PEACE KEEPER

狐目ねつき

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Beauty fool monster

87話 特性

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 少女はエリスと名乗った。
 だが、相対をするジェセルにとって重要なのはその後だ。

 ――魔神族。

『何者だ』という問いに対し、目の前の少女は薄笑みを浮かべて、確かにそう答えたのだ。
 敵であるかどうかの可否は、その返答だけで充分に済む。
 魔神族は人類の敵だ。ましてや、国内に出現したのなら尚更である。

 ――確実に、駆逐しなくては。

 淀みなくそう決断し、ジェセルは直ぐにでも魔術での攻撃を試みようとするが――。

『ふふ、安心して。わたしはあなたの敵じゃないよ』
『――っ!』

 肩肘に込もっていた力が一瞬にして霧散していく。
 懐の杖剣を握って密かにマナを練り上げていたジェセルであったが、それを見透かしたかのようにエリスが宣言したのだった。
 しかしだからといって、ジェセルには魔神の言葉を鵜呑みにする気などはさらさら無く、なおも臨戦態勢は保ったままだ。
 一呼吸を置いてから再度、尋ねてみることにした。

『……そう。じゃあ、アナタはどうしてわざわざ私の目の前……それどころか、ゼレスティアここに現れたというの? 人間が暮らす国に魔神が出現する、ということが魔神族アナタたちにとってどういった意味を成すのか、まさか理解していないワケ無いわよね?』

『…………』

 チクリと刺すようなジェセルからの問いに、少女は余裕を口元に浮かばせたまま黙している。
 ジェセルは細心の注意を払いつつ返答を待っていたのだが

 ――その時だった。

『えっ?』

 強烈な突風のようなものが後方からつんざき、左頬を掠める。
 次いで、思わず耳を塞ぎたくなってしまうほどの嫌な衝撃音が間髪を入れずに、眼前から発せられたのだ。


『アダマス……?』

 ジェセルが唖然と共に名を呼ぶ。
 音の正体は、アダマスの剛拳がエリスの顔面を真正面から捉えた衝撃に依るものであった。

 そう、ジェセルがエリスと遣り取りを交わしている間。アダマスは闇に乗じ、密かにジェセルの背後へと忍び寄っていたのだ。
 当然、彼は二人の会話にも聞き耳を立てていた。エリスが自らの正体を魔神族だと明かした途端、少女を敵と認識し、機を窺っていたのだという。

 そして、僅かな隙を狙っての拳一閃――。

 彼は不足の事態にて辺りを包んだ、見通しの悪いこの暗闇を利用する形で、結果として無防備な顔面へと渾身の一発を見舞うことに成功したのであった。

『……っ』

 ジェセルはぎり、と歯を軋ませる。
 エリスからは魔導書についての謎や様々な疑問など、まつわる全ての情報を根掘り葉掘り聞き出そうと決めていた。
 警戒をしつつも飽くまで友好的に――と行動指針を定めかけていたが、それに水を差される形での、アダマスの独断による急襲だ。
 彼女は話の腰を折られたどころではなく、粉微塵にでも砕かれたような気分に陥る羽目となる。
 しかし、先程の自分をはたから写すと、窮地に立たされていたように見えたとしてもなんら可笑しくはない。
 咄嗟に救おうとし、有無を言わさずに拳を振るったのだと考えれば、彼の行動理念も幾分か腑には落ちる。

(仕方ないわよね……そもそも私が迂闊に背後を取られてしまったのがいけないのよ)

 話の邪魔をされた事に対し責め立てたい気持ちはあったのだが、ジェセルは自らに落ち度があったと認める。

(結局この子は何者で、どうして私達の前に姿を見せたのかは分からずじまいになりそうね……)

 視線をアダマスの横顔から、巨拳に覆われた少女の頭部へと向ける。
 女性の腹周りウエストほどもある太さの、アダマスの豪腕から繰り出された拳。それがまともに直撃したのだ。横槍がそのままトドメの一撃となるのは必然で、少女が魔神族といえども、助かる見込みが無いのは火を見るよりも明らかだろう。


『アダマス、助かったわ』
『……俺の突きを顔に受けて耐えるとはな、ああ』

 ジェセルは隣に立つアダマスへ礼を告げたが、返ってきた言葉は自身にではなくエリスに向けての感嘆であった。

『まさか……生きてるっていうの?』

『ああ。手応えはあったんだがな』

 ジェセルが驚き、アダマスが冷静に返す。

『これで信じてもらえたかな? わたしがあなた達二人のってことに、さ』

 拳で隠れていた顔をひょこっと出し、エリスは事も無げに言ってみせた。顔面を含んだ頭部には一切の損傷はなく、修復した形跡もない。全くの無傷だったのだ。

『……ああ、やはり気付いていたのか。しかしまあ、随分と丈夫な身体だな』

 アダマスは気配を察知されていた事に対し、特に狼狽える素振りを見せていない。それどころか、相手を強敵だと認識しギラついた戦意を昂らせているのが、愉悦を浮かばせたその表情から窺えた。

『ふふ、とてもステキな一撃だったよ。でも残念なことに、わたしは既にいるの。だから、何をしても通用なんてしないし、攻撃するだけ無駄だと思うよ?』

『…………』

 少女は優しく微笑み、平然とそう告げた。
 アダマスもこの返答は流石に想定していなかったのか、口をつぐんでしまう。久方ぶりの強敵との遭遇に心を躍らせていたのだが、肩透かしをくらってしまったようだ。

『……コホン。ええと、エリスちゃん? 私のパートナーがいきなり失礼をしてしまってゴメンナサイね。それと、幾つかアナタに聞きたい事があるのだけど……いいかしら?』

 代わりに反応を示したのはジェセル。小さく一つ咳払いをし、改まった態度で少女へと伺った。

『気にしなくていいよ。一回攻撃を受けでもしなきゃ、わたしが敵じゃないって信じてもらえると思ってなかったしね。で、聞きたい事ってなにかな? まで辿り着いたご褒美になんでも答えてあげるよ』

 楽しそうな口調と表情で、エリスが応じる。

『じゃあ、遠慮無く聞かせてもらうわね。まずは……』

 その様子を見たジェセルは、これまで疑問に思っていた内容を頭の中で整理し、慎重に質問をぶつける――。

『……は一体何なの?』

 掌をページに押し付けたままの魔導書へと視線を落とし、ジェセルは率直に尋ねた。

『魔導書だね』

『アナタがこのページに細工をしたの?』

『ええ、そうよ』

『何の為に?』

『わたしの力を授けるために、よ』

『力?』

ヒト族あなたたち風に言うと、“特性”って伝えた方がわかりやすいかな?』
『――っ!』

 ごくり、とジェセルが息を呑む。

 魔神族だけが持つとされる、あの恐るべき力。
 これまでに幾千、いや幾万と人類を殺戮し、脅威を与え続けてきたであろう能力チカラ
 それが、自らの手中に収まるというのだ――。

 ――果たして、受け取っていいものなのだろうか。
 
 込み上げてきた感情は、喜びではなく戸惑いだった。
 これまでに築き上げてきたヒトをひとたらしめる価値観と良識が、大きく揺らぎそうになる。

『ジェセル、怖いのか?』

 しかしその畏怖に近い躊躇いは、アダマスに察知されていた。

『……を使ってでも、強くなるんじゃなかったのか? ああ』

 かつて、彼の前で宣言してみせた誓いをそのまま引用される形で、意志を問われる。
 ジェセルはその言葉でハッと我に返り、冷静さを取り戻す。

『そう、ね。アナタの隣で戦うと決めたなら、こんな所で迷ってしまってはダメよね……!』

 そしていつも見せていた、凛とした面持ちと振る舞いへと立ち返ったのであった。


『……エリスちゃん。アナタの持つ特性、本当に私に授けてもらえるの?』

『もちろん。でも、だいぶ躊躇していたようだけど、大丈夫なの?』

『ええ、もう迷いはないわ』

 ジェセルは意志の固さを口にする。
 その真剣な眼差しは、暗闇の中で煌めく少女の琥珀色の瞳をしっかりと見据えていた。
 それを受けてエリスも、彼女になら授けても問題ないと、表情に安心を滲ませる。

『で、一体アナタはどんな特性を持っているというの?』

『わたしの特性はね、“祝福クルセ”っていうの。これを使えば、たとえ対象あいてがどんなにヒドい怪我を負ったとしても、瞬時に治すことができるんだよ』

『…………』

 説明を受け、ジェセルが黙り込む。

『あれれ? もしかして、攻撃系の能力の方が良かったのかな?』

『いえ……違うの。その、特性の中にも……そういった力を持つ魔神も居るのね、って驚いただけよ』

 顔を覗き込むように伺われ、ジェセルが戸惑いを見せながら返答する。

『ふふ、もしかしてジェセル、魔神族には血も涙もないとか思っちゃったりしてた?』

『……っ』

 不意を射抜かれ、ジェセルは言葉を詰まらせる。

『どうやら図星のようね。まあ……仕方ないか。でもね、魔神族の中にもはっきりとした感情を持つコもちゃんと居るんだよ? 同胞なかまが傷付けば悲しんだりもするし、怒ることもできるんだよ』

『そう……だったのね』

『まあ、こんな事実を教えたところで、わたし達とヒト族あなたたちとの争いが終わることなんて無いんだけど、ね』

『…………』

 さらりと言いのけたエリスに、ジェセルが小さく頷く。
 そう、人類と魔神族は既に取り返しのつかない関係へと陥っている。
 双方どちらかの種が絶滅するまでは、争いが絶えることなどないだろう――。


『さ、話を戻そっか。でね、私のこの“祝福クルセ”なんだけど……どう、欲しい?』

 脱線しかけた話を修正し、エリスは改めて問い掛けた。

(……能力的には、そうね。治癒術の最上位に位置付けられる“ペルフェクトゥ・メディク”と効力はほぼ一緒なのかしら。確かに魅力的な力だけど――)
『あ、そうだ。大事なこと聞き忘れてた』

 聞き及んだ能力の説明を踏まえて、ジェセルは特性の分析をしていたのだが、不意にエリスが思い出したかのように声を上げた。

『ねえ、ジェセル。魔導書そこに書かれた私のメッセージ、見てくれたのよね?』

『ええ、もちろん。このメッセージがあったからここにいるアダマスと共に、アナタの所まで辿り着けたのよ』

 ページの隅に書かれたメッセージを小さな手で指差したエリスに対し、ジェセルは答えた。
 それを受けたエリスは満足げに、ニコニコとしている。

『そっか。じゃあジェセル、一つだけ聞かせてね』

 そう切り出し、エリスは一呼吸を置くと――。


『アダマスのこと、愛してる?』

 ――笑顔で、愛を測ったのだ。
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