記憶の先で笑うのは

いーおぢむ

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色付いていく記憶

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ピチチチィ…



淡い金色と水色、桃色が混ざった様な表現出来ない程に美しくキラキラと輝く楕円型の水晶玉みたいなコイツは、俺とルクスにしか分からない言語で言ったんだ、俺に。



"俺になりたい" と―――












***



俺と彼女には友人がいる。

それは広げた掌に乗るくらいに小さな友人で、俺と彼女にしか理解し得ない言語でコンタクトを取る、他の者たちから見れば不可思議な友人だろう。

けれど、俺たちにとっては本当にただ普通の友人。
魔獣の言葉を理解し、数多の魔獣の友人を持つ俺たちにとっては不可思議でも何でもない大切な友の一人なのだ。



「アルクス!どう!?私の歌は!」


「俺の演奏の方が上手かっただろ?アルクス」





俺とルクスが呼ぶ "アルクス" というこの名前は、以前こいつと俺達が出逢った時に彼女が付けたもの。


" Arcus(アルクス) "


"虹" という意味も持つ、こいつにピッタリなその名を、アルクスはとても気に入ったようだった。



『ピチ、ピチチ』


「ほら!私の方が上手だったって言ってるわ!」


「アルクスはルクス贔屓が激しい!」



手を腰に当てて、フフンと得意げな彼女をじとりと見た後、不公平だと口を尖らすプレーナにアルクスは笑っているようだ。



「ふふ!ウソよ、プレーナの琵琶の演奏が上手いから私も綺麗に歌えるの!」


「…さいですか」


「本当よ!それにプレーナは歌だって上手いじゃない?歌も演奏も両方出来るけれど私は演奏は出来ないもの、プレーナの方がすごいわ」


「… …あんたの、」


「??」


「…そーゆーとこが、」



そう言ってふいっと顔を逸らしたプレーナは、手の甲で口元を覆う。
頬は真っ赤で照れているのは丸分かりなのにそれを隠そうとする辺りが何とも面白い。



「私もプレーナが大好きよ!」


「…!?」



抱きついて彼の頬にキスをすると、真っ赤な頬が更に赤みを増した。
ルクスはプレーナの大好きな、眩しい程のはにかんだ笑顔をしている。



「あーもう!いつも俺ばっかりだ!大人になったら覚えてろよ!」



プレーナがそう言うと、ルクスは先程までの花のような笑顔を萎れさせた。
しかしすぐに微笑みを浮かべたのだが、その眉尻は下がっていて…。



「大人になる頃には、もう私はいないけれどね」


「それは…っ、」



アルクスがルクスの心配をしてか、彼女の顔のすぐ横で、彼女の名前を呼んでいる。

彼女は一度目を伏せた後で、アルクスを優しく撫でると、笑った。



「アルクス、大好きよ。私は大丈夫」



さっきの悲しそうな彼女は幻だったのではないかと思える程に、今の彼女は明るさを取り戻している。

…けれど俺には、ルクスが無理をしているようにしか見えなかった。アルクスもきっとそう感じているのだろう。なかなかルクスから離れようとしない。



「あ、そろそろディナーの時間だわ。プレーナ行きましょう?」


「…あ、ああ。そうだな」



プレーナが差し出された手を取ると、ルクスは「また夜に!」とアルクスに手を振ってから歩き出す。

そんな彼女に手を引かれながら、俺もアルクスに手を振る。

そう…、いつものことだ。

アルクスと遊び、別れる時には「また」と言って手を振る。そうすればアルクスも笑って「また」と返してくれる。



なのに… …



「…っ、」



アルクスは "無" だった。
笑いもしなければ言葉も発さない。

それだけじゃない、いつも美しいと感じるルアルクスの光は、灰色や紫色、赤色などの色合いの光に変わっていた。



「アルクス…?」



背を向けて歩くルクスは気付かない。
アルクスの異様さに。

その視線は俺に向けられているように思えて、でも意味が分からない俺が足を止めれば、それに反応してルクスも足を止めて振り返る。



「プレーナ、どうしたの?」



瞬間、

ルクスが振り返ると、アルクスの色彩は元の光に戻った。

アルクスはいつもの様に笑って「また」と言っている。

そこで、気付いてしまったんだ。

去りゆく己の足取りが重い。



「アルクスは…、本当にルクスが好きなんだな」


「突然どうしたの?そんな当たり前のこと」


「…なあ、」



隣を歩く俺の顔を見る彼女。



「?ど、したの?そんな顔して」


「そんな顔って、どんな顔だよ」


「プレーナに不釣り合いな真剣な顔」



言って、くすくすと笑う彼女に、心が温かくなるのを感じる。



「…なあ、その...俺は、あんたが好きだよ」


「知ってるわ、私も好きよ。
ふふ、私がここに来た時は私の事をあんなに嫌っていたのにね」


「…それは本当に悪かった」



至極申し訳なさそうに眉を寄せて謝るプレーナに、「もう気にしていないわ」と笑うルクス。



「本当に好きだ」


「ちょ、プレーナ?どうしたの?」


「だから…、ずっと傍にいてくれよ」


「… …プ、プレーナ?本当にどうしたの?変よ?」


「… ...ああ、そうだな」



自嘲気味に笑ったプレーナは、再び一度止めた歩みを再開する。
絡められた手を引かれ、今度はルクスがプレーナの後ろを歩く。



「…私も、プレーナと一緒にいたいわ。いられると、いいのにね…」



小さな声で呟いた彼女に、ハッとして足を止め、振り返る。
俺が見たルクスの外を見つめるその横顔はとても儚げで、握っている手の力を少し強めれば、彼女は顔をこちらへと向けてくれた。



「…きっと、もうすぐ私の国での戦は終わるわ。そうしたら私は父上に呼び戻される」


「っ!俺は…!」



プレーナの言葉を遮るようにして、今度はルクスが繋いでいる手の力を少しばかり強めた。



「ねえプレーナ、私最低なの。戦なんて早く終わればいい、本当に心からそう思っているのよ。
…でも、それで帰らなければならないなら、もう少しだけでいいから戦が長引けばいいのにって、そう思ってしまう自分もいるの」



ポスッと、プレーナの肩に顔を埋めるルクス。彼は、彼女のその言葉に胸が締め付けられる思いがした。



「…俺だって、同じだ。戦が終わり、ルクスが自分の国へ帰ってしまうなら…って。
あんたと同じ事、もう随分前からずっと考えている」



目を伏せたプレーナは、ルクスの両頬を優しく包み込むと、己の額で彼女の額へと静かに触れた。
ルクスはその手に触れると、涙を流す。



「どう、して、何で私たちは同国の兄弟として産まれてこなかったのかしら…っ」



彼女のその言葉と涙に、苦しくて切なくて、自分も涙目になっているかもしれない。
しかし、理由はそれだけではないのだときちんと理解している。
俺の胸をキリリと痛めつけるそれは、彼女の言った "兄弟として" という言葉の所為でもあった。

やはり、俺の "好き" と、ルクスの "好き" は違うのだと、明確になったから。

…いや、分かっていた。俺のことを大好きだという彼女のその言葉の意味が、"家族愛" なのだということは。

そして同時にピンときた。

俺と彼女のお互いを想い合う心が異なっていても、この俺達の "想い" を利用出来るのではないか、と。

何故今までこんな簡単な事に気付かなかったのだろうか。

確かに幾度も想像した事はある。ルクスが自分の妃となり、二人で国を良い方向へと繁栄させる事。
ルクスには兄弟がいないから、彼女の祖国に彼女が女王として王位を継承する事は変えられない決定事項だろう。
ならば二つの国を一つの国として統合し、俺とルクスで統治すればいいのではないだろうか。

勿論そう簡単に物事が進むとは考えていない。お互いの国がそれぞれ、どれ程の長き良き歴史を築いてきたのかは理解している。文化、習慣、他国に対する考え方の相違…、挙げればきりがないだろう。

俺のしようとしている事は、それを大きく変えてしまう。

だが、彼女と一緒ならば…、

彼女と共にその道を歩めるならば、それがどんなに険しく困難な長い道のりだったとしても、歩んでいけるという確信が俺の中にある。



「…ルクス、俺の妃になってくれないか?」


「… …え?」



きょとんとするルクスを見つめて真剣に自分の考えを話した。
先ず、俺と彼女の "好き" という想いの違い、次に今の国に対する思いと理想。俺達はまだ子供だけれど、産まれながらにして所有しているこの地位の使い方を真剣考え、直ぐにでも行動できる力がないわけではない。

俺の話を静かに聞いていたルクスは、話し終えた俺が言った二度目の告白に眉を八の字にして微笑んだ。



「リールが、…そんなに沢山色んな事を考えているなんて、知らなかった。国の事も…私のことも…」


「わ、悪かったな」


「ふふ、…好きよ、プレーナ。大好き。
今はまだ家族としてしか愛せていないけれど、いつか必ず一人の男の人として愛すわ。だから、あなたの隣を歩かせて欲しい」



その、彼女の言葉が嬉しくて嬉しくて、堪らなくて。
今度は俺が泣く番だった。
そんな俺を、彼女は抱き締めてくれて、俺も彼女を強く抱き締め返した。



「…してる、ずっと!ずっとルクスだけを愛してる…!」


「私もよ、プレーナをずっと愛すわ」


「もし、あんたが死んだって、ずっと愛すよ。生まれ変わったルクスだって何だって、永遠に…」


「ふふ!ちょっと重いわよ、プレーナ」


「…うるさい」


「そんなに想われるなんて、私は世界一の幸せ者だわ」



誓い合い、笑い合うプレーナとルクス。

…それを、廊下のずっと向こうから静かに見つめている友人に気付かなかった。



***



「今、何と仰ったのですか…?」



震える俺の声に、国王である父上は眉を寄せたまま怒りと悲しみの入り混じった声音で言った。



「我が友の国が陥落した」



ルクスの父上であらせられる隣国の国王は、俺の父上と唯一無二の親友といっても良い程に仲が良い。
だから俺も、将来的には国を統一しようなんて考えが浮かんだ程で。
因みにルクスの母上であらせられる御方は俺の父上の妹君だ。

国と国同士が和平条約を結ぶ際によく利用する婚姻。
婚姻する者同士はお互いを真に愛することなく、ただ互いが互いを利用する道具として見ている。それが一般的なんだ。

けれど、父上の妹君と隣国の王はそうではなかったらしい。

それはそうだろうか。親友に自分の妹を託すのだし、その親友も親友から妹を貰い受けるのだから。

そんな御二方から産まれた彼女、ルクスは、本当に愛されている。だからこそ、戦が終わるまではと、俺の国へ預けられたのだ。

決して勝てない戦ではなかった。少し長引いてはいるものの、確実に勝利すると誰もが確信していた。



「…だから、援軍を送ると言ったのだ!!」



至極悔しげな父上の荒げた声。

父上の話によれば、思ったよりも長引いている戦に何度も援軍を送ると申し出たのだが、ルクスの父上はそれを全て拒否したらしい。



「お前から託された大切な俺の妻も巻き込んでしまった。それなのに、お前まで巻き込むわけにはいかない。どうか頼む、もう少しで終わらせる」



その時、決まってこう言うのだと、父上は仰った。



「敗戦した…って、それじゃあルクスの国や陛下、お妃様はどうなるのですか!?」



俺の言葉に更に眉を顰める父上は、俺の問いに対してなかなか口を開こうとはしなかったが、暫くすると、静かに答えて下さった。



「…処刑された」



―――それからどうやってここまで来たのか分からない。
忙しそうになってしまった父上の「下がれ」という言葉を聞いて、王の間を出てからフラフラと歩いていたんだろう。

気付いたらいつもルクスとアルクス遊んでいるテラスへと来ていた。



「何て…言ったらいい?」



俺は、ルクスに… …何て伝えたらいいんだよ。



「プレーナは普通にしてくれていればいいのよ」



聞き覚えのある慣れ親しんだ声を耳にし、バッと後ろを振り返れば、そこには柔和な微笑みを浮かべるルクスが立っている。



「…ルクス、」


「…私の祖国が敗戦したのでしょう?知っているわ… …」



彼女の言葉に、プレーナは目を見開いた。



「な、んで、知って…」


「アルクスがね…、教えてくれたの」


「アルクスが…?」



何故、アルクスが知っているのだろう、とプレーナは疑問を抱いた。

そう言えば俺達はアルクスのことを詳しく知らない。アルクスとよく遊ぶようになってから今日まで、疑問に思う事があっても、そこまで気にせずに過ごしてきた。
だから俺達と一緒にいない間、アルクスが何処にいて何をしているのかなんてさっぱり分からない。

…ただ、アルクスが異様にルクスのことを気に入っているのはこの間理解したが… …。



「父上は…、分かっていたのかしら…、分かっていたから私だけこの国へ逃がしたんじゃ…っ」



彼女の目から大粒の涙がポロポロと溢れる。やはりアルクスが心配して彼女の名を呼び続けている。



「そんなわけ…「ないって言い切れるかしら?だってっ、もし本当に勝てる戦だと確信しているなら私を隣国へ避難させたりしないわ…!」


「だからそれは…もしもの事を考えて…「勝てると確信していた戦なら、その "もしも" すら考えなくてもいいんじゃないの!?」



泣き叫ぶルクスの言葉に何も返答出来なかった。
彼女に今、何を言っても単なる慰めにしか聞こえないだろうから。
彼女が苦しんで泣いているのに、俺は何も出来ない。

ただ傍にいることしか…。



「…ごめんなさい、プレーナ。あなたに当たるなんて最低だわ、私」



暫くすると、ルクスは落ち着きを取り戻したのか、顔を覆っていた両手を下げ、静かな声で言った。



「こっちを見ろ、ルクスは最低なんかじゃないよ」


「…最低、最低だわ…っ、祖国や父上、母上を捨てて私だけ生き残って…!」


「ルクス、落ち着け…」


「父上や兵、民が必死で戦っているのに、娘である私はのうのうと生活してっ!」


「ルクス!」


「あまつさえ戦が長引けばいいと考えてしまうなんて…っ!」


「おい!落ち着…、」


「私も死ねば良かったのに!!」


「っ!!いい加減にしろ!!」



パシンッ!と、乾いた音が二人きりのテラスに響いた。
ルクスは何が起きたか理解出来ないようで、放心状態。

しかしアルクスは、彼女を呼ぶのを止め、静かにプレーナを見つめている。
それはすごく冷たい視線のように感じた。
きっと、俺が彼女の頬を叩いたからだろうと思うが、今はそんな事気にしてなどいられない。



「今の発言を取り消せ!陛下とお妃様に申し訳ないと思わねえのかよ!!例えあんたの言う通りだったとしてもな、それだけルクスのことを大切思っていたって事だろ!!何としても守りたかったんだ!それなのに守ってもらった命を、愛してもらった命をそんな風に言うな!!」



ルクスは目を見開き、黙ってプレーナの言葉を聞いている。



「確かにあんたは言ったさ!戦が長引けばいいと!でもそれは俺だって思った、お前だけじゃない!戦が長引けばその分一緒にいられるって、そう思ったからだろ!
でも俺達はこの間誓っただろ!この先二人でどうやって生きて行くのかを決断し、誓った!!

俺の理想の国についても、あんたは同じ想いだ!人間と魔人との差別を無くし、くだらない戦争が起きないような平和な国を作るって誓った!!

そうやって生きていけばいいだけの話だろ!!陛下が統治していた国より、良い国にすればいいだけだ!ずっと俺と一緒に、二人でそんな国を目指して実現させればいい話だ!

そうだろ?ルクス!!

… …だから、頼むから…そんな事言わないでくれ…っ」



言い終えて、涙目のプレーナがルクスを抱きしめれば、一度驚きで止まったはずの彼女の涙が再び溢れ出した。



「…プレーナ… …!ごめんなさいっ、ごめんなさいっ!」



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