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Beauty fool monster
92話 三年越しの答え
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少女の胸から生えた黒い腕。
アウルの左胸をいとも容易く、深々と抉る――。
「……っ……っっ!」
喉の奥底から血液が大氾濫を起こし、アウルは言葉を発せない。胸に空いた風穴からは、体温を奪っていくように温かな血がどくどくと溢れ出ていく。
そして腕を引き抜かれた途端、少年の身体は支えを失ったかのように石畳へと倒れていった。
その容態は、常人であれば即死を免れることなど到底不可能なほどの深刻なダメージと言えよう。
しかし、少年は生きていた。
本人は知る由もないがアウルは今、内に宿していた魔神が外へと出てしまったが為に、その肉体は一般人となんの遜色もない。だが体内に残っていた魔神の力の残滓とも言える生命エネルギーが、心臓を貫かれる重傷だというのにも関わらず、アウルに僅かばかりの延命をもたらしていたのであった。
されども、危篤状態であることに変わりはない。状況が好転の兆しを見せることなど到底ないと言えるだろう。
そう、数分生き長らえたところで、敵はアウルがここから戦闘可能な状態にまで快復するのを悠長に待ってはくれない。更に言えば、地に伏したこの状態のまま放置されるだけでもこの少年はやがて死ぬのだ。
現実は、そう甘くはない――。
「ほんnと、ヒtト族ってe単純ね。こんな安い手に引っk掛かっちゃうnだかrら」
アウルを見下ろし、魔神の人格を宿した少女がせせら笑うように吐き棄てる。
(く、そ……)
朦朧としていく意識の中でアウルの思考は、過去にも散々と嫌気を差し尽くしていたはずの自らの弱さを悔やんでいた。
(俺には、無理なの……か……?)
友を手に掛ける覚悟は、とうに決めていたはず。
非情に成り切れと、何度も心の中で念を押していたはず。
しかし、アウルは剣を振ることができなかったのだ。
(ごめん兄、貴……やっぱり俺……ダメだっ……た、よ……)
無力感に打ちひしがれた少年はやがて、襲い来る猛烈な寒気と眠気を堪えきれず、静かに瞼を下ろす――。
◇◆◇◆
再び時は三年前――アーカム市、東門前広場。
アウル達三人は標的であるウサギを捕獲したのち、街中にて巡回を担当していた兵へと、ペットの捜索願いが届いていないかを尋ねていた。
幸いにもその日の朝から捜索願いは届いていたようで、飼い主は数時間後に無事、迎えに現れたのであった。
『ちゃんと飼い主がいるコで良かったわね』
『うん、そうだね』
飼い主に抱えられ家へと帰っていくウサギを見送り、アウルとピリムは安堵を口にする。
『で、いま一体何時なんだよ……?』
一方でライカは、アウル達と並んで見送った後、着ていたパーカーのポケットから懐中時計を取り出して時間の確認をする。既に街は宵へと沈み、往来の人波も随分とまばらになっていた。
『……あぁ畜生、もうこんな時間だ。も、もう用は済んだろ? 俺は一足先に帰らせてもらうからな。じゃあ、また明日な!』
そわそわとした様子をずっと見せていたライカはそれだけを言い残し、急ぎ足で場を後にする。彼はこの後、食材の買い出しの約束を破った件で父親からのこっぴどい折檻が待ち受けているのだと予想がつく。
去り際に浮かべていた青ざめた表情が、その戦慄の度合いを如実に物語っていた。
『……ピリムは? 早く帰んなきゃバズさんとシャリエさん心配したままなんじゃないの?』
奔走し小さくなっていくライカの背中を見送りつつ、アウルがピリムへと心配を発する。
『良いのよ気にしないで! ゆっくり帰ろ』
『あ……うん』
その返答にアウルは若干押され気味に応え、その後二人は家路へとつく――。
――満天の星空が帰り道を照らす中、アウルとピリムは下校時と一緒の並木道を歩いていた。
『……それにしてもアンタさ、卒業後にどんな職に就こうとかちゃんと考えてるの?』
『まだ卒業まで三年あるんだよ? 今からなんて考えられないよ』
道中にて二人は、他愛もない話の流れからお互いの進路について話題を移していた。
『またソレね……まぁ心配するだけムダか』
『ピリムは……国軍志望だっけ?』
『そうよ、パパとママは反対してくるんだけどね』
『そりゃたった一人の娘だもん。軍人になりたいだなんて心配するに決まってるよ』
『ふん……いつもいつも余計な心配なのよ』
ピリムは両親に向けての不満をこぼす。
するとそこで――。
『ピリムってほんと、強いよね』
『……っっ』
アウルの何気なく放ったその一言が、ピリムの返答を詰まらせたのだ。
『……そう……かな?』
ピリムは喜ぼうともせずに面を沈ませ、若干の間を置いて聞き返した。
『そうだよ、成績も学年でトップクラスだし……火術なんて大人顔負けじゃん。スゴイよほんとに。落ちこぼれの俺なんかじゃ絶対に敵わないもん』
隣を歩く少女の複雑な心境など露とも知らずに、アウルは自身を卑下してまで気兼ねなく褒めちぎった。
『そんなこと――』
『あ、もうココか』
ピリムは否定を紡ごうとしたが、ここで二人の足はいつもの分かれ道へと差し掛かり、会話は敢え無く中断を迎えてしまう。
『今日はありがとう。ピリムが手伝ってくれて本当に助かったよ。また明日、学校でね』
『……うん』
礼のあと、笑顔で手を振って別れを告げるアウル。ピリムは浮かない顔のまま、一向にその場から動こうとしない。
だがアウルは振り返ってはくれず、自宅へと続く道を軽い足取りで進んでいく。
――アウル、もしアタシがさ。
――どうしようもなく困っている時があったとしたらさ。
――アウルは助けてくれる?
声にならない程の小さな声で、ピリムは小さく訴えた。
『え? ピリム、何か言った?』
アウルは振り向き、聞き返す。
『……ううん、なんでもない。また明日ね、アウル』
ピリムは再び紡ごうとはせず、笑顔を取り繕う。
アウルは手を振って別れを済ますと再び背中を向け、二度と振り向くことはなかった。
『……アタシのバカ』
アウルの背中が見えなくなった頃、ピリムは夜空を見上げて呟く。
それ以降、ピリムはこの話題をアウルの前で二度と発さなくなる。そして月日だけが過ぎ、少年達はそれぞれ成長を果たしていくのであった――。
◆◇◆◇
心臓を貫かれたアウルの意識は、生と死の狭間にて揺蕩っていた。
その意識はやがて、戦闘中に幾度もちらついて離れなかった少女とのかつての思い出を、アウルの脳内へと鮮明に浮かび上がらせる――。
――ああ、そういうことか。
――どうしてこの時の記憶が蘇るのか、今わかったよ。
――ごめん、ピリム。本当は全部聞こえてたんだ。
――あの時ピリムは。
――俺に強くなって欲しくてああ言ってくれたんだよね。
――でもあの時の俺は、荷が重いとばかり思ってた。
――“自分は弱く、どうしようもないヤツだ”って。
――常にそうやって言い聞かせることで。
――期待や重圧からいつも逃げ続けていた。
――誰からも頼られないよう、やり過ごしてきてたんだ。
――けど、もう逃げないよ。
――あの時の俺とは違うんだ。
――遅れてごめん、ピリム。
――やっと思い出したよ。
――今なら言える。
『俺が助けるよ、ピリム』
少年は、目を覚ました。
アウルの左胸をいとも容易く、深々と抉る――。
「……っ……っっ!」
喉の奥底から血液が大氾濫を起こし、アウルは言葉を発せない。胸に空いた風穴からは、体温を奪っていくように温かな血がどくどくと溢れ出ていく。
そして腕を引き抜かれた途端、少年の身体は支えを失ったかのように石畳へと倒れていった。
その容態は、常人であれば即死を免れることなど到底不可能なほどの深刻なダメージと言えよう。
しかし、少年は生きていた。
本人は知る由もないがアウルは今、内に宿していた魔神が外へと出てしまったが為に、その肉体は一般人となんの遜色もない。だが体内に残っていた魔神の力の残滓とも言える生命エネルギーが、心臓を貫かれる重傷だというのにも関わらず、アウルに僅かばかりの延命をもたらしていたのであった。
されども、危篤状態であることに変わりはない。状況が好転の兆しを見せることなど到底ないと言えるだろう。
そう、数分生き長らえたところで、敵はアウルがここから戦闘可能な状態にまで快復するのを悠長に待ってはくれない。更に言えば、地に伏したこの状態のまま放置されるだけでもこの少年はやがて死ぬのだ。
現実は、そう甘くはない――。
「ほんnと、ヒtト族ってe単純ね。こんな安い手に引っk掛かっちゃうnだかrら」
アウルを見下ろし、魔神の人格を宿した少女がせせら笑うように吐き棄てる。
(く、そ……)
朦朧としていく意識の中でアウルの思考は、過去にも散々と嫌気を差し尽くしていたはずの自らの弱さを悔やんでいた。
(俺には、無理なの……か……?)
友を手に掛ける覚悟は、とうに決めていたはず。
非情に成り切れと、何度も心の中で念を押していたはず。
しかし、アウルは剣を振ることができなかったのだ。
(ごめん兄、貴……やっぱり俺……ダメだっ……た、よ……)
無力感に打ちひしがれた少年はやがて、襲い来る猛烈な寒気と眠気を堪えきれず、静かに瞼を下ろす――。
◇◆◇◆
再び時は三年前――アーカム市、東門前広場。
アウル達三人は標的であるウサギを捕獲したのち、街中にて巡回を担当していた兵へと、ペットの捜索願いが届いていないかを尋ねていた。
幸いにもその日の朝から捜索願いは届いていたようで、飼い主は数時間後に無事、迎えに現れたのであった。
『ちゃんと飼い主がいるコで良かったわね』
『うん、そうだね』
飼い主に抱えられ家へと帰っていくウサギを見送り、アウルとピリムは安堵を口にする。
『で、いま一体何時なんだよ……?』
一方でライカは、アウル達と並んで見送った後、着ていたパーカーのポケットから懐中時計を取り出して時間の確認をする。既に街は宵へと沈み、往来の人波も随分とまばらになっていた。
『……あぁ畜生、もうこんな時間だ。も、もう用は済んだろ? 俺は一足先に帰らせてもらうからな。じゃあ、また明日な!』
そわそわとした様子をずっと見せていたライカはそれだけを言い残し、急ぎ足で場を後にする。彼はこの後、食材の買い出しの約束を破った件で父親からのこっぴどい折檻が待ち受けているのだと予想がつく。
去り際に浮かべていた青ざめた表情が、その戦慄の度合いを如実に物語っていた。
『……ピリムは? 早く帰んなきゃバズさんとシャリエさん心配したままなんじゃないの?』
奔走し小さくなっていくライカの背中を見送りつつ、アウルがピリムへと心配を発する。
『良いのよ気にしないで! ゆっくり帰ろ』
『あ……うん』
その返答にアウルは若干押され気味に応え、その後二人は家路へとつく――。
――満天の星空が帰り道を照らす中、アウルとピリムは下校時と一緒の並木道を歩いていた。
『……それにしてもアンタさ、卒業後にどんな職に就こうとかちゃんと考えてるの?』
『まだ卒業まで三年あるんだよ? 今からなんて考えられないよ』
道中にて二人は、他愛もない話の流れからお互いの進路について話題を移していた。
『またソレね……まぁ心配するだけムダか』
『ピリムは……国軍志望だっけ?』
『そうよ、パパとママは反対してくるんだけどね』
『そりゃたった一人の娘だもん。軍人になりたいだなんて心配するに決まってるよ』
『ふん……いつもいつも余計な心配なのよ』
ピリムは両親に向けての不満をこぼす。
するとそこで――。
『ピリムってほんと、強いよね』
『……っっ』
アウルの何気なく放ったその一言が、ピリムの返答を詰まらせたのだ。
『……そう……かな?』
ピリムは喜ぼうともせずに面を沈ませ、若干の間を置いて聞き返した。
『そうだよ、成績も学年でトップクラスだし……火術なんて大人顔負けじゃん。スゴイよほんとに。落ちこぼれの俺なんかじゃ絶対に敵わないもん』
隣を歩く少女の複雑な心境など露とも知らずに、アウルは自身を卑下してまで気兼ねなく褒めちぎった。
『そんなこと――』
『あ、もうココか』
ピリムは否定を紡ごうとしたが、ここで二人の足はいつもの分かれ道へと差し掛かり、会話は敢え無く中断を迎えてしまう。
『今日はありがとう。ピリムが手伝ってくれて本当に助かったよ。また明日、学校でね』
『……うん』
礼のあと、笑顔で手を振って別れを告げるアウル。ピリムは浮かない顔のまま、一向にその場から動こうとしない。
だがアウルは振り返ってはくれず、自宅へと続く道を軽い足取りで進んでいく。
――アウル、もしアタシがさ。
――どうしようもなく困っている時があったとしたらさ。
――アウルは助けてくれる?
声にならない程の小さな声で、ピリムは小さく訴えた。
『え? ピリム、何か言った?』
アウルは振り向き、聞き返す。
『……ううん、なんでもない。また明日ね、アウル』
ピリムは再び紡ごうとはせず、笑顔を取り繕う。
アウルは手を振って別れを済ますと再び背中を向け、二度と振り向くことはなかった。
『……アタシのバカ』
アウルの背中が見えなくなった頃、ピリムは夜空を見上げて呟く。
それ以降、ピリムはこの話題をアウルの前で二度と発さなくなる。そして月日だけが過ぎ、少年達はそれぞれ成長を果たしていくのであった――。
◆◇◆◇
心臓を貫かれたアウルの意識は、生と死の狭間にて揺蕩っていた。
その意識はやがて、戦闘中に幾度もちらついて離れなかった少女とのかつての思い出を、アウルの脳内へと鮮明に浮かび上がらせる――。
――ああ、そういうことか。
――どうしてこの時の記憶が蘇るのか、今わかったよ。
――ごめん、ピリム。本当は全部聞こえてたんだ。
――あの時ピリムは。
――俺に強くなって欲しくてああ言ってくれたんだよね。
――でもあの時の俺は、荷が重いとばかり思ってた。
――“自分は弱く、どうしようもないヤツだ”って。
――常にそうやって言い聞かせることで。
――期待や重圧からいつも逃げ続けていた。
――誰からも頼られないよう、やり過ごしてきてたんだ。
――けど、もう逃げないよ。
――あの時の俺とは違うんだ。
――遅れてごめん、ピリム。
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