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しおりを挟む第一章 薬師、追放される
薬師とはその名のとおり、様々な薬を作って人を助ける職業で、みんなの憧れだ。
国一番の薬師を父に持つわたし――エリン・ハーランドは、幼い頃から薬師になるべく勉強に明け暮れ、十歳の誕生日を迎える頃には最高ランクである特級薬師免許を取得。神童ともてはやされた。
……そこまでは、順風満帆な人生だったけど。
わたしが特級薬師免許を取得した翌年、男手一つでわたしを育ててくれた父が流行り病で亡くなった。
そして父の『ハーランド工房』は、叔父のグレガノさんに引き継がれ……もとい、乗っ取られてしまったのだ。
身寄りがないわたしは叔父に引き取られるも、その後の生活は悲惨そのもの。奴隷同然に働かされた。
調合室に閉じ込められ、ひたすら薬を作り続ける日々。
部屋から出ることさえできず、食事はわずかな水とパンが与えられるだけ。薬の材料である植物をかじって飢えをしのいだこともあった。
そんな生活を六年近く続けた結果、わたしは人と話すことが極端に苦手になってしまった。
俗に言う、人見知り。下手をすると、人間不信の域に達している。それくらい、人と話せなくなっていたのだ。
……そんなある日のこと。わたしはグレガノさんから工房長室に呼び出された。
あの人がわたしを呼ぶなんて、いつ以来だろう。
もしかして、ようやく待遇を改善してくれるとか?
せめて、週に一度はお風呂に入らせてくれないかな。
体は濡らした布で拭いているけれど、常に清潔にしておかないと薬の調合にも支障が出るし。
期待に胸を膨らませながら扉をノックし、工房長室へ足を踏み入れる。
そこには部屋の主である赤髪の男性――グレガノさんと、その妻のステラさん、娘のエルトナの姿があった。
「……エリン、てめぇは今日でクビだ。今すぐこの工房から出ていけ」
かつて父が使っていた机に足を載せながら、グレガノさんは開口一番そう言った。
言葉の意味が理解できず、頭の中が真っ白になる。
……出ていけって、そんないきなり? なんで? どうして?
これまで散々貢献してきたはずのわたしが、どうして工房を追い出されるの?
疑問が頭の中を駆け巡る。でも駆け巡るだけで、うまく言葉にならない。
「あっ、その、どうして……」
しどろもどろになって視線を泳がせる。
すると、部屋の奥から一人の女性が出てきた。知らない人だ。
「紹介するぜ。こいつはマリエッタ。うちの新しい薬師で、今日からお前に代わってエルトナの補佐を担当してもらう」
名前を呼ばれ、女性が一礼する。
腰ほどまである金髪を三つ編みに結った、緑の瞳が綺麗な人だった。いつも目の下にクマを作っているわたしと違って、きちんとお化粧までしている。
つまり、代わりの薬師を雇ったからわたしは用済みだと? そんな身勝手な。
「マリエッタは特級薬師免許を持つだけじゃなく、性格が明るくて愛想もいい。ろくに接客もできないお前とは大違いだ」
グレガノさんが蔑んだ目でわたしを見てくる。
「え、えっと、その」
いやいや、接客以前に、お店にすら立たせてくれなかったのは誰なのか……!
そもそも、誰のせいで人と会話することもままならないような性格になったと思っているのか……!
心の中で叫ぶも、実際に言葉にすることはできなかった。
わたしはもごもごと口を動かしながら、周りを見回す。
誰か、助け舟を出してくれそうな人はいないかな。
やがてその視線が、ステラさんを捉えた。
……この人はダメだ。彼女はわたしを引き取って以来、ずっと無視し続けている。
ただひたすらに、父の遺産を食い潰してきた人だ。
今もああやって、我関せずといった様子で大きな宝石を磨いているのだ。助けてくれるはずがない。
続いて、エルトナに視線を向けた。
この子はわたしと同い年の十六歳だけど、すごく高飛車な性格で……わたしに調合させた薬を奪い、まるで自分が作ったかのように吹聴して回っていると聞く。
嘘も百回言えば本当になるのか、彼女は今や、「将来有望な『ハーランド工房』の看板薬師」なんて言われているそうだ。
「……何よ? 言いたいことがあるなら、目を見てはっきり言いなさい」
「ひいっ、すみません……」
エルトナに凄まれて、わたしは反射的に謝った。
「パパが決めたんだから諦めなさい。往生際が悪いわよ」
「で、でも、わたし、これまで薬……たくさん作りました……」
「そんなの関係ないの。わかんない? あなたはもう用済みなのよ。人見知りのエリンちゃん?」
女の子だけど、人を見下す時の表情は叔父とそっくりだ。
わたしはつい顔を伏せた。人見知りなのは事実だから、反論できない。
この人たちにとってわたしは身内ではなく、あくまでエルトナの補佐にすぎなかったのだ。
「……あ、もしかしてお金が欲しいの? パパ、エリンにこれまでの給料を払ってあげてよ」
「給料だぁ? まぁ、エルトナが言うなら少しくらい出してやるか。なんて心の優しい娘だ」
グレガノさんはそう言うと、ボサボサの髪をかきながらポケットを漁る。
そして一枚の硬貨を投げてよこす。それは床を転がり、わたしの足に当たって止まった。
拾い上げてみると、それは百ピール銅貨だった。
百ピールというと、この街では一回ぶんの食事代になるかどうかだ。
……六年働き続けた報酬が、これ? あまりにもふざけている。
「あと、これも餞別にあげるわ。こんな古いの、置いていかれても邪魔だし」
エルトナはあろうことか、わたしが愛用していた薬研を放り投げてきた。
わたしは床に倒れ込みながら、なんとか落ちる前に受け止める。
薬研は薬材をすり潰して粉にするための、薬師にとっては命の次に大事な商売道具だ。
それを投げるなんて。しかもこれ、お父さんの形見なのに。
「給料も受け取ったな。さあ、出ていけ」
「元気でねー」
まったく悪びれる様子がないグレガノさんとエルトナに強い怒りを覚えつつも、今のわたしにはどうすることもできない。
わたしは形見の薬研と銅貨を握りしめると、そのまま『ハーランド工房』を飛び出したのだった。
工房を追い出されたわたしは、城下町をさまよっていた。
ここ、ミランダ王国は小さな国ながら、王都はそれなりに発展している。その中心部の城下町ともなれば、人通りも多い。
ど、どうしよう。人の視線が怖い。
今のわたしは薄汚れた割烹着姿だし、どうしても人目についてしまう。
なるべく目立たぬように、道の端をあてもなく歩いていく。
「こ、これからどうしよう」
自分の体を抱くようにして、震える声で呟いた。
わたしは薬を作ることしか能がないけど……この街に存在する薬師工房は、『ハーランド工房』だけだ。
そこを追い出されたとなると、薬師として働くためには別の街に行く必要がある。
でも、わたしの所持金は銅貨一枚のみ。これでは旅に出るなんて到底無理だ。
……まずは旅費を稼がなくちゃ。どこかでアルバイトをしないと。
そんな結論に至った時、近くの食堂が目に留まった。
入口にはデカデカと『アルバイト募集中!』の看板を掲げている。
「……アルバイトの王道といえば、接客業だけど」
いきなりお店に入るのは怖いので、わたしは通りに面した窓から店の中を覗いてみた。
店内にお客さんの姿はなく、一人の少女がいる。
肩ほどまでの青色の髪を左右に揺らしながら、カフェエプロン姿の少女は掃除をしているようだ。
ほうきを片手に鼻歌でも歌っているのか、幸せオーラ全開といった感じである。
「くはっ、眩しいっ……!」
わたしはその子を直視できず、反射的に視線をそらした。
「わたしが、あの子と同じようにこのお店でアルバイト……?」
そう口にしてみるも、まったく現実味がない。
わたしは想像力を働かせ、お店の中で笑顔を振りまきながら働く自分を想像してみる。
『いらっしゃいませー!』
『いよー、エリンちゃん、今日も可愛いねー』
『もー、おだてても何も出ませんよー!』
『わかってるってー。今日もいつもの頼むぜー』
『はーい、ありがとうございまーす!』
……いやいやいや。そんな対応、絶対できない。
現実に戻ってきて、わたしは一人頭を抱えた。
人と目を合わせられないし、すぐに緊張でパニックになるし、声は小さいし……。
やっぱり、わたしに接客業なんて無理だ。想像しただけで魂が抜けそうになる。
別の仕事を探そう。幸いにしてここは城下町だし、人とかかわらずに黙々と作業できる仕事があるはず……。
そう考えた時だった。
「あのー」
「ひっ!?」
先程まで店の中にいたはずの青髪の少女が、なぜか目の前に立っている。
わたしは思わず悲鳴を上げ、数歩後ずさった。
「さっきからお店の中を気にしていらしたので……もしかして、お食事ですか?」
「あっ、いえその、えっと……そ、そうです」
わたわたと手を動かしながら、わたしは思ってもいなかったことを口にする。
突然話しかけられて、完全に気が動転していた。
「そうだったんですねー。ランチタイムはすぎましたが、まだ食事は可能ですよ! こちらへどうぞ!」
少女は明るく笑い、わたしを店内へ誘った。
――いえいえ、食事じゃないんです! ここで働かせてもらおうと思っていただけなんです!
……そう言いたいのに、例によってうまく言葉が出ず。
気がつけば、わたしは窓際の席へ腰かけていた。
「本日のオススメは日替わりランチです! 大盛りの鹿肉シチューに、今ならサラダとパンがついてたったの百ピールですよ!」
少女の口から料理名を告げられると、それに反応するようにお腹が鳴った。
「あっ、えっと、じゃ、じゃあそれで……」
手持ちのお金も足りているし、もうこうなると、欲望を抑えられない。
「かしこまりましたー。店長さん、注文入りましたよー!」
わたしより一つか二つ年上っぽい少女はキラキラの笑顔で一礼すると、軽やかな足取りで去っていった。
……おかしい。アルバイト志望のはずだったのに、普通に食事してどうするの!
心の中で叫び、真っ白いクロスが敷かれたテーブルに頭を打ちつける。
……うん。食事を終えたら、ここで働かせてもらえないか聞いてみよう。このままだと一文無しになってしまうし。
頑張れエリン。負けるなエリン。
料理が運ばれてくるまでの間、わたしは自らを励まし続けたのだった。
その後、わたしは料理を堪能し、お店をあとにした。
「……はぁ。結局、アルバイトの話は切り出せなかった」
久しぶりのまともな食事は心の底からおいしかったけど、本来の目的はそこじゃない。
このままだと、このお店で食べた料理が最後の晩餐になってしまう。それだけは避けないと。
というわけで、わたしは城下町中を巡り、従業員を募集していそうなお店に片っ端から足を運んだ。
けれど、勇気を出せたのもそこまでだった。
店員さんに取り次いでもらって、店長さんにアルバイトの話を切り出すなんて芸当は、人見知りのわたしにとってはハードルが高すぎる。
店内を薄汚れた恰好でうろつき、誰かに声をかけられると一目散に逃げ去っていく……そんなわたしの姿は、お店側からすれば不審者以外の何者でもなかっただろう。申し訳ない気持ちでいっぱいだった。
そんなこんなで夕方近くまで頑張ってみたものの、特に成果を上げられていない。
「はぁ、わたしの意気地なし」
結局、最初に食事をした食堂に戻ってきてしまっている。
どうやらこのお店、今は営業時間外らしく、扉には『準備中』の看板が下がっていた。
けれど、店内は明かりがまだついている。中に人はいるようだ。
窓から覗くと、カウンターの奥で作業する店長さんの姿が見える。
立派なヒゲをたくわえた強面の店長さんは、眉間にシワを寄せながらお皿を磨いていた。
……これが最後のチャンスだ。今一度勇気を出せ、薬師エリン。
そう言い聞かせて、扉に手をかける。自分でもわかるくらい、その手は震えていた。
まずは挨拶して、次に表のアルバイト募集を見て来たことを言って……
「それでは、今日もお疲れ様でしたー!」
中に入ったら言うべき言葉を頭の中で繰り返していた時、お店の脇から明るい声がした。
店舗には裏口があったようで、お昼にわたしに声をかけた、青髪の女の子が出てくる。
彼女はわたしに気づかず店の横を通り過ぎ、大通りを走り去っていった。
……そうだ。先にあの子に相談してみたらどうだろう。
その後ろ姿を見送っていると、頭の中にそんな考えが浮かんだ。
少しだけど話をしたし、何より優しそうだ。わたし一人で店長さんに話をしに行くより、よっぽどいいかもしれない。
そんな結論に至ったわたしは、急いで女の子を追いかけた。
「あれ、ここって……」
そうして辿り着いたのは、『ハーランド工房』だった。
「あの子、お薬を買いに来たのかな……?」
わたしが首をかしげていると、少しだけ開いた扉の奥から、グレガノさんと女の子の話し声が聞こえてきた。
息を殺しながら扉に近づき、耳をそばだてる。
「ちょ、ちょっと待ってください! 熱冷ましの薬、昨日は四百ピールだったじゃないですか! それがどうして、千ピールになっているんです!?」
「そりゃあ、値上げしたからに決まってるだろ。材料費が高騰したんだよ。こっちも商売なんでな」
女の子の叫ぶような声に、グレガノさんが気怠そうに答えている。
「高騰はわかりますが、それでも一晩で値段が倍以上になるなんておかしいですよ!」
「文句を言うなら買わなくてもいいんだぜ? うちの薬は薬師の技術料も込みなんだ。なぁ、マリエッタ」
グレガノさんの言葉に反応するように、女性の声がした。
距離が離れているらしく、彼女がなんと言ったのかは聞き取れない。
「むむむ……! わかりました! 買います! 買いますよ!」
「そうこなくっちゃな。へへっ、まいどあり」
女の子は苛立ちを隠さずに告げ、薬を購入した。
……それにしても、『ハーランド工房』の値上げ幅はどう考えても異常だ。
グレガノさんのことだし、値段を吊り上げてさらに儲けようって魂胆だろうけど……この街唯一の薬師工房がそんなことをしていては、お客さんの反感を買うだけだと思――
「わぎゃ!?」
……モヤモヤした気持ちになっていると、目の前の扉が勢いよく開け放たれた。
その扉に弾き飛ばされ、わたしは地面にひっくり返る。
次の瞬間、女の子が『ハーランド工房』から勢いよく飛び出してきた。
「きゃ!?」
彼女は地面に転がるわたしに足を取られてバランスを崩し、盛大に転んだ。
その拍子に、女の子が持っていた袋は空中へ放り出され、中身の粉薬がぶちまけられた。
「あああ、せっかく買った薬が……!」
わたしに覆いかぶさったまま、女の子は悲痛な声を上げる。
「ご、ごごごめんなさい。その、わたし――」
「なんだぁ? 騒がしいと思ったら、エリンじゃねえか」
女の子の下敷きになったまま謝っていると、扉の奥からグレガノさんが顔を覗かせた。
「お前、まだこの辺をほっつき歩いていたのか? さっさとどっかに行け」
彼は吐き捨てるように言ったあと、乱暴に扉を閉める。
荒々しい音に、わたしは思わず身を縮こまらせた。
「うわぁ……この薬、まだ使えるでしょうか。砂が混ざってそうですが、選り分ければどうにか……!」
そんな中、女の子はわたしの上から這い下りて、地面に散らばった薬を必死にかき集めていた。
混乱しているのか、粉薬と砂を選り分けるなどというよくわからないことを口走っている。
「あ、あの、どなたか体調が悪いんですか……?」
わたしも起き上がって、おずおずと尋ねた。
扉の前に陣取っていた以上、こちらにも非があるし、申し訳ない気持ちでいっぱいだ。
「は、はい……実はここ数日、親友が高熱に苦しんでいて。アルバイトで貯めたお金で、ようやく薬を買えたんですが……」
砂と薬が混ざったものをかき集めながら、女の子はそう言葉を返す。
そういえば、熱冷ましの薬がどうこう聞こえたっけ。
でも、熱冷ましの薬にしては、この匂い……。
「……ちょっと、失礼」
違和感を覚えたわたしは、袋の中にわずかに残っていた薬を手に取り、少しだけ舐めてみた。
「……主成分はゴールデンリーフにパープルアイ。それにグリーンオリーブも少量入っているけど、スイートリーフの配合量が明らかに少ない。たぶん、規定量の半分以下。これじゃ、すごく苦いだけで熱冷ましとしての効果は薄い」
「え?」
スイートリーフはその名のとおり甘い葉っぱで、料理にも使う一般的な植物だ。薬として用いるのは根っこの部分。根には甘味成分が濃縮されており、それは葉の数十倍に達する。
その甘さたるや、根っこを煎じて粉末にした場合、すぐさま鼻に届くほどに強烈だ。
それがまったく感じられないなんて、どう考えてもおかしい。スイートリーフの使用量が極端に少ないか、もしくは配合されていない可能性すらある。
わたしならこんなミスはしない。この薬はエルトナか、あのマリエッタさんが作ったのかな。
「……あの、もしかして薬の成分がわかるんですか?」
「へっ? いえ、これはその……」
集中して材料を分析していたところに声をかけられ、わたしは慌てふためいた。
「『ハーランド工房』の工房長さんともお知り合いのようですし……、まさか、あなたは薬師だったりするのでは!?」
「い、一応薬師ですが、今は失業した身でして……」
「お願いします! ぜひうちに来てください! あ、私はクロエって言います!」
「は、ははぁ。クロエさん。わたしはエリンと申します……って、わわわ!?」
自己紹介もそこそこに、クロエさんはわたしの手を掴むとぐいぐい引っ張って走り出した。
ちょ、ちょっとちょっと。わたし、どこに連れていかれるの!?
わたしがクロエさんに連れてこられたのは、城下町の外れにある二階建ての建物だった。
「あ、あの、ここ、どこですか? さっきの食堂じゃないですよね……?」
「食堂? ……ああ、お客さんでしたか。あそこはただのアルバイト先ですよ。どうぞ、上がってください!」
クロエさんに促されるがまま、わたしは建物へ足を踏み入れた。
棚には小物や道具が置いてある。部屋の間取りを見た限り、ここはもともと薬師工房のようだった。
そういえば、父が亡くなるまではこうした小さな工房が街の至るところにあった覚えがある。
ただ、グレガノさんが『ハーランド工房』を引き継いでからは、利益独占のために、他の工房に圧力をかけて潰していったと聞く。
ここは、その被害に遭ったお店の一つなのかな。
「あ、あの、クロエさん、このお店、薬師工房のようですけど……」
「そうなんですよー。ミラベルさんが買い取ってくれたんですが、まだ開店準備はおろか、国に開業の申請すらしていなくてー。ミラベルさん、今も部屋で寝てるんでしょうか」
そう言いながら、クロエさんは腰に手を当ててお店の中を見渡す。
そこかしこに埃が積もっているものの、棚の上の道具だけは新品のようだった。
「あの、この街で薬師工房を立ち上げるのは、やめておいたほうがいいかも……」
「え?」
「い、いえ。なんでもないです。ごめんなさい」
思わず忠告したものの、声が小さすぎてクロエさんには届かなかったらしい。
聞き返してきた彼女にとっさに謝り、わたしはうつむいてしまった。
「マイラは寝込んでしまうし、雇うはずだった薬師さんには逃げられてしまうし。もう踏んだり蹴ったりなんですよー」
そんなわたしを気にすることなく、クロエさんは困った顔のままカウンターを通り抜けた。
そして、その奥の階段の下で足を止める。
「あ。熱を出しているのがそのマイラって子で、今は部屋で寝ているんです。こっちですよ」
振り向いてそう言ってから、クロエさんは階段を上り始めた。
……どうやら彼女、こちらが聞かなくてもいろいろと答えてくれる、お喋り好きなタイプのようだ。
人見知りのわたしからすれば、付き合いやすい相手かもしれない。
「昔患った熱病の後遺症で、マイラはときどき熱を出すんですよ。普段は元気いっぱいなんですけど」
そんな説明を聞きながら二階へ上がったわたしは、一番手前の部屋へ案内された。
部屋の中にはベッドが置かれていて、赤髪の少女が横たわっていた。
どこかあどけなさが残る顔立ちだ。わたしより年下だろうか。
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