PEACE KEEPER

狐目ねつき

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Beauty fool monster

93話 次なる獲物と父の苦悩

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 ――PM14:20。アーカム市、東門前広場。

 傾き始めた陽が射す青天の下、石畳に這いつくばった姿のアウルをピリムが見下ろしていた。
 
 
「……さぁてe、コイツはもう死sんじゃったことだろうuし、他のヒト族を殺しまくろrっと」

 ピリムの精神に宿った魔神の人格は、子どものように無垢な口調で殺意を漲らせると、次の獲物を探すべくその場を後にしようとする。だがそこで、伏したままの少年に足首を不意に掴まれたのだ。

「……? なni、まだ生kきてたの」

 決着がついたことにより既に興味が失せていたのか、ピリムは冷めた目つきでアウルを一瞥。しかし少年は面も上げず、他の部位を動かそうとする気配もなかった。ただ無意識に、足首を掴んでいるだけだったのだ。

「それとも死nでるの? なんにせよ、往生際がa悪いね……」

 ピリムが冷静にそう言うと、背中から生えていた黒く長い腕が天高く掲げられ、貫手の形を構える。
 魔神の思考回路には、敵に対する哀れみの感情は存在しない。つまりそれは、アウルが死んでいようがいまいが一切の関係もないということ。
 ただ単に、生きている可能性が僅かにでもあるのなら『トドメを刺せばいい』とだけ思っていたのだ。

「byぃばい、アウル」

 そうして無感情に別れを告げた少女は、掲げていた腕を躊躇うことなく振り下ろす。狙いは脳天、今度こそ万が一にも助かる見込みなど残されていないだろう――。


「――“スライセ・ゲーレ”っ!」

 しかし、ここで思わぬ邪魔が入る。

「……っ!?」

 貫手は少年の栗色の頭頂部に届くことはなく、無色透明の鋭利な刃によって寸断。直前にて、防がれてしまったのだ。

「……!」

 声の聞こえた方角と風の刃の余波による微風の風向きから、ピリムは横槍を入れたであろう人物の位置をすぐに捕捉する。
 視線の先――広場の入口付近に立っていたのは、長い青髪を靡かせた男だった。


「なんとか間に合ったか……」
 
 その安堵の言葉をこぼした彼の名は、マックル・ワレリオ。欠員となっていた席を埋めるべく新たに団士へと任命されたばかりの、国内でも有数の風術士だ。

「……よくやったわ、マックル」

 そして現れて早々、艶のある声色と共に、マックルの背後から女性が現れる。

 その女性の容姿は、行く先々で異性からの視線を磁石でかき集めでもするかのように、魅惑的なオーラを放っていた。
 派手な化粧と明るいブロンドの髪。肩と胸元を曝け出したドレスから溢れんばかりの扇情的な体つき。刺激的な色香を惜しみなく漂わせ、自信たっぷりに佇まうその姿を喩えるのであれば、孔雀が常に羽を広げて闊歩しているかのようだ。

 彼女こそが――親衛士団所属第15団士、オリネイ・メデュープである。


「今の術で俺のマナは、もう殆ど残っておりま……あ、いや、残ってないぞ。お、オリネイ」

 慣れない口調でマックルが、自身のマナの残量が限界に近いことを伝える。

「充分よマックル。後は私に任せて、アンタはあの坊やとそこに倒れてるお嬢ちゃんの回収を頼むわ」

 その彼の隣に立つオリネイが、労いと指示を送る。
 彼女が顎で二度指した先には、ピリムの足元に転がるアウルと、やや離れた位置にてうつ伏せたまま動かないアイネがいた。
 オリネイの指示を要約すると、“戦闘は引き受けるから二人の安否を確認しろ”、といったところだろう。

「……了解」

 その与えられた指示に対しマックルは頷いて応えると、先に近場であるアイネの方へと駆け足で向かう。もちろんピリムへの警戒も怠らないようにだ。

「さ、お嬢ちゃん――」
 
 オリネイはマックルを横目で見送ると共に、腰元に差していた『蛇剣』をすらりと引き抜く。そしてピリムの正面へと立ち、相対をした。

「――ここからは私が相手してあげるわ。かかっておいで」

 妖しい色気を含んだ声色で、オリネイが好戦的に誘う。
 すると彼女は右手に構えた剣の、鞭の如くしなる刀身で、何もない空間へと一度だけ素振ってみせる。
 途端、爆竹が弾けたような音が空気を裂いた。剣先が音速を超えた証明である。
 その特異な形状の剣に秘めた殺傷力の高さが、そのデモンストレーションだけで充分に窺えた。


 その一方で、ピリム――。
 

「…………」

 オリネイの持つ妖艶な雰囲気。
 発せられるただならぬ気迫。
 そして――凶々しささえ気取らせるその得物。

 開戦前のひりつくような空気を伝い、彼女の脅威の程が皮膚越しに全身へと奔る。
 アイネ、エリス、アウルと続く、新たな強敵と呼べる相手の介入。ひとえにそれは、少女にとって想定外に他ならない事態と言えるだろう。
 だがこの少女――もといは、眉一つ動かすことなく、至って平静を保っていた。
 それどころか――。

「Aハハha、探すu手間が省けちゃっtたた。ラッキー♪」

 ――次なる獲物の登場に、心を躍らせていたのだ。


◇◆◇◆


 時を同じくして、ゼレスティア王宮内――作戦室。


「ふう……今日の分はこれでようやく半分か……」

 今日も今日とてデスクワークに勤しんでいたバズムントが、溜め息混じりに進捗を呟く。
 既に時刻は正午を優に過ぎ、14時を回っていた。この時点でまだ半分しか作業を終えてないとなると、通常のペースよりも幾分か滞っているのは明らかだろう。
 彼――バズムント・ネスロイドは、どれだけの作業量を与えられようともきっちりと、確実にこなす性分だ。
 そんな彼がこのような状態に陥っている原因は明白で、それは本人でさえも心当たりがあった。

(……やっぱり、ピリムの事がどうしても気になるな)

 その原因は――そう、愛する家族に心配の矛先が向かっている時だった。
 心配の要因は昨日の晩のあの、精神的に明らかに参っていた愛娘ピリムの姿を見てしまったからだ。
 そうなってしまうと、いわゆる“親馬鹿”である彼のことだ、不安が募り切り今ひとつ仕事に身が入らないのは必然なのだろう。

(くっ、こうなってしまうといかんな……。作業に全く集中できんぞ。悪い予感ばかり考えてしまう……)

 眉間に皺を寄せたバズムントは、どうにかして集中力を高めようと、傍らに置いてあったカップの中のコーヒーを一気に喉へと流し込む。

「ふぅ……」

 口内から鼻孔へと広がる苦味の余韻に浸り、バズムントは大きく息をつく。

「……よし」

 疲れの溜まった思考回路にカフェインの成分が作用となってすぐに行き届いたのか、バズムントは気持ちを新たにデスクへと向かう。

(後ろ向きな考えは止めにしよう。こういった時は、楽しいことを考えなければな……!)

 書類に万年筆をがりがりと走らせつつ、バズムントは明るい話題にて脳内を彩ろうとする。

(……そうだ。いつになるかはまだ定かじゃないが、俺の次の休日はピリムあいつをメシにでも誘ってみるか。もちろんも呼んで三人でな)

 それだけで彼の仕事へのモチベーションはぐんと上がり、これまでの停滞が嘘のように作業は捗りを見せていく。

(家族三人で出掛けるなんて、何年ぶりだろうな)


 バズムントは一人ほくそ笑む。
 決して訪れることのない明るい未来を想像して――。
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