PEACE KEEPER

狐目ねつき

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Unstoppable melancholy

42話 インタールード

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 別にアタシは、アウルと結ばれたかった訳じゃない。

 ただ、自分の気持ちを伝えたかっただけ。

 だからフラれようと、嫌がられようと……他の人と結ばれようとも、構わなかった。

 友達としても、仲間としても、この先上手くやっていける自信があったから。

 認めるし、受け入れるつもりだった。
 けど――。



 なんで、どうして、こんなにも……悔しくて惨めな気持ちになるの?


 やだ。
 やだ。
 アウル。
 アタシを。
 置いていかないで――。


◇◆◇◆


 アウルとエリスが談笑をしながら自宅の敷地から足を踏み出し、買い出しへと出向く。
 そこから数十秒が経過したところで、ピリムは庭の隅からすくっと立ち上がる。

「…………っ」

 熱を持った視界が、滲む。
 零れ落ちそうになる滴をどうにか我慢し、ピリムは静かに自身の家へと向かった。



「嫌だ、嫌だよ……」

 深層心理から湧き上がる嫉妬心と敗北感。
 唐突に叩き付けられた現実。
 感情の整理が追い付かず、思考回路が定まらない。
 そのまま少女は幽鬼のようにふらりとした足取りで家路へとついた――。




 「……ただいま」

 消え入りそうな声。
 自宅の玄関。
 母が快く出迎える。

「ご飯いらない。疲れたから寝るね……」

 無機質にそれだけを告げる。
 母からの気遣う視線が背中に刺さるが、無視を貫く。
 

 階段を昇る。
 足腰に力が入らない。
 それでも昇る。
 自室に辿り着く。
 開いた扉。
 暗い部屋。
 冷たいベッド。
 倒れ込む。
 枕に顔を埋める。



「……もうイヤだ。何も考えたくない」

 枕に埋めたまま、くぐもった声でぼそりと。
『このまま眠って忘れられればどれだけ楽だろう』と、少女は願う。そのまま、眠りの海へと意識を委ねた。




 ――が、ちらつく。
 フラッシュバックのように。
 瞼の裏に焼き付いて離れない。

 二人のあの光景が――。


「……ほんとダメだな、アタシ」

 卑下し、自己嫌悪に陥る。
 頬を伝い、枕に染み込んでいく涙。
『強くなる』と誓い、奮い立たせた筈がこの有り様。
 どうして自分はこんなにも弱く情けないのだろうと、嘆き、暮れる。

「強くなりたいなあ……」

 仰向けになり、天井へ向けて少女は言う。

「アタシがもっと強ければ……こんなに辛い思いもしなくて済んだのかな……」

 省みの言葉を空虚に放つ。
 そこでふと、少女は視線を天井から下方へと移す。

 使い古した学習机の上。
 ぽつんと置かれた"それ"。

「あ……」

 白く、小さい塊が詰まったガラス瓶。

『それを一日一錠飲むだけで、飛躍的に強くなれる。魔神に近い程の、ね』

 男の言葉を思い出す。
 一度は断ち切った誘惑だった筈だが。

「アウルに……近い程の……」

 操られているかの如く、反芻させる。
 少女の倫理観は既に麻痺していた。

「…………」

 力への渇望は精神に腐食を生み。
 少女は一線を踏み越えた――。


◇◆◇◆


 ――AM10:30。ゼレスティア王宮、作戦室。


「なに? ピリムが集合に現れなかっただと?」

 朝からデスクに向かい、書き物をしていたバズムントの手が止まる。

「え、ええ……。任務を共にする予定だったパシエンス・ガイネスとアイネ・ルス・リフトレイから、そう報告を受けております」

 一階で言伝ことづてを預かっていた兵が、そう伝える。
 パシエンスとアイネは、集合する予定だった東門前で一時間はピリムを待っていた。
 だが結局少女は現れず、大人しく王宮へ帰還したのだ。

「うーむ……」

 眉間に手を当て、バズムントは思慮する。

(あいつが寝坊なんてしないだろうしな……。疲れてるみたいだったし、体調不良か何かか? 心配だが、俺が席を外す訳にはいかん……)

 思考を巡らせるバズムント。
 トントンと、秒針よりも早く指でデスクを叩く。

「……仕方ない。東から北への巡回任務ルートは他の空いてる者に任せておく。パシエンスを市内の警備任務にて、アイネをピリムの自宅へ向かわせ、容態を伺いに行かせてくれ」


◇◆◇◆


「――とのことだ」

 階下に降りてきた兵が、待っていた二人へ命令をそのまま届ける。

「マジかよ……警備任務ぅ? そんなのやってらんねえって!」

 パシエンスが声を大にして不満を爆発させる。

「バズムント様からのお達しだぞ! 文句を垂れるな!」

「うっ……! す、すんません」

 兵士が怒りを露わにすると、パシエンスは瞬く間に縮こまってしまう。

「ほら、早く行ってこい!」

「へ、へいぃっ!」

 野良猫を追い返すかのように、兵士がパシエンスへ向けて言い放つ。
 黒髪の少年はまだ何か言いたげに見えたが素直に従い、王宮を後にする。


「……じゃあ私は、ピリムの家に行けば良いのかな?」

「ああ、頼む。状態を確認し次第、再び報告に来てくれ、とのことだ。その後の指示は追って下す」

 アイネからの問いに、兵がバズムントの言葉そのままで返す。

「わかったよ~! おっけ! らじゃっ!」

 少女は手をピッと上げ、能天気に返事をした後、王宮から元気良く飛び出す。


(ピリム……どうしちゃったんだろ? "アノ日"かな?)

 的外れな推測をしながら、アイネは王宮前広場を抜け、ピリムの元へ向かった――。


◇◆◇◆


 ――グラウト市。鍛冶屋『Loslobos』


 店内に漂う、暗く、艶かしい空気。
 初めて来る客は娼館に来てしまったのか、と疑ってしまうことだろう。
 そんな中、一人のとある男性客と店主のエレニド・ロスロボスが、カウンターを挟んで朝早くから押し問答を繰り広げていた。

「……だから言った筈だ、まだ時間が掛かるって。剣が二、三日で完成するとでも? オマエ鍛冶業舐めてるだろ」

「いや、決して舐めてはいない。ただ、製作の過程を見せてもらいたいだけだ」

「ウチの工程は全て企業秘密だ。いくらオマエがオリねえの口利きで紹介された客でも、製作過程を見せる事は出来ないな」

「そこをなんとか頼む! 俺の新しい武器がどう作り込まれ、どう練り上げられていくのかをこの目で見たいんだ!」

 男は熱意ある懇願と共に、青髪を纏った脳天を床板へゴンッ、と強く叩き付ける。

「オイ、そんな所で土下座するな! ったく、仮にも団士・・に任命された男なんだろ? だったら情けない格好を見せるな。この先示しがつかないだろうに」

 カウンターの先で座るエレニドが巻き煙草を齧り気味に加え、強く諭す。

 跪く男性と足を組んで座る女性――。
 端から見れば従者と女王のような構図だ。

 と、そこで店の入り口が開く。

「お、今日もやってるね~」

 射し込む陽光と共にエレニドの目に映ったのは、派手な金髪と身体のラインが際立つ服装に身を包んだ、第15団士のオリネイ・メデュープだった。

「オリ姐、コイツをどうにかしてくれ。ここ三日間は毎朝これだ。鬱陶しくて仕方がない」

 嫌々とした表情でエレニドがオリネイへ漏らす。

「あはは、アンタも懲りないねえ、"マックル"」

 土下座したままの体勢の男に向けて、オリネイが呼ぶ。
 彼の名はマックル・ワレリオ。
 国内でも有数の風術使いだ。
 約半年前にラオッサ街道で運搬任務中に起きた『魔神襲撃事件』での唯一の生き残りである。

「しかしオリネイ様……俺の性格上、どうしても製作過程を見ないと気が済まないのです……」

 叩き付けた頭を起こし、面をオリネイへ向けるマックル。

「マックル、"様"付けはもうヤメてって言ったわよね~? 序列はあるけど、アタシ達はもう対等の立場なのよ。敬語も出来るだけ控えなさい。"エルミ"と話してるみたいでイライラするわ」

「も、申し訳……。いやっ……すみま……ごめん」

「なんか気持ち悪いわね」

 二人のやり取りから解るように、魔術士マックル・ワレリオは親衛士団に任命されたのだ。
 彼が慕い尽くした男、今は亡きビスタ・サムエレスの後を継ぐ『第16団士』の席に――。


「少しはしゃんとしなさいよ、ビスタを越える団士になるんでしょ?」

「は……う、うむ。そうだ」

「だったら自分の武器の完成くらい、ドシッと構えて待ちなさいよ」

「そうだな……わかったよ。お、オリネイ」



「……とりあえず、二人とも帰ってくれないか。仕事に集中させてくれ。というか任務はどうした?」

 二人のぐだついた掛け合いを傍目で見ていたエレニドが、辟易とした様子で端を発した。


◇◆◇◆


 ――アーカム市、ハーティス食堂。


 厨房で調理に勤しむライカの耳へ、ドアベルの鳴る音が届く。

「……お、今日も来たのかお前ら・・・

 ランチの時間帯。客足がまばらに増え始めてきた店内へ、アウルとエリスが姿を現したのだ。

「明日も来る予定だよ、ライカ」

 手にギプスを嵌めたままのアウルが、微笑んで応える。

「アウルったらね、この時間は私の作った料理よりライカくんの料理を食べたいんだってさ~」

 テーブル席が他の客で埋まっていた為、アウルと共にカウンター席に座ったエリスが愚痴るようにそう零した。

「はは、エリスちゃん。悪いね」

 手を動かしながら陽気にライカが軽く謝る。
 ライカが持つエリスへの認識の刷り込みは、療養期間の初日で既に終えていた。
 それどころかライカの母ナタール、父のブレットに始まり、他の客。果ては往来ですれ違った道行く全ての人物に、エリスは"特性"を使っていたのだ。


「はい、アウル。あーーん……」
「やめろって! 一人で食べれるから……」

 エリスの手によって、パスタが巻き付いたフォークを口元へ運ばれたアウル。
 外方そっぽを向くように拒否を示す。

「なによー! 家では食べてくれるのに……」
「言うなって!」

 顔を赤くしてアウルがエリスの口元を隠す。
 その様を見て、ライカが大爆笑する。

「いやぁ、面白いもん見せてもらったわ。良かったなあ、アウル。良いが出来て」

「……笑うなよ」

 ちなみに、アウルとエリスが出会ったのは一月前という設定。
 エリスの出自については、齟齬が無いように入念な照らし合わせを重ねた当初の予定通り『種違いの妹』となる。

「んで、今日は二人でどこへ出掛けるんだ?」


 他の客への料理を作りながらライカが二人に問うと、エリスが答える。

「今日はね、ドメイルにあるカレリアちゃんの実家の劇場に演劇を観に行くの。ねーアウル?」

「うん。まあ、約束してたしね」

 アウルとエリスは、療養期間中は出来るだけ国内を出歩こうと、エリスの提案で決めていた。
 エリスは勿論『デートがしたい』という希望が第一ではあるが、真の目的は『成るべく早く全国民への認識の刷り込みを終えたい』といったもの。
 出掛ける事に対しては気が進まなかったアウルだが、一理どころか百理はあるその言い分を突き付けられてしまっては、断る事が出来なかったのだ。

(まあ、仕方ないっちゃ仕方ないけど……めんどくさいなあ)

 隣で嬉々としているエリスを横目に、アウルは誰にも聞こえない程小さく溜め息をついた。

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