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リール・ゼゼ・クレヴァス・ルーナ
しおりを挟む青い空も、柔らかい風も、暖かい太陽の光も、全てが眠気を誘う午後。
そんな、ほのぼのとした状況にリールの奏でる美しい琵琶の音色も加わって、集まった魔獣達はやはりスヤスヤと寝息を立てるものが多い。
リールの従者であり、騎士(ナイト)のような存在でもあるモーントはというと、魔獣の姿に戻り、リールの隣で丸くなっていた。その姿はまるで黒い狼だ。
リールは普段、モーントがこうしている時は眠っていると思っているのだが、実はモーントは起きていて、しっかりとリールの琵琶を聴いているという事を知らない。
不意に琵琶の音色が止まり、モーントは閉じていた目を開け、伸びをした後でリールに問う。
『どうかしました?』
モーントの問いに、リールは何処か遠くを見つめていた視線を琵琶へ落とし、自嘲気味に軽く笑う。
「…いや、大した事じゃない」
『… …例の少女の事ですか?』
「はは、オマエに隠し事は無理だな」
『当然ですね』
一瞬目を丸くした後、何時ものような笑顔で笑った主に、心が温かくなるのを感じる。
「いつになったら、会えるのかと思ってな」
『…思い立ったたら即行動の貴方が珍しいですよね。
と言うか、捜させると言ったのに断りましたもんね?』
「あぁ、…そうだな」
何かを深く考えるように、リールは眉間に皺を寄せている。
「…いや、分かるんだ。このまま彼女を待っていても、いつかは彼女に逢えると、何故か分かる。けど、それがいつかは分からない」
『…考えが、変わりましたか?』
難しい顔をしていたリールにモーントがそう問えば、リールは何かを決意したように真っ直ぐとモーントを見た。その後、ニカッと笑うと、彼は口にする。
「だからやっぱり、俺が捜しに行く」
『駄目です。無理です。危険です。それなら私が行きます』
即答したモーントに、リールは苦笑い。
「おいおい、俺は子供じゃないんだぜ?」
『知ってますよ。こんなでかくて無鉄砲な子供がいたら可愛気の "か" の字もありません』
「あー、相変わらず刺さるわぁ」
『刺さってもらわないと学習しませんからね、貴方は』
敬語なのに毒舌というモーントのキャラは、今日も絶好調のようだ。
『とにかく、どうしてもと言うなら私に任せて下さい』
「…俺が行きたい」
『… …』
いつもなら仕方ないと言った風に二つ返事で許可するリールが、今回の件については首を縦に振らない。
『そんなに私が信用出来ませんか』
「そんな事はあり得ないって分かってるだろ?」
眉を八の字にして笑うリールに、モーントは長い溜め息を吐くと、魔人の姿に戻って頭を掻いた。
「…仕方がないですね。とでも言うと思いましたか?駄目なものは駄目ですよ」
「おい...、お前はどれだけ過保護なんだ」
「だって貴方には成すべき事があるのでしょう?それを達成される前にぽっくり逝ってしまったら話になりませんからね」
「まあな… って、ぽっくり逝くって何だ!俺がそんなに柔に見えるか!?」
「多少」
「嘘をつけ。俺は強い… …はず…」
「ええ、貴方は強いですね。私が守らなくても良いくらいに」
「だよな!?」
「はい」
「…あれ、素直だな…?」
「貴方との会話が面倒臭くなりました」
「はーい、本日四度目のブロークンハート」
「一々数えてたんですか?器用ですね。
いや、根に持つタイプなんですかね?本当にその器の小ささにはきっと神も吃驚ですよ」
「今五度目に更新されたわ」
今日の演奏も終わり、お客となってくれていた魔獣達も散り、俺はいつも通り琵琶の手入れを始めようとしたのだが、何故か突然の眠気に襲われた。
「ちょっと陛下、こんなとこで寝ないで下さいよ。せめて中に入って...」
分かっている。分かっているのだが、眠気に勝てない。瞼が重いのだ。
昨晩は特別遅くまで起きていたというわけでもないのに、どうしたのだろうか。
ああ、きっとまた後でモーントに小言を言われるのだろうなと頭の片隅で考えながら、俺はその強烈な眠気に意識を手放した。
そうして、夢を見た――…
" 今日ここにまた、決意新たに誓おう!全ての人間、魔人、魔獣に安寧を齎すことを! クレヴァスの名に懸けて!"
" 陛下ー!国王陛下!"
" 陛下万歳!陛下万歳!"
" 王妃様万歳!"
" 王子様ー!"
" クレヴァス王家万歳!!"
クレヴァスと言う名前が耳に入った瞬間、リールはピクリと反応を見せた。
数え切れないくらいの人々が、大きな城の前で集まり、上を見上げている。
人々の視線のその先には…
「…っ!?」
俺と、俺が逢いたいと切望する女であるトヴァがいた。
…いや、正確には、俺とトヴァに瓜二つの男と女だ。
二人は大勢の人々の拍手喝采を受け、それぞれに『陛下』、『王妃』と呼ばれている。つまり二人は夫婦なのだろう。
そして、王妃と呼ばれる女の腕の中には、寝息を立てている愛らしい赤子がいた。
そこで俺は思う。何故、"愛らしい" などと感じたのか。人間の赤子など、みんな同じ様なものなのに、明らかに俺は王妃の腕の中に抱かれている赤子に対し、そう感じた。
そして、俺にそっくりの王は、王妃から赤子を受け取ると、その赤子の名前を発表すると高らかに声を上げた。
それはもう嬉しそうに。
すると、人々は待ってましたと言うように拍手し、大歓声を上げる。
ここでようやく、何となく理解する事が出来た。どうやらこの盛大な場は、産まれたあの赤子、つまり王子の生誕を祝うものらしい。
" パクス・ゼゼ・クレヴァス・ルーナ!"
次期国王になるであろう王子の名の発表に、これ以上ない程に人々は大盛り上がりで、王子の名を叫んでいる。王と王妃はそんな人々に笑顔で手を振っていた。
——次に場面は平和で明るいシーンから一変し、鎧を着て剣や弓矢などの武器を持ち、馬にまたがる大勢の兵達。
そしてその先頭に、二頭の白馬。
一頭の白馬には金色の鎧を着た俺に瓜二つの王、もう一方の白馬には同じく金色の鎧を着たトヴァに瓜二つの王妃が大勢の兵達を率いるようにしてそこにいた。
どうやら戦争が始まる寸前のシーンのようだ。そこでリールが驚いたのは、王妃も戦の場に、それも馬に乗り、鎧を着て戦に参戦している事だった。
普通、『王妃』というものは、こういう時、城で夫である王の帰りを待つものではないのかと、そう思っていたから。
けれど、頭ではそう思うのに心の中では、その状況にどこか懐かしさを覚えていた。
" 種族差別を唱える者共の傲慢な考え、やり方に屈してはいけない!"
" 私達は必ずこの戦に勝利する!"
剣を掲げた王と王妃がそう高らかに叫ぶと、率いている軍勢も同じように武器を掲げ、大歓声を上げた。
そして、" 突撃!"という合図と共に、全軍が目の前の敵軍へ向かって突進して行った。
幾人もの兵達が傷付き、殺し合い、多くの血が流れた。
そんな光景を、リールは映画を見るようにして上から見ていた。
戦の結末は、俺似の王とトヴァ似の王妃の国の勝利。
次に場面は城内と思われる豪華で派手な場所で行われる宴のシーンへと切り替わる。
" クレヴァス王家万歳!"
" クレヴァス王家に敵無し!"
" クレヴァス王家に乾杯!"
そんな声が彼方此方から聞こえ、きっとこれは先程の戦の勝利を祝う宴なのだと感じた。
この場にいる全ての者達が笑顔で、満ち足りた顔をしている。
そう、思った
思っていたのに――…
" きゃぁあああ!!"
" 王妃様が!王妃様ぁ!!"
" 国王陛下!王妃様がっ "
" 退けっ!何事だ!!"
女達の悲鳴に、パニック状態の者達。
国王はそんな人混みを側近の兵達に掻き分けさせ、大急ぎで王妃の元へ走る。
そして―――
" おい!!しっかりしろ!!"
" 陛下!直ぐに王妃様をお運びせねば!"
" 頼むっ!目を開けてくれ!!"
王の目の前に広がる血溜まりの中に俯せで倒れていたのは王妃で、王妃の心臓を後ろから貫く様にして矢が突き刺さっていた。
王は王妃を抱き起こし、周りの者の声など耳に入っていないかの様に王妃に悲痛な程声を掛け続ける。
" 捜せ!我が妻を射た罪人を草の根分けてでも捜し出せ!!"
… …ああ、そうか
" ルクス!ルクス!俺を置いて逝くなっ!"
そうだった
" 頼む…からっ、俺を一人にしないでくれ…っ "
俺は――… …
" お前のいない世界に、存在する意味はなんだろうか "
この世界を、強く、激しく恨み、憎んだ
" …貴方は、 わ。
が でしょう?
私は貴方の いるわ "
最愛の彼女の最期の言葉も思い出せない程に俺は――…
この世界を憎んで憎んで恨んだ。
…思い出した。
間違いなく、これは俺の"前世"だ。
「…下、陛下!」
「…っ!!」
「とても魘されていました。大丈夫で… …、
!…陛下、それは… …」
溢れてくる涙がリールの頬を伝う。
リールは右手で顔を覆い、俯向いた。
自分が情けない。自分の命より大切な存在である彼女の事も守れず、婚姻する際に誓ったはずの永久に共にあるという契りすらも今こうして守れていない。
そして何より…
「…俺は、忘れていた」
妻であった彼女のことを。
夢の中でとは言え、会ったことはあるのに、あんなに昔と何ら変わらぬ瓜二つの姿をこの目でしっかりと見たのに、思い出す事は出来なかった。
そんな自分が、許せない。
そして何より、平和の為、人間と魔人、魔獣の平等の為に命を賭してあれだけ戦ってきた俺達にあの様な仕打ちは許せない。
...彼女の命を奪った事、絶対に許さない。
「陛下…?」
「…あぁ、悪い。ちょっと嫌な夢を見ただけだ」
「…ちょっとにしては魘され方が尋常じゃなかったのですが?」
「そうか?内容まではあまり詳しく覚えてないから分からないな」
「まぁ、夢なんてそんなものですかね」
皆の平和を願った。
皆の平等を願った。
皆の幸福を願った。
実現させる為に戦い抜いた。
...それなのに、世界は、神は、このような仕打ちを。
" 父上!おやめ下さい!母上はきっとこんな事望んではおりませんっ"
" 父上っ!!"
次こそは、今世では必ず彼女を守り切ろう。
最期のその時まで、傍にいよう。
二度と彼女を失わない為に。
そして…
世界へ前世の復讐を始めようか―――
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