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Beauty fool monster
79話 欲求と目的
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アダマスとジェセルが出会う、数ヶ月前――ドメイル市南部、国立図書館、館内。
そこかしこから本のページをめくる音が聴こえ、雰囲気を生み出している物静かな空間。
学術士を志す卒業間近の学士や、一日中入り浸り書物を読み漁っている典型的な本の虫など、様々な利用者が館内には訪れていた。
そんな中一つのデスクに着き、分厚くぼろぼろに擦り切れた魔導書を広げている一人の少女がいた。
『“祀るは神々。隔てるは悪なり――』
開いたページの左には、聖典に記されているかのような重々しい句が古代文字で書かれていた。その羅列された文字群を少女は、ゆっくりと目で追い口にしている。
『――自らへ祝福を。顕現せし、煌めきの化身”』
そして右のページには、マナが込められた特殊なインクを利用した“魔筆”という、魔女族が記したとされている奇妙な紋様が円を形取っている。
少女はその円の中央へ掌を翳し、目を閉じる。読み上げ終えたその句から、情景を思い浮かべるよう脳内にてマナを練って術の姿をイメージ。
想像し、練り上げた力がその術本来のマナの使用量ぴったりに合わさった時こそが、術の会得の完了となるのだった。
『ふう……これで今日は二つ目、と。後で使えるようになったか確かめないと……』
閉じていた瞼を開き、集中力を極限まで高めたことによって滲み出た額の汗を拭う少女。
少女の名はジェセル・ザビッツァ。
ゼレスティア軍に所属する、十七歳の若き光術士だ。
当時の彼女は週に一度の休日を利用してこの国立図書館に足を運び、魔導書を読み耽り、こうして新たな術を会得しようと閉館ぎりぎりまで熱心に励んでいた。
『もー、ジェスぅ。早く行こうよぉ? 合コンはじまっちゃうよ?』
そのジェセルが座る隣の席。椅子ではなく机に腰を置き、浮いた両足をぷらぷらと動かす同年齢の少女。
急かす声を発すると共にうんざりとした様子を覗かせていたのは、友人のカレリア・アネリカだった。
この頃の彼女はオレンジカラーの長いストレートヘアーを靡かせ、服装も身体のラインがはっきりとシルエットに映るようなタイトな服を好んで着るなど、現在とは雰囲気の異なる容姿となっていた。
『……カレリア。合コンとやらを約束しているのが当たり前のようにアナタ言うけどね。私、“行く”なんて一言も言ってないわよ』
『ええ~? ジェスが来るから参加してくれるっていう男のコもいるんだよ? このままじゃ“約束が違う”って幹事の私が怒られちゃうの! せめて顔だけでも出してよぉ、ね? お願い!』
カレリアは両手を合わせ、神に命運でも託すかのように頼み込む。
『私のことを勝手に参加させようとしたアナタの責任じゃない! 私は忙しいの。一人で行ってきなさいよ』
正論を用いて、ジェセルは突っぱねた。
それを受けたカレリアは、ぶすっと膨れ顔を覗かせ腰を下ろしていた机から勢い良く飛び降りた。
『……ふん、じゃあいいもん! 私一人で行ってくるもん! ジェセルが羨むくらいのめっちゃくちゃイケメンなカレシ作ってきてやるんだから!』
そして後ろ髪を引こうとするような捨て台詞を投げ掛けると共に、早歩きで図書館を後にして行ったのだ。
『……ご自由に。武運を祈っているわ』
惜しむ気もなく、既に背中も見えなくなったカレリアへ、ジェセルがぼそりと独りごちる。
学士の頃の時分から、清廉潔白にして品行方正な振る舞い。群を抜いた光術の成績の良さとその美しい容姿から、同修生の間では『聖女』とすら呼び称えられていたジェセル。
当たり前に魅力的で、同年代の男学士はもちろんのこと、道行く人々ですらもすれ違っただけで彼女の虜となってしまう程だという。
だがジェセルのこれまでの人生に於いて、恋人という存在など居た試しが無く、特定の誰かに恋心を抱くといった経験すらも無かった。
それもそのはず彼女は生まれつき、年頃の少年少女が健全に抱くような恋愛的・性的な欲求が大きく欠如していたからであった。
(カレリアは私に気遣って色々誘ってくれたりするけどね……“異性を好きになる“って気持ちが私にはわからないのよ)
そんな自身の感覚が他人とは明らかに異なるというのを、彼女は自覚していた。
しかしだからといって焦りはせず、ただひたすら己の邁進にのみ心血を注ぐのが、当時のジェセル・ザビッツァの生き方だったのだ。
(そもそも人と付き合うって……なに? なんのメリットがあって他人と関係を結ばなければいけないの? 私のお父様とお母様が結婚したのも貴族同士の政略的な結婚だって聞いてたわ。そういう行為だって、子孫を残すために……なのよね? 私も目的が無い限りは誰とも関係を持つ気なんて起きないわよ……)
ページをぱらぱらとめくりながら、彼女は自身の恋愛に対する価値観について思いを巡らす。
しかし結局いくら考えたところで理解などできるはずもなく、いつも同じ結論に行き当たるだけ。
当分の間は、誰かと結ばれる機会なんて訪れないのだろう。彼女もそう諦め、若くして既に悟りきっていた。
(……さ、そんなことより、今の私に必要なことをしなくては……ね)
そう気を取り直し、ジェセルは机の上に広がったままの魔導書へと集中を凝らす。
次はどんな術を会得しようかと、ページをめくる手を再び動かし始めたが、彼女はある一つの奇妙なページに思わず目を留めてしまう。
(……なによこのページ……真っ黒じゃない)
見開いたそのページは、まず一面が黒で塗り潰されてあり両側のページに一つずつ、手の平大のサイズの円が白のインクの魔筆にて描かれていたのだ。
(円が……二つ?)
本来、魔導書の見開いたページには右側のみに手を翳す円が描かれ、左のページに術を表した“魔導句”が記されているのが基本とされている。
左右に円が配されたページなど、幾多の魔導書を散々と読み漁ってきたジェセルも初めて目にするものだった。
(一体どんな術のページなのかしら……。魔導句が一言も記されていないなんて……)
そう不思議に思いながらも、ジェセルはくまなくページを観察する。
すると、右のページの下部――円の右下に位置する箇所に、同じく白の魔筆にて小さく何かが記されていることに気付く。
目で追い、その文字列を呟くよう口にする――。
『“愛し合う二人に、永遠の誓いを”』
(…………)
一言で片付けるのであれば、謎である。
真っ黒に塗り潰されたページ。本来一つであるはずの円が二つ。そして極めつけがたった今発した、古代文字ではなく現代の文字にて記された、魔導句なのかも疑わしいその短い語句。
手の込んだ悪戯だと、普通ならそう察するだろう。
しかし書かれたそれら全てが魔筆にて記されていたのが、違和感と妙な信憑性を生み出していたのだった。
だがジェセルにとってそんな疑問など、無意識の内に既に『些細なもの』だと断じ、頭の片隅にも残されていなかったのだ。
ページの右下に記されていた、何らかのメッセージのようなその言葉。
隠されているであろう意図を自分なりに読み取り、解釈をした彼女は、ある一つの希望へと辿り着く。
(見付けた……これだわ……!)
◇◆◇◆
――18時を報せる鐘が鳴った直後。
――ドメイル市第2地区、通称“ミレイノ”。
街中に散りばめられた、色とりどりのきらびやかな灯飾。
昼夜を問わず、ガヤガヤとした喧騒。
どこからともなく漂ってくる、淹れたての紅茶のような華やかな街の香り。
主に十代後半から二十代後半までの多くの男女が、飲み歩きや食べ歩きに利用している、国内で最も栄えた繁華街となる。
往来に構えられる飲食店は安価な立ち飲み屋から高級なバルまで、何でも選り取り見取りといった状態だ。
だがひとたび裏道にでも足を踏み誤りでもすれば、いかがわしさ満点の飲み屋や、一度の来店でその月の収入を全て支払わされるほどの高級な娼館が建てられた通りにも繋がるという。
そんな妖しげな雰囲気すらも魅力の内の一つとして加味されているのがここ、“ミレイノ”なのだ。
『あ、カレリアやっと来た~。幹事のくせに遅いぞー!』
第1地区と第2地区の境目となる位置にある、人が絶えず行き交っている広場。中央につくられた小さな人工池の底面には青と赤の灯飾が敷き詰められ、噴水から流れ出る水を照らし、彩っている。
池を目印としたこの広場こそが、若者達の間で待ち合わせ場所として多く利用されている場だという。
『ごめんごめん、ちょっと急な仕事が入ってさ~、今終わらせてきたばっかりなのよぉ』
既に集まっていた男女数名の内の、プライベートで親しくしている一人の少女に対して、カレリアが嘘を交えた言い訳を用いて謝る。
『そっかあ、やっぱり軍人って毎日忙しいものなの?』
『そうなのよお、ぴえん』
『まあ仕方ないよねえ、気にしないでよ。と、後はジェセルが来れば全員揃うわね』
『あ、その事……なんだけどさぁ……』
カレリアはその件に関してもう一度謝らなければと思い、若干の言いづらさを含ませ口にしようとする。
しかし――。
『――あ、ジェセルもきたきた!』
会話をしていた友人が、カレリアの背後に現れた人物を視界に入れ、その名を唐突に呼んだのだ。
(えっ……!?)
耳を疑い、自らが来た方向へと反射的に振り向くカレリア。
『あら、待たせちゃってたみたいね』
そこには、来るはずのないと思っていた少女。
ジェセル・ザビッツァが悠々とした歩き姿で、こちらへと向かってくるのであった。
『うお、めっちゃカワイイ……!』
『あれがウワサの聖女か……』
『うわあ……人形みてえ』
既に集まっていた男性側の三人が、かねてより存在が噂されていた“聖女”の姿を見るや否や、口々に感想を漏らしている。
『ちょっとジェセル……! 確か来ないって……!』
本来であれば喜ばしいことなのだが、どうにも違和感が拭い切れなかったカレリアはジェセルへと近付き、小声で問い出す。
『気が変わっただけよ。さっきはごめんね、カレリア』
聞いているだけで安心感が与えられるような、耳心地の良い穏やかな声色。
しかしその目は少しも笑っていなく、真に迫るような強い意志がこもっているように窺える。
とてもじゃないが、浮ついたイベントにこれから参加するような貌ではなかった。
(何かいやーな予感がするけど……ま、いっか。ジェスが来てくれたし)
懸念はあったが当時のカレリアもまた、現在とは違い軍人でありながらも遊びたい盛りの若き乙女でしかない。親友の出席へ、短絡的に喜びを馳せてしまうのであった。
『…………』
この時の心境について、のちにジェセルはこう語っていたという。
――最初はただ、理由が欲しかっただけ。
――私だって、焦る気持ちがないと言えば嘘になる。
――だから私は、“選び”にきたの。
――私と愛し合ってくれる、相手を。
そこかしこから本のページをめくる音が聴こえ、雰囲気を生み出している物静かな空間。
学術士を志す卒業間近の学士や、一日中入り浸り書物を読み漁っている典型的な本の虫など、様々な利用者が館内には訪れていた。
そんな中一つのデスクに着き、分厚くぼろぼろに擦り切れた魔導書を広げている一人の少女がいた。
『“祀るは神々。隔てるは悪なり――』
開いたページの左には、聖典に記されているかのような重々しい句が古代文字で書かれていた。その羅列された文字群を少女は、ゆっくりと目で追い口にしている。
『――自らへ祝福を。顕現せし、煌めきの化身”』
そして右のページには、マナが込められた特殊なインクを利用した“魔筆”という、魔女族が記したとされている奇妙な紋様が円を形取っている。
少女はその円の中央へ掌を翳し、目を閉じる。読み上げ終えたその句から、情景を思い浮かべるよう脳内にてマナを練って術の姿をイメージ。
想像し、練り上げた力がその術本来のマナの使用量ぴったりに合わさった時こそが、術の会得の完了となるのだった。
『ふう……これで今日は二つ目、と。後で使えるようになったか確かめないと……』
閉じていた瞼を開き、集中力を極限まで高めたことによって滲み出た額の汗を拭う少女。
少女の名はジェセル・ザビッツァ。
ゼレスティア軍に所属する、十七歳の若き光術士だ。
当時の彼女は週に一度の休日を利用してこの国立図書館に足を運び、魔導書を読み耽り、こうして新たな術を会得しようと閉館ぎりぎりまで熱心に励んでいた。
『もー、ジェスぅ。早く行こうよぉ? 合コンはじまっちゃうよ?』
そのジェセルが座る隣の席。椅子ではなく机に腰を置き、浮いた両足をぷらぷらと動かす同年齢の少女。
急かす声を発すると共にうんざりとした様子を覗かせていたのは、友人のカレリア・アネリカだった。
この頃の彼女はオレンジカラーの長いストレートヘアーを靡かせ、服装も身体のラインがはっきりとシルエットに映るようなタイトな服を好んで着るなど、現在とは雰囲気の異なる容姿となっていた。
『……カレリア。合コンとやらを約束しているのが当たり前のようにアナタ言うけどね。私、“行く”なんて一言も言ってないわよ』
『ええ~? ジェスが来るから参加してくれるっていう男のコもいるんだよ? このままじゃ“約束が違う”って幹事の私が怒られちゃうの! せめて顔だけでも出してよぉ、ね? お願い!』
カレリアは両手を合わせ、神に命運でも託すかのように頼み込む。
『私のことを勝手に参加させようとしたアナタの責任じゃない! 私は忙しいの。一人で行ってきなさいよ』
正論を用いて、ジェセルは突っぱねた。
それを受けたカレリアは、ぶすっと膨れ顔を覗かせ腰を下ろしていた机から勢い良く飛び降りた。
『……ふん、じゃあいいもん! 私一人で行ってくるもん! ジェセルが羨むくらいのめっちゃくちゃイケメンなカレシ作ってきてやるんだから!』
そして後ろ髪を引こうとするような捨て台詞を投げ掛けると共に、早歩きで図書館を後にして行ったのだ。
『……ご自由に。武運を祈っているわ』
惜しむ気もなく、既に背中も見えなくなったカレリアへ、ジェセルがぼそりと独りごちる。
学士の頃の時分から、清廉潔白にして品行方正な振る舞い。群を抜いた光術の成績の良さとその美しい容姿から、同修生の間では『聖女』とすら呼び称えられていたジェセル。
当たり前に魅力的で、同年代の男学士はもちろんのこと、道行く人々ですらもすれ違っただけで彼女の虜となってしまう程だという。
だがジェセルのこれまでの人生に於いて、恋人という存在など居た試しが無く、特定の誰かに恋心を抱くといった経験すらも無かった。
それもそのはず彼女は生まれつき、年頃の少年少女が健全に抱くような恋愛的・性的な欲求が大きく欠如していたからであった。
(カレリアは私に気遣って色々誘ってくれたりするけどね……“異性を好きになる“って気持ちが私にはわからないのよ)
そんな自身の感覚が他人とは明らかに異なるというのを、彼女は自覚していた。
しかしだからといって焦りはせず、ただひたすら己の邁進にのみ心血を注ぐのが、当時のジェセル・ザビッツァの生き方だったのだ。
(そもそも人と付き合うって……なに? なんのメリットがあって他人と関係を結ばなければいけないの? 私のお父様とお母様が結婚したのも貴族同士の政略的な結婚だって聞いてたわ。そういう行為だって、子孫を残すために……なのよね? 私も目的が無い限りは誰とも関係を持つ気なんて起きないわよ……)
ページをぱらぱらとめくりながら、彼女は自身の恋愛に対する価値観について思いを巡らす。
しかし結局いくら考えたところで理解などできるはずもなく、いつも同じ結論に行き当たるだけ。
当分の間は、誰かと結ばれる機会なんて訪れないのだろう。彼女もそう諦め、若くして既に悟りきっていた。
(……さ、そんなことより、今の私に必要なことをしなくては……ね)
そう気を取り直し、ジェセルは机の上に広がったままの魔導書へと集中を凝らす。
次はどんな術を会得しようかと、ページをめくる手を再び動かし始めたが、彼女はある一つの奇妙なページに思わず目を留めてしまう。
(……なによこのページ……真っ黒じゃない)
見開いたそのページは、まず一面が黒で塗り潰されてあり両側のページに一つずつ、手の平大のサイズの円が白のインクの魔筆にて描かれていたのだ。
(円が……二つ?)
本来、魔導書の見開いたページには右側のみに手を翳す円が描かれ、左のページに術を表した“魔導句”が記されているのが基本とされている。
左右に円が配されたページなど、幾多の魔導書を散々と読み漁ってきたジェセルも初めて目にするものだった。
(一体どんな術のページなのかしら……。魔導句が一言も記されていないなんて……)
そう不思議に思いながらも、ジェセルはくまなくページを観察する。
すると、右のページの下部――円の右下に位置する箇所に、同じく白の魔筆にて小さく何かが記されていることに気付く。
目で追い、その文字列を呟くよう口にする――。
『“愛し合う二人に、永遠の誓いを”』
(…………)
一言で片付けるのであれば、謎である。
真っ黒に塗り潰されたページ。本来一つであるはずの円が二つ。そして極めつけがたった今発した、古代文字ではなく現代の文字にて記された、魔導句なのかも疑わしいその短い語句。
手の込んだ悪戯だと、普通ならそう察するだろう。
しかし書かれたそれら全てが魔筆にて記されていたのが、違和感と妙な信憑性を生み出していたのだった。
だがジェセルにとってそんな疑問など、無意識の内に既に『些細なもの』だと断じ、頭の片隅にも残されていなかったのだ。
ページの右下に記されていた、何らかのメッセージのようなその言葉。
隠されているであろう意図を自分なりに読み取り、解釈をした彼女は、ある一つの希望へと辿り着く。
(見付けた……これだわ……!)
◇◆◇◆
――18時を報せる鐘が鳴った直後。
――ドメイル市第2地区、通称“ミレイノ”。
街中に散りばめられた、色とりどりのきらびやかな灯飾。
昼夜を問わず、ガヤガヤとした喧騒。
どこからともなく漂ってくる、淹れたての紅茶のような華やかな街の香り。
主に十代後半から二十代後半までの多くの男女が、飲み歩きや食べ歩きに利用している、国内で最も栄えた繁華街となる。
往来に構えられる飲食店は安価な立ち飲み屋から高級なバルまで、何でも選り取り見取りといった状態だ。
だがひとたび裏道にでも足を踏み誤りでもすれば、いかがわしさ満点の飲み屋や、一度の来店でその月の収入を全て支払わされるほどの高級な娼館が建てられた通りにも繋がるという。
そんな妖しげな雰囲気すらも魅力の内の一つとして加味されているのがここ、“ミレイノ”なのだ。
『あ、カレリアやっと来た~。幹事のくせに遅いぞー!』
第1地区と第2地区の境目となる位置にある、人が絶えず行き交っている広場。中央につくられた小さな人工池の底面には青と赤の灯飾が敷き詰められ、噴水から流れ出る水を照らし、彩っている。
池を目印としたこの広場こそが、若者達の間で待ち合わせ場所として多く利用されている場だという。
『ごめんごめん、ちょっと急な仕事が入ってさ~、今終わらせてきたばっかりなのよぉ』
既に集まっていた男女数名の内の、プライベートで親しくしている一人の少女に対して、カレリアが嘘を交えた言い訳を用いて謝る。
『そっかあ、やっぱり軍人って毎日忙しいものなの?』
『そうなのよお、ぴえん』
『まあ仕方ないよねえ、気にしないでよ。と、後はジェセルが来れば全員揃うわね』
『あ、その事……なんだけどさぁ……』
カレリアはその件に関してもう一度謝らなければと思い、若干の言いづらさを含ませ口にしようとする。
しかし――。
『――あ、ジェセルもきたきた!』
会話をしていた友人が、カレリアの背後に現れた人物を視界に入れ、その名を唐突に呼んだのだ。
(えっ……!?)
耳を疑い、自らが来た方向へと反射的に振り向くカレリア。
『あら、待たせちゃってたみたいね』
そこには、来るはずのないと思っていた少女。
ジェセル・ザビッツァが悠々とした歩き姿で、こちらへと向かってくるのであった。
『うお、めっちゃカワイイ……!』
『あれがウワサの聖女か……』
『うわあ……人形みてえ』
既に集まっていた男性側の三人が、かねてより存在が噂されていた“聖女”の姿を見るや否や、口々に感想を漏らしている。
『ちょっとジェセル……! 確か来ないって……!』
本来であれば喜ばしいことなのだが、どうにも違和感が拭い切れなかったカレリアはジェセルへと近付き、小声で問い出す。
『気が変わっただけよ。さっきはごめんね、カレリア』
聞いているだけで安心感が与えられるような、耳心地の良い穏やかな声色。
しかしその目は少しも笑っていなく、真に迫るような強い意志がこもっているように窺える。
とてもじゃないが、浮ついたイベントにこれから参加するような貌ではなかった。
(何かいやーな予感がするけど……ま、いっか。ジェスが来てくれたし)
懸念はあったが当時のカレリアもまた、現在とは違い軍人でありながらも遊びたい盛りの若き乙女でしかない。親友の出席へ、短絡的に喜びを馳せてしまうのであった。
『…………』
この時の心境について、のちにジェセルはこう語っていたという。
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