PEACE KEEPER

狐目ねつき

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High voltage

48話 ノースサイドでの攻防

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 ――PM13:00。ゼレスティア領、北西側に位置する街道。


 心地の良い秋風が吹く平原。
 馭者ぎょしゃが手綱を引く荷台付きの馬車が、ガラガラと音をたてて車輪を転がし、均された道を走る。
 荷台の上には、長さが綺麗にり揃えられた丸太の山が何本も積み重なっていた。

「いやあ、やはり団士様が護衛にいて下さると、"ナザロ"での伐採作業も捗ること間違いなしですなあ。お陰様で、こんな早い時間でのノルマ到達が可能になりました」

 荷台の角に腰を下ろす、白髪混じりの髭をたくわえた中年の男。
 彼が陽気な口調でそう述べると被っていた鍔の短い帽子を外し、丁度の良い塩梅で隠れていた禿げた頭を下げ、丸太の山の上に座る女性へと礼を表した。

「そんなぁ、お礼なんて良いのよ。トゥライプ製の家具は私も好きだし、こっちも役に立てて何よりだよぉ」

 愛想の良い笑顔を振り撒き、礼に対し謙遜を見せたのは、第11団士のカレリア・アネリカ。
 ポニーテールを結い上げ、背中には禍々しい装飾が剣身に施された武器、大剣バスクアルが特注のベルトにくくりつけてある。

「なんと有り難きお言葉! それでしたら、我が"ドニーク工房"に入り用の際は、是非ともお声掛けを! カレリア様には特別価格でご提供をさせて頂きますので!」

「え? いいの? 嬉しいなあ、えへへー」

 業者の提案に、カレリアが食い付き喜ぶ。

「"シェイム様"もどうです? トゥライプ製の家具に興味はおありで? カレリア様同様、特別にお安く致しますよ」

 機嫌を良くした業者の男が、荷台の隅に小さく座るもう一人の団士へと首と声を傾ける。


「――全くもって、興味ないな。置ければなんだっていい。所詮"家具"だろ」

 荷台の上に溢れていた良好な雰囲気に冷や水でも差すかのよう、敬称付きで呼ばれた男はキッパリと言い棄てた。

「そ、そうでしたか……残念です」

 瞬く間にいたたまれない表情へと変化する業者。そのやり取りをはたから眺めていたカレリアが口を挟む。

「シェイム、あんた少しは礼節ってものを弁えなさいよ。たとえ興味がないとしても、もう少し優しい言い方で断るのがスジじゃないの?」

「知るか。俺はただ、与えられた任務をこなすだけだ。依頼主への礼儀を気にするのは任務の内容に含まれていない」

「なぁに気取っちゃってんのよ。私とそんなに年齢変わんないくせにいつまでもガキくさい事ばっか言ってんじゃないわよ」

「貴様こそ年甲斐もなくキャピキャピしてるのをいい加減辞めたらどうだ? もうすぐ26になるのだろう? 見ているこちらも苦痛だぞ?」

「~~~~~~~っ!!」

 頭から湯気が出そうな程にカレリアが怒りを露わにし、座ったままの男へ殴りかかろうとする。だが庇いたてたはずの業者から宥められるという始末に――。

「……フン」

 勝ち誇るかのように、男が鼻を鳴らす。

 ハイビスカスの花弁のように真っ赤な髪色。
 感情を推し測らせるのを拒むかのような、顔の半分を覆うほどの長い前髪。
 色白の肌と細い体躯には、黒一色で統一されたコーディネートで包み、両腰に差すのは派手なデザインの鞘に納まった二本の剣。

 たった今カレリアとの口喧嘩に軍配が上がったこの男の名は、"シェイム・グリッドレス"。
 親衛士団所属、第12団士だ――。

 年齢はカレリアやジェセルの一つ下である24歳。
 性格は陰気な上に自分勝手エゴイスティックで口が悪く、多士済々な面々が集う団士の中でも、一際異色なパーソナリティーの持ち主である。
 与えられた任務に対し黙々と淡々とこなす様は、プロ意識の高さの表れでもあるが、その利己的過ぎる性格にはバズムントも匙を投げており団士でありながら陣頭指揮を任せられることは殆ど無い。

 ――活発で社交的な性格のカレリアとウマが合う筈もないのは、火を見るよりも明らかだったのだ。

(あーもう、ホンット気分悪いわ! なんでシェイムこんなヤツと一緒に任務行かなきゃならないのよっ!)

 鼻息を荒げ、憎悪に近い感情を込めた眼差しで相方をめつけながら、カレリアは憤慨する。

「…………」

 その一方でシェイムは、カレリアからの刺さるような視線に対し無視を貫く。

(早くゼレスティアに着いてくれぇ……!)

 先程までの和やかな雰囲気が一転して険悪なムードになったことによって、業者は縮こまってしまう。ゼレスティアに構える自身の工房への一刻も早い到着を胸中で待ち望んでいた。

 ――が、そんな業者の思惑に反するように、馬車を引く二頭の馬の脚がピタリと止まってしまったのだ。

「「――っ!!」」

 急停止による反動で、荷台の上に乗っていた三人は前のめりにバランスを崩してしまう。

「オイ、一体どうしたんだ!?」

 雑木林が生い茂る道のど真ん中での立ち往生。
 ずり落ちそうになった帽子を押さえつつ、男が前方で手綱を引く馭者へと慌てて問い掛けた。

「す、すまねえ! 馬共が急に怯えちまって、進んでくれねえんだ!」

 馭者席から降り、怯えすくむ馬達の傍へ駆け寄った馭者の男が、馬を落ち着かせるように撫でながらそう返した。

「なんだって急に……。クソ、ここを抜ければ北門まですぐだってのに……」

 荷台から降り、舌打ちまじりで嘆く業者の男。
 彼の言った通りこの林道を越えると、ドメイル市に面する北門とは目と鼻の先ほどの距離にまで近付くのだった。

「……もしかしたら、この先に魔物がいるのかもね」

 荷台から飛び降り、木々が生い茂る前方の道へ手を添えて凝らしするカレリア。
 シェイムもやれやれ、といった気怠そうな態度でカレリアの後に続いて降りる。

「おじちゃん。私とシェイムの二人で先導するからさ、二人で馬を引いて付いてきてよ」

「お手数をお掛けしてしまい申し訳ありません……! よろしくお願いします!」

 カレリアからの提言に、業者の男がペコペコと頭を下げる。

「さ、行くわよシェイム。アンタ索敵上手いんだし、ちゃんと先行エスコートしなさいよ?」

「ふう……面倒だが仕方がない、か」

 シェイムが小さく息を吐き、足音が聞こえないほど静かに前を歩く。
 その後に続き、用心深くキョロキョロと周囲を見渡すカレリアと、息を呑みながら恐る恐ると手綱を握り、馬と共に歩く二人の男。

 辺りには魔物はおろか、動物一匹の気配すら無いほど静寂に包まれている。
 そんな静かな林道をゆっくりと進む、四人と二頭と一台であった――。


◇◆◇◆


 ――ゼレスティア北門付近、街道沿いの平原。

「ハァ……ハァ……クソっ、なんでこんな場所にまでコイツらが居やがんだよっ……」

 荒い吐息。額に滲む血。
 門を守護するかの如く背にし、両手に短剣を構え愚痴を零しているのは、第13団士のサクリウス・カラマイト。

「キュロロロロロ――!」

 どの種類の動物にも似ても似つかない甲高く不気味な鳴き声。
 それを発しサクリウスと相対しているのは、顔――と思われる部位の約半分を占めるギョロりと大きな一つ目の下に位置する、濃い髭に覆われたくちばしのように尖った口。
 その面妖すぎる頭部に比例するかの如く、残りの部位は蛸に近い軟体生物を思わせる手首ほどの太さの茶色い触手が何本も連なり、一本一本が意思を持っているかのよう絶えず流動的に動いている。

「あと五体か……!」

 長身であるサクリウスが見上げる程の、2ヤールト大の全長を誇るその生物が五体。彼の前方に居並び、相手が先に動くのを待っているかのように機を窺っている。
 既にサクリウスが何体か駆除したお陰もあってか、異形の群れは彼を警戒しているのだ。

「キュロロロロロ――!」

 昆虫や動物などの面影が無いため、明らかに魔物ではないこの生物。
 言語は介さないが僅かな意思を持ち合わせているため、その生物が下位魔神だということをサクリウスは容易に察することができた。

(普段はゲートにゃ絶対ぜってー寄り付かねークセに……一体なんだってんだ。くそっ、コッチは急いでるっつーのに……)

 想定外の相手とタイミング。
 サクリウスは新兵達が務める予定だった巡回任務を任されていた身。
 そして彼はピリムとワインロックの消息について誰よりもいち早く懸念し、真相を究明すべく一刻も早く任務を終わらせようと意気込んでいた。
 しかし『一時間で終わらせる』という豪語空しく、こうして足止めを食らってしまっていたのだった。


「キュロロ――」
「うっせぇーんだよっっ、さっきから!」

 群れの一匹の鳴き声を遮り、瞬時にサクリウスは間合いを詰め、苛立ちをぶつけるかのように魔神の巨大な眼球に向けて短剣を穿つ――。


「#%&※∥*&っ――!?」

 ドロリとした体液混じりの青い血を噴き出すと共に、弱点である部位を刺された魔神が言葉にならない声を叫び上げる。

「雑魚っ魔神っのっクセにっ、こっのっオレのっ邪っ魔してっんじゃっ……ねえっっ――!」

 罵倒の言葉をぶつけながら、サクリウスは肘まで深々と刺さった腕をかき混るように抉る――。
 魔神は抵抗として、触手をサクリウスの首に巻き付け絞め殺そうとするが、次第に絞める力は弱まっていき、やがて絶命を迎える。

「キュロロロロロ――――っ!」

 サクリウスが腕を引き抜いたと同時に、今度は他の四体の魔神からの攻撃。
 各個体が触手を駆使し、サクリウスの四肢を絡めとる――。

「くっ――!」

 手足が拘束され、動きを封じられたサクリウス。
 力尽くで解こうとするも、幾重にも巻き付かれた触手からの脱出は容易ではなかった。

(チッ、めんどくせー! 一気に焼き切るか……!)

「"チャージ・ヴァルト"っ!」

 身体の内に流れる微弱な生体電流がマナによって練り上げられ、黄白色の雷となってサクリウスの全身を纏い流れる――。

「「~~~~~~っっ!!?」」

 高電圧の雷が巻き付いた触手を伝い、魔神四体の全身を一瞬にして駆け巡らせた――が。

「マジかよ……! これでも離さねーの!?」

 サクリウスが驚嘆する。
 触手が四肢を締め付ける力は確かに弱まったが、魔神は一瞬の怯みを見せた程度で致命傷には至らず。
 四体同時に焼き切るには電圧が足りなかったようだ。

(くそ……マナを多く消費するからこの術だけは使いたく無かったが……しゃーねえ、やるか!)

 致し方ないと判断した彼は、更にマナを集中させ――。

「――"ハイ・ヴァルテックス"!」

 途端、サクリウスの全身が眩い白色に発光。
 直視するのが困難なほどの強い閃光を放ち、破裂したかのようなけたたましい音と共に、魔神四体の全身をあっという間に黒焦げにしてみせたのだ――。


 四面楚歌の状態だったサクリウスの周りには、原型を留めない程に焼け焦げた黒い塊のような物体が転がる。
 やがてその亡骸は無色透明のエネルギーであるマナへ、サラサラと砂埃のように変化していき、大気へと還っていったのだった。

「……ふう。とりあえずは、巡回任務終了――だな」

 一息をつき、乱れた服装を整え、二降りの短剣を腰帯ベルトにしまいこむサクリウス。
 次に髪を直そうと、後頭部で結っていたヘアゴムに触れようとしたが――。

「あちゃー、やっぱ"こう"なるか……」

 落胆の言葉を漏らすサクリウスのその頭は、静電気で持ち上げたかのように全ての頭髪が逆立っていたのだった。

「あの術使うと毎回こーなるの勘弁してほしーよなぁ」

 逆立つ銀髪を両手で寝かせようと試みるが、髪そのものに不屈の精神でも宿っているかのような根強さが備わっていたため、毛の逆立ちを収めることは出来ず。

「あー、こりゃとりあえず帰還して頭洗うしかねーな」

 大人しく諦め、サクリウスは北門の方面へと歩を進める。

(結局二時間近くかかっちまった……。しかし魔神がこんなゲート近くにまで来た事って、ここ何年かであったか……?)

 歩きながらサクリウスは考え、記憶を遡らせる。
 しかしどれだけ頭を捻らせても思い浮かぶことは出来ず。
 少なくとも、自身が軍に仕え始めてからは無い、と確信する。

(まあ、魔神の件コッチは追々バズムント辺りに相談してみっか……。今、優先しなきゃいけねーのは……)

『――ピリム・ネスロイドとワインの方だもんな』

 と、脳内で呟こうとしたサクリウスの眼前。
ゲートを取り囲むように造られた水堀と、彼との丁度中間に位置する空間が、突如として歪み、捻れ始めたのだ――。
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