PEACE KEEPER

狐目ねつき

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High voltage

50話 暗闇と閃光の中で

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 突如として聖堂内に姿を現したワインロック。
 それを眼前に捉えたエルミとフェリィ。
 自ら姿をさらけ出してくれるとはまさかとも思っておらず、フェリィは勿論のこと、ここまで平静を乱すことのなかったエルミでさえも流石に動揺が幾分か窺えた。

 ――しかしその驚きは、彼の隣に立つ少女から発せられる気迫によって、束の間のものとなる。


「「…………っ!」」

 ぞくり、と背筋に冷気のような感覚が迸る。
 身の毛もよだつとはこの事だろう。
 獣とも魔物とも違う、異質。
 野性的で、暴力的で、それでいて圧倒的な存在感。
 静かに、二人が息を呑む。

「ワインロック、なんだこの二人は?」

「ああ、"元"同僚だよ。どうやら僕のことを捜していたようだね」

 クィンが訊き、ワインロックが答える。
 エルミとフェリィの二人が身構える一方で、少女は緊張や警戒をする素振りを一切見せず、今にも欠伸でもしそうなほどの気の抜けた面持ちのままだ。

「ふむ。まあ何でもいいが、本当にあたいは手出し無用でいいんだな?」

「もちろんだよ。"迎え"が来るまでのんびり過ごしているといい」

「そうか。ではその言葉に甘えてここで"トリー"の迎えを待つとするか」

 問答が終わると、クィンは長椅子の一つに腰を下ろす。足を組み、自宅でゆるりとくつろぎでもするかのような悠々とした姿だ。


(上位……魔神ですか。ゲートで塞いである国内へあっさりと侵入……転送術でしか為し得ないでしょうね)

 エルミの脳内では既に発見したワインロックをどうするかよりも、この場からどうやって生還するか、に思考のベクトルが向いていた。

(私とフェリィの二人がかりでも、まず太刀打ちは出来ないでしょう。手出し無用とは言っていましたが、さてどうしたものか……)

 あらゆる知恵や経験からくる機転を模索し、打開策を振り絞ろうとする。


「ハロー、エルミ。やっと会えたね……で正しいのかな?」

 柔和な表情を構え、ワインロックはゆっくりと壇上へと登る。

「……ワインロック、捜しましたよ。姿を消すのでしたら、せめて私の尋問を受けてからにしてください」

「あはは! ごめんごめん……すっかり忘れちゃってたよ」

 エルミの冗談に対し、少年のような風貌の男は大口を開けて笑い上げる。

「で、聞いちゃうけどさ――」

 ワインロックはそのままエルミとの間合いをずいっと詰め、鼻同士がぶつかりそうな程の距離にまで近付く。

「――僕を見付けてどうするつもりなの? 連れ戻すの? それとも……殺しちゃう?」

 囁き声で自身の処遇について訊く、ワインロック。

「……連れ戻しはしますが、少なくとも私があなたに手を下すことはしません。私の任務はアナタを連れ戻して、魔神についての情報を洗いざらい尋問ききだす事だけです」

 対し、エルミは圧迫感に臆することなく答えてみせた。
 
「ふふ、そっか……そうだよね。じゃあさ、手っ取り早くこれから二人で"お話"でもしないかい? キミの知りたいこと、全てを包み隠さず教えてあげるよ」

「……? それは一体どういう――」

(――"ペトル・カルチェラム")

 予想だにしない提案にエルミが訝しんだ矢先、ワインロックは脳内で術を詠唱する。
 すると、彼とエルミの周りを囲み、足元から壁が昇るように形成される――。

(無詠唱……!? これは拘束土術――)

 二人から少しだけ離れた位置に立っていたフェリィ。
 ワインロックに対しては一挙手一投足を見逃さないつもりでいた彼女だが、ノーモーションで術が展開されたことにより反応が幾分か遅れてしまう。

「エルミ――!」

 慌てて駆け付けるが間に合わず、術を唱えたワインロックと相対するエルミの姿が、みるみる内に壁の中へと閉じ込められていく。


「……何の真似です?」

「尋問をさせて"あげる"と言っているんだ。邪魔が入らない方がキミも好都合だろう?」

 壁は既に二人の身長を超える高さにまで昇り詰め、やがて天井部が形成を始める。
 既に脱出は困難だと、エルミは悟った。
 しかし――。


「――あ、そうそう」

 思い出したかのようにワインロックが手をポンと叩き、付け加える。

「クィン、聞こえるかい?」

 天井が塞がりかけてきたタイミングで、彼は聖堂内にいる魔神の名を呼ぶ。

「……なんだ?」

 両手で後頭部を支え、椅子に座った姿勢のまま、クィンが聞き返す。

「トリーが迎えに来るまでの間、ヒマだろう? 手出し無用とは言ったけど、キミさえ良ければ――」

 嫌な予感、がエルミの脳裏に過る。

「フェリィ、逃げてください――!」

 エルミは珍しく声を荒げ退避を促す。
 だが、フェリィは状況の整理が追い付いておらず、呆然としたままだ。

「――そこにいる彼女、"食べて"いいよ」

「えっ」

 ワインロックがそう告げたと同時に、二人を覆う石は完全に密閉され、エルミの声は聞こえなくなった。


(食べて……いい? どういうことだ……)

 フェリィは言葉の意味を理解するのに若干の時間を要す。
 だが、先程まで椅子に座っていた少女の姿をした魔神が立ち上がり――。

「ふふふ、ワインロックめ。随分と嬉しい置き土産を残したなあ――」

 口の端から溢れ出そうになる涎を、手の甲で拭い――。

「――遠慮なく、いただこうか」

 爬虫類のような瞳を妖しく光らせ、こちらへと歩みを開始。そこでフェリィは、自身の命が危機へと曝されているということにようやく気付いたのだった――。


◇◆◇◆


 ――ワインロックが生み出した石牢の中。

 闇一辺倒な空間。
 元々が薄暗い聖堂内であったが、僅かな隙間すら許さない石壁で形成されたこの狭い密閉空間では、自身の手元すら視認できない程の暗さだ。
 閉じ込められた者の恐怖心を煽るようなその造りは、王宮の地下に設けられたエルミの仕事部屋でもある尋問室に酷似していた。

「フェリィっ! 聞こえますか、フェリィっ!!」

 深く瞑った瞼裏のような暗闇の中、エルミは狼狽えることなく声を張り上げ、壁の外にいるフェリィへと呼び掛け続ける。
 語気からは焦燥感が伝わり、暗くて視認はできないが、恐らく表情も同様の色が窺えるだろう。

「……どれだけ大声を上げてもムダだよ。キミの声が外に届く事は無いし、外からの物音もコッチに聞こえることはない」

「――っ!」

 闇の中から発せられたのは、第二次性徴を経たばかりの少年に近いトーンの声。
 声が聴こえた場所から察するに、ワインロックの居る位置がそう遠くないことを、エルミは認識した。

「硬さはもちろん、高密度な石材だけで造った牢なんだ。内側からの破壊は困難な上に、外からの攻撃で破るのも、"彼女程度"の術練度では――」
「ワインロックっ、今すぐ術を解除させてください! さもないと……!」

「殺しますよ、って? 尋問士のキミが? 僕を? へえ? どうやるのかな?」

 説明を遮ったエルミの怒声へ、ワインロックが挑発的な口調で応戦。


「……後悔させてあげますよ。"リフール"」

 冷たさを帯びた声色で、エルミ。
 間髪を入れさせないタイミングで光術を唱えた。

 彼の掌から生み出された光球が、空間内をあっという間に照らす。

(――っ!)

 不意を衝かれたワインロック。
 あらゆる灯飾の何十倍もの明るさを誇るその発光量に、目を眩ませてしまう。

 一方で、エルミが普段から掛けている眼鏡は、遮光素材のレンズで作られた特別製。
 激しい閃光に照らされた空間の中での行動を、いとも容易く可能とさせる代物だったのだ。

「……私にとってもこのような形で貴方が最期を迎えるのは不本意ですが、致し方ないです」

「なっ……!?」

 エルミは目を眩ませた対象ワインロックの背後へと瞬時に回り込む。
 すると、彼は懐に忍ばせた短剣ヘイティスを素早く取り出し、即座に後頭部付近へと穿った。

『迅速に、且つ的確に』

 これが、彼の得意とする戦闘――もとい、暗殺スタイルであったのだ。


 ずぶり――と、嫌な感触が音となって、反響する。

「…………っ」

 刃渡りが20アインク程もある短剣。
 エルミが狙ったのは、ワインロックの首筋。
 脳と脊髄を繋ぐ脳幹の位置へ、深々と切っ先をねじ込んだのだ。

「…………」

 ワインロックに訪れていたのは、後頭部を思い切り殴打されたような感覚が一瞬だけ。
 そしてその感覚の後に待つのは痛みではなく、確実な死だった。


「さて、これで術が解除される筈ですが……」

 両膝をつき、ゆっくりと床へ倒れていくワインロックを軽く一瞥。
 開いた傷口からは絶えず血が流れ続け、次第にどす黒い血溜まりを作る。
 中枢神経と呼べる部位を貫かれたのだ。走馬灯が巡るいとますら与えないほどの即死だと、誰が見ても一目瞭然だろう。

 しかし術は解除されず、それどころか――。

「……ん、しょっと」

 俯せに倒れていた彼は、両手で身体を起こすと、そのままスッと立ち上がってみせたのだ。

「…………っ!」

 光球がいまだ照らし続ける空間。
 逆光となる位置で平然と佇むワインロックを前にしたエルミ。
 数瞬だけ言葉を失ってしまったが、やがて納得するような表情へと変化を見せ、小さく一息を吐く。


「やはり貴方も……魔神だったんですね」
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