記憶の先で笑うのは

いーおぢむ

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側近騎士の記憶

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真実を伝えたら、お前は絶対に俺に嫌悪するだろう。殺されるなんて事も、あるのかもしれない。
だが、このまま何も伝えず、これまでと同じように過ごしていくのが正解とは到底思えない。だから伝えようと、そう思っていた矢先の出来事だった。



「モーント!!」



いつものように珈琲の淹れられたティーカップをモーントから受け取った直後、モーントは気を失って倒れたのだ。

ぎりぎりのところで支えられたので、床に体を打ち付ける事はなかったが、せっかくの珈琲は溢れてしまい、テーブルをつたって床にぽたぽたと極小さな水溜りをつくっていく。
しかし、今は珈琲なんてどうだっていい。とりあえず最優先事項はモーントをベッドまで運ぶことだ。

モーントの自室まで連れていき、ベッドに寝かせてから心理や回復系の魔法を得意とする魔人に診てもらう。けれど、特になんの異常もなく、ただ寝ているだけの状態だと言うのだ。何度呼び掛けても目を覚まさないなんて初めての事で、只事でないのは分かる。



「原因は分かりませんが、きちんと目を覚ますと思いますよ」


「いつ頃だ?」


「申し訳ありません。それは分かりかねます...」



とにかく今は待つしかないのだと言われモーントの顔を見れば、特別苦しんでいるといった様子もなく本当にただ寝ているだけのようで、俺はモーントが目を覚ますまで傍について様子を見ていようと決めた。



***



『はー?マジでやんのかよ~』


『なんだ怖いのか?雄のクセに度胸ねぇなぁ!』


『捕まったら確実に殺されるってとこがスリルがあって面白(おもしれ)ぇよな!』


『怖いなら来なくてもいいが、この中で一番の弱虫はお前に決定な』


『誰が怖いなんて言ったんだ。ただ、命を懸けてまでやる意味あんのかって話だよ』








俺は何の夢を見ているんだ...?

...いや、知っている。

見た事がある。

見た事があると言うより、あの四匹の魔獣のうちの一匹は俺だ。

何故かそう分かった瞬間、その光景を何処からかただ見ているだけだった俺は、四匹のうちの一匹になっていた。すると今迄の話の流れであろうシーンや会話が、スッと頭に入ってきた。

... ...そうだ。確か、度胸試しと称して王城内への侵入を企てていたんだった。まぁ、王城内への侵入と言っても敷地内という言葉の方が適切で、ただ庭園に侵入して、日頃踏ん反り返っているであろう人の王を一目見てやろうという、如何にもガキが考えそうな悪戯じみた行為だ。
それに渋っているのは俺一人で、連んでいる連中は乗り気過ぎて溜め息しか出ない。こういう奴等に限って、実際に捕まったりするとピーピー喚くもんだ。王城の敷地内への無断侵入なんてだけでも大罪なのに、それを行(おこな)ったのが魔獣だったら何をされるか分かったものではない。いっそ、殺してもらえたらラッキーなのではないだろうか。生きたまま毛皮を剥がされたり、他国へ売り飛ばされたり、そういった事をされない保障はどこにもない。

それを伝えても尚、だから面白いのだと盛り上がる目の前の阿保共、実に嘆かわしい。しかし、こいつらとも長い付き合いだ。万が一の事があったとして、この中で最も頭の回転が速い俺がいなかったら、本気でさっき考えたような事態に発展しかねない。
結局、分かってはいたが四人で庭園に侵入する事になり、俺達は早速王城へ向けて出発した。






まだ子供の俺達は、その身体が小さいということもあり、想定していたより簡単に庭園へと足を踏み入れる事に成功した。
そして、入った瞬間に目にしたその景色に、俺も含め、全員目を丸くして固まる。絢爛豪華とはまさにこの事。というか、外でこんななら、城内はどれ程なんだという位に美しい風景が広がっている。
プラチナのように輝く大噴水に、綺麗に刈り揃えられた芝生の比率とバランス良く、黄色とオレンジ色の花々が咲き誇る。奥には噴水と同じように白く輝くガゼボがあって、王族の者が休憩でもしながら庭園を眺める為の建物という事が一目で分かる。



『...オイ、こんな所、生まれて初めて見たぞ』


『当たり前だろ。俺達が場違い過ぎんだ』


『こんな所に住めるなんて羨ましいよなぁ』


『気が済んだなら帰ろうぜ』


『何言ってんだ!せっかく上手く忍び込めたんだぞ?もうちょい探検して行こうぜ!』



そう言って、一人が興奮気味に前進しようと足を踏み出したその時だった。
ボンッ!という音と共に、シャボン玉ような物の中に閉じ込められ、そいつが宙に浮いたのだ。やはり当然ながら侵入者用に魔法で罠を張り巡らせているらしく、案の定一番意気揚々としていた奴が真っ先に引っ掛かった。
魔力の流れなら、魔獣である俺達は人間や魔人より敏感に感じ取る事が出来るのは確かだが、確実に雇っているであろう王宮筆頭専属魔導師の腕を完璧に舐めていた。

シャボン玉の中にいる所為でこもっている「助けろ!」という叫び声。取り敢えず助けてやろうと、塀を蹴って跳躍を増し、シャボン玉へ向けて魔法で覆った爪を振り下ろせば、破裂音と共に思ったより硬いシャボン玉が割れた。



『助かった~!サンキュー!』


『だから言っただろ、もう戻ろう。今は上手くいったが、次もまた助け出せる保障は———... ...っ!!?』



脚に激痛を感じて己の足に視線を落とせば、棘だらけの蔓が足に絡み付いており、血塗れになっている。



『オイッ!大丈...『シッ!足音が聞こえる!人間が来るぞ!逃げよう!』


『ハ!?でもコイツが!』


『ンなこと言ってる場合かよ!皆んな捕まっちまうぞ!?』


『だから言っただろうが...。まぁいい、お前ら早く逃げろよ』


『けど『なるようになるさ、いいから早く行け!』



どのみちこの蔓を外せたとして、この脚じゃ足手まといになるのは目に見えている。逃げ去る三人の後ろ姿に溜め息しか出ない。やっぱりこうなるんじゃないか、と。
人間の足音もどんどんと近付いてきて、ああもう駄目だなと諦めから瞳を閉じて動かずじっとしていると、遂に足音の主が目の前に来たのが分かった。
殺(や)るならひと思いに殺(や)ってくれと俯いていると、



「あら、可愛いお客様だこと!」



想像とあまりにも違い過ぎるその愛らしい声に驚き、ばっと見上げれば、膝に手を付き少し腰を折って俺を見つめる金色の瞳と目が合った。あまりにも整い過ぎたその容姿に、目が釘付けになる。



「まぁ、大変!!貴方、怪我してるじゃない!」



俺の脚の状態に気付いた少女はすぐに地面に膝をつくと、蔓へ向かって「いけません!」と怒った。すると、俺の脚に絡み付いていた蔓がスルスルと外れ、やっと解放された脚は少女の両手によって優しく包まれる。



「ごめんなさい、とても痛かったでしょう。今治してあげるわ」



少女が俺の脚に手を翳すと、光に包まれた。
その光が収まる頃には、傷はすっかり綺麗になくなっていて。でも、脚は依然血塗れで、少女は俺を抱き抱えると噴水まで連れて行き、その水で血を洗い流してくれた。



『わ、わるい...』



人間に魔獣の言葉なんて通じないが、咄嗟にそう口にしていた。



「どういたしまして!」



そう言って微笑む少女に目が点になる。

... ...は?

今こいつ、俺に対して言ったのか?

...いや、そんなはずはない。偶々だろう。

けど、流れ的に "どういたしまして" なんて言うわけがない。



『... ...お前、俺の言ってることが分かるのか...?』



試しに言ってみれば、



「ええ、珍しいでしょ?」



と、見惚れてしまう程に美しい満面の笑みを浮かべる。



これが俺とルクスの出逢いだった———







***



『ルスク』


「まぁ!モーント、いらっしゃい!」



助けられ、逃がしてもらったあの日からずっと、俺はこの少女・ルクスに会う為に、毎日庭園へと通うようになっていた。俺が来易いように、塀の隅、花で覆われ丁度良く隠されているそこに魔法で出入り口を作ってくれたので、俺はいつもそれを使っている。



『今日は何をしてるんだ?』


「花の手入れをしているのよ」


『何でお前がそんなことするんだ?庭師がいるんだろう?』


「ええ、いるわよ。でも楽しいからいいの」



鼻歌交じりに花に触れる彼女を見るのが好きだ。ガゼボで読書をする彼女に撫でられながら寝るのも好きだし、読んだ本の内容を、まるで自分が本当に体験してきたかのように楽しげに話す彼女も、ダンスの練習が面倒臭いと顔を顰める彼女も、勉強に疲れたとぼやく彼女も、一緒にいて飽きることがない。

分かったことがある。この庭園に咲き誇る花々の色はルクスの色だ。
ルクスのキャラメル色の髪と、金色の瞳、白い肌がよく映えるこの庭園にいるだけで、もしルクスがこの場にいなくとも一緒にいる気分になる。

此処に通うようになったきっかけは、同い年の友がいないというルクスの話し相手になってやる為だった。一応助けてもらった借りを返したいという俺の申し出を、



「じゃあお友達になって、私の話し相手になってちょうだい!」



と、受け入れてくれたから。つーか実際、罠にかかっている俺を見つけたのがルクスだったから良かったものの、他の王族連中だったらどうなっていたか分からないのだから本当にありがたい。

自由に外に出たり遊んだりする事が出来ないルクスの為に俺の知っている外の様子を話してやると、いつも彼女の瞳が嬉々とするものだから、これまで何気無くただ普通に過ごしていた日々をもっと享受しようと思うようになった。もちろんルクスに聞かせてやる為の話を作る為だが。
そんな俺の様子を見て、仲間が疑問に思うのも無理はないだろう。俺が俺自身を客観的に見ても今迄との違いに、「何があったんだお前」と突っ込みを入れるレベルだと自負してる。



『最近よくどっか行ってるけど、何してんだ?』



いつかは聞かれるだろうと予想していた質問がふいに飛んで来た。



『そうそう、最近お前付き合いわりーぞ!』



腕を肩に回されて前のめりになる。暑苦しさに無意識に眉間に皺でも寄っていたのか、そんな俺の反応を見て仲間の機嫌がだんだんと悪くなっているのを感じるが、正直言ってもうどうでもいい。



『お前らには関係ない』



荒っぽく回された腕を振りほどいてその場を後にする。その日から、今迄連んでいた魔獣達は一切話し掛けてこなくなった。



***



いつものように庭園へ続く塀の隅の穴を通り、花の中を掻き分けて顔を出せば、読書するルクスを見つけた。しかし今日はガゼボではなく、噴水の縁に座って本を読んでいる。珍しいなと思いつつ、彼女へ近寄ろうとした時だった。



『っ!!?』



ルクスが視線を本から噴水の水へと移し、呟くような声音で短く詠唱した瞬間、噴水の水が龍のような姿を形成し、彼女を守るように彼女の周りをぐるぐると回り出したのだ。
それを見て嬉しそうに笑い、次はまるで「行きなさい」とでも合図するかのように人差し指を空へ向かって振り上げる。意味の分からないその動作にモーントは首を傾げた。

龍はルクスが手を挙げたと同時に天高く一直線に舞い上がると、その姿を雲の中に消す。そして数秒後、白かった雲は黒雲へと変わり果て、広がっていた青空を覆い尽くしていく。龍が突っ込んだ辺りの雲を中心として雲が渦を巻き、稲妻まで走り出すただならぬ事態。

モーントは、ただ目の前の現実離れした光景に呆気にとられていたが、この事態を引き起こした張本人がルクスだという事を思い出し、彼女の方を見遣る。



すると————



「やったわ!成功ね!天候操作魔法が難しいなんて、偉そうに言ってくれちゃって!コツさえ分かれば簡単じゃない」



至極嬉しそうにドヤ顔で、空を見上げながらニヤリと笑うルクスに唖然としていると、ポツリポツリと雨が降ってきた。雨脚はだんだんと強くなり、終いには雷雨と成り果て轟音を轟かせる。そんな雨に打たれながらも何故か嬉しそうにしている彼女へ、俺は漸く声を掛けたのだが、よく俺の声が聞こえたなというくらいの雷音と雨音の中、俺の訪問に気付いた彼女は此方を見て一層笑みを深くした。



『な、何してんだよ!』


「何って...、天気を操る魔法の練習よ」



見たままよ?とでも言いたげに、こてんと首を傾げる彼女の瞳はまん丸で、焦る俺を見ながら、俺が何故焦っているのか理解できないようで、その大きな瞳をぱちくりとさせる。



『そんなずぶ濡れで何言ってんだ!!それに雷に打たれたらどうする!?危ないだろ!』


「ん?あはは!大丈夫よ!魔法を発動した本人が自分の魔法の餌食になるなんてそんな愚行、犯すわけないじゃない」



そう言って楽しそうに笑った後、天に向かって腕を上げ、まるで指揮者が指揮をきるように手を握った瞬間、さっきまで空を覆っていた厚い黒雲達がまるで嘘のように一瞬で散り散りになり、元どおりの青空が広がった。雲一つない青空とはまさにこの事だ。当然ながら雨も止み、雷なんて鳴っていた形跡もない。



「ほらね?余裕で大丈夫でしょ?」



にしし、と王族らしからぬ笑い方で、悪戯に成功したかのような満面の笑みを浮かべるルクスに、正直モーントは若干の恐怖をおぼえていた。
あんな強大で強力な魔法をいとも簡単に操れる目の前の少女。しかも、あんなに高位の魔法を使用して尚、魔力切れの症状を一切見せずに笑っているところを見ると、相当な魔力をその身に有していると考えて間違いないだろう。

モーントがビビって固まっていると、その様子を不思議に思ったのか、ルクスが歩み寄る。しかしその歩みは、彼女の名を呼ぶ男の声により阻まれた。



「ルクス姫殿下、何をなさっておいでで?」



その声に、ルクスはビクリと大きく肩を跳ね上げ、ブリキのおもちゃの如くギギギと顔を声が聞こえて来た方へ向けた。彼女の顔面蒼白な顔など初めて見るモーント。



「く、クレアーレ!違うのっ!これは...」



純白で、所々に金の装飾が施された如何にも上流魔導師が身に纏いそうな外套に身を包んだ気品のある銀髪の男が一人、ルクスを顰めっ面で見つめていて。
おそらく魔人であろうその男は、慌てふためく彼女に容赦の一切無い厳しい視線を向け続ける。
彼女を射抜く険しい両眼はオッドアイで、片方が翡翠色、もう片方は橙色。



「... ...」


「だ...だってクレアが、王宮筆頭専属魔導師になんてなるからっ!!」


「... ...ハイ?」



もうヤケクソだとでも言うように、顔を真っ赤にして涙目で叫んだルクスに、意味が分からないといったげなクレアーレという男。モーントすら納得できるその反応に、不満しかなさげなルクスが、再び口を開いた。



「いつも一緒にいてくれたのにっ、急にいられなくなって!たまに会っても全く話してくれないし!!そんなに忙しい仕事を賜わる王宮筆頭専属魔導師様がどれくらい凄いのか、どんなに凄い魔法を使えるのかと思ったら私にも簡単に出来ちゃうし!こんな簡単なら、私でもなれちゃ——「まるで子供ですね、くだらない。ああ、殿下は子供ですから仕方ないですね」



溜め息を吐いて肩を竦めたクレアーレの言葉と態度がかなりショックだったようで、ルクスは俯いてドレスの両端を力強く掴んで握る。俺自身も、ちょっとその言い方に態度はないだろう、と彼女を可哀想に思った。確かにクレアーレのような大の大人と比べたらルクスや俺など、当然子供以外の何者でもないが、ちょっとばかし物言いが冷た過ぎ...



「...まぁ、天候操作魔法をこうも簡単に使用したのには驚きましたが」



... ...と思ったら、実はそうでもないらしい。



クレアーレの言葉に、ルクスは思い切り顔を上げ、それはそれは嬉しげに瞳を輝かせながら、まるで何かを待っているかのように彼を見つめる。そんな彼女を見下ろして、ゴホンと一度咳払いをした後、その頭をくしゃりと撫でてやったのだ。

すると、ルクスは嬉しさが最高潮に達したのか、クレアーレに抱きつき、頭をぐりぐりと擦り付ける。



「姫殿下!はしたないですよ!
...そんな事より、またダンスのレッスンをサボりましたね?」



その言葉に、うぐっと苦しげなルクスの呻き声が聞こえた気がした。



「確かに、姫殿下のダンスは素晴らしいです。しかし、あれで満足していてはなりません。常に、もっと高みを目指し挑戦していかなければ、イシュッタ王家の血が泣きます」



ルクスはもはや観念したらしく肯定の返事をしたのだが、またすっかり元気が無くなってしまった。クレアーレは、「早くお戻りになって下さいね」と一言だけ付け加えると、ローブを翻して来た道を戻って行く。



『... ...この時間、ダンスの練習なんて入ってたか?』



この重い空気と静寂を何とかしようとルクスに声を掛ければ、此方を向いた彼女の表情がまた一層曇ってしまった。



「...実はお祖父様が、私は最近弛んでるから、これからは休憩時間を短くしてその分勉学などに充てるようにって仰ったの」



なるほど、それでこんなに元気が無いのか。話をしているだけでもルクスが優秀な事は分かるし、今見たような魔法を使えるくらいならそこまで頑張らずとも、もう完璧なんじゃないかと思うが...

... ...ん?待てよ?ってことは———



『じゃあこれからは、どのタイミングで来ればいい?』



今まで通りの時間帯に此処へ来ても、ルクスの話し相手になってやれないんじゃないか?と気付いてそう問えば、彼女はとても寂しそうな顔をする。



「ええ...、だからこれからはもう来なくていいわ。今まで本当にありがとう」



一瞬、ルクスが何を言ったのか理解できず、まるで時間が止まってしまったかのように固まってしまった。
いや、理解はできていたのかもしれない。今思えば、拒絶反応のようなものだったのだろうと思う。



「これからは今までみたいに自由にできないと思うし、そんな私に合わせてもらうなんて論外だもの」



"今までみたいに自由に" って、ルクスが今までだってかなり時間に縛られた生活をおくっていた事は勿論知っている。勉強にしたってダンスの練習にしたって、必死に真剣に取り組んでいた事も知っている。

話し相手としての役目が終わった後、モーントはすぐ帰っているとルクスは思っているが実際はそうではない。
休憩後、ルクスは必ず一階にあるダンスの練習専用の広間にて、ダンスを練習しているので、窓の端からこっそりと中を覗き見しているのだ。だから知っている。ルクスのダンスが既にどれ程上手いのかを。

まぁ、魔物にダンスの良し悪しなんて分からない。人間の基準で上手くなければ意味ないのだから。でもそれにしたって、まるで蝶が舞うような彼女のあのダンスを見て、ケチを付けるような奴がいるとは思えないのだが...。



「モーントにはお仲間がいるんでしょう?私とばかり過ごしていたら、きっと寂しいと思っているはずだわ」


『いや、アイツらは別に...』


「ふふ、駄目よ?御友人は大切にしなくちゃ」



アイツらに迷惑を掛けられた事すらあれ、俺が心から感謝するような事をされた事なんて一度もないから気に掛けてくれなくても大丈夫なんて、ルクスの顔を見たら言えなくて。



「それじゃあ、さようなら。貴方と過ごせた時間、ずっと忘れないわ!」



胸の前辺りで小さく手を振ってから、ルクスはいつものように、ダンスの練習の為の広間へと去って行く。俺は何の言葉も返せずに、ただその後ろ姿を見送る事しか出来なかった。





ルクスの元へ通わなくなってから二週間程経とうとしていたが習慣はなかなか抜けてくれなくて、いつも森を出ていた時間帯になると今もそわそわしてしまう始末。それに、彼女の元へ通う必要がなくなって改めて気付いた事がある。

"暇" なのだ。

いつも連んでた奴等と再び行動を共にするなんて気にもなれず、する事も無い俺は、二週間ぶりに城下へ出向いてみる事にした。







久しぶりに見る活気ある街並み人並みを眺める。行き交う人々の邪魔にならないように道の端を歩いていれば、ある露店の店主が果実をくれたので腹を満たし喉を潤す事ができた。とてもラッキーだ。魔獣なんかに食べ物を与えてくれるなんて、と店主の懐の深さに感心していると、立ち話をするオヤジ集団の会話の内容に一瞬で耳を持っていかれた。



「御立派に成長されたよなぁ」


「ああ!姫様は将来かなりの別嬪さんになるに違いねぇや!」


「なんでも二年後、姫様側近の騎士を選抜する試合が行われるらしいぞ」


「ほう、姫様ももうそんな歳か!俺も立候補すっかな」


「ガハハ!歳を考えろ歳を!」


「うるせぃ!!」



...側近の騎士?
あれか、常に王族の傍にいて、いつ何時どんな敵が現れてもお守りする強者。
姫様って事は、ルクスの側近の騎士を取るということだろう。この国には今のところ、王族内に姫は彼女一人だけだから。

その時、分不相応にも閃いてしまった。もし俺がその側近の騎士になれば、ずっとルクスと共にいられると。
今までみたく、こそこそと隠れて会わずに堂々と会って、堂々と話が出来る。そう考えただけで、俺は目の前が一気に明るくなったように感じた。

本当は嫌だった。もう会えなくなるなんて、話せなくなるなんて、絶対に嫌だと思ったが、その気持ちは押し殺した。こんな我儘かっこ悪過ぎるし、第一ルクスが困ってしまうかもしれなかったから言葉に出来なかった。

二週間なんて全然長くないのに途轍もなく一日が長く感じて、ルクスの笑った顔も声も、思い出す度に足があの場所へ向かいそうになった。もっともっと彼女を知りたいし、話したいし、一緒にいたい。騎士になればそれが叶う!!

それからの俺は、毎日特訓や勉強に明け暮れた。魔獣の俺はまず魔人になれるようにならなければならなかったし、剣の腕だけ磨いても騎士になった時、ルクスに恥をかかせてしまうかもしれないと考え、魔法やそれに準ずる雑学なども詰め込んだ。やっと魔人になれるようになってからは、国立図書館へ行き、本棚の端から端まである魔道書や役に立ちそうな本全てを読み漁って頭に叩き込んだ。剣の扱い方を指南してくれる人物なんて勿論いなかった為、国の兵士が訓練場としている場所へ赴き、真剣に見て学んだ。訓練場は城の敷地内にあるが、庭園へ忍び込むよりは容易(たやす)かった。

そんな風に剣の稽古と勉学に励むこと二年。文字通り血の滲むような二年間は功を成し、漸く念願だった姫側近の騎士の座を勝ち取った。試合の結果は勿論優勝!
...と言いたいが、詳しく言うと違う。当然参加者全員を倒させて頂いたけれど、優勝者に待ち受けていたのは王宮筆頭専属魔導師であるクレアーレとの試合。その試合で俺はボロ負けしたのだが、彼は「いいでしょう」と呟いた後、高らかに俺の合格を宣言してくれた。

去り際に彼は一言、「また姫殿下を宜しくお願いしますね」と呟いて。

"また" と言ったのだ。どうやら彼は俺の正体に気付いているらしい。流石は王宮筆頭専属魔導師。

翌日、正式に正式な場でルクス殿下側近の騎士となった俺は、その数日後から彼女の側にいられるようになった。騎士への就任式では陛下の魔法により大陸の文字で "陽姫" と、タトゥーのような証を刻んで頂いた。勿論この証の文字は、この太陽の国の姫君・ルクス殿下を象徴している。

騎士になってから初めて彼女に会った時は本当に驚いた。



「モーント!!」



そう言って、思いっきり飛びついてきた彼女を支えようとして尻餅をつかされ、その体勢でも尚、抱き着いて離れようとしなかったから。俺の肩に顔を押し付けて、小さく何度も俺の名前を呼ぶ彼女の声が涙ぐんでいることに気付き、無理に引き離さずされるがままになっている俺達の周りでは、彼女の侍女があわあわしていた。









———そうだ。

俺は、姫の側近の騎士だった。何の後ろ盾も無い俺に対してとやかく言う奴らも少なくはなかったが、騎士になった事で堂々と姫と一緒にいられるようになったから、全くと言っていい程気にならなかった。

姫と歳が近く背丈も同じくらいであったので、ダンスのレッスンを一緒に受けさせて頂く事も。そのおかげで、社交界や舞踏会など生まれてこのかた一度も経験が無く、身元不詳であるにも拘らず、ダンスは一流だという謎の側近騎士が出来上がったのだ。

姫が起床してから就寝するまでの間、常に共にいられるし、話したい時に言葉を交わすことの出来るこの距離は、俺とって何物にも変え難い物だった。

戦争の為、隣国で過ごす事になった姫について行った際も、そこでの日々も何もかもが、俺にとっては大切で。

だからこそ自分が許せず、俺は痛みを感じながらも握る拳を緩められない。姫を一人にしてしまった事実、姫との約束を破ってしまった事実はどうやったって消せないのだから。

どうやったって俺の記憶は、太陽国(ソルドラッヘ)へ帰還してすぐ戦に参戦し、戦場で散ったところまで。俺が死んでから国はどうなってしまったのか、陛下は?姫様はどうなったのか、あの性悪王子のいる城でどのように過ごされたのか。知りたい事なんて山程あるのに、それは何一つ分からない。
それどころか、あろうことかその性悪王子(プレーナ)の従者のような役目を担っている今世。
そもそも俺がリールを「殿下」と呼んでいるのは、彼がゼゼ王家の血を継ぐ唯一の存在であり、とある崇高な目的を成し遂げようとしている彼に共感し、少しでも力になりたいと思ったからだ。まさか前世から本当に王族であったなど夢にも思わないどころか考えた事すらなかった。しかもそれが俺の大嫌いなプレーナ殿下の生まれ変わりなど...。しかし、現世の自分自身がリールという人間に惹かれた事は偽りようのない事実で、今俺が知るリールはプレーナ殿下とは別人なのだと思うくらい性格が異なる。

... ...俺は、リールがどれだけ偉大な人物かを知っている。初めて知り合ってから今日まで、ずっと隣にいた俺は、リールが目的の為にどれほど努力してきたのかを知っている。

だから、許されるなら俺は————




















「———...ト... ...ント、モーント!」


「...っ!」



俺の名を呼ぶ声を頼りにして意識を浮上させる事に成功すると、視界いっぱいに映る天井。しかし次の瞬間には慣れ親しんだ男の顔がドアップで映り込んできた。



「... ...どちら様ですか?」


「酷くない!?」



本当にショックを受けたようで、ガーン!!という効果音が適切過ぎるその反応に、モーントがクスリと笑えば、リールは安堵したような表情を浮かべた。眉尻は下がっていて、今にも泣きそうな顔で嬉しそうにモーントを見ている。

モーントはにっこり微笑むと、ゆっくりと口を開いた。



「何ですか、その締まりのない顔は。気持ち悪いですよ。王家の血を引く者がそんなだらしのない顔をしていては示しがつきませんので、緩まないように糸で縫って固定しておきましょうか」


「笑顔でとんでもないこと言い出したんだけど!?いきなりぶっ倒れたとは思えない態度なんだけど!!」



「ご心配をお掛けしてしまい、申し訳ありません」とか言ってくるのかと思いきや、まさかの説教+駄目出し+脅しときた。
いや、モーントがこういう奴だなんて分かってはいた。分かってはいたけども!まさか今すら通常運転のモーントに対して恐ろしさしか感じない。

モーント、恐ろしい子!!

これなら、もし目の前で何者かに俺が首を切り落とされて殺害されたとしても俺の首を見下ろしながら、

「邪魔ですよ。もう少し端に転がっといて下さい。躓いたらどうするんですか」

とでも言いながら、俺の首を平然と蹴り飛ばしそうだな...。



「失礼ですね。そこまで非道じゃないですよ」



どうやら声に出ていたらしく、モーントにじろりと睨まれる。暫くはこんな感じの普通の会話が続いたが、様子を見に来た魔人が部屋から出て行くと、モーントの雰囲気がスッと冷たいものに変わった。



「殿下...いや、リール。お前知っていたんだろ?」


「... ...」


「何とか言え」



俺を睨みつける眼孔は酷く凍てついており、言葉を間違えれば確実に殺られる危険性をも孕んでいる。

こいつに殺されるのは願ったり叶ったりだが、まだ死ねない。

死ぬわけにはいかないんだ。目的を達成するまでは———



「お前が俺を嫌っているのは知っている。俺もお前が嫌いだったからな」


「抜かせ」


「だがそれは昔の話、"前世" での話に過ぎない」


「... ...」


「お前が俺を殺したいと言うのなら、俺が目的を達成するまで待って欲しい」


「... ...」


「俺は今世のお前に殺されるなら本望だ。だが、どうしても本懐は遂げたい。頼む」



床に膝をついて頭を下げれば、モーントがベッドから抜け出る気配がした。ベッドに座ったまま俺を見下ろしている様子がなんとなく感じ取れる。



「...殿下、顔を上げて下さい」



思いもよらなかった言葉に、従うかたちではなく驚いて顔を上げれば、モーントは困ったように微笑んでいて心中が推し測れない。



「確かに、ルクス殿下に対するあの無礼の数々は万死に値します。ですから貴方の仰る通り殺したいのは山々なんですが...」


「...ああ」


「それは前世の俺の気持ちであって、今ここに居る俺の気持ち、"今世の俺" の気持ちではありません」



その言葉にリールの驚きは増す一方だ。



「今の俺は貴方について行きたいと思っています。ですからこれまで通り、貴方の側に置いて頂けると有り難いのですが——」



「どうですか?」と、聞くまでもない、俺の答えなんて分かりきっているであろう問いを投げかけてきた。



「... ...っ、いいに決まってるだろ」


「ここは素直にお礼を言うところじゃないですか?」


「ありがとう」


「...素直過ぎて気持ち悪いですよ」


「どうしろと!?」



大袈裟にショックを受けた事を表現するリールに呆れたようにモーントが笑えば、リールは至極嬉しそうな締まりのない顔をした。

分かっている。過去は過去、今は今だ。

今世の俺は、リールと進む事を選んだ。そして、それはこれからも変わる事はないだろう。彼の理想を現実のものとする手伝いをしなければならないし、それが俺の使命だと確信している。

だから、頭の片隅で俺に微笑む彼女の記憶には蓋をしたのだ。


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