイは夜からの任務だとエレニドは先程聞いていたので折角ならと思い、当てにしたのだ。
「おい、ボンクラ魔術士とは俺のこ――」
「アンタはちょっと黙ってて」
横から食って掛かろうとしたマックルへ、オリネイがすかさず裏拳を鼻っ柱へと命中させる。
マックルは痛みに悶えながら、鼻血が出ていないかを確認する。
「"マックルの為のおつかい"っていうのが若干気に食わないけど……エレンからの頼みっていうんなら、引き受けないワケにもいかないわね」
「ありがとう、オリ姐。代金はこれで足りる筈だ」
礼と共に、エレニドがトーカ紙幣と硬貨が詰まった布袋を手渡す。
「ホラ行くよ、マックル」
「いだだだだだ――!?」
受け取ったオリネイは、マックルの耳を引っつかみながら店を後にした。
◇◆◇◆
「――という訳でサクリウス。今日予定していた討伐任務は中止。お前さんには単独で東から北にかけての巡回任務を頼みたい」
「…………」
作戦室のデスクに腰掛けたバズムントから指令を受けた男。
第13団士のサクリウス・カラマイトは、了解を示すことなく不服そうな表情を見せている。
「"なんで俺が?"って顔をするな。団士であるお前さんに頼む任務で無いのは俺も解ってる。だが、今は一般兵の能力を講士陣総出で底上げして、来る掃討作戦に備えるのが大事なんだ。こっちの事情もわかってくれ」
「わぁーってるよ」
銀髪を結んだ後頭部を掻きながら、サクリウスが不機嫌さを滲ませる。
「それともマーセルとチェンジして、また剣術講士でもするか?」
「やらねーよ」
拗ねた態度のまま、サクリウスは逃げるように作戦室を後にした。
「どうしたんだアイツ。今日は随分と機嫌が悪いじゃないか……」
いつもと様子が違うことに対し、バズムントは違和感を覚える。が、特別気に留めることはなかった。
――ゼレスティア王宮、二階西側廊下。
たった今閉めた作戦室の扉の側。
サクリウスは立ち止まり、思慮を巡らす。
(……新兵のピリム・ネスロイド。学士時代は皆勤賞、軍に仕えてから日は浅ぇが無遅刻無欠勤。真面目を絵に描いたようなバズムントの娘なだけあるソイツが、今日は報告の一つも寄越さないで無断欠勤――)
ピリムの当日欠勤について、サクリウスは不審に思っていた。
"たまたま"で済ませられそうな一件でもあるが、彼には一つの心当たりがあったのだ。
("ネイビル"から昨日聞いた、一昨日の夜に南門前広場でピリム・ネスロイドとワインロック・フォーバイトを目撃したという情報……やっぱ気になっちまうな)
サクリウスの住まいはフルコタ市。
彼は孤児院で育った時分からスラム街に身を置いていた。そのため"やんちゃ"を重ねてた彼の友人関係の類いは、かつての"悪友"とも言うべき者が多い。
その内の友人の一人であるネイビルという男が、二日前ピリムとワインロックが広場の中央にて出くわす現場を通りがかりに目撃していたのだ。
ピリムについてネイビルが外見を含んだ情報を一切知る由がないのは当然だが、ワインロックに関しては親衛士団に所属している程の有名人だ。姿を見ただけでネイビルは人物の特定が一瞬でついたという。
そして昨日、そのネイビルと街中で偶然遭遇したサクリウスは、世間話を交えた談笑がてらにワインロックを見掛けたと報告を受けたのだ。
(ネイビルの話だと、赤髪で額を出した髪型の少女とワインロックが会ったと言っていた。赤髪の少女っつーのは十中八九ピリム・ネスロイドで間違いねー。兵士の任務の実績を記入する台帳にもさっき目を通したが、あの日はフェリィが新兵三人を連れて西から南のルートを辿る巡回任務を終えた、というのも書かれていた)
脳内で話の整合性を高めるサクリウス。
(んで本題が、ピリム・ネスロイドがその時ワインと何を話したのか、って事だ……)
ネイビルが言うにはピリムは広場の中央で泣き崩れていたらしく、それをワインロックが通りがかりに慰め、二人で揃ってカフェへ入っていったという。
そこまで不審に思うほどでは無いかもしれないがピリムの珍しい当欠と、有休明けのワインロックが王宮に姿を見せていないのが、サクリウスの胸中へ釣り針のように引っ掛かりを残したのだ。
(ワインロックは気紛れで、普段なに考えているのかよくわからねーヤツだが、出勤の日を間違えるようなアホじゃねーハズだ。ピリム・ネスロイドと一緒に、何か面倒な事にでも巻き込まれてんじゃねーか……?)
その推測は波紋の如く脳内で広がりを見せ、あらゆるケースを想定させる。
「――と。まずは巡回任務を終わらせねーとな」
だが彼は一旦思索を留まらせ、与えられた任務に集中することを決めた。
(……一時間で終わらせっか)
自身へリミットを課し、彼はその場を後にする――。
◇◆◇◆
際限なく漂う噎せ返る程の金属臭。
一種のアートのような、玄関中を染めた黒ずんだ赤。
「…………っ」
少女、アイネ・ルス・リフトレイの眼前に広がるは、見慣れた友人宅の玄関ではなく、血に塗れた凄惨な現場だった。
床板や壁、果ては天井に至るまで、大量にこびりついたまだ新しい人間の血。
その量から察するに、この場で間違いなく殺人が起こっていたというのが一目で分かった。
「……嘘、だよね?」
言い聞かせるよう小声でそう呟き、アイネは土足のまま急ぎ足で玄関を上がる。
とんだ不測の事態ではあったが、少女は飽くまで冷静さを絶やすことはなかった。
『まだ犯人が居るかもしれない』と万が一を危惧し、出来るだけ足音を発さないよう進む。
(…………)
短い廊下に付着した血痕を辿っていくと、リビングに続いているというのが確認できた。
そのままアイネは、ダイニングキッチンを兼ねた少し広めなリビングへと足を踏み入れる。
踏み入れた先には、ソファーや食卓テーブル、観葉植物などが置かれた至って普通のリビング。
アイネ自身も何度遊びに訪れたか数え切れない程に、見慣れた空間だ。
しかし、玄関や廊下同様に血痕は家具等にも付着しており、文字通りの血生臭さが少女を迎え入れる。
(…………っ!)
ぐるりと部屋全体を見回す。
右にはキッチンとダイニングスペース。
飛び散ったであろう血液がぽつぽつと付着した形跡はあるが、そちらの方向では何も起こっていないだろうというのが窺えた。
次いで左へと視線を移す。
三人掛けの高級そうな皮張りソファーが置かれた先には、バスルームへと続く洗面所とピリムの母の寝室と隣接している。
そして大量の血痕はバスルームの方ではなく、寝室へと続いていた。
まるで道標でも残しているのかという程に、分かり易く――。
(…………)
躊躇うことなく意を決し、アイネは向かう。
(この先に……)
犯人がいるのか、それとも――。
少女は恐る恐ると、開いたままの寝室の入り口に身を寄せ、首から先だけを出して中の状態を探る。
「――っ!」
フローリングの床にダブルサイズのベッドと本棚が置かれたその空間。
そこに、生きた人間の姿は無かった。
閉じたままの内側のレースカーテン。
それをキャンバスにでもしたかの如く、放射状に散った肉片と血液。
人間の形を保っていた頃の姿を思い浮かべるのを困難にさせる程、細切れとなった死体が其処にあったのだ。
「ヤダ……ピリム……ピリム!」
普段から天真爛漫な様相を崩すことのないアイネが、悲痛な声と共に覚束ない足取りで血溜まりの上を歩く。
膝を折って屈み散らばった赤黒い肉片を一つ、また一つと掬い、確かめる。
人物の特定など到底不可能だろう。だが、冷静になれる訳もない。
自信が最も愛して止まない親友の変わり果てた姿が、そこに広がっているのだから。
「……あ」
しかし髪の毛が生えていたであろう部位を拾った所で、アイネは若干の正気を取り戻す。
数十本もの長い毛が残っていたその部位を大事そうに抱え、少女は寝室から飛び出しキッチンへ。
「ピリム……ピリム……」
うわ言のように名を呼び、アイネはシンクで拾った部位を丁寧に洗う。
染み込んだ血液が水と混ざり、排水口へと流れていく。
そして、流れ出て行く水の色素が限りなく透明に近付いた所で、アイネはようやくと気付いたのだ。
「ピリム、じゃな……い」
肉片に生えていた毛の色は、茶色がかった淡いベージュカラーだった。
ピリムの赤髪とは到底、似ても似つかない。
「……良かった」
訪れる安堵。全身の力が抜けたかのように、アイネはその場へとへたり込む。
しかし、その安心感は所詮一抹のものに過ぎなかった。瞬く間に、危機感へと変貌を遂げてしまうのだ。
(この色って、もしかして……)
ピリムとは違う髪色。
アイネはその色の髪を生やした人物に心当たりがあった。
(ピリムのママさん……だよね)
そう、シャリエ・ネスロイド――。
ピリムの母だった。
(なんで、こんなことに……)
だがアイネは悲しみこそすれど、肉片がピリムのものでは無かった事によって精神的なダメージは然程では無かった。
今最優先すべきは、ピリムの安否確認と犯人の手掛かりを見つけ出すこと。
そう確信し、判断を終えたアイネは立ち上がり、キッチンから身を乗り出す。
(ここには……なにもないか)
念のためバスルームを確認してからアイネはリビングを飛び出し、再び廊下へと出た。
そして玄関へと足を運ぶと、少女の視線は二階へ昇る階段の方へ。
階段から先は血痕も無く、何事も無かったかのように静まり返っている。
(ピリム、流石に居ないよね……?)
アイネの推測はこうだ。
まず殺人鬼が突如としてネスロイド宅に現れ、シャリエを殺害。
ピリムはなんとか逃亡し、追って犯人も家の外へ――といったもの。
その推測は希望的観測も加味されてはいるが、眼前に映った綺麗すぎる階段が、アイネへ確信をもたらしたのだ。
(でも、ちゃんと確認はしなきゃ……)
僅かな恐怖心を携え、アイネは階段を昇る。
一段ずつ、断頭台へと足を運んで行くように、ゆっくりと。
階段を昇った先には薄暗い廊下が続き、奥は袋小路となっていた。
部屋は二つ。奥の部屋は元々バズムントの書斎だったらしく、現在は物置き部屋と化しているとか。
そして手前の部屋こそが、ピリムの自室――。
(ピリム……)
床が軋む音すら発てないよう、アイネは忍び足でピリムの部屋の前へと。
手書きの可愛らしい書体で『Pilym』と、油性マジックで書かれた木製の手作りの札がぶら下げてあるドア。
扉や床板、壁に血痕の類いは付着しておらず、一階を漂っていた不快な鉄臭さも二階には一切なかった。
推測通り二階に犯人は上がってはいなく、ピリムも外に逃げ出したと、アイネは改めて確信をする。
だがそれでも、部屋の中は確認しなければならない。
そう決意していたアイネは、下げて開くタイプのドアノブへ手を掛ける。
(ピリム……居ないとは思うけど、勝手に入るね。ゴメン!)
胸中で静かに謝罪し、少女はゆっくりとドアを押し開く。
「え……」
いつもの部屋。
ここに何度遊びに来ただろうか。
花柄のカバーで統一された寝具。
お泊まりをした際には、ここで二人で朝まで語り明かした記憶。
色褪せた木製の学習机。
夏休みの終了間際、残った宿題を相手に二人で悪戦苦闘した記憶。
部屋の隅にある大きなクマのぬいぐるみ。
10歳くらいまで、ピリムは常に大事そうに抱えていた記憶。
他、すべて。
どれもかけがえのない思い出が詰まった記憶。
自身の部屋よりも、この空間には愛着があった。
――それはいつもピリムが居たから。
「アイネ」
一階の惨状とは無縁。
一切の沙汰が無いその部屋の中央から、自身を呼ぶ声。
「ピリム……?」
――呼び返した先には少女、ピリム・ネスロイドが悠然と立っていた。
バズムントからピリムの容態を確かめてくるよう指示を受けたアイネ。
意気揚々と足を運んだ少女は、ピリムの自宅へと辿り着いたのだった。
(えーと、ピリムのママさんってこの時間は居ないんだっけ……)
開くと玄関に繋がる木製の頑丈な材質で造られたドアの前に立ちながら、アイネは推察する。
ピリムの母シャリエは日中の時間帯は近所にある服屋での勤務があるので、家を空けている事が多い。
その為、正午を過ぎたばかりの今の時間はピリムしか在宅していない筈なのだ。
コンコン、と手の甲を向けてドアを叩く。
しかし、なにも反応がない。
(うーん……寝てるのかな?)
もう一度叩く。
家中に響き渡るよう、一度目より強く。
(それとも留守かなぁ……? 病院にでも行ってるとか……)
考えうる可能性全てを思い巡らせつつ、アイネは駄目元でドアノブを捻ってみる。
「え……開いてる?」
まさか、と思い少女は握ったまま恐る恐ると引く。
すると、ドアはあっさりと開いてしまった。
「うそぉ……。開いちゃっ……」
アイネは驚きを隠せずにいた。
が、ドアが開いた先。目の前へ飛び込んできた光景により、言葉を失ってしまう。
「…………なにこれ」
◇◆◇◆
「エレン、何コレ?」
エレニドがカウンターに置いた一枚の紙。
書かれた文字列を目で追いながら、オリネイが訪ねた。
「店へ顔を出すってことは、どうせオリ姐暇なんでしょ? そこのボンクラ魔術士を連れて買い出しに行って欲しいんだが、ダメか?」
紫煙を燻らせながら、エレニドが頼む。
紙に書かれていたのは、マックルの杖剣を製作するにあたって現時点で足りていない素材のリストだという。
「どうせヒマでしょ……って。まあ、確かにヒマだからココにいるんだけど……」
マックルは有休中。オリネイは夜からの任務だとエレニドは先程聞いていたので折角ならと思い、当てにしたのだ。
「おい、ボンクラ魔術士とは俺のこ――」
「アンタはちょっと黙ってて」
横から食って掛かろうとしたマックルへ、オリネイがすかさず裏拳を鼻っ柱へと命中させる。
マックルは痛みに悶えながら、鼻血が出ていないかを確認する。
「"マックルの為のおつかい"っていうのが若干気に食わないけど……エレンからの頼みっていうんなら、引き受けないワケにもいかないわね」
「ありがとう、オリ姐。代金はこれで足りる筈だ」
礼と共に、エレニドがトーカ紙幣と硬貨が詰まった布袋を手渡す。
「ホラ行くよ、マックル」
「いだだだだだ――!?」
受け取ったオリネイは、マックルの耳を引っつかみながら店を後にした。
◇◆◇◆
「――という訳でサクリウス。今日予定していた討伐任務は中止。お前さんには単独で東から北にかけての巡回任務を頼みたい」
「…………」
作戦室のデスクに腰掛けたバズムントから指令を受けた男。
第13団士のサクリウス・カラマイトは、了解を示すことなく不服そうな表情を見せている。
「"なんで俺が?"って顔をするな。団士であるお前さんに頼む任務で無いのは俺も解ってる。だが、今は一般兵の能力を講士陣総出で底上げして、来る掃討作戦に備えるのが大事なんだ。こっちの事情もわかってくれ」
「わぁーってるよ」
銀髪を結んだ後頭部を掻きながら、サクリウスが不機嫌さを滲ませる。
「それともマーセルとチェンジして、また剣術講士でもするか?」
「やらねーよ」
拗ねた態度のまま、サクリウスは逃げるように作戦室を後にした。
「どうしたんだアイツ。今日は随分と機嫌が悪いじゃないか……」
いつもと様子が違うことに対し、バズムントは違和感を覚える。が、特別気に留めることはなかった。
――ゼレスティア王宮、二階西側廊下。
たった今閉めた作戦室の扉の側。
サクリウスは立ち止まり、思慮を巡らす。
(……新兵のピリム・ネスロイド。学士時代は皆勤賞、軍に仕えてから日は浅ぇが無遅刻無欠勤。真面目を絵に描いたようなバズムントの娘なだけあるソイツが、今日は報告の一つも寄越さないで無断欠勤――)
ピリムの当日欠勤について、サクリウスは不審に思っていた。
"たまたま"で済ませられそうな一件でもあるが、彼には一つの心当たりがあったのだ。
("ネイビル"から昨日聞いた、一昨日の夜に南門前広場でピリム・ネスロイドとワインロック・フォーバイトを目撃したという情報……やっぱ気になっちまうな)
サクリウスの住まいはフルコタ市。
彼は孤児院で育った時分からスラム街に身を置いていた。そのため"やんちゃ"を重ねてた彼の友人関係の類いは、かつての"悪友"とも言うべき者が多い。
その内の友人の一人であるネイビルという男が、二日前ピリムとワインロックが広場の中央にて出くわす現場を通りがかりに目撃していたのだ。
ピリムについてネイビルが外見を含んだ情報を一切知る由がないのは当然だが、ワインロックに関しては親衛士団に所属している程の有名人だ。姿を見ただけでネイビルは人物の特定が一瞬でついたという。
そして昨日、そのネイビルと街中で偶然遭遇したサクリウスは、世間話を交えた談笑がてらにワインロックを見掛けたと報告を受けたのだ。
(ネイビルの話だと、赤髪で額を出した髪型の少女とワインロックが会ったと言っていた。赤髪の少女っつーのは十中八九ピリム・ネスロイドで間違いねー。兵士の任務の実績を記入する台帳にもさっき目を通したが、あの日はフェリィが新兵三人を連れて西から南のルートを辿る巡回任務を終えた、というのも書かれていた)
脳内で話の整合性を高めるサクリウス。
(んで本題が、ピリム・ネスロイドがその時ワインと何を話したのか、って事だ……)
ネイビルが言うにはピリムは広場の中央で泣き崩れていたらしく、それをワインロックが通りがかりに慰め、二人で揃ってカフェへ入っていったという。
そこまで不審に思うほどでは無いかもしれないがピリムの珍しい当欠と、有休明けのワインロックが王宮に姿を見せていないのが、サクリウスの胸中へ釣り針のように引っ掛かりを残したのだ。
(ワインロックは気紛れで、普段なに考えているのかよくわからねーヤツだが、出勤の日を間違えるようなアホじゃねーハズだ。ピリム・ネスロイドと一緒に、何か面倒な事にでも巻き込まれてんじゃねーか……?)
その推測は波紋の如く脳内で広がりを見せ、あらゆるケースを想定させる。
「――と。まずは巡回任務を終わらせねーとな」
だが彼は一旦思索を留まらせ、与えられた任務に集中することを決めた。
(……一時間で終わらせっか)
自身へリミットを課し、彼はその場を後にする――。
◇◆◇◆
際限なく漂う噎せ返る程の金属臭。
一種のアートのような、玄関中を染めた黒ずんだ赤。
「…………っ」
少女、アイネ・ルス・リフトレイの眼前に広がるは、見慣れた友人宅の玄関ではなく、血に塗れた凄惨な現場だった。
床板や壁、果ては天井に至るまで、大量にこびりついたまだ新しい人間の血。
その量から察するに、この場で間違いなく殺人が起こっていたというのが一目で分かった。
「……嘘、だよね?」
言い聞かせるよう小声でそう呟き、アイネは土足のまま急ぎ足で玄関を上がる。
とんだ不測の事態ではあったが、少女は飽くまで冷静さを絶やすことはなかった。
『まだ犯人が居るかもしれない』と万が一を危惧し、出来るだけ足音を発さないよう進む。
(…………)
短い廊下に付着した血痕を辿っていくと、リビングに続いているというのが確認できた。
そのままアイネは、ダイニングキッチンを兼ねた少し広めなリビングへと足を踏み入れる。
踏み入れた先には、ソファーや食卓テーブル、観葉植物などが置かれた至って普通のリビング。
アイネ自身も何度遊びに訪れたか数え切れない程に、見慣れた空間だ。
しかし、玄関や廊下同様に血痕は家具等にも付着しており、文字通りの血生臭さが少女を迎え入れる。
(…………っ!)
ぐるりと部屋全体を見回す。
右にはキッチンとダイニングスペース。
飛び散ったであろう血液がぽつぽつと付着した形跡はあるが、そちらの方向では何も起こっていないだろうというのが窺えた。
次いで左へと視線を移す。
三人掛けの高級そうな皮張りソファーが置かれた先には、バスルームへと続く洗面所とピリムの母の寝室と隣接している。
そして大量の血痕はバスルームの方ではなく、寝室へと続いていた。
まるで道標でも残しているのかという程に、分かり易く――。
(…………)
躊躇うことなく意を決し、アイネは向かう。
(この先に……)
犯人がいるのか、それとも――。
少女は恐る恐ると、開いたままの寝室の入り口に身を寄せ、首から先だけを出して中の状態を探る。
「――っ!」
フローリングの床にダブルサイズのベッドと本棚が置かれたその空間。
そこに、生きた人間の姿は無かった。
閉じたままの内側のレースカーテン。
それをキャンバスにでもしたかの如く、放射状に散った肉片と血液。
人間の形を保っていた頃の姿を思い浮かべるのを困難にさせる程、細切れとなった死体が其処にあったのだ。
「ヤダ……ピリム……ピリム!」
普段から天真爛漫な様相を崩すことのないアイネが、悲痛な声と共に覚束ない足取りで血溜まりの上を歩く。
膝を折って屈み散らばった赤黒い肉片を一つ、また一つと掬い、確かめる。
人物の特定など到底不可能だろう。だが、冷静になれる訳もない。
自信が最も愛して止まない親友の変わり果てた姿が、そこに広がっているのだから。
「……あ」
しかし髪の毛が生えていたであろう部位を拾った所で、アイネは若干の正気を取り戻す。
数十本もの長い毛が残っていたその部位を大事そうに抱え、少女は寝室から飛び出しキッチンへ。
「ピリム……ピリム……」
うわ言のように名を呼び、アイネはシンクで拾った部位を丁寧に洗う。
染み込んだ血液が水と混ざり、排水口へと流れていく。
そして、流れ出て行く水の色素が限りなく透明に近付いた所で、アイネはようやくと気付いたのだ。
「ピリム、じゃな……い」
肉片に生えていた毛の色は、茶色がかった淡いベージュカラーだった。
ピリムの赤髪とは到底、似ても似つかない。
「……良かった」
訪れる安堵。全身の力が抜けたかのように、アイネはその場へとへたり込む。
しかし、その安心感は所詮一抹のものに過ぎなかった。瞬く間に、危機感へと変貌を遂げてしまうのだ。
(この色って、もしかして……)
ピリムとは違う髪色。
アイネはその色の髪を生やした人物に心当たりがあった。
(ピリムのママさん……だよね)
そう、シャリエ・ネスロイド――。
ピリムの母だった。
(なんで、こんなことに……)
だがアイネは悲しみこそすれど、肉片がピリムのものでは無かった事によって精神的なダメージは然程では無かった。
今最優先すべきは、ピリムの安否確認と犯人の手掛かりを見つけ出すこと。
そう確信し、判断を終えたアイネは立ち上がり、キッチンから身を乗り出す。
(ここには……なにもないか)
念のためバスルームを確認してからアイネはリビングを飛び出し、再び廊下へと出た。
そして玄関へと足を運ぶと、少女の視線は二階へ昇る階段の方へ。
階段から先は血痕も無く、何事も無かったかのように静まり返っている。
(ピリム、流石に居ないよね……?)
アイネの推測はこうだ。
まず殺人鬼が突如としてネスロイド宅に現れ、シャリエを殺害。
ピリムはなんとか逃亡し、追って犯人も家の外へ――といったもの。
その推測は希望的観測も加味されてはいるが、眼前に映った綺麗すぎる階段が、アイネへ確信をもたらしたのだ。
(でも、ちゃんと確認はしなきゃ……)
僅かな恐怖心を携え、アイネは階段を昇る。
一段ずつ、断頭台へと足を運んで行くように、ゆっくりと。
階段を昇った先には薄暗い廊下が続き、奥は袋小路となっていた。
部屋は二つ。奥の部屋は元々バズムントの書斎だったらしく、現在は物置き部屋と化しているとか。
そして手前の部屋こそが、ピリムの自室――。
(ピリム……)
床が軋む音すら発てないよう、アイネは忍び足でピリムの部屋の前へと。
手書きの可愛らしい書体で『Pilym』と、油性マジックで書かれた木製の手作りの札がぶら下げてあるドア。
扉や床板、壁に血痕の類いは付着しておらず、一階を漂っていた不快な鉄臭さも二階には一切なかった。
推測通り二階に犯人は上がってはいなく、ピリムも外に逃げ出したと、アイネは改めて確信をする。
だがそれでも、部屋の中は確認しなければならない。
そう決意していたアイネは、下げて開くタイプのドアノブへ手を掛ける。
(ピリム……居ないとは思うけど、勝手に入るね。ゴメン!)
胸中で静かに謝罪し、少女はゆっくりとドアを押し開く。
「え……」
いつもの部屋。
ここに何度遊びに来ただろうか。
花柄のカバーで統一された寝具。
お泊まりをした際には、ここで二人で朝まで語り明かした記憶。
色褪せた木製の学習机。
夏休みの終了間際、残った宿題を相手に二人で悪戦苦闘した記憶。
部屋の隅にある大きなクマのぬいぐるみ。
10歳くらいまで、ピリムは常に大事そうに抱えていた記憶。
他、すべて。
どれもかけがえのない思い出が詰まった記憶。
自身の部屋よりも、この空間には愛着があった。
――それはいつもピリムが居たから。
「アイネ」
一階の惨状とは無縁。
一切の沙汰が無いその部屋の中央から、自身を呼ぶ声。
「ピリム……?」
――呼び返した先には少女、ピリム・ネスロイドが悠然と立っていた。
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MayonakaTsuki
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