PEACE KEEPER

狐目ねつき

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Beauty fool monster

82話 真実と嘘

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『――お初にお目にかかります、アダマスさん。ピエルミレ・リプスと申します。エルミと呼んで下さい』

『…………』

 略称と併せてエルミが自己紹介をしたが、アダマスはジェセルと初めて顔を合わせた時と同様、沈黙に徹している。

『挨拶くらい返して欲しいものですねえ。それとも独房ここでの生活が長すぎて他人とのコミュニケーションの仕方も忘れてしまいましたか? ククク……』

 小馬鹿にしたように、エルミが喉を鳴らしてあざけ笑う。
 丁寧な言葉遣いではあるが、人の心に土足で踏み入ったようなエルミのその言動は、早くも悪い印象をアダマスへと植え付けていた。

『エルミさん……失礼の無いように接してください』

 頭痛を我慢でもしているかのような険しい表情で、ジェセルが嗜めた。

『ええ、わかっていますよ。ほんのスキンシップというやつです。これくらいの冗談を言い合える仲になった方が今後、お互いにやりやすいでしょう? ねえ、アダマスさん?』

『……特に気にしてなどいない、ああ』

『ホラ、ね?』

 返答を受けたエルミは唇の端を上向かせ、口元から八重歯を覗かせる。

『……ふう。いきなり驚かせちゃってごめんなさい。本当はもう少し話を煮詰めてからココへ呼ぶつもりだったんだけど、エルミさんがアナタと一度会ってみたいって言ってたから……』

 ジェセルは溜め息を一つだけついてアダマスに向けて謝ると、エルミをここまで連れてきた理由について話した。

『そうなのですよお。あのガストニアとの戦乱において無双の如き活躍を披露し勇名を馳せた伝説の戦闘狂に、私どうしても一度お会いしたくて……彼女に無理を言ってここまで付いて来たのです』

 わざとらしさが多分に含まれた世辞と共に、エルミが説明を付け加えた。

『……まあ、いい。ここへ連れてきたって事は、ああ。ソイツの力が必要なんだろう?』

 だがアダマスは称賛に対し喜ぶどころか、一瞥すらせずにジェセルへと尋ねる。

『ええ、そうよ。彼はアナタが収監されてからゼレスティア軍に籍を移した心療士で、今は潜入や尋問など諜報関連の任務に就く事が多いわ。今回私が彼を頼ったのは、彼にアナタの弁護人となってもらうのと、軍の上層部へ無実を証明させるための嘆願文の作成と提出を任せているの』

『……そうか、ああ』

 合点はいったが、どこか釈然としない様子のアダマス。信頼の置けるジェセルが推した人物ということで、エルミのその能力に疑いの余地は無いのだろう。
 だが、性格的に相容ることの出来なさそうな相手と組むというのに、若干の抵抗はあったようだ。

『本当は私がその役目を務めたかったんだけど……ね。でもただの光術士でしかない私よりも、裁士・・の資格を持っている彼に任せた方が、アナタがここを出られる確率は格段に上がるハズよ』

 ばつが悪そうにしつつも、ジェセルが確信を以て考えを述べる。
 彼女が口に出した“裁士さいし”とは、ゼレスティアにて定められた民法や刑法といった数ある法律の全てを学に修め、年に一度行われる試験に合格をした者へ授けられる資格を指す。
 法務に携わる職に就こうとする場合、この資格の取得は絶対条件となっていた。だが、気の遠くなるほどの時間と限りのない努力を履修に費やさなければ、取得は困難と謂れている。
 国内を見渡しても、五十に満たないほどの人数しか資格を保持している者が居ないというのが、取得の難易度の高さを物語らせていた。

 そして、元は一介の心療士でしかない身分でありながら、エルミは裁士の資格の持ち主であったのだ。
 ジェセルは自らが行うよりも彼にアダマスを弁護させた方が、軍の上層部への説得に際して“証言に真実味を帯びさせる事ができる”と思い至り、エルミを頼ったのだった。


『――それで、一体どういう証言で俺を庇い立てるつもりなんだ? ああ』

 前日は聞きそびれてしまったが、同様の話の切り出しで改めて、アダマスは説明を具体的に求めた。

『ええ、それは――』
『ジェセル、その前に一つ……確認をさせてください』

 詳細を明かそうと口開いたジェセルに割り込み、エルミが言葉を紡ぎ出す。

『アダマスさん、今から一つだけ私から貴方に質問をします。嘘偽りのない正直な感情でもって、質問にお答え下さい。いいですね?』

 尋問の際に発するものと同様のやや高圧的な口調で、エルミは格子越しにアダマスの正面に立ち、問い掛ける。

『構わん……ああ』

 それまでのどこか抜けたような語気とは違う、緊張感を伴わせたエルミの言葉。アダマスも流石に無視を決め込む訳には行くまいと思ったのか、身体を向き合わせ、真摯に応じる。


『――では、単刀直入にお聞きします。貴方は事件当時のピスキン山脈にて、”自軍の兵を自らの意志で殺めたのですか?” イエスかノーで答えて下さい』

『ああ……“ノー”だ』

 要求通りの、嘘偽りを含ませていない本心で、アダマスは即答してみせた。

『…………』

 鉄格子を挟み、両者が視線を逸らさずに見合う。
 それはさながら、決闘の開始直前かのよう。
 傍らに立つジェセルが、固唾を呑んでその均衡を見守る。

 そして幾許いくばくかの沈黙が房内にて流れた後、静寂を断ち切ったのはエルミだった。

『……なるほど、嘘を仰っているようには見えませんね。これ以上、真偽の程を確かめる必要は無いでしょう』

 息を大きく吐くようにそう言うと、彼は途端に背を向け、部屋の出口へと踵を返し始めた。

『エルミさん……どちらへ?』

 彼のその反応を窺ったジェセルが訝しむ。
 面会の時間はまだ半分以上残っていた。退室するにはまだ早いだろう、とでも言いたそうに肩幅の狭いエルミの背中へと問う。

『私はこれにておいとまとさせていただきます。実を言いますと今日は、彼が本当に罪を犯していないのか――その確認だけをするつもりでここに来たのですよ。そして今の問答だけで確信できました。“彼は間違いなく自らの意志で殺めてはいない”、とね。術での尋問も不要でしょう』

『今の会話だけで彼を認めた……ってことですか?』

 職業柄なので仕方も無しだが、自他共に認めるほどの疑り深い性格の持ち主であるエルミ。その彼にしてはいやにあっさりと納得を示したことに、ジェセルは怪訝を崩せないでいる。

『瞳と指先の動きを窺うだけで、素人目にも嘘かどうか九割方は判別ができますよ。彼には所作が一切なかった。これで嘘を吐いているのでしたら……ククク、それこそ何者かに操られているとしか思えません、ね』

『……!』

 たった二言三言程度の問答だけでそこまで推し量っていたのか、とジェセルはエルミに感服をする。そして、その類稀なる観察眼を備えた彼からの疑いの目をいとも容易く看過してみせたアダマスに対しても、同様に驚異を感じたジェセルであった。

『では、ジェセル。証言についての仔細は、貴女から彼に説明をお願いします』

 それだけを残し、エルミは颯爽とその場を後にした。

『良くわからないヤツだが、ああ。信用してもらえた、ってことで良いのか?』

『……そう、ね』

 安心はしたが、どこか腑に落ちない。そんな複雑な表情をジェセルが見せる。

(……私の時と全然違うじゃない。エルミ……!)

 何処にもぶつけようのない静かな怒りを、胸中でジェセルは滾らせていた。

 これは余談であるが実は、“協力して欲しい”といった旨でジェセルがエルミの元へと相談に訪れた際、彼女も同様にエルミから尋問まがいの問答を受けていたのだ。
 しかしその問答の長さとしつこさは、たった今行われた内容の比ではなかったという。
 自身の時と比べてあっさりと終了してしまったのが、ジェセルを拍子抜けさせると共に恨み節を零させたのだろう。


 ――そしてなぜ、エルミが二人に協力をするつもりになったのか。その理由についての説明をしよう。

 雲のように常に掴みどころがなく、軍内に於いては誰よりもハラの内側を探るのが困難とされている、“尋問士ピエルミレ・リプス”。
 親衛士団の設立がされていないこの当時では誰も気付いてはいないが、彼の信条は常に一定で、どのような状況下でも徹頭徹尾がない。
 彼は善悪を問わず、自分が正しいと思った側にしか協力をする気はない、といったスタンスなのだ。

『凶悪犯罪者として裁かれたアダマスの無実の罪を、どうにかして晴らしたい』

 彼女のその無謀とも言える相談に、エルミは当然として興味が湧いた。
 それもそのはず、アダマスを救いたいという彼女のその想いは単なる私情ではなかったからだ。背景を訊くと、表向きは公平に裁かれているように見えていた裁判の裏で、不可視の権力によって真実が歪曲させられていたというのだ。
 尋問士としても一人の裁士としても、情報を扱い真実を追求し続けることを生業としてきた彼にとって、これは見過ごせない案件であった。
 ジェセルの懇願に虚偽が無いかを確認した上で、快諾に至ったのだという――。



『……じゃあ気を取り直して、証言についての説明をするわね』

『ああ、頼む』

 エルミが去った後、残された二人。アダマスにとっては随分と待たされる形となったが、此処を出るための手段について、ようやくと説明が開始される――。


『……アダマス、アナタは“サイケデリック・アカルト”という言葉に、聞き覚えは無いかしら?』

『ああ……無いな。なんだソレは?』

 聞き慣れない単語の出現に、アダマスが太いくびを傾げる。

『知る由も無いでしょうね。アナタが収監されてからようやく解明された、魔神の習性ですもの』

 予想通りの返答を受けたジェセルがその後、数分にかけてサイケデリック・アカルトについての解説をする。

 中位以上の魔神が持つ恐るべき生物学的習性。
 人間の体内に流れるマナの残量が無くなった――いわゆる“抵抗力ゼロ”の状態でのみ発動がされてしまうこの特性は、かねてよりその存在は確認がされていたが、この近年でようやくその実態が学説で証明され、名が付けられたという。

 ――そして、サイケデリック・アカルトにて精神同化を受けた人間は、絶対に助からない。

 現在では通説となっているこの事実。
 それによって『精神同化を受けた人間に対しては殺人も許容する』と、法も修正が加えられたのだった。
 つまり、それが意味するのは――。
 

『――ああ、成る程……そういうことか。死んだ四人の兵が、そのサイケデリック・アカルトとやらを受けてしまったという理由で、俺の殺人をしようと……そう言うんだな?』

『……ええ、そうよ。理解が早くて助かるわ』

 面会時間は残りわずか。必要以上の説明を要せずに済んだことで、ジェセルが安堵する。


『…………』

 一方でアダマスは、説明を受け、どことなく釈然としていない様子。

 ジェセルが考案してくれた証言の、辻褄は合う。
 本当の真実である『上位魔神の特性にて操られていた』という理由では、証言にはならない上に証明する手立てもない。それも理解は出来た。
 しかし、いくら不当に裁きを受けたとはいえ、嘘の真実を用いて出所を図るのは如何なものか。
 アダマスの心の内に抱える罪悪感が、はかりの上にて揺れ始める――。




 ――そもそも、上位魔神に遅れを取り身体と精神を操られていたのは俺の実力不足に依るものだ、ああ。
 ――となれば結果としてあの四人を死なせてしまったのも、俺の実力不足からになってしまうだろう。
 ――意識を取り戻し、罪悪感に苛まれた俺はそう信じ込むことで、理不尽な判決を受けても必要以上に弁解を図ろうともしなかったんだ、ああ。

(結局のところ、俺はここを――)
『アダマス……?』

 “心ここにあらず”といったように、虚ろな眼差しで思い詰めていたアダマスに向けて、ジェセルは名を呼ぶことで意識を現実へと立ち返らせた。


『もしかして……私が考えた理由じゃ、気が進まない……かしら?』

 どこか後ろめたそうな、そんな面持ちのジェセルが慎重に窺う。無表情ではあったがアダマスの僅かな機微を察したのだろう。

『ああ、そういうわけでは――』
『ごめんなさい……私どうしてもアナタをココから出したくて……だから……事実を捻じ曲げてでも……』

 アダマスは気を遣い否定をしようとしたが、途端にジェセルは弱った顔を覗かせる。
 いくら毅然に振る舞おうが、彼女はまだ成人も迎えていない娘である。
 アダマスと同様に、嘘の真実を用いることに罪悪感を覚えていたのだ。

証言それについては……ああ。何もお前が気に病む必要はない。だが一つだけ……俺から質問をしていいか?』


 そんなジェセルに向けて、アダマスは不器用ながらも可能な限り優しい声色で宥めると、おもむろに彼女へと問い掛ける。
 そしてその問いは、二人が初めて会った日からずっと、彼が疑問に思っていた謎であった――。


『なぜ、俺を選んだ?』
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