PEACE KEEPER

狐目ねつき

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Beauty fool monster

83話 「強くなれ」

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『――なぜ、俺を選んだ?』

 その問いに、ジェセルは目を丸くする。

『なぜ、って……それはアナタと――』
『“永遠の愛を誓い合う”。お前はそう言ったな、ああ。なぜ俺と、そうなりたいと思ったんだ?』

『……っ!』

 言葉を詰まらせるジェセル。
 彼女に対し、アダマスは抱えていた疑問を次々にまくし立てる。

『俺には、お前のような女を惹き付ける要素など一つとして無い。そんな俺と、どうして愛を誓い合おうとする? 何が狙いなんだ?』

『っそれは……!』

 アダマスの口から矢継ぎ早に放たれる、核心を射抜こうとする質問。
 問い掛けられるその一つ一つが、ジェセルの顔をたちまちと曇らせていく。

『教えてくれ。俺はその疑問が解消されない限り、独房ここから出るつもりはない、ああ』

 そしてとどめとでも言わんばかりに、これまで以上に芯を通らせた低い声で、アダマスは頑なに意思を示してみせた。


『……わかった。全て話すわ』

 観念でもしたかのようにジェセルはそれだけを告げると、カレリアやエルミにすら隠し通していた胸の内を、遂に明かしたのだった――。


◇◆◇◆


『……最低よね、私。貴方を救おうとした理由が善意なんかじゃなく、自分自身の目的の為の利用だなんて……』

 自嘲気味に、ジェセルがふと零す。

 自身が『人を愛せない』こと。
 本来の目的が『とある魔術の会得』だということ。
 そして、その為だけに『アダマスを利用』したこと。

 その事実を全て打ち明け終え、彼女は自らの行いが愚かだったと反省を述べたのだ。

(アダマス、ごめんなさい。貴方の気持ちを弄ぶような真似をしてしまって……本当に、どうかしてたわ……私)

 非情にはなりきれず、良心の呵責によって彼女は今、かつてない程の後悔に心を曇らせていた。

『…………』

 そんな彼女に対し、理由を聞き出したアダマスは如何なる感情を募らせているか。
 激しい怒りか、それとも呆れ返りか。いずれにせよ、どれどけの追及を浴びせられようとも構わない覚悟で、ジェセルは目を伏せて身構えていた。

 しかし、彼の口から出た一言は実に意外なものであった。


『――ああ、お前は一体何を反省している?』

『え……』

 ジェセルは伏せていた睫毛をぱちりと上向かせ、放心したように一文字を漏らす。

『何をそんなに反省することがあるんだ? と聞いているんだ、ああ』

『だ、だって私……アナタに――』
『俺は魔術について良くわからんが、要は、俺を利用しようとしたんだろう?』

 想定もしていなかったまさかの肯定に、ジェセルが視線を泳がせて困惑する。

『そ、それはそう……だけど……』
『それでいい。強くなろうとするなら、ありとあらゆるモノを利用していけ。それが例え人間だろうと、な。お前は何も間違っていない』

『……っ!』

 その歪みきった彼の価値観は到底、良識とはかけ離れていた。助言も何もあったものではない。
 にも関わらず、圧倒的なまでの説得力を以て、ジェセルの心に響かせていた。


『――だが、相手は選ぶべきだ、ああ』

『……?』

 しかし肯定から一転。彼のふとしたその物言いに、ジェセルが怪訝に捉える。

『確かに俺はが、強さ以外に魅力を擁したヤツは、この国にまだ数多く居る。お前はお前に相応しい相手と出逢い、結ばれ、幸せに……そして、強くなるんだ、ああ』

 慣れない笑みを口元に携え、背中を押すように、そして愛娘にでも優しく語りかけるかのように、戦闘狂は諭してみせた。


(……あれ?)

 この瞬間ジェセルの心に、一つのある感情が芽生えた。
 なにか胸を締め付けられるような、今にも泣き出してしまいたくなるような、そんな感情。


(……そっか、これがいわゆる、というものなのね)


 ――その後ジェセルはアダマスに謝罪と礼を告げ、計画の破棄を宣言すると、静かに部屋を後にしたのであった。

 



『……これで良かったのか、アダマス?』

 房内からジェセルが去った後、夕食を運んできた看守が嗄れた声でアダマスへと問う。

『ああ、なんのことだ?』

『とぼけるなよ。俺が聞いていないとでも思ってたのか? 今までの会話は全部筒抜けだったぞ』

 搬入するために格子に開けられた穴から、食事の乗ったトレイをアダマスへと手渡し、男が問い詰める。

『こんなしみったれた牢内とこから抜け出せる上にあんな娘と結ばれる機会をフイにするなんて、勿体ないと思うがねえ』

『……ああ、これでいいんだ』

 後悔や未練など一切ないような、満足げな表情を浮かべてアダマスはそう答えてみせた。

 一度は揺れ動いた、塀の外への憧憬。しかし死なせてしまった、殺してしまった四人の兵を想うと、その気持ちにどうしても歯止めが掛かってしまったのだ。

 そしてやはり最大の理由は――。


(……あんな言葉を他人に掛けるだなんて、ここに来て俺も随分と牙を抜かれたものだな)

 アダマスが静かに苦笑を零す。
 かつて戦闘狂と呼ばれた男は、飽きたらぬ筈であった闘争への意欲を、既に失っていたのだった。
 そして彼は一人の少女へと、想いを託していた。

(ジェセル、お前は俺の代わりに高みを目指せ。お前なら、きっと強くなれる――)


◇◆◇◆


 ――翌日。ジェセルはその日の任務を終え、定時に退勤をした。

 夕暮れを射す、オレンジの陽光に目を細めながら、ジェセルは王宮の正門をくぐり抜ける。
 このまま帰宅をするつもりだったのだが、自然と足を向けていた先は国立刑務所へと続く道だった。

『…………』

 その帰路を虚ろな目で眺めるジェセル。
 習慣になりつつあった彼への面会であったが、目的が失われた今、既に向かう必要はなかった。

(そっか……もう、には用……無いものね)

 一抹の寂しさが胸をよぎる。
 人生に於ける、初めての失恋。
 その心に負った傷は、常に気丈に振る舞おうとする彼女の精神を以てしても、早々に立ち直ることを不可能とさせていた。

(彼はああ言ってくれたけど、他の相手なんて……)

 アダマスからの進言に理解はしていたが、そう直ぐに割り切れるものではない。
 しばらくはこの喪失感に身悶えする日が続くのだろう。そう思うと、どうしても気が重くなってしまうのだった。

(はぁ……これから私、どうすれば――)
『ジェセル、ここにいましたか。探しましたよ?』

 そんなジェセルが表情を曇らせ、滅入るように溜め息を一つ吐いたその直後だった。
 背後からの自身を呼ぶ声が唐突に聞こえ、ジェセルの心臓の鼓動が大きく波をうつ。

『……エルミ、さん?』

 反射的に振り向くと、そこには陽気な面持ちのエルミが立っていた。

『これから面会に行こうとしてたのですか?』

『……!』

 思い出した、とでも言わんばかりにジェセルは一瞬だけ顔をハッとさせると、途端に苦い表情へと移り変わる。

『エルミさん……ごめんなさい。あれから二人で話し合ったんですけど、やっぱり……嘘の真実を用いるのは私も彼もどうしても気が引けてしまって……だから今回の件、諦めようかな……って……』

 契約が破談となった旨をエルミに伝え忘れていた為、ジェセルは謝罪と共に改めて顛末を説明した。
 が、しかし――。


『――何を仰っているんです? 彼の無実は昨日私が嘆願文を提出した際に証明してしまいましたよ?』

『……?』

 何食わぬ顔でそう言ってのけたエルミに対し、ジェセルの脳内では未だ、その言葉が噛み砕けずにいた。

『それに、釈放する為の手続きも既に完了済みですよ。本日、貴女を出迎えに向かわせるとも伝えてしまったし、迎えを頼もうとたった今声をかけたのですが……ふむ、困りましたねえ』



『え? ちょっと待っ……』


 ――立ち込めていた暗雲から豪雷が叩き落ちたような、そんな感覚がジェセルの心へと伝う。
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