PEACE KEEPER

狐目ねつき

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Beauty fool monster

91話 思い出は刃を鈍らせる

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 ――約三年前。
 アーカム市。学武術園三階、七修生教室内。

『いや、だからさぁライカ、ホントに俺見たんだって』

『朝からしつけえなアウル、何かの見間違いだろ』

 放課後の教室、アウルとライカが下校の支度をしながら会話を交わしている。

『あれは絶対見間違いじゃないよ。それよりもさ、早く見付けて飼い主の元に返してあげなきゃ駆除されちゃうかもしれないんだよ? ライカはかわいそうだと思わないの?』

『そりゃ確かに可哀相だけどよ……。でも今日は俺、親父に買い出し頼まれてて忙しいんだ。お前一人で捜してこいよ』

『じゃあ買い出し終わってから付き合ってよ』

『あのなあ、食堂ウチの買い出しは今夜の献立の材料程度の量じゃねえんだぞ? 荷車引いて米も肉も野菜もアホほど買い付けなきゃなんねえんだ。終わる頃にはヘトヘトで身体なんて動かねえっての!』

『まだ助かるかもしれない命を見殺しにするつもり?』

『その言い方やめろって! 俺が人でなしみたいじゃねえか!』

 言い合う二人の間に徐々にだが、険悪なムードが流れつつある。だが周囲のクラスメート達は仲裁に入ろうともせず、それどころか風情でも楽しんでいるかのように静観――もとい、観戦を続けている。

『アンタ達ったら、またケンカしてるの?』

 その言葉と共に、向かい合う二人の間にやれやれといった面持ちで立ちはだかったのはピリムだった。

『それで、今日はどんな内容なのよ?』

 言い合いがヒートアップしかけてくるタイミングで彼女が毎度の如く割って入るまでが、このクラスでのお馴染みの光景となっていた――。



『――ふぅん、そっか。アウルの家の近くで野良ウサギ……ねえ』

 帰路につく三人の少年少女は、肩を並べて並木道を歩く。その道中にて、ピリムはアウルとライカが言い争っていた内容を聞き出していた。

『どこから紛れ込んできたのかはわからないけど……朝、確かに見たんだよ』

『もし、そのウサギが飼い主のいない本当の意味での“野良”だとしたら、間違いなく駆除の対象になるわよね』

『でしょ? 野良だったら“ワクチン”も打ってないだろうし、放置してもまずいと思うんだよね』

 歩を進めつつ、アウルとピリムは問題点を整理する。
 アウルが言った“ワクチン”というのは、昆虫や動物を魔物化から防ぐ抗生物質のことを指す。
 城塞都市ゼレスティアでは、この抗生物質を摂取させていない動物を国内に入れてはならない――という原則に基づいた法律が存在していた。
 ただ逆を言うと、ワクチンさえ摂取していれば動物をペットとして飼育するのも可能だということだ。


『……それで、ライカが手伝ってくれないからああやって言い争ってたってワケね。なるほど……アンタ達にしては珍しくまともな発端じゃないの』

 喧嘩の理由を聞き終えたピリムが、納得を口にする。

『そうそう。ま、仕方無いよね。ライカはウサギの命なんかより家の手伝いの方が大事だって言うんだし』

『あ、てめえアウル! ずりぃぞ!』

 ピリムを挟み、二人の少年が火花を散らす。

『はいはい、落ち着きなさいっての!』

 と、そこでピリムが一喝。
 言い争いの再燃を未然に防いでみせた。

『仕方ないわねぇ……。ライカ、家の手伝い行ってきていいわよ。アタシがアウルに手を貸すから』

『え、ピリムが?』
『うそ、オマエが?』

 想定もしなかったピリムからの提案に、アウルはおろかライカまで驚く。

『なによ? アタシじゃ不服なの?』
『いや、そうじゃなくて……お前んち、確か門限厳しかっただろ? わざわざ手伝うってのか?』

 ライカが心配を送る。
 アウルも同様の想いであった。

『厳しいわよ。でも、少しでも捜す人数多い方が見付けやすいんでしょ? だからさっさと見付けましょ。ホラ、行くわよアウル』

『え、あ……う、うん』

 ピリムはそう返すと同時に、アウルの手首を引っ掴み、先を往く。

『…………』

 一人、取り残されてしまったライカ。
 アウルとピリムの背中が次第に小さくなっていく。

『……ああ、もうわかったよ! 俺も一緒に捜すから待ってくれっての!』

 嘆くようにライカが観念し、二人の後を追う。


◇◆◇◆


(何やってんだろ俺? こんな時に、のこと思い出すなんて……)

 正面に立つピリムの背中からは、次々と多碗が襲い来る。
 それぞれの腕が意思を持ったかのよう、変則的かつ多角的に、攻撃が放たれていた。
 人間の腹部を易々と貫いてみせる程の威力を、アイネの尊い犠牲を以て目にしていたアウル。
 一度ひとたび直撃でもすれば致命傷は必至であるというのには気付いていた――にも関わらず、アウルは攻撃を紙一重で避け続けながらかつての思い出に耽ってしまっていたのだ。

(――爆視エキスプロシオ――)

「――っ!」

 そして刹那、アウルの足元を狙った爆撃が発生。
 それは風船大のサイズ程の規模の爆発であった。
 狭い範囲ではあるにせよ、巻き込まれれば四肢が弾け飛んでしまう程には恐ろしい一撃と言えよう。

『視線を集中させた箇所を爆破』

 これが、ピリムが魔神として覚醒したのち、新たに得た特性チカラなのであった。

 しかし、アウルは前もって予知していたかの如く、跳躍して回避。初めて見る攻撃にも関わらず、見事に避けてみせたのだ。

(特性か……危なかった。けど、ピリム)

 手刀や殴打など、多腕による夥しい攻撃の数々をアウルは次から次へと対処していた。
 躱し、逸らし、時には剣で受けたりと、迫りくる全ての腕をアウルは最良・最適の選択を以て防ぎ続けていたのだ。
 そんな極限まで集中を凝らしていた少年は、相手の僅かな機微すら見逃さない。突如として視線が固まったピリムを警戒し、あらゆる対策をもって備えていたのだった。

(視線が固まってから数秒だけタイムラグがある感じ……かな。攻撃箇所さえ特定できればなんとか防げるはず……!)

 ピリムの特性について分析をするアウルは、着地を待たずして再び襲い来る多碗攻撃を華麗に捌く。
 そうして余裕が生まれたことにより、またしても当時の記憶を胸に過らせてしまう――。


◇◆◇◆

 
 まだ青みがかった夜空に星がまばらに輝き始めてきた頃、標的を発見したアウル達は住宅街の袋小路へとウサギを追い込むことに成功した。

『よし、捕まえたわ! ライカ、バッグ持ってきなさい!』

『お、おう!』

 逃げ道となるコースを塞ぎ、じりじりと間合いを詰めていた三人の少年少女。じっくりと機を窺い、一番手近にいたピリムが覆い被さるようにして抱きかかえ、遂にウサギを捕らえたのだ。
 直ぐ様ライカへと指示を送り、丈夫な革素材で作られた学園指定のバッグへとウサギをしまい込む。

『ナイス、ピリム!』

 捕獲に成功しほっと溜め息をつくピリムへ、アウルが賛辞を送る。
 中に入れられたウサギは動物的本能で脱出不可を悟ったのか足掻こうともせず、バッグの中でふるふると震え、怯えきった姿を見せていた。

『ゴメンね、怖がらせて。すぐに元の場所に返してあげるからね?』

 バッグを覗き込み、ピリムが優しい声色で宥める。

『ピリム、手伝ってくれて本当にありがとう。助かったよ』

『いいのよ。困った時はお互い様、でしょ?』

 身体中を土や埃で汚した姿のピリムが、満開に咲き切った花のような笑顔をアウルへと向け、礼に応える――。


◇◆◇◆


(……そうだ、ピリムはいつも、俺に世話ばかり焼いてくれていた)

 アウルは攻撃を捌きつつ、かつての幼馴染みだった少女へ、思いを馳せていた。

(俺だけじゃない。ライカやアイネ、クラスのみんなに対して……ピリムはいつも優しかったんだ)

 少女との思い出がセピア色に、次々と脳裏に蘇っていく。


 ――ダメだ、泣くな。
 ――いまさら振り返るな。
 ――前を見ろ。
 ――戦え。

 目頭がじんわりと熱くなるも、アウルはなんとか堪え自分に言い聞かせる。
 その瞬間、僅かに隙が生まれたのか、触手のように不規則な軌道で迫っていた腕がアウルの死角から――。

「――っ!」

 直撃はなんとか免れた。
 しかし身体を貫かれずには済んだものの、左の脇腹を掠めてしまい、削り取られるように肉が服ごと抉られてしまった。

「くっ……!」

 激痛が脳を奔る。
 だが意に介している暇などない。
 攻撃は次々と迫ってきているのだ。
 顔面、左肩、右脚。
 追撃はとどまることを知らず――。

「俺は……アウリスト・ピースキーパーだっ! この国の平和を……絶対に……守ってみせるんだぁっ!」

 強く名乗りを上げ、アウルは覚悟を奮い立たせた。
 そして迫りくる腕へと飛び込むようにして身を捻り、攻撃の嵐を掻い潜ってみせたのだ。

「あぁあああああ――っ!」

 アウルは勇ましくたけると、避けた勢いそのままにピリムへと突き進む。
 腕の追撃が間に合うことはない。特性での不意打ちも、既に警戒済みだ。
 あとは無防備に近いその本体の首を、刎ねるのみ――。



「――は守ってくれないの、アウル?」

 それは、混じりのないピリムの肉声そのものだった。
 アウルは構わず剣を振りかぶる。
 しかし覚悟は鈍り、刃を振るえない。

「――っっ」

 少年は決意を貫き通せず。
 そして代わりに貫かれたのは、自らの左胸となる――。
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