記憶の先で笑うのは

いーおぢむ

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翡翠と琥珀

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ぽんぽんと、トヴァがカエルムの頭を撫でたので、「何だよ」と怪訝そうな瞳をジュースの缶を片手に持つトヴァへと向けた。


「いや、大きくなったなと思って。
はい、ジュース」

「サンキュー...って身長の話しかよ。久しぶりだったからな、魔人化に慣れてなかっただけだ」


そう、カエルムが魔獣から魔人となった当初、彼の背は本当に小さかった。今では、彼の背丈はトヴァよりほんの少し高くて、同い年感が出ていて落ち着くのだが、あれはあれで可愛かったので、トヴァはこっそり気に入っていた。

魔獣は、人間に対して何か強い思いを持つ事で、魔人になれる。それが恨みのような負の要素であっても、愛のような陽の要素であっても。

カエルムの場合、トヴァと過ごすうちに、彼女と同じ姿になりたいという思いが強くなった事が要因だが、そんな事を話せる性格ではないので、元々出来たが最近は全くしていなかったと嘘を吐いている。

実際は、どうすれば魔人になれるのかと、トヴァと過ごしていない時間のほとんどを情報収集に費やしていたわけだが。



トヴァとカエルムがピリザを出て二週間程。
現在、二人はロドルゲの隣町【モリゾナ】で足を止めていた。道端にあった自動販売機の横にあるベンチに腰掛け一休みしながら、今後の流れを話し合う。

ピリザを出た理由には、勿論家庭の事情もあるが、重要な目的は【白怒の日の消失】である。

その為にはやはり、怨雪が降る原因を突き止めなければならない。仮に神話通りだとするならば、兄竜の怨念とかいう物の所為。であれば、その怨念をどうにかして浄化しなければならないのではないだろうか。


「怨念ってさ、属性的には "闇" からくるもんじゃねーの」


カエルムは正しい。トヴァもそう考えていた。

トヴァは魔力を有する者の一人であり、光属性の魔法を得意としているので、入学は必須だ。また不思議な事に、人間であるにも関わらず、魔力のコントロールの仕方が非常に秀でている。


「お前は有利だよ。光と闇は対だからな、対抗するにはもってこいだ」


言って、ニヤリと笑うカエルムの魔力属性は水なんだそう。

...使えない。


「おい、声に出てるからな」

「あら」

「あら、じゃねえよ!俺だって全く使えねえ訳じゃねえよ!...多分」


どっちみち、トヴァとカエルムは入学しなければならない。現在トヴァは十五歳で、入学しなければならないとされる年齢まで、あと僅か。それに加えて、カエルムも丁度トヴァと同じ頃が入学期なのだ。

当然だが、入学すれば夏休みや冬休みなどの長期休暇以外の行動は全て制限されてしまう。

だから、入学して自由が効かなくなる前に、少しでも白怒の日を消失させる方法について何か手掛かりが欲しい。

そこでカエルムが提案したのが、仙人と呼ばれる程に長い時を生き、現在も存命の魔人に会いに行く事だった。

その魔人はもう千年も生きているらしい。


「いくら魔人が長生きって言ったって、せいぜい人間の寿命の二倍くらいじゃなかった?」

「だからだよ。都市伝説レベルだけど、実在したら絶対何か知ってるだろ」


魔獣間での都市伝説レベルのその話に賭けてみるしかない。それ以外に何の手掛かりもないのだから。
以前、ドラッヘ国立図書館へも足を運び、古文書や建国神話が詳しく説明されている分厚い本を何冊も読み漁った事がある。しかし、お目当ての情報は何一つ得られなかった。

頼みの綱は、その仙人程の時を生きる魔人と、あと半月程で入学する学園にある図書室だけ。

 二人はとりあえず、仙人のような魔人が住んでいると噂される町、【シイオ】へ向かう事にした。

魔獣が多く危険と判断され、侵入禁止となっている【あおの森】から最も近い距離に位置する三つの町【テッカヴェルグ】、【ヌータ】、【シイオ】は、ピリザと負けず劣らずの田舎町だと聞いた事がある。

蒼の森方面へは電車もなく、途中からバスもない為、結構な距離を歩く事が決定したが、まぁ仕方ない。

ルーナドラッヘ大陸のほぼ中央に位置する大市場【マーレ市場】からは、凡ゆる方面へのバスが出ている。
二人はシイオ方面行きのバスへ乗車する為、先ずはマーレ市場へ向かう事にした。



***



マーレ市場に着くや否や、市場全体を覆うその溢れんばかりの活気と明るさに、カエルムは目を輝かせ、嬉々としている。


「初めて来たの?」

「当たり前だろ、魔獣がこんなとこ来れるかよ」


嬉しさからくる興奮なのだろう。
あまりにも彼方此方、行ったり来たり露店を眺めるものだから、トヴァは笑ってしまった。

確かに大市場と言われるだけあって、色んな店がある。

武器や薬系などは勿論、宝石や鍛冶屋、衣服に食料など、ありと凡ゆる品を扱う店があり、店主は大声で元気いっぱい客引きをしている。

トヴァは、カエルムを見失わないようにと、目で姿を追っていたのだが、そのキョロキョロとした挙動が、側から見て迷子だと捉えられたらしく、髭面の中年小太り男が、トヴァに声を掛けてきた。

心配するかのように「お嬢ちゃん」と声を掛けてきた男の視線が、下卑たものだという事にはすぐに気が付いた。まるで品定めしているかのようなその視線。マーレの裏市場では、人身売買が行われているという噂を耳にした事もある。


「迷子かい?それともお友達と遊びに来て、逸れちゃったのかな?」


こういう時、光属性に長けていて本当に良かったと思う。普通の者に比べて、他人の悪意に敏感になるからだ。


「いえ、連れがすぐそこにいるので、大丈夫です」

「え、どこ?見当たらないけどな。気を遣わなくてもいいんだよ」


振り返って確認すれば、先程までカエルムがいた筈の場所に彼の姿はない。男が声を掛けてきた事により注意が逸れた所為だ。

トヴァと男の距離が短くなっていく。

...面倒臭いけど、走って逃げるか。

そう思った時だった。


「ねえ。オッサンさぁ、ソイツにちょっかいとかやめてくれない?俺の身内なんだ」


男との間に割って入ってきたカエルムに、そもそもお前の所為ではないかと、溜め息を吐かざる得ない。
不機嫌オーラ全開の睨みに目の傷痕の威力も加わって、ヤクザ顔負けのドスが効いたその表情。


「お...、お連れさんが見つかってよかったね!」


苦笑いで引き攣ったような声音でそう言った男に対し、カエルムは「分かったならいいよ、俺達もう行くから」と、トヴァの手を引いて人混みの中を歩き出す。

...歩くのはいいのだが、一向に喋らない。トヴァの手を握っているカエルムの握力は痛いくらいで、トヴァはカエルムが怒っていると判断した。


「…ねえ、何で怒ってるの?」

「は?…別に怒ってねえよ」

「嘘。今のカエ、怒ってる声と顔してる」

「うっせーな!どうせ元々目つき悪ぃよ!」


カエルムの怒っている理由が知りたくてトヴァがその理由を尋ねれば、彼は「怒ってねえよ」の一点張り。誰が見ても彼は怒っていると思うだろうに。

カエルムに引っ張られながら足早に歩き続けていれば、ドンッと何かとぶつかり、その衝撃でカエルムと手を繋いでいる方とは反対側の方の体をもっていかれた。

ズサッという音ともに、自分とぶつかった誰かが転んだ事を理解した瞬間、トヴァは無意識にカエルムの手を振り払って転んだ者の元へ駆け寄る。

カエルムはその事に気付かず、トヴァが自分の態度に怒って手を振り払ったものだと思い込み、一度は振り返ったものの、そのまま歩いて行ってしまった。

一方、トヴァはそれどころではない。自分と衝突して転んだ人物が怪我をしているだけでなく、その人物が自分と同い年くらいの少年で、イゥと重なって見えたからだ。


「ごめんなさい、大丈夫だった?」

「...邪魔っくさいな」


苛つき気にぼそりとそう言った銀髪の少年。翡翠のような少年の瞳は暗く陰っている。それは、ぶつかって倒れた事だけが原因とは言い難かった。

そしてそれは一瞬の出来事だった。トヴァがもう一度謝罪した瞬間、


「え?こんなの全然痛くないから平気だよ!キミ、心配してくれたんだぁ!とっても優しいね、ありがとう!でも、キミは大丈夫だった?怪我とかしてない?」


まるで別人。

そして何より少年の瞳の色だ。 先程までは翡翠のような暗めのグリーンだったその瞳が、オレンジ色に変わっている。

性格と瞳の色の突然の変化に驚きから固まっていると、少年の歩いてきたと思われる方向から男の声が飛んできた。


「No.7!何をしているっ、早く来い!」

「…はい」


狐目で眼鏡をかけた短気そうな男が、少年を呼んだらしい。

返答した少年の瞳は翡翠色に戻っている。

トヴァは、先程男が口にした "No.7" という言葉を不思議に思う。
そして、それが恰も自分の名前だというように返事をして立ち上がった少年に何かあまり良くない事が絡んでいると何となく感じ取り、歩いて行こうとする少年の手を掴んで阻止した。


「… …何」

「…行きたくないんじゃないの?」


トヴァがそう尋ねると、少年は無言で目を見開いた後、またすぐに先程と同じ無表情に戻った。


「…どーしてそう思うの」

「何とく。ハズレ?」

「… …」

「オイ!!早く来いと言っただろうっ、何をしている!?」 


凄い剣幕でそう言って近寄って来た男。何事かと周囲の目が此方へ向く。

トヴァは少年と男の間に入り、男をじっと見つめた。


「何だね…?誰だね君は。急いでいるんだ、そこを退いてくれないかい?」


男は周囲の目を気にしたのか、メガネをクイッと上へ上げると、先程とは打って変わって優しい笑みを浮かべた。
しかし、トヴァの次の言葉に男は驚きで硬直する事になる。


「おじさんごめんなさい…。私達、マーレでしか買えないとっても美味しい果物があるって聞いて、食べたくて、初めてここに来たんです。向こうにあるって聞いたから嬉しくて、走って弟がぶつかっちゃって、本当にごめんなさい」


しゅん、として謝るトヴァに、トヴァの後ろにいる少年はポカンとしている。

健気に頭を下げ、謝罪するトヴァに、周囲の者達からの「大人げない」、「子供なのに可哀想」、「あんなに謝っているのに」などの中傷や冷たい視線が男性に突き刺さる。

焦る男に、トヴァがその男にしか分からないくらいの軽い笑みを浮かべると、ピキッと、男に青筋が浮んだのが分かった。


「このガキッ!」


頭に血の登った男がトヴァの胸ぐらを引っ掴んだ次の瞬間、その男が呻き声を上げ、トヴァの胸ぐらを掴んだ手を押さえながら倒れた。


「お前さ、今トヴァに何しようとした?」

「がっぁああ…!!」


先程、怒って行ってしまったはずのカエルムが戻ってきたのだ。

カエルムは男の頭を踏みつけると、ぐりぐりと地面に押し付ける。


「"殴ろう"とか考えてたわけ?」

「ぐっ…がぁ!」

「ちゃーんと答えろよ」


カエルムが踏みつけていた足で男の顔を蹴り上げると、男のメガネが吹っ飛んだ。
鼻血で汚れた情けない顔で、小声ではあるがカエルムに何度も謝っているようだ。

流石にヤバイと思ったのか、野次馬達も散って行く。
万が一、警察でも呼ばれたらもっと面倒な事になると思ったトヴァは、カエルムの元まで行くと、右手で彼の手を掴み、再び少年の元まで戻ってくると今度は左手で少年の手を掴み、その場から逃げる様に走り去った。











どれくらい走っただろうか。
気付けば噴水のある広場に来ていた。
息の荒いトヴァに対し、カエルムと少年はケロッとしている。


「…自分で引っ張っておいて何だそれ」

「う、るさい。カエが騒ぎ起こすから」

「助けてやったんだろ」

「次は颯爽と連れ去ってくれる事を希望」

「はいはい」


カエルムが大きな溜め息を吐き、渋々とそう返事をすると、少年が歩いて行こうとするのに気付いた。

トヴァは咄嗟に追い掛け、少年の手を掴む。


「待って、何処行くの?」

「戻るんだよ」

「はあ!?お前何考えてんだ!?」

「それは俺の台詞なんだけど…。俺、"助けて" なんて一言も言ってない」

「あ?」


カエルムは少年の額に頭突きをする勢いで自らの額を付けて凄むが、少年は無表情でカエルムを見つめる。
しかし、何を思ったのか、少年はふいっとカエルムから顔を逸らすと、トヴァを見つめた。


「…コレ、彼氏だろ。何とかしてよ」

「かっ!?かかか彼氏じゃねえ!!」


顔を真っ赤にして叫ぶカエルムに対し、トヴァは真顔で少年を見据えると、少年の翡翠の様な瞳も、トヴァをしっかりと見つめ返す。


「キミの名前は?」

「名前って…、さっき聞いてたでしょ?」

「ん、聞いてた。でもあれは名前じゃないでしょ?」

「… …」


二人のやり取りに、すっかり蚊帳の外状態のカエルムは、冷静さを取り戻すと、近くのベンチに腰を下ろし、二人の様子を窺ってみる。


「…俺に、そんなもの必要ない。だって俺は…」


そこまで言って、少年は黙り込む。
急に黙り込むものだから、トヴァは少し心配して声を掛けた。

すると————


「ごめんなさい!俺もナナちゃんも本当はすごく嬉しいんだよ!」


少年がトヴァの両手を包み込むように握ってきて、ずいっと顔を至近距離まで寄せてきた。その瞳の色はオレンジ。


「セプテム、黙ってて」

「やだよっ、だって俺は戻りたくないもん!ナナちゃんだって本当は戻りたくないくせに!」

「あそこ以外に俺達がいられる場所なんてないだろ!」

「でも俺はもう嫌だ!!」


一見、激しい一人言のように見えるが、そう思えないのは、少年の瞳の色がころころと変わるからだ。
少年は、まるで誰かと言い合いでもしているかのように一人言を繰り返している。

聞いていると、「戻らなければならない」と主張する時の少年の瞳は翡翠色。一方、「戻りたくない」と主張する時の瞳の色はオレンジ色だ。


「何だこいつ」


様子を見ていたカエルムが戻ってきたらしい。


「いいから戻るぞ!」

「嫌だってば!!ナナちゃんの分からず屋!」

「分からず屋はどっちだ!」


まさか、目の前にいるこの少年は二重人格なのだろうか。本で読んだ事はあっても、実際に二重人格の人物と接触する事は初めてであり、信じ難いが、その瞳の色の変化がこの少年の二重人格が偽りではないと物語っているように感じた。


「キミは二重人格なの?」


少年の言い争いに割って入り、疑問をぶつければ、オレンジ色の瞳になった少年が口を開く。


「うーん...、二重人格というか、二つの人格が一つの体を共有してるっていうか...」


返答に困ったというように、ぽりぽりと頬を掻く様子を見ていたカエルムが徐に口を開く。


「お前から人間の気配と魔獣の気配が入り混じったような気配がするのは関係あるのか」


カエルムの言葉に、少年はビクリと明らかに動揺を見せる。


「...やっぱりな。トヴァ、多分こいつ人工魔人だ」



"人工魔人"



前々からメディアで取り上げられている犯罪。非人道的な研究の産物。


「... ...だったら何?警察署にでも行って、保護してもらえって?
警察じゃ無理、今の彼奴等にそんな力ないから」


翡翠の瞳がジロリと二人を睨む。
結局、同じだ。怖がって、気味悪がって、中傷するに違いない。しかし、幾度となく繰り返した経験から導き出されたそれの予想を上回る少女の次の言葉に、開いた口が塞がらないとはまさにこれだと思った。



















「そんなに戻りたくないなら、一緒に来る?」



シーン—————...



「...え?何かまずい事言った?」

「誰が?」

「キミが」

「誰と?」

「私達と」



————... ...










「はあああ!?」

「カエ、声うるさい」

「こんなヤバそうな奴連れてくのか!?」

「公衆の面前で、倒れた大の男の顔面を蹴り上げた野蛮人に言われたくないんだけど」

「う、うるせえな!」


本当に、まさかそんな事を言われるとは思ってもいなかった。トヴァの隣の少年は大反対しているが、彼女はいたって真面目のようで、真顔で俺を見ている。
俺が返答しないでいると、また煩いのが主張し出した。


「いいじゃんナナちゃん!この子達と一緒に行こうよ!きっと楽しいよ!」

「何か訳ありなんでしょ?私もだし、丁度良くない?」


そう言って立ち上がると、座ったままの俺に手を差し伸べてくるトヴァとかいう少女。そんな彼女の隣にいたカエルムとかいう少年は、盛大な溜め息を吐いて、諦め気味に首を横に振る。


「...トヴァ達はどこに行くの?」

「シイオだよ。会って話してみたい人がいるから」


その流れで、俺はトヴァが何をしようとしているのかを聞いた。長生きな魔人の噂は俺も聞いたことがあるが、信じてはいなかった。でも、この二人はとりあえずその魔人が住むと噂される町へ行ってみるらしい。

確かに、白怒の日をなくすなんていうとんでもない目的を達成する為の手掛かりを得る為には、胡散臭い話にも飛び込むくらいの勢いがあった方がいいとは思うが、そもそも白怒の日をなくす為に本気で行動を起こす事自体が普通ではない。

白怒の日なんて、たった一日屋内に篭っていれば終わるし、もはやちょっとした冬の不吉なイベントに過ぎないじゃないか。
その、トヴァの幼なじみの少年の妹の件については多少思う所はあるけれど。


「... ...まぁ、ついて行ってもいいけど、あんた達危険だと思うよ」

「"一緒に連れて行って下さい" だろ。
つーか、それどう意味だよ」

「俺、数少ない成功例の人工魔人の一匹なんだ。だからさっきの奴等にとって、貴重な存在なの。連れ戻しにくる可能性大」


今度こそ怯えて、先程の提案を撤回するかと思いきや...


「ならもっと丁度良いかもしれない。キミ、自分が何歳か分かる?」


と、意図を理解し難い問いを投げかけてきた。


「...は?知らないけど...」

「魔力は持ってる?」

「まあ、それなりには」

「じゃあ魔術学園に通ったことは?」

「あるわけないじゃん」


質問が終わると、トヴァは「ほら、丁度良い」と笑った。何がそんなに "丁度良い" のか分からなくて尋ねてみる。


「学園に入学すればいいの」

「「... ...は?」」


カエルムと反応が被ってしまったが、
いや、もう本当に「は?」だ。

学園に入学する?

誰が?

俺が...?


「学園が重要視しているのは、入学する者が 、"本当に魔力を有しているか" + "適正年齢とされる十六歳であるか" の二つなの。この二つがきちんと証明されれば誰でも入学できる」

「だから俺は自分の年齢なんて...」

「うん、引っ掛かるのは学園側が指定している適正年齢だと思ってるんでしょ?入学するにあたって必要な書類の中に、それを証明する物も必要だけど、"出自が定かでない者"、"身寄りのない者" に該当する者は、魔力を持っていて、且つ身体年齢が十六歳と同等程であれば入学できるんだよ。それに、書類は事前に学園に行って、魔力持ちかどうかを証明する身体検査を受けて、魔力持ちなら証明書を発行してもらえるし、それを発行してもらえれば、魔力適正年齢検査で、身体年齢も検査してもらえて、十六歳と同じくらいならこれも証明書を発行してくれるんだよ」


実はカエルムも、このトヴァの提案により、その手順を踏んで魔術学園に入学する予定の一人だ。

ピリザ農場にいた頃、今は頻繁に来られているが、もう少しすると学園に入学しなければならない為、全く来られなくなると言われた。
 学園生活は二年だが、その後もこっちへ戻ってくるつもりはないと、トヴァの考えを聞かされ、途轍もなくいじけているのがバレバレなカエルムに入学を提案してみたのだが、その当時、カエルムは魔人化出来なかった。
まぁ、その想いの強さから、割と容易に魔人になれるようになったのだが。


「...だからって、何で俺が入学する事になるのさ」

「そこなんだよ。ドラッヘ魔術学園に入学すればね、絶対的に身の安全を保障してくれるんだよ」

「身の...安全...」

「...魔力持ちは国の貴重な資源みたいな存在でもあるからね。だから大切にされるんだよ」


トヴァが入学を勧めてきた理由は分かった。自分が入学できる可能性がある事も分かった。でも、自分はやはり異質な存在だ。さっきカエルムに気付かれたように、人間と魔獣が入り混じったような気配はどうやったって消す事は出来ないだろうし、魔人は絶対に気付くだろう。その前にまず、身体検査の時点で引っ掛かる気がするのだが。

疑問に思った事を全て口にすれば、カエルムが「ああ」と、何かを付け加えたがるように口を開いた。


「確かにさっきそう言ったが、それはお前が一人で言い争いをして、瞳が変わり続けてる時だけだ。目が緑色の時は人間の気配だけで、オレンジの時は魔獣だけだ。だから、検査の時、緑の奴でいればバレないんじゃねえの?」


もはや自分の事を恐れるでもなく、不気味だと蔑むわけでもなく、 "緑の奴" と言い出したカエルムに吹き出せば、カエルムは「なんだよ」と怪訝な顔をする。


「はぁ、笑った。あんた達、本当に馬鹿じゃないの?」

「てめっ、こっちは真剣に...「分かってる。ありがとう」


素直にお礼の言葉を述べた少年に二人は目を丸くした。そして、少年はそんな二人を見てまた少し笑うと、自己紹介を始めた。陰っていた翡翠色の瞳が今は輝いている。


「俺は人間の時の名前を覚えてないんだ。だから研究所で付けられた番号から【ナナ】って呼ばれてる。こいつには——」


瞳の色が翡翠色からオレンジ色に変わる。


「ナナちゃんが素直になってくれてよかったよ~、二人共ありがとね!
じゃあ改めまして!俺が魔獣だった方で、【セプテム】っていうんだ!宜しくね」


そんなこんなで、白怒の日をなくす為の手掛かりを集める短期間情報収集の旅の後、学園に入学するというトヴァ達と行動を共にする事になったのであった。


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