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ダーチェネリア・ファングルス
しおりを挟むファングルス公爵夫妻には、それはそれは見目麗しい娘がおりました。銀糸の様に輝く絹の様な美しい髪に、髪と同じく銀色の長い睫毛に縁取られた大きなラピスラズリの瞳。陶器のように滑らかで白い肌に、林檎の如く血色の良いぷっくりとした唇、高く小さな小鼻。まるで一級品の精巧な人形の如く完璧なパーツを兼ね揃えたその少女は、立っているだけで周りの者の目を惹く程の美少女で、名を "ダーチェネリア" といいました———
***
私ファングルス公爵家長女こと、ダーチェネリア・ファングルスは完璧な存在なのですわ!容姿は最大の武器にできるレベルだと自負しておりますし、文武両道なんでも余裕でこなせます! "余裕で" というところが一番のポイントですわ!
それに加え、私はこの国の第一王子であらせられる【ハルク・エヴァンツェ】様の婚約者!
さらに更に!
魔法だって、普通なら一人につき一つの属性の魔法しか扱えないのにも拘らず、私は、【火】・【水】・【土】・【風】・【光】・【闇】の六属性全て扱えるのです!これを天才と呼ばずして何と呼ぶのでしょうか。
私に出来ない事なんて存在しません!
それでも唯一、挙げるとするなら———
「母さまっ、見てください!わたくし、母さまと同じ水の魔法もつかえるようになりましたわ!」
「...そ、そうなの。凄いわね」
「父さま!父さまと同じ風の魔法もできるんですよ!」
「ダーチェネリア、忙しいんだ。また今度にしてくれ」
——父様と母様から好かれる事です。
きっと、私がまだまだ未熟だから、まだ完璧に優秀じゃないから、父様も母様も私を見てくれないんですわ。もっと勉強して、もっともっと全部なんでも完璧に熟せるようにならなければ...!
ダーチェネリア・ファングルスは本当に何でも出来ました。元々天才肌だった事に加え、本人の努力の甲斐もあって、齢四歳にして全属性の魔法を行使出来るようになった事は、身近な者達にとって驚愕過ぎて、それは次第に恐れへと変わっていきました。一個人が全属性の魔法を扱えるなど、あり得ない事であり、且つダーチェネリアのその完璧過ぎる容姿も、畏怖の対象となっていました。それは、ファングルス公爵家に生まれる筈のない銀色の髪を持って生まれたことが原因で。ダーチェネリアの父親の髪色はダークブルー、母親はブロンド、父方・母方の祖父母もまたそれ以前も銀色の髪をした身内は一人もおらず、一時(いっとき)は母親の不貞が疑われた事も。今では疑いも晴れましたが、丁度その頃辺りから両親のダーチェネリアへ対する態度が変わっていったのです。また、ダーチェネリアの教養面全般を担当していた教師は、彼女が優秀過ぎた為に早々にお役御免となり、それもまた気味悪がられる一因となっていました。
ダーチェネリアは、自分が周りの者から距離を置かれているのに気付いていましたが、それは自分がまだファングルス公爵家に見合った実力を有していないからだと判断します。努力に更に努力を重ね、彼女がどんどん優秀になっていく程に、周囲からの評価も、彼女を取り巻く状況も悪化していきました。
そして、遂にある夜、ダーチェネリアは両親の会話を耳にしてしまうのです。
いつもなら既に寝ている筈のダーチェネリアはこの日、何故かなかなか寝付けなかった為、今日独学で学んだ事を復習しようと考え、今ではすっかりダーチェネリア専用となっている書庫へ足を運ぶ事に。書庫へ行くには両親の寝室の前を通らなければならず、ダーチェネリアは万が一にも両親の睡眠妨害にならないよう静かに足を進めようとしたのですが、その部屋からまだ灯りが溢れている事に気付き、何やら話し声も聞こえたので何気なく耳を澄ましてしまったのです。
「あの子が私達の娘だなんて、とても思えないわ...。髪色だってあり得ないし、魔法だって...」
「...確かに、あの子は不気味だ。そのうち何とかするさ」
会話を耳にしたダーチェネリアは、書庫に向かう筈だった足を翻し、自室に戻りました。まだ幼いその小さな少女は、鏡の前に立って自分の髪色を眺めます。唯一両親と同じ青系統の瞳は滲み、頬を何かがぽたぽたと伝っていきます。それに気付いたダーチェネリアは、慌ててそれを手で拭うと、しゃがみ込み、膝を抱えて丸くなりました。
「だいじょーぶ、だいじょーぶ。わたくしは強い、わたくしはなんでも...できるもの。一人だって、ぜんぜんへいきだもの」
まるで自分に言い聞かせるように何度も何度も、暗い部屋の中、一人ぼっちだった事、努力が全て自分の願ったものへ通じていなかったこと、無駄だった事に初めて気付いた幼い少女は呟いて。
「ダーチェネリア・ファングルスはカンペキで天才で、なんでもできるのよ!コワイものなんてないわ!」
何度か繰り返し終えて、もう一度鏡を見た少女は、そう言ってニコッと鏡の中の自分に笑ってみせました。
——...
そうしてダーチェネリアが六歳になった頃。
「おい」
ダーチェネリアが中庭のガゼボで一人、高等魔術書に目を通していると、同い年くらいの少年に声を掛けられた。粗暴なその少年は黒髪に黒曜石のような瞳を持った顔立ちの整った少年で、声を掛けられる理由が思い当たらないダーチェネリアは首を傾げる。
その前に... ...、
「どなた?」
ダーチェネリアは、少年に全く見覚えがなかった。その問いに驚いた様子の少年の瞳は見開かれ、そんな反応をされたダーチェネリアはというと———
「私、忙しいんですの」
全く気にも留めず、視線を魔術書へと戻した。
「なっ、...セザリオ・ヴァイスだ!」
少年を気にも留めていなかったダーチェネリアが、"ヴァイス" という家名を聞いてピクリと反応を示す。
ヴァイス家の家格は伯爵で、ヴァイス伯爵家当主と自分の父親が友人である事を知っていたダーチェネリアは魔術書を閉じた。ファングルス公爵家の長女として、この少年を無下にはできない相手だと判断したからだ。
「そうでしたの。そうとは知らず失礼な態度をとってしまい、申し訳ありません」
「!...い、いや別に」
「まぁ、貫大であられるのですね。ところで、何か用がございまして?」
いくら無下にできない相手とはいえ、ダーチェネリアからしてみれば邪魔な存在この上なかった。さっさと相手を終わらせて勉強の続きをしたかったのだ。
「何を読んでいるんだ」
言っても理解出来ないだろうに、何故そんな事を聞くのだろうと、ダーチェネリアは苛ついた。そもそも表紙を見てどんな物か分からない時点でたかが知れている。
「魔術書ですわ」
「魔術書...、少し見てもいいか」
だから見たって理解出来ないでしょうと溜息を吐きたくなるのをぐっと堪えて承諾すれば、セザリオと名乗った少年はダーチェネリアの隣に腰掛け、横から魔術書を覗き見る。
「... ...分かるのか?」
「ええ、まあ」
「...俺には全く分からない」
当然だろう。お前なんかに理解出来る訳がないと見下した視線を送るダーチェネリアに、セザリオは気付く事もなく言葉を続ける。
「こんなの楽しいのか?」
「いいえ、この章はとくに。簡単過ぎますので」
セザリオは「これがか...」と驚愕している。ダーチェネリアが本当にそろそろ会話を切り上げたく、その為の言葉を口にしようとした時だった。
「セザリオ、そろそろ戻るぞ!」
男の声がして其方へ視線を向ければ、恐らくセザリオの父親であろう男性が此方に手を振っており、その隣にはダーチェネリアの父親が。側に行き、伯爵に挨拶だけでもした方が良いかと考えたが、彼女の父親はそれに気付いたのか渋い顔をする。表情から父親の考えを察したダーチェネリアは、その場でサッと伯爵へ向けて淑女の礼をとると、魔術書を抱え、直ぐにその場から立ち去ろうとした。
...のだが、何故かセザリオに手を掴まれて阻止されてしまう。
「行かないのか?」
セザリオに言われ、繋がれた手に視線を落とす。...本当に、煩わしい。父親と伯爵が何やら会話を始め、此方に二人の注意が向いていない事を確認すると、ダーチェネリアはセザリオの手を振り払った。
「気安くさわらないで下さいません?はっきり申し上げておきますわ。私、自分より劣った者と関わる趣味はなくてよ」
言って、にこりと笑ってやれば、セザリオは固まってしまった。だってこの少年は、全てにおいて私より格下。私は、そんな塵も同然な存在に取れる時間など持っておりません。
今度こそ屋敷内へ戻ろうと歩き出した歩みは、
「...ダーチェネリア嬢!」
今度は教えていない筈の自分の名前を呼ばれ、引き止められる。
「... ...何です?」
仕方なく振り返れば、セザリオは眉を寄せて酷く悲しげな表情をしており、先程の自分の言葉が堪えたのかと、なんて弱い少年なんだと齢六歳にして顳顬を押さえたくなった。
「また、話せるか...?」
「... ...は?」
自分でも驚く程に素っ頓狂な声が出たと思う。ここまでの毒舌を浴びせて尚、また話したいと言うセザリオに、今度はダーチェネリアが驚く番だった。
「... ...あの、私の申し上げたこと、聞いていらっしゃいました...?」
「ああ」
何故か彼は嬉しそうに、けれど何処か寂しそうに微笑む。
「私、貴方に興味ありませんの」
「っ、俺はある!」
この国では社交界デビューは七歳からの為、同い年の子供に会ったのも初めてだが、自分の言葉に全く動じない彼に、最早ダーチェネリアは続く言葉がなかった。
「...お前に、認めてもらえるように頑張る」
「認める...?私があなたを?ないですわ。だって私は容姿端麗頭脳明晰、運動だって魔法だって随一で、出来ないことなんてない完璧なファングルス公爵家の長女ですもの」
フフンと笑い胸を張って堂々とそう言えば、セザリオは「そうだな」と頷く。嫌味な言い方をしても全く意にも介していない様子の彼に、ダーチェネリアは段々と疲れてきた。
「だが剣の腕なら負けない」
「...剣?伯爵家の御令息が?」
ダーチェネリアが首を傾げると、セザリオは何故か眉を寄せる。
「... ...あの時は、これしか浮かばなかったからな」
あの時?と、ダーチェネリアは首を傾げる。
会話をしていたにしても、流石に遅いと痺れを切らしたセザリオの父親が再びセザリオを呼び、今度こそ背を向けて去って行く彼にホッとしていると、何を思ったのか振り返ったセザリオは、
「お前はすごい。...本当に、本当にすごい。俺はずっと前からそう思ってた」
そう言ってから、父親の元へ戻っていった。
門の外までダーチェネリアの父とセザリオの父の二人と共に歩を進めている最中も、セザリオはとても名残惜しげに此方を気にしながら歩くものだから、ダーチェネリアは本当に意味が分からなかった。
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