PEACE KEEPER

狐目ねつき

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Beauty fool monster

84話 隣に相応しき

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 雲の切れ間から覗くオレンジの夕陽に照らされた、鈍色の光沢を放つ分厚い鋼鉄製の門。
 重厚なその見映え通りの重々しい音をたて、両開きに開かれていく――。

 この門は、四方を塀で囲まれた刑務所からの出入りを可能とさせる、唯一の箇所である。
 受刑者の出入りの際には、つまるところ『自由の束縛』と『不自由からの解放』という意味を成し、門そのものが城塞都市ゼレスティアに於いての『自由を司っている』とたとえても過言ではない。

 そしてその門をくぐり本日、永きに渡る不自由から解放された者が一人。文字通りの新たな門出となる一歩を、塀の外へと踏み出す――。



『…………』

『えっと、こういう場合……ごめんなさい、って言うべきなのか……それとも素直に、って言えば良いのか……判断に困るわね』


 晴れて自由の身となったにも関わらず、不可解さを前面に押し出した表情で門から出たアダマス。その彼に対し、ジェセルは苦味を含ませた笑顔と曖昧な祝言で出迎えた。

すこぶる機嫌の悪そうな所長の言われるがまま、あっという間に牢を追い出されたんだが……ああ、これは一体どういうことだ?』

『それについてはごめんなさい、が正解ね。私に落ち度があるわ……』

 アダマスからの率直な疑問に、ジェセルが頭痛を我慢でもするかのような仕草をしつつ反省を述べる。

『……ここだとどうにも落ち着かないわね』

 ジェセルは周囲を見回しそう呟くと、王宮とは真逆の繁華街の方面へと歩みを開始する。
 いつまでも刑務所の真ん前で立ち止まっている訳にもいかない、とでも思ったのだろう。アダマスもつられるように、彼女の背中に付いていくことにした。

『アダマス、夕食はこの時間だとまだ済んでないわよね? 私もまだなの。一緒にどう……かしら?』

 背後でのそのそと歩くアダマスに向けて、ジェセルが顔色を窺うように提案する。

『ああ、行こう』

 アダマスがそう了解を示すと、二人はそのままドメイル市で適当な店を見繕い、夕食を過ごした――。


◇◆◇◆


 ――ドメイル市、レストラン店内。


刑務所あそこ以外での久々の食事はどう? やっぱり全然味が違うかしら?』

『そうだな……舌が狂ってしまったせいもあるが、の料理はとにかく味が濃く感じられるな。だが……ああ、結局腹に入ればどれも一緒だな』

『随分と理に適ったご感想ね』

 正面に向かい合って座る二人が、何気のない会話をする。
 テーブルの上には、ジェセルの大盤振る舞いにて高級料理の品々が所狭しと並べられていた。が、ものの数分で食器は全て空となってしまう。
 アダマスの食欲はその巨大な体躯に見合うがほどに旺盛で、店内に居合わせていたほとんどの客が、同じ人間とは思えぬその食いっぷりに唖然とするばかりであった。


『ジェセル』

 そんな多数の視線に晒された中、アダマスはナプキンで口元を雑に拭うと、おもむろにジェセルの名を呼んだ。

『……なにかしら?』

 食後の珈琲でも頼もうかとメニュー表を眺めていたジェセルが、唐突に名を呼ばれ反応する。
 アダマスは、やや改まった様子で口を開く。

『……感謝する。過程がどうであれ、こうして俺が塀の外で過ごせていられるのは、ジェセル……お前のお陰だ。

 宝石のようなジェセルの両の瞳をしっかりと見捉え、重く低い声でアダマスは感謝の意を口にした。
 店に向かう道中にて、彼は釈放までの経緯をジェセルから聞き及んでいた。その上で、不本意な形によって無実が証明されてしまった事に不満を覚えもした。
 しかし報酬も無しに尽力をしてくれたエルミへ敬意を払い、立つ瀬を失わせないよう、素直に処遇を受け容れることにしたのであった。

『…………』

 そして一方でジェセルは、アダマスからの礼に思わず視線を逸らしてしまう。
 彼女の立場上、エルミには頼んで協力をしてもらった手前、とは本人に向かって口が裂けても言えやしないが、その彼の独断専行によってアダマスの釈放に漕ぎ着けることができた。
 だが、嘘を交えての証言を用いたことに対し彼女は、どうにも拭い去ることのできない罪の意識に苛まれていた。
 既に潔白は証明されてしまったとはいえ今でも、棘のように心の中につかえたままだったのだ。

 そんな心情もあってか手放しでは喜べず、ジェセルはばつの悪そうな表情で礼に応える。

『……礼なら、アナタの為に動いてくれたエルミさんに言った方が良いわよ』

 素っ気のない口振りでジェセルは続けた。

『私はただ、自分の目的だけの為にアナタを都合良く利用したに過ぎな――』
『だからまずはお前に礼を言いたかったんだ。最初にお前が俺に会いに来なければ、俺はいつまでもあそこに囚われたままだったからな。お前には感謝してもし尽くせない……ああ』

『……っ』

 真に迫ろうかというアダマスの礼に、ジェセルが気圧けおされる。
 これ以上の否定や謙遜を挟ませる余地など与えてくれないほどに、その謝辞には強靭な誠意が込められていたのだった。


『それで……アナタはこれからどうするの? 以前も言ってたけど……軍に復帰するつもり、なの?』

 動揺を隠すように話題を逸らし、ジェセルはアダマスに進退を尋ねる。

『ああ、勿論だ』

 愚問だな、とでも言わんばかりに、アダマスは口角を持ち上げ意思を示してみせた。
 いくら闘争への欲が尽きかけたといっても、それは飽くまで、我慢を許容できるレベルにまで落ち込んだ――という程度であった。自由の身となった今では、その欲が再燃していくのは彼にとって必然なのだろう。

(やっぱり……私が彼と結ばれるなんて……)

 ジェセルが胸中で諦めをこぼす。
 彼女はかつて、“他人ひとを好きになる”という誰もが当たり前に抱く感情を、持ち合わせてはいなかった。
 だが、今は違う。
 彼女はアダマスを一人の人間として尊敬し、一人の異性として好意に似た感情を寄せていたのだ。
 
 きっかけは、最後の面会のあの日。
 強くなれ、と言ってくれたあの時。
 唯一優しく笑いかけてくれた、あの瞬間。

 と言えば陳腐に聞こえてしまうが、ジェセルはあの日あの時あの瞬間、確かに心を奪われていたのだった。

(……無理よね)

 しかしアダマスは自分以上に、他人に好意を寄せるといった類いの感情を抱かないだろう。ジェセルはそう確信する。
 彼の場合つねに頭の中で、三大欲求以上の強い欲が本能として、血液のように通っていたのだ。
 想いに応えるどころか、振り向いてすらくれないだろう。

(……そうよ。私の存在なんて、彼の今後にとって一利にもならない――)

 ジェセルが感情に見切りをつけようとした、その時だった。

『軍へ復帰、か……いずれはお前とも肩を並べて戦う機会があるかもな、ああ』

『え?』

 アダマスがふと零した言葉に、ジェセルは伏し気味に置いていた視線を反射的に上向ける。
 
『……ああ、なんだ? なにかおかしい事でも言ったか?』

 驚かれた事に対し、アダマスが訝しむ。
 他意はなく呟いた、というのがその反応から窺えた。

『えっと……その……』

『何をそんなに驚く? お前も軍人だろう? 今後はそうなる可能性くらいあるだろう、と言っているんだ、ああ。当然、お前が強くなって俺と共に戦線の最前に送り込まれれば、の前提だがな』

『……!』

 常識でも説くかのような口振りで応えられたジェセルは、目から鱗でも落ちたかの如く、口が半開きのまま呆然とする。

『……っ』

 えも言えぬ感情が脳裏を過るが、奥歯を噛み締め、何かを思い留まらせる。



『……アダマスっ』

 だがしばしの沈黙の後、意を決したのか、彼女は芯の通った声で彼を呼ぶ。

『なんだ。ああ』

『私……やっぱり……』


 ――もっと早く気付くべきだった。

『……どうしても、アナタのことが諦めきれないみたい』

 ――彼と“永遠の愛を誓い合う”には。

『改めて……を要求させて』

 ――ともに一生を、闘争《たたかい》そのものに捧げなければ、ということに。

『“強くなって、常にアナタの隣で戦い続けてみせる”』

 ――そして、それを叶え、為であれば。

『今度はそう約束するわ。だから……私と……』

 ――私の人生くらい、安いものよ。

『……結婚して』



 切実にぶつけたその告白には力強く、鋼のように強固な意志が宿っていた。

『……ふっ』

 その決意を聞き入っていたアダマスの固くつぐんでいた口が綻び、微笑が零れ出る。
 次第にその笑いは、店のホール中に響き渡るほどの音量にまで肥大していった。

『…………』

 まだ若い身空ながらの、一世一代を賭した決死の告白。
 それを大開口にて笑い飛ばされたにも関わらず、ジェセルの表情はその意志と同様に、微塵も揺らがない。
 イエスかノーの返答以外を一切受け付けない、といった様子だ。
 そんな、肝を据わりきらせた彼女と相対をしたアダマスは、ひとしきり笑い飛ばした後に――。


『……なにを言うかと思えば、ああ。そうきたか』

 二度三度頷き、口元を歪ませたまま――。


『随分と良いオンナになったものだなぁ。ああ』

 ――ジェセルを異性として、認めたのであった。
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