PEACE KEEPER

狐目ねつき

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High voltage

49話 魔術講士 vs 邪教徒

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「おいおい、これってもしかして……」

 漂う空気以外何もなかった筈の景色が突如として歪み、捻れていく――。
 サクリウスは、目の前で起こっているその現象に見覚えはなかった。だが既に他の団員から情報を得ていた為、すぐに理解を示す事が出来た。


「……転送術、ってヤツじゃねーの?」

 彼は任務に臨む際『どんな相手が目の前に現れようとビビることだけはしねー』と、常日頃から自分に言い聞かせ、不退転の覚悟を心に決めていた。
 たとえどれだけ不意を衝かれたとしても、どれだけ満身創痍な状態を狙われたとしても――だ。

「んー、何が出てくるかわからねーってのは結構怖えーかもな」

 しかしいざ転送術を間近で展開されてしまうと、それなりに恐怖心を煽られるものなのだな、とサクリウスは実感を覚えてしまう。

 どんな見目形の魔神が来るのか――。
 大きさは?
 特性は?
 下位か、中位か、はたまた上位か?
 と、様々な疑問が脳内で雪崩をうつ。

「オレ一人でどーにかするしかねーよなー」

 仮にここでゲート内へ逃げおおせたとしても、第二第三の転送が起こる可能性もゼロではない。
 更には『転送術はゲートの内側にも展開が可能』だと、ヴェルスミスやシングラルからは聞き及んでいた。

『ここで敵を倒さなければゼレスティア市民を危険に曝す恐れがある』と、彼は立てた観点から判断を下したのだった。

「オレが巡回任務コレを引き受けといて正解だったっつーことね。バズムントのロクでもねー采配が珍しく功を奏したなー」

 因果を呪うことをせず、それどころかこの悪しき巡り合わせを幸運だとサクリウスはポジティブに捉える。

「……新兵ガキ共にゃ手に余る相手だろーししゃーねぇか。ったく、とんだ巡回任務だな」

 嘆く言葉とは裏腹に、彼の表情は闘志に満ち溢れたものとなっていた。
 そして先程両腰にしまい込んだ短剣を再び取り出すと、構え、臨戦態勢をとる。

「さーて、鬼が出るか、蛇がでるか……」

 サクリウスのその言葉と共に、景色という名のキャンバスは裂かれ、次元の壁は開かれた――。


◇◆◇◆


 ――フルコタ市。アルセア教会、聖堂内。

「ふ不腐ふはhaはは――どうしたぁっ!?」

 剛腕から繰り出される鉄拳が、フェリィの顔面へと一直線。

「くっ――!」

 フェリィは首を傾げるようにして回避――代わりに背後の石壁が拳の餌食となり、轟音と共に砕かれる。

「先っ程かか、らっ、に逃げてばっかでで、ちちちっともっ、攻撃っし、してこないじゃっ、ないか――っ!」

 舌が絡まったかのような口調の男が壁に埋まった腕を引き抜くと、そのままの勢いでフェリィの側頭部目掛けて廻し蹴りを放つ。

「ぐっっ……!」

 フェリィは両手で杖剣の長い柄を構えて防御。
 だが遠心力をこれでもかと伝わらせたその蹴撃の威力を防ぐには敵わず、蹴りを受けた柄ごと彼女の身体は横に大きく弾かれる。

(この力……! これが人間のものなのか……!? シングラル様クラスだぞ……!)

 踵の靴底で何とかブレーキをかけ、フェリィは身体が吹き飛ばされるのを堪える。
 背後に待っていた木製の長椅子の群れには激突せずに済んだので、幸いにもダメージは無く、攻撃を受け止めた杖剣も折れることは無かった。

(くそっ……どうしたら……!)

 しかし彼女は今の攻防と同様に、先程から後手に回る防戦一方を強いられていたのだ。

「ふふ、ふFUふふ負ふ」

 嗤い、眼を血走らせた男。悠然と歩き、ゆっくりとフェリィへ向かっていく。
 石造りの壁をいとも容易く砕き、防御をしていたにも関わらず相手を軽々と弾き飛ばす威力の打撃。人間でありながら、相当な脅威を彼女へと与えた。

(こんな相手に拘束、もしくは時間を稼いでくれだなんて、エルミも随分な無茶を言ってくれるな……!)

 祭壇の側に立つ団士を横目に映し、フェリィが胸中で苦言をこぼす。

「……おや? 何か言いたげな顔をしてますねえ、フェリィ。大方、私の指示が気に食わないといった類いの内容なんでしょうけど」

 視線を気取ったエルミが、フェリィの心を見透かす。

「相変わらず人の顔色を伺うのがお得意なことで」

「ククク、職業病というヤツですかねえ?」

 薄気味悪い笑みでエルミが応えると、フェリィは大きく溜め息をつく。

「で、奴の分析は終わったのか?」

「ええ、それなんですが……」

 進捗を問いかけられると、エルミがいつになく神妙な顔付きを覗かせた。フェリィがゴクリと生唾を呑む。


「――全くもって見当がつきません。お手上げです」

「嘘でしょ……!?」

「よよ、余所見している暇ががっ……あruのかぁ――!?」

 エルミから発せられた言葉に耳を疑うフェリィ。
 その場ですっ転びそうになるのをなんとか我慢し、既に間合いを詰めていた男からの脇腹を狙った左の中段蹴りを間一髪で屈み、回避をする。

「これまでの時間稼ぎは何だったんだっ……!」

 右の膝蹴り、左ショートアッパー、右ストレート――矢継ぎ早に放たれる打撃の雨霰あめあられを、どれも寸でのところで回避をしつつ、フェリィは恨み節を壇上のエルミへとぶつける。

「"わからないことがわかった"。それだけで収穫だと思いませんか?」

「私の労苦はどうなるっ!? 結構な命懸けなんだぞっ!?」

 躱し、いなしながら、フェリィは器用に応対。
 彼女は団士では無いが、国軍全体で見ると相当な高位に属する魔術士――。
 基本を学んだ程度ではあるが、数少ない歴としたリーベ・グアルドの使い手でもあるのだ。
 いくら相手の攻撃力が人間離れしていたとしても、"規則的"の範疇を逸脱しないレベルの打撃ならば、避け続けるのは造作もない事だった。

「ククク……まあそう怒らずに聞いて下さいよ。わからないことがわかった、というのは私も法に基づいた判断を心置きなく下せる、という事です」

「――という事は?」

「"無傷での拘束"は諦めましょう。ひとまず対象を人間と見なし、器物損壊ならびに執行妨害の罪状で検挙します」

「――つまり!?」

「魔術での"攻撃"を団士権限で許可するってことですよ。但し、全治一ヶ月以内で済ませてくださいね?」

 褒美でも与えるかのよう、エルミが笑顔で指示を下す。

「――それを先に言ってくれ」

 その言葉を待っていた、と言わんばかりにフェリィが口の片端を上向かせる。
 が、そこで彼女の警戒が一瞬緩んだのか、男は不意を衝き、渾身の右ストレートを左側頭部目掛けて放つ――。

「"ペトレイド"」

 しかし、高速で向かい来る男の拳は、彼女のこめかみの寸前でピタリと止まってしまう。

「なっっにに、っ――!?」

 与えられ、接種した薬物の影響によって狂わされてしまった思考回路の中、男は驚嘆の言葉を口にする。

 確実に届くと思っていた打撃を防いだのは、硬質な石で造られたてのひらほどのサイズをした薄い盾。
 彼女は紙一重のタイミングで術を発動し、自身の足元の石床からそれを発生させていたのだった。

 だが男が驚いているのは、防がれた事に対してでは無く――。

「――おやおや? 何か言いたげな顔をしてますねえ?」

 狼狽えた様子を見せている男に向けて、フェリィはねばつくような語気で訊ねる。

「なぜ、こんな薄い石の盾を砕けないのか。とでも思っているのでしょう?」

「…………っ!」

 図星を突かれたのか、男がたじろぐ。

「愚鈍なアナタには理解も及ばないと思いますので、簡単に説明をしてあげま――」
「フェリィ、私の物真似はやめてください。聞いてて結構イライラします」

 エルミを模した口調で気前良く解説をしようとしたフェリィへ、本人がチクリと刺す。

「コホン……では改めて説明をしてや――」
「うぅっ、う、がぁああ――!!」

 小さく咳払いし、口調を戻したところで彼女は解説を再開させようとする。
 しかし男が自棄やけを起こしたのか、打撃の嵐を彼女へ向けて滅多矢鱈めったやたらに繰り出す。

「"ムルティ・ペトレイド"」

 ――しかし、どれも彼女の褐色肌には届かず。

 彼女が術を唱え、床をコツンと杖で突くだけで、夥しい数の打撃全てを先程と同様に盾で防いでみせたのだ。
 無数の小さな盾が床から現れ、彼女へ指一本触れさせることなく守るその様は、まるで石が意思を持っているかのようにも見えた。

「……おいおい、魔術講士わたしの講釈にはきちんと耳を貸さなきゃダメだぞ」

 呆れたような口調で皮肉を言うフェリィ。
 結局解説するタイミングを失ってしまったが、彼女が唱えた術自体は、実は初歩的な防御土術だったという。
 しかしながら彼女が術で模した盾は、石床に含まれる最も硬度が高い素材だけを集めて作られた代物。
 下級土術であっても、使用者の練度次第でここまで有用的にすることが可能だというのを、彼女は説明したがっていたのだ。

 が、その想いを反故にでもするかのように、男は愚直に攻撃を続ける。
 拳の皮がめくれ、血が滲んでいるというのにも関わらず、ただただ無我夢中に。

「ふう……。"ペティクトゥム"」

 溜め息をつき、やれやれとした表情で彼女は術を唱え、杖で床を二回叩く。

「――っっ!!」

 すると叩いた箇所から、男の鍛え抜かれた腕より、二回りほども太く逞しい腕を型どった石像が出現。
 フェリィは杖の先端をひょいっと動かし、相手の下腹部へと指す。
 それが目標を定める合図だったのか、石の腕は拳を固く握り締め勢い良く放たれると、男の下腹部に見事命中をする。

「がっぁっっ……!」

 重く、鈍い痛みが下腹部を中心に拡がっていく。
 息が詰まるのか、絞り出すような声で男は小さく呻き、その場へと倒れ痛みに悶える。

「"スレーベ・ペトラン"」

 フェリィは床へ這いつくばるように苦しむ男へ、手始めに拘束を敢行させようと試みた土術を、改めて唱える。
 男と密着していた床がさなぎでも形成するかのように形状を変え、首から下にかけてを覆い始める。
 そうやって身動きを封じたことで、拘束は遂に完了を示したのだった。

「ふう、こんな具合でいいのか、エルミ」

 小さく息をつき、壇上の彼へと向き直る。

「ええ。流石は魔術講士。流麗で鮮やかな手際、お見事でしたよ」

 エルミが八重歯を覗かせて笑い、黒い革のグローブを嵌めた両手を叩き、拍手。
 フェリィはブラウスの袖に付着した土埃を払いつつ、エルミが待つ壇上へと再び上がる。

「まあ、魔術を存分に使っていいのなら、これくらいお手の物だよ。それより――」
「お約束した通り、褒美のハグですよね? はいっ」

 と、謙遜の言葉を口にするフェリィを、肩から包み込むように抱きしめるエルミ。

「――ちょ、違うって!」

 フェリィは顔を赤らめ、身体を引き剥がす。

「あらら、お気に召しませんでしたか? それとも"これ以上"をお望みで?」

「それも違うんだけど……! ああもう!」

 噛み合わない会話に、彼女は歯痒さを覚える。

「ククク、冗談ですよ。ここからワインロックの捜索を続けるのか、それとも一旦退くのか、その選択ですよね?」

 少しだけずれた眼鏡をクイッと持ち上げ、フェリィが言いかけていた先を紡ぐエルミ。

「わかってたのなら最初からそう言ってくれ。独身女性をあまりからかうなよ……」

 まだ収まりのつかない頬の赤らみと胸の高鳴りを隠しつつ、フェリィが零す。

「ククク、さっきの物真似のお返しとでも言っておきましょうか。それはそうと、今の戦闘により教団の地下拠点への潜入は一層困難となってしまいました。音を聞き付けた他の信者にも恐らく気付かれてしまったでしょうし」

「……だな」

「なので、これからそこの彼の身柄を確保し、ワインロックの居場所やら教団についての仔細など、宮殿に連行してから吐かせるとしま――」
「いや、その必要は無いよ」

 エルミが決断を口にしたところで、聞き覚えのある男性の声が二人の背後から突如発せられる。

「――っ!?」

 二人は声がした方へと振り向く。するとそこには――。

「何故なら、キミ達の目的である僕はここに現れたし、彼の身柄も持ち帰ることもできない」

 ワインロック・フォーバイト。
 捜索の対象ターゲットが自ら聖堂内に姿を現し――。

「――たった今、死んだからね」

 彼の隣に立っていたのは、金髪の少女魔神。
 その足下には、捕らえた男の潰れた頭部が、無惨な姿で転がっていたのだった。
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