PEACE KEEPER

狐目ねつき

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Beauty fool monster

78話 馴れ初め

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「クソッ――!」

 石材の破片が山のように積もったその中から、毒づく声と共に少女の細い素足が勢い良く飛び出す。
 常人であれば圧死、あるいは窒息死するであろう瓦礫の中から苦もなく生還したのは、クィンだった。

(チッ、とんだ邪魔が入ったな……。あの女、許さんぞ……!)

 自身を生き埋め状態にした張本人であるフェリィへと、クィンは怒りを滾らせる。そして水を浴びた獣かの如く、身体を一瞬だけ震わせて上半身に付着した砂と埃を弾いてみせた。

「……っ」

 頭上を見上げると、フェリィが唱えた土術によって天井の一部が無くなっていた。
 青天が顔を覗かせ、巻き上がる埃と土煙で透かされた陽光が聖堂内を射し、少女は若干の眩しさに目を細めた。

(そろそろトリーが迎えに来る頃だ。さっさとケリをつけなければな……)

 太陽の傾いた位置で、おおよその時刻を把握。これ以上悪足掻きに付き合っている暇はない、とクィンは悟った。

(“土使い”のあの女は既にマナエネルギー切れなハズ。となると残るはあの“光使い”の女だけ……)

 怒りを滾らせながらも冷静に戦況を分析したクィンは、ジェセルとフェリィが居るであろう位置へ向かって歩み、瓦礫の上を往く。
 周囲は未だ煙幕のように土埃がたち込めており、不鮮明な景色が少女の目に映る。

光使いヤツの技はもう見切った、問題なく殺れる。まあ、逃げてなければいいがな……)

 “獲物の逃走”という僅かな憂慮を抱えつつ、クィンは悠然と歩を進める。次第に視界は晴れていき、その赤い双眸に人影がぼんやりと映り始めた。

(どうやら逃げてはいなかったようだな、ハラでも決めたか…………っ!?)

 と、そこでクィンは異変に気付く。

(あれは……)

 人影が二つ、並んで立っていた。
 その内の一人はジェセルのものだろう。クィンが妙だと思ったのは、もう一つの人影がやけに大きい事だった。どう見てもフェリィのものではなかったのだ。

(…………)

 だが疑問に思いながらも、クィンは前を進む。そして視界を覆っていた砂埃が完全に晴れたところで、人影がようやく鮮明に映る。

「……どういうことだ?」

 視界が晴れても、少女の怪訝が晴れることはなかった。

「ヤツは、死んだハズじゃ……」

 ジェセルの隣には殺したはずのアダマスが、相変わらずの不敵な笑みを携えて立っていたのだ――。


◇◆◇◆


 ――八年前。
 ゼレスティア国立刑務所内。とある独房。

 薄暗く、若干の湿気を伴った、硬質な石壁に囲まれた空間。灯飾の類いは一切設置されてなく、入り口を挟むようにして両側に置かれた燭台が、僅かに部屋を照らすのみ。
 閉ざされた鉄格子の奥には、房内にて最低限の生活をするために用立てられたベッドや簡易便所が質素に置かれていた。
 格子内の広さは一般家庭のバスルームよりもやや広い程度で、とても狭い。そのあまりの窮屈さから発狂してしまった者も、これまでの受刑者の中には居たという。
 そんな狭い房内にて、一人の男が鋼鉄製の頑丈な手枷を嵌め、収監されていた。

 潤いのないきしみきった長い黒褐色の総髪に、常に怒りを露わにしているかのような皺の寄った形相。
 袖を通した囚人服は最も大きいサイズのものでありながら、閉じ込めた筋骨の逞しさによって今にもはち切れんばかりとなっていた。

 男の名は、アダマス。
 通称――“戦闘狂”。

 かつて起こったガストニアとの紛争の際、彼は最も多くの敵を討ち取った男として一躍名を馳せた。
 その戦いぶりは凄まじく、裸一貫同然の装備で戦線の最前線へと誰よりも早く赴き、数々の猛者が揃うガストニア騎士達を己の手足のみで次々となぎ倒していったという。

 ガストニアとの争いには、当然ヴェルスミスやシングラルも戦線へと投入されていた。彼らも八面六臂の働きぶりを披露していたのだが、それでもアダマスが挙げた戦果には及ばなかったとか。

 当時のアダマスはまだ二十代前半と若い。
 しかしその“無双”の二文字にふさわしき活躍。 
 戦争が終結した暁には彼が次代の国軍のトップを担うと、肩を並べて戦った誰しもがそう思っていたという。

 歴史上、ピースキーパー家以外の者がゼレスティア軍のトップの座に就くのは未だかつて例を見なかった。
 そんな永きに渡る伝統と歴史が遂に塗り替えられるかに思われたが、戦争が終結を迎え始めた頃に起きた『とある事件』をきっかけに、彼の名声は瞬く間に地へと叩き落されてしまう。

 ――結果、彼はではなくとして国から断ぜられ、敢えなく獄中へと投じられてしまったのだ。
 








 ――どことなく漂うカビ臭さと静寂が、独房内を包む。
 そんな中、根を生やしたかのように石畳の上へ胡座をかいていたアダマス。
 彼は、一般的な体躯の人間ですら狭いと文句を垂れる独房に巨躯で身を置きながらも、窮屈さに辟易する事もなく至って普通に生活を続けていた。

『…………』

 胡座をかいた姿勢で身体はぴくりとも動かさず、瞑想の如く目は閉じたまま。食事を摂る時以外、彼はこの状態のまま微動だにしなかったという。
 睡眠の際ですらこの体勢を維持していたらしく、おかげで彼のベッドのシーツにはシワ一つ付いていなかったとか。

 ――アダマスが犯した罪に対する判決は、終身刑。
 服役して既に数年もの月日が経過していたが、彼はとうに生きる気力を失くしてしまい、こうして植物の如き日々を静かに過ごしていたのだ。



『…………!』

 閉じていた瞼をぴくりと持ち上げる。
 直後に格子の奥に構えられた、錆がところどころに浮いた鉄扉がゆっくりと開かれた。
 彼は、扉の先の気配を察知していたのだ。

『なんだ起きてたのか』

 しゃがれた声が床に座すアダマスの耳へと。
 廊下の照明による逆光と共に現れたのは、中年の看守だった。

『……ああ、昼食はさっき済ませた筈だが?』

 元々悪相が目立つ顔立ちだが、眩しさによって更に恐怖感を煽られるような相貌になったアダマスが看守に問う。

『んなことは知っている。さっき突然お前に会いたいという面会人が現れてな。それでここまで連れてきたってだけだ』

『面会だと? この俺に、か?』

 彼は幼い頃から身寄りなど居ない、天涯孤独の身。
 姓名もなく、自らで名付けたアダマスという唯一の名も、軍へと入隊する際に適当に繕ったものだった。
 収監されて早二年――これまで一度たりとも面会に訪れた人物はいない。
 当然、会いに来たという面会人に心当たりなどある筈がなかった。

『……お嬢ちゃん、相手は敵問わずに兵を殺しまくった凶悪犯。手枷を嵌めているとは言え何をするか分からんヤツだ。無闇に近付いたり、刺激するような事を言わないよう充分に用心をしてくれよ?』

 看守は入り口を塞いでいた身体を退けると、廊下にいるであろう面会人へと注意事項を告げた。

『はい、分かっています。面会時間は五分、でしたよね?』

『うむ、そうだな。じゃあ入ってくれ。俺はここで見張っているから、何か少しでもヤツにおかしな動きがあれば、すぐに声を掛けてくれよ?』

『わかりました、ありがとうございます』

 小川のせせらぎのように静かな、透き通った女性の声が丁寧に礼を言うと、その声の主が躊躇う素振りも見せずにすっと室内へと姿を現した。

『…………』


 ――とても、大人びた娘だった。

 年の頃は、十六から十八といったところか。若干の幼さを容姿にまだ残している。
 真っ先に視線の焦点が向かった先は、絶妙なサイズとバランスで配置された目と鼻と口。思わず見入ってしまうほどに美しいその顔立ちは、熟練の造形士が手掛けた作品かのよう。
 加えて生糸のように繊細でありながらも、一本一本に確かな芯が通ってそうな艶やかな長い黒髪。
 均整のとれた手足の長さ。そして育ちの良さが所作に表れた、気品溢れる歩き姿。

 完璧。それしか言い様が無いほどの美少女が、鉄格子越しに立っていたのだ。


『初めまして、私はジェセル・ザビッツァ。早速だけどアダマス。私とする気、無いかしら?』

『ああ……何だ、お前?』


 ――この瞬間が、のちに夫婦めおととなる二人の最初の出会いであった。
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