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Unstoppable melancholy
41話 狂い咲きラバーズ
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巡回任務二日目、AM11:00。
ゼレスティア領、南東側ゲート近辺。
予定通り、昨日のコースの続きとなる南門から東門にかけてのルートを、ピリム達は担当していた。
このルートは丘陵地帯の名残である勾配の急な道ばかりが続く。歩くだけでもそれなりに体力を消耗してしまうため、巡回任務の中では最も兵が毛嫌いするルートとして知られていた。
「――よーし、これで5体目! 今日は良いペースだな!」
微風が吹くやや小高い丘の上。
空中で両断されたナスティフ。
緑色の鮮血が飛沫く。
少年剣士パシエンスは、魔物を斬った勢いそのままに鉄剣を手元でクルクルと無駄に回転させ、芝居がかった気取ったポージングで鞘に納める。
「マーセルさん! どうですか、今日の俺!?」
少し離れた位置で腕組みをしながら立つ男へ、少年は調子の良さをアピールする。
「うむ、悪くない。だが油断は禁物、慢心こそが真の大敵と思え」
筋骨隆々の肉体を本革のトレンチコートに包み、背中には抜き身の長刀。
獅子の鬣のように逆立った金髪を生やし、仰々しい言葉遣いで油断大敵を諭すこの男。
名はマーセル・グレゴリアス。
年齢は39歳。出身は剣鎧都市ガストニア。
15年前、ゼレスティアとガストニアが和平条約を締結させた際、こちらへ亡命をしてきたという異色の経歴を持つ"元"騎士。
現在は一般兵を束ねる兵士長の役職と共に、"剣術講士"の肩書きも併せ持つ。
「了解です!」
右手を額に添え、パシエンスが敬礼で応える。
フェリィの厳格さも中々に大概だが、彼に関しては絵に描いたような武骨な性格の持ち主だ。
冗談を介するユーモアを持ち合わせて居ないため、普段はお調子者のパシエンスの顔付きが心なしか引き締まって見えるのは、気のせいでは無いのだろう。
「……そろそろ昼時だな。ガイネス、小休止にしよう。我は崖の向こうにいるネスロイドとリフトレイを呼んでくる。御前は簡易キャンプを此処に張っておけ」
「ウッス、了解です!」
マーセルが指示を下すと、パシエンスは背負っていたバックパックからブルーシートを取り出し、その場へと広げる。これから昼食の準備に取り掛かるのだろう。
(さて、彼方の二人の調子が何れ程か、次いでに確認でもするか……)
僅かな期待と憂慮を携え、マーセルは少しだけ切り立った丘から崖下を見下ろす――。
◇◆◇◆
「ふう、何とか倒せた……」
開けた額に滲む汗を手の甲で拭い、ピリムがボソッと零す。
マーセル達が居る崖上から4ヤールト程下方、小さな沢がせせらぎ、まばらに木々が繁った地形。そこに二人の少女は居た。
辺りに転がるオットルやナスティフ、更には水辺を好む種類の魔物の屍。
揃って焼け焦げ、その死骸のどれもがピリムの火術に依るものだというのが窺えた。
「やるじゃーん! さすが私のピリム~!」
やや離れた位置で魔物と交戦をしていたアイネが、駆け足でピリムへと寄り、抱擁にて愛情を表す。
昨日、南門の前であったいざこざなどいざ知らず、といったような様子だ。
「ちょ、離してよぉアイネ」
「あ、ゴメン」
アイネがパッと手を離す。
笑顔ではあるが、若干の反省の顔色。
「今のは……その、アレよ。いつものノリよ。マジで離さないでよ……」
ピリムが頬を赤らめながら、アイネの小指をギュッと掴む。
「昨日は……ほんとゴメン。アタシ、もう立ち直ったからさ、その……また、仲良くして?」
少女はチラチラとブルーの瞳を行ったり来たり。
若干の恥ずかしさを滲ませながらも、ピリムはアイネへ再び心を開いたのだ。
「うおおおピリムうぅ! 私、マジで心配してたんだよおぉ。ほら見てこの顔、めっちゃ落ち込んでるっしょ!?」
「うん、ゴメン。いつもと一緒かな」
――いつもと一緒。今はそれが何よりもかけがえの無い事。
ピリムの内に秘めていた心の靄が、一つ晴れた瞬間だった。
(……ほう、もう10体も駆除したのか)
崖の上から沢辺にいる少女達を観察していたマーセル。
彼は昨日の任務でのピリムの不調を、今朝方フェリィから聞き継いでいた。
その為、彼女と同様彼も少女に対し気を配っていたのだが、どうやらそれは杞憂に終わったようだ。
その後四人は合流。食事を摂り、午後からの巡回も滞りなく完了させたのだった――。
◇◆◇◆
――アーカム市、東門前広場。
東地区のメインストリートと密接しているこの広場は、ドメイル市程では無いにせよそこそこの栄えた街並みを誇る。
オープンカフェや出店など、外での飲食が可能な店が多く目につく。
行き交う人々は仕事帰りの人間が殆どだが、学士達の姿もちらほらと見受けられた。学園がここの近くにある影響だろう。
そんな光景の広場にて、大木の如くどっしりと佇むマーセルと、その前に立ち並ぶ三人の新兵。
「――本日の任務は此れにて了。三人共、見事な働きだった」
マーセルから任務の終了が発せられる。
彼が褒め称えたその言葉通り本日の三人の成果は、アイネを除いて昨日とは比べ物にならないほどの、文字通りの桁違いな出来だった。
「リフトレイが25、ネスロイドが22、ガイネスが16。素晴らしいぞ、貴様等。これで南東のゲート近辺に当分の間は魔物も寄り付かないだろう」
岩肌のように厳然とした面持ちではあるが、ドスの効いた声色で成果を素直に讃える。
彼と仲が良いというシングラルの談を借りると『ああ見えて面倒見が良く、感情を面に出さないだけで実は陽気な性格』とのこと。
「この出来だともう監督兵は必要ないな。貴様等が良ければ、明日明後日は三人で巡回を任せてもいいとバズムント殿に報告をしておくが……どうだ?」
「お願いします!」
「お、お願いします……!」
「お願いしまーす」
ピリムが真っ先。
パシエンスは連られるように。
アイネも空気を読む。
三人が肯定の意を示す。
「そうか、では解散!」
重低音の号令。
今日も今日とて現地解散だ。
マーセルはくるりと踵を返し、王宮へ。
残された三人は賑わいを見せるメインストリートを歩く。
「……ネスロイド、今日は完敗だよ。やっぱお前はスゲーわ」
肩を並べて歩く道中、パシエンスがやや恥ずかしげにそう漏らした。
それに対し、ピリムは呆然としている。
「……アンタ何か変な物でも食べた?」
「食ってねえよ! まあ、その……なんだ、俺今日実は自分でも驚くくらいに調子良かったんだわ。それでも数字で負けたんだから、やっぱお前ら二人強いんだな、って改めて思ったんだよ」
落胆ではなく寧ろ清々しいと言った風に、パシエンスがピリムとアイネを認める。
「アンタにそう言われるとなんか調子狂うわね……。でもさパシエンス、アンタだって充分強いわよ。数がアタシ達より少ないのだって魔術と剣術の効率の違いよ。差なんてほとんど無いって」
ピリムのそのフォローに、パシエンスが目を丸くする。
「……だよな、やっぱそうだよな!? だと思ったんだよ! いやあ、剣での戦闘はホント大変なんだぜ? 苦労を理解してくれたみたいで何よりだわ! じゃあ俺、家コッチだから帰るわ! またな!」
次第にいつもの調子を取り戻した少年はそのままそれに乗ると、颯爽と帰路についたのだった。
「……アイツったらちょっと褒めただけでこれだもん。分かりやすい性格のくせに扱いづらい真似しないでよ。ね、アイネ?」
ピリムが溜め息混じりにそう言い、同意を求めようと隣を歩くアイネへと振り向く。
そこには、キョトンとした目付きでまじまじと見詰めてくる親友の姿が。
「え、なに? アタシの顔になんか付いてる?」
「うーん、なんかピリム、変」
核心を衝かれたわけではない。
にも関わらず、少女の胸中は動揺にまみれる。
「……そんなことないよ? いつも通りのアタシだよ?」
「そっか……気のせいかなぁ」
あまり釈然としてはいなさそうだが、一応は納得を見せたアイネ。
二人はそのまま寄り道もせず、帰路についた。
◇◆◇◆
――PM19:30。アーカム市、住宅街。
アイネと別れたピリム。
現在は自宅へと続く道を歩く。
(アイネ、急にどうしたんだろ……? もうアタシ、アウルの事気にしないようにしてたのに……)
心当たりはなくとも、言い様のない不安が少女の心に付きまとう。
と、そこで足が止まった。
――並木道が続く通り。
――ここを曲がればアタシの家。
――でも、先へ進めば……。
冷えた夜風が胸を貫く。
ピリムは今、考えていた。
(アタシ……本当にこのままで……)
鬱屈としたジレンマ。
心の奥底に沈殿する負の感情。
全てを清算するためには、ここではっきりとさせておかなければならない、と少女は思う。
(……うん、言おう。"好き"って)
決意の少女。
角を曲がらずに、並木道を進んだのだ。
(断られてもいい。でも伝えなきゃ、先に進めないもん……)
覚悟の少女。
ハーティス食堂を過ぎ、数百ヤールト先にある少年の家へ。
しかし、思いの丈を伝えようとしているピリムではあるが、一つの懸念が胸に残ったままだった。
(そういえばエリスって……結局誰なの?)
ハーティス食堂でアイネとライカに相談に乗ってもらった際、ライカの口から飛び出したその名前。
ライカはしきりに『学士の時から俺らと一緒に居た友達だ』との一点張りだった。
ライカの認識はピリム達が店を出た後に解除されていたので、現在はピリム同様存在を認識していなかったのだった。
だが、特性によって認識を刷り込まれたわけではないピリムには姿を見てなくても、エリスへの認識は残っていたままだ。
これはアウルとエリスの誤算だったろう――。
アウルの家の前に辿り着いたピリム。
胸の高さ程の黒レンガ模様の塀に身を潜めながら、少女は敷地内の様子を注意深く窺う。
視線の先には短く刈られた芝が生い繁る、静かな庭に面したリビング。カーテンが掛かっていて家の中は視認できない。
が、僅かな光が漏れているので在宅しているというのは確認できた。
(なんかアタシ……ストーカーしてるみたいじゃない! まあいいわ、家に居るっていうのは確認出来たから、後は……)
庭から続く、玄関のドアへと視線を移す。
(直接、言わなきゃ……)
決意と覚悟を携え、少女は塀から身を乗り出し庭へと足を踏み入れる。
しかしたった数ヤールトの距離が果てしなく、とても険しく、錯覚してしまう。
まるで靴に鉛でも入っているのか疑ってしまう程に、足取りも重くなる。
(たった一言、たった一言伝えるだけよ……頑張れ、ピリム!)
そう自分に言い聞かせ、奮い立たせながら、少女は往く。
しかし、その時だった――。
ガチャリ、と。
玄関のドアが内側から開いたのだ。
(え、ウソっ!? ヤバ――)
少女は慌てる。
が、奇跡的とも言える咄嗟の素早さを披露。
脱兎の如きスピードで、庭の端――アウルの母と兄の墓がある位置にまで身を移すことに成功したのだ。
(助かった……)
溜め息を堪え、少女は安堵。
(今が夜で良かった……昼だったら絶対バレてたわ……)
自身の機転と運に感謝。
だが、そう思うのは束の間に終わる。
「――今なんか横切ったんだけど、ネズミかな?」
「――さあ、私見てないからわかんないよ」
(え……)
好きと誓った相手の声。
後に続く聞き馴染みの無い声。
「……まあいいや、さっさと済ませちゃお」
「その言い方ひどーい! せっかくのデートなんだよ~?」
(え……え?)
「いや、デートって……夕飯の買い出しじゃん!」
「ふふ、アウルったら照れちゃってカワイイ。今日は何食べたいの?」
「ん~、ベーコン入ってるならなんでもいいよ」
「アウルほんとベーコン好きね。毎日毎日良く飽きないよね」
(……毎日?)
仲睦まじき談笑。
二人の一言一言が、自身の耳を疑わせる。
「いいじゃん、別に。ほら行くよ、エリス」
(…………)
頭が混乱する。
痛さも帯びてくる。
吐きそう。
いや、吐きたい。
見たくない。
聞きたくない。
認めたくない。
何これ。
何ソレ。
わかんない。
いやだ。
もういやだ。
なんで?
どうして?
その疑問を唱える感情は、少年に向けられたものではない。
――どうしてこんなに悔しいの……?
自身に向けてのものだった。
ゼレスティア領、南東側ゲート近辺。
予定通り、昨日のコースの続きとなる南門から東門にかけてのルートを、ピリム達は担当していた。
このルートは丘陵地帯の名残である勾配の急な道ばかりが続く。歩くだけでもそれなりに体力を消耗してしまうため、巡回任務の中では最も兵が毛嫌いするルートとして知られていた。
「――よーし、これで5体目! 今日は良いペースだな!」
微風が吹くやや小高い丘の上。
空中で両断されたナスティフ。
緑色の鮮血が飛沫く。
少年剣士パシエンスは、魔物を斬った勢いそのままに鉄剣を手元でクルクルと無駄に回転させ、芝居がかった気取ったポージングで鞘に納める。
「マーセルさん! どうですか、今日の俺!?」
少し離れた位置で腕組みをしながら立つ男へ、少年は調子の良さをアピールする。
「うむ、悪くない。だが油断は禁物、慢心こそが真の大敵と思え」
筋骨隆々の肉体を本革のトレンチコートに包み、背中には抜き身の長刀。
獅子の鬣のように逆立った金髪を生やし、仰々しい言葉遣いで油断大敵を諭すこの男。
名はマーセル・グレゴリアス。
年齢は39歳。出身は剣鎧都市ガストニア。
15年前、ゼレスティアとガストニアが和平条約を締結させた際、こちらへ亡命をしてきたという異色の経歴を持つ"元"騎士。
現在は一般兵を束ねる兵士長の役職と共に、"剣術講士"の肩書きも併せ持つ。
「了解です!」
右手を額に添え、パシエンスが敬礼で応える。
フェリィの厳格さも中々に大概だが、彼に関しては絵に描いたような武骨な性格の持ち主だ。
冗談を介するユーモアを持ち合わせて居ないため、普段はお調子者のパシエンスの顔付きが心なしか引き締まって見えるのは、気のせいでは無いのだろう。
「……そろそろ昼時だな。ガイネス、小休止にしよう。我は崖の向こうにいるネスロイドとリフトレイを呼んでくる。御前は簡易キャンプを此処に張っておけ」
「ウッス、了解です!」
マーセルが指示を下すと、パシエンスは背負っていたバックパックからブルーシートを取り出し、その場へと広げる。これから昼食の準備に取り掛かるのだろう。
(さて、彼方の二人の調子が何れ程か、次いでに確認でもするか……)
僅かな期待と憂慮を携え、マーセルは少しだけ切り立った丘から崖下を見下ろす――。
◇◆◇◆
「ふう、何とか倒せた……」
開けた額に滲む汗を手の甲で拭い、ピリムがボソッと零す。
マーセル達が居る崖上から4ヤールト程下方、小さな沢がせせらぎ、まばらに木々が繁った地形。そこに二人の少女は居た。
辺りに転がるオットルやナスティフ、更には水辺を好む種類の魔物の屍。
揃って焼け焦げ、その死骸のどれもがピリムの火術に依るものだというのが窺えた。
「やるじゃーん! さすが私のピリム~!」
やや離れた位置で魔物と交戦をしていたアイネが、駆け足でピリムへと寄り、抱擁にて愛情を表す。
昨日、南門の前であったいざこざなどいざ知らず、といったような様子だ。
「ちょ、離してよぉアイネ」
「あ、ゴメン」
アイネがパッと手を離す。
笑顔ではあるが、若干の反省の顔色。
「今のは……その、アレよ。いつものノリよ。マジで離さないでよ……」
ピリムが頬を赤らめながら、アイネの小指をギュッと掴む。
「昨日は……ほんとゴメン。アタシ、もう立ち直ったからさ、その……また、仲良くして?」
少女はチラチラとブルーの瞳を行ったり来たり。
若干の恥ずかしさを滲ませながらも、ピリムはアイネへ再び心を開いたのだ。
「うおおおピリムうぅ! 私、マジで心配してたんだよおぉ。ほら見てこの顔、めっちゃ落ち込んでるっしょ!?」
「うん、ゴメン。いつもと一緒かな」
――いつもと一緒。今はそれが何よりもかけがえの無い事。
ピリムの内に秘めていた心の靄が、一つ晴れた瞬間だった。
(……ほう、もう10体も駆除したのか)
崖の上から沢辺にいる少女達を観察していたマーセル。
彼は昨日の任務でのピリムの不調を、今朝方フェリィから聞き継いでいた。
その為、彼女と同様彼も少女に対し気を配っていたのだが、どうやらそれは杞憂に終わったようだ。
その後四人は合流。食事を摂り、午後からの巡回も滞りなく完了させたのだった――。
◇◆◇◆
――アーカム市、東門前広場。
東地区のメインストリートと密接しているこの広場は、ドメイル市程では無いにせよそこそこの栄えた街並みを誇る。
オープンカフェや出店など、外での飲食が可能な店が多く目につく。
行き交う人々は仕事帰りの人間が殆どだが、学士達の姿もちらほらと見受けられた。学園がここの近くにある影響だろう。
そんな光景の広場にて、大木の如くどっしりと佇むマーセルと、その前に立ち並ぶ三人の新兵。
「――本日の任務は此れにて了。三人共、見事な働きだった」
マーセルから任務の終了が発せられる。
彼が褒め称えたその言葉通り本日の三人の成果は、アイネを除いて昨日とは比べ物にならないほどの、文字通りの桁違いな出来だった。
「リフトレイが25、ネスロイドが22、ガイネスが16。素晴らしいぞ、貴様等。これで南東のゲート近辺に当分の間は魔物も寄り付かないだろう」
岩肌のように厳然とした面持ちではあるが、ドスの効いた声色で成果を素直に讃える。
彼と仲が良いというシングラルの談を借りると『ああ見えて面倒見が良く、感情を面に出さないだけで実は陽気な性格』とのこと。
「この出来だともう監督兵は必要ないな。貴様等が良ければ、明日明後日は三人で巡回を任せてもいいとバズムント殿に報告をしておくが……どうだ?」
「お願いします!」
「お、お願いします……!」
「お願いしまーす」
ピリムが真っ先。
パシエンスは連られるように。
アイネも空気を読む。
三人が肯定の意を示す。
「そうか、では解散!」
重低音の号令。
今日も今日とて現地解散だ。
マーセルはくるりと踵を返し、王宮へ。
残された三人は賑わいを見せるメインストリートを歩く。
「……ネスロイド、今日は完敗だよ。やっぱお前はスゲーわ」
肩を並べて歩く道中、パシエンスがやや恥ずかしげにそう漏らした。
それに対し、ピリムは呆然としている。
「……アンタ何か変な物でも食べた?」
「食ってねえよ! まあ、その……なんだ、俺今日実は自分でも驚くくらいに調子良かったんだわ。それでも数字で負けたんだから、やっぱお前ら二人強いんだな、って改めて思ったんだよ」
落胆ではなく寧ろ清々しいと言った風に、パシエンスがピリムとアイネを認める。
「アンタにそう言われるとなんか調子狂うわね……。でもさパシエンス、アンタだって充分強いわよ。数がアタシ達より少ないのだって魔術と剣術の効率の違いよ。差なんてほとんど無いって」
ピリムのそのフォローに、パシエンスが目を丸くする。
「……だよな、やっぱそうだよな!? だと思ったんだよ! いやあ、剣での戦闘はホント大変なんだぜ? 苦労を理解してくれたみたいで何よりだわ! じゃあ俺、家コッチだから帰るわ! またな!」
次第にいつもの調子を取り戻した少年はそのままそれに乗ると、颯爽と帰路についたのだった。
「……アイツったらちょっと褒めただけでこれだもん。分かりやすい性格のくせに扱いづらい真似しないでよ。ね、アイネ?」
ピリムが溜め息混じりにそう言い、同意を求めようと隣を歩くアイネへと振り向く。
そこには、キョトンとした目付きでまじまじと見詰めてくる親友の姿が。
「え、なに? アタシの顔になんか付いてる?」
「うーん、なんかピリム、変」
核心を衝かれたわけではない。
にも関わらず、少女の胸中は動揺にまみれる。
「……そんなことないよ? いつも通りのアタシだよ?」
「そっか……気のせいかなぁ」
あまり釈然としてはいなさそうだが、一応は納得を見せたアイネ。
二人はそのまま寄り道もせず、帰路についた。
◇◆◇◆
――PM19:30。アーカム市、住宅街。
アイネと別れたピリム。
現在は自宅へと続く道を歩く。
(アイネ、急にどうしたんだろ……? もうアタシ、アウルの事気にしないようにしてたのに……)
心当たりはなくとも、言い様のない不安が少女の心に付きまとう。
と、そこで足が止まった。
――並木道が続く通り。
――ここを曲がればアタシの家。
――でも、先へ進めば……。
冷えた夜風が胸を貫く。
ピリムは今、考えていた。
(アタシ……本当にこのままで……)
鬱屈としたジレンマ。
心の奥底に沈殿する負の感情。
全てを清算するためには、ここではっきりとさせておかなければならない、と少女は思う。
(……うん、言おう。"好き"って)
決意の少女。
角を曲がらずに、並木道を進んだのだ。
(断られてもいい。でも伝えなきゃ、先に進めないもん……)
覚悟の少女。
ハーティス食堂を過ぎ、数百ヤールト先にある少年の家へ。
しかし、思いの丈を伝えようとしているピリムではあるが、一つの懸念が胸に残ったままだった。
(そういえばエリスって……結局誰なの?)
ハーティス食堂でアイネとライカに相談に乗ってもらった際、ライカの口から飛び出したその名前。
ライカはしきりに『学士の時から俺らと一緒に居た友達だ』との一点張りだった。
ライカの認識はピリム達が店を出た後に解除されていたので、現在はピリム同様存在を認識していなかったのだった。
だが、特性によって認識を刷り込まれたわけではないピリムには姿を見てなくても、エリスへの認識は残っていたままだ。
これはアウルとエリスの誤算だったろう――。
アウルの家の前に辿り着いたピリム。
胸の高さ程の黒レンガ模様の塀に身を潜めながら、少女は敷地内の様子を注意深く窺う。
視線の先には短く刈られた芝が生い繁る、静かな庭に面したリビング。カーテンが掛かっていて家の中は視認できない。
が、僅かな光が漏れているので在宅しているというのは確認できた。
(なんかアタシ……ストーカーしてるみたいじゃない! まあいいわ、家に居るっていうのは確認出来たから、後は……)
庭から続く、玄関のドアへと視線を移す。
(直接、言わなきゃ……)
決意と覚悟を携え、少女は塀から身を乗り出し庭へと足を踏み入れる。
しかしたった数ヤールトの距離が果てしなく、とても険しく、錯覚してしまう。
まるで靴に鉛でも入っているのか疑ってしまう程に、足取りも重くなる。
(たった一言、たった一言伝えるだけよ……頑張れ、ピリム!)
そう自分に言い聞かせ、奮い立たせながら、少女は往く。
しかし、その時だった――。
ガチャリ、と。
玄関のドアが内側から開いたのだ。
(え、ウソっ!? ヤバ――)
少女は慌てる。
が、奇跡的とも言える咄嗟の素早さを披露。
脱兎の如きスピードで、庭の端――アウルの母と兄の墓がある位置にまで身を移すことに成功したのだ。
(助かった……)
溜め息を堪え、少女は安堵。
(今が夜で良かった……昼だったら絶対バレてたわ……)
自身の機転と運に感謝。
だが、そう思うのは束の間に終わる。
「――今なんか横切ったんだけど、ネズミかな?」
「――さあ、私見てないからわかんないよ」
(え……)
好きと誓った相手の声。
後に続く聞き馴染みの無い声。
「……まあいいや、さっさと済ませちゃお」
「その言い方ひどーい! せっかくのデートなんだよ~?」
(え……え?)
「いや、デートって……夕飯の買い出しじゃん!」
「ふふ、アウルったら照れちゃってカワイイ。今日は何食べたいの?」
「ん~、ベーコン入ってるならなんでもいいよ」
「アウルほんとベーコン好きね。毎日毎日良く飽きないよね」
(……毎日?)
仲睦まじき談笑。
二人の一言一言が、自身の耳を疑わせる。
「いいじゃん、別に。ほら行くよ、エリス」
(…………)
頭が混乱する。
痛さも帯びてくる。
吐きそう。
いや、吐きたい。
見たくない。
聞きたくない。
認めたくない。
何これ。
何ソレ。
わかんない。
いやだ。
もういやだ。
なんで?
どうして?
その疑問を唱える感情は、少年に向けられたものではない。
――どうしてこんなに悔しいの……?
自身に向けてのものだった。
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