追放薬師は人見知り!?

川上とむ

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第五部 薬師学校の先生になります!?

第7話『薬師、美容室へ行く』

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「そ、それでは、行ってまいります」

 しばらくして、わたしは重い足取りでエリン工房をあとにする。

 まず向かったのは、商店街の中にある雑貨屋さんだ。

 まずはここで、必要なものを揃える。

 具体的には、ノートや羽ペンといった筆記用具と、それらを入れる鞄だ。

 教師の制服は学校側から送られてきたけれど、それ以外のものは自前で揃えないといけない。

「おや、エリンちゃん、いらっしゃい! 久しぶりだねぇ」

「ひっ、ど、どうも……」

 相変わらず元気のいい店員さんに気圧されそうになるも、なんとか耐える。軽く会釈をして、店内を見て回る。

「話は聞いたよー。王立薬師学校の先生になるそうじゃないか」

 店員さんはわたしについて回りながら、よく通る声で言う。

「えっ、あ、そう、ですね……そういうことになってしまいまして」

 わたしはしどろもどろになりながら言葉を返す。

 臨時教師の件、昨日エリン工房の皆に話したばかりだというのに……この人はどうして知ってるのかな。

 まぁ、口止めをした覚えもないし、工房の誰かが話したんだろう。

「そうそう。先生様にお誂え向きの特別な羽ペンがありますよ。ノートも表紙になめし革を使った立派なものが……」

 その時、店員さんはガラスケースに入った豪華な羽ペンを勧めてきた。口調も敬語になってるし、明らかに態度が変わっている。

「や、やめてください。羽ペンもノートも、普通のでいいです」

 商魂たくましい店員さんの圧力に必死に耐え、わたしは目の前にあった品を手に取る。

「そうですか……買い替えたくなったら、いつでも来てくださいね! 今後ともごひいきに!」

 わたしは急いで会計を済ませるも、店員さんはお店の外にまで見送りに出てくれた。

 彼の反応からして、王立薬師学校の先生になるって、そんなにすごいことなんだ……。

 ……雑貨屋さんをあとにして、わたしは美容室に向けて歩く。

「クロエさんと約束しちゃったし、やっぱり行かなきゃいけないよね……」

 誰にともなく呟いて、商店街の中を進む。いつも以上に足が重い気がした。

 ああいう場所って、どんな髪型にするか必ず聞かれるし。流行に疎いわたしは、なんて答えるべきか皆目見当もつかない。

 お任せします……なんて言ったところで、店員さんを困らせてしまうかもしれないし。

 もう少し、クロエさんから色々話を聞いておけばよかった……。

「……ぶっ!?」

 悶々としながら歩いていると、前を歩いていた誰かの背にぶつかった。

「あっ……ご、ごめんなさい。前をよく見ていなくて」

「いえいえ……って、おや? エリンさんじゃないですか」

 鼻の頭を押さえながら謝ると、聞き覚えのある声がした。直後、ぶつかった相手が振り向く。

「……あれ、レリックさん?」

「どうも。エリンさん、王都に戻ってきていたんですねぇ」

 目の前にいたのは、商人のレリックさんだった。彼は羽根付き帽子を取って、朗らかな笑顔で一礼する。

「は、はい。昨日から戻っていまして」

「久しぶりの王都ですし、懐かしいでしょう?」

「な、懐かしさもありますが、人の多さに圧倒されて……」

「はっはっは。ルークリッド村に比べれば、天と地の差ですね」

 帽子を被り直しながら、レリックさんは笑みを絶やさずに言う。

「……それより聞きましたよ。王立薬師学校の臨時教師をお勤めになるとか」

 次に、レリックさんはわたしに耳打ちをしてきた。周囲に話が漏れないようにとの、彼なりの配慮だろう。

「そ、そういうことになってしまいまして。どうも不安しかなく……」

「初めてのことは誰でも不安になります。エリンさんはこれまで通り、自分を信じていけば大丈夫ですよ」

 つい本音を口にすると、レリックさんからは予想外の言葉が返ってきた。

 わたしは驚きと同時に、なんともいえない安心感を覚える。

「あ、ありがとうございます」

「礼には及びません。応援していますから、頑張ってください」

 なんとかお礼の言葉を絞り出すと、レリックさんはそう言い、一礼して去っていった。

 その背を見送りながら、わたしは彼の人柄に感服していた。

 レリックさんは励ましの言葉をかけてくれたばかりか、わたしが教師になるからといって、先の雑貨屋さんのように態度を変えることもなかった。

 男の人と話すのは苦手なのだけど、レリックさんは他の人より少しだけ、話しやすい気がした。

 ◇

 それから商店街の中を歩き、わたしはついに美容室の前に到着する。

 ついてしまった……。

 季節の花々に彩られたきらびやかな建物を前に、わたしは二の足を踏む。

 少しの間を置いて、おそるおそる窓から店内を覗き見る。

 そこには椅子と鏡が整然と並んでいて、その周囲を美容師さんらしき女性がテキパキと動き回っている。

 その容姿は洗練されていて、とてもオシャレだった。

 やっぱり、美容室なんてわたしには無縁の場所だ。出直そう。

 ……そう考えていた矢先、お店の中の美容師さんとバッチリ目が合ってしまった。

 すると、彼女は足早にこちらにやってきて、扉を開く。

「あ、もしかして、エリン・ハーランドさんですか?」

 その笑顔は眩しく、髪型も整っていた。

 しっかりとお化粧をしていて、香水もつけているのか、柑橘系のいい匂いが鼻をついた。

「た、確かにわたしはエリンですが、今日はその……」

「クロエさんからお話は伺っています。お待ちしておりました。中にどうぞ」

「え、あのその、わたしはですね……」

 しどろもどろになりながら言葉を紡ごうとするも、相手は圧倒的陽キャだった。

 そのパワーに圧倒され、わたしは引きずり込まれるようにお店へと足を踏み入れる。

 クロエさんから根回しもされているようで、とてもじゃないけど抵抗できなかった。

「こちらのお席をご利用ください。そう緊張なさらなくても大丈夫ですよ」

「は、はぁ。よ、よろしくお願いします」

 わたしは指示されるがまま、近くの椅子へと腰を落ち着ける。

 目の前には大きな鏡があって、目の下にクマを作ったわたしが不安顔を浮かべて映っていた。

「それでは、失礼しまーす」

 固まっているわたしに、美容師さんは慣れた手つきで薄手のクロスをかけてくれる。

「きれいな髪ですねー。ちょっと解いてみてもいいですか?」

 続いて、彼女はわたしの三つ編みを見ながら言う。

「あっ、はい。どうぞ……」

 許可を出すと、慣れた手つきで大きな三つ編みを解いていく。

 ……想像以上に長い髪が、クロスの上に広がった。

 これは……本当に伸びちゃったなぁ。

「エリンさん、お仕事は何をされてるんですか?」

「ふえっ!? その、薬師を少々……」

 その時、唐突に質問された。わたしは視線を泳がせながら答える。

「まー、薬師様なんですね! それは素晴らしいお仕事で……」

 霧吹きのような道具でわたしの髪を濡らしつつ、美容師さんは続ける。

「私、最近お肌が荒れてきて困っているんですよー。肌荒れに効く薬ってあります?」

「えっ、肌荒れ……? 乾燥肌に効く薬ならありますが……」

 ……そんな感じに、矢継ぎ早に会話が展開される。

 人との会話が苦手なわたしは、言葉を返すだけで精一杯。完全にパニックになっていた。

 これはまずい。なんか酸欠で目が回ってきたし、このままだと気絶する。

 そんなことを考えていた矢先、先程まで続いていた会話の雨が、ピタリと止んだ。

 鏡越しに美容師さんを見ると、真剣な表情をしていた。どうやら作業に集中するらしい。

 静かになると同時にわたしの緊張も解け、急激に眠くなってきた。

 クロスをかけられたうえに、程よい室温。眠るなというほうが無理だ。

「今日は本当にいいお天気ですよねー」

「そ、そうです、ね……あふ」

 それでも、時折他愛のない会話が投げかけられる。

 睡魔と戦いながら、必死に言葉を紡ぐも……限界が近かった。

 ぼんやりとした頭で、わたしは今後のことを考える。

 髪のセットが終わったら、数日後にはあの制服を着て、生徒たちの前に立つのだ。

 臨時教師だし、皆の前で挨拶をさせられるかもしれない。

 ……でも、挨拶は短くて大丈夫だと思う。思いっきり声を出せば、聞こえるはず、だし……。

「ところでエリンさん、髪の長さはどうします? 思い切って短くするのも手だと思いますけど」

「短く……思いっきり……」

 何か声が聞こえた気がしたけど……わたしは眠気に負け、ほとんど船を漕いでいた。

「思いっきり短くですね! わかりました! イメチェンしましょ!」

 美容師さんの弾むような声のあと、すぐ耳元でハサミの音がするも……わたしの意識は途切れてしまったのだった。
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