追放薬師は人見知り!?

川上とむ

文字の大きさ
1 / 91
1巻

1-1

しおりを挟む



 第一章 薬師くすし、追放される


 薬師とはその名のとおり、様々な薬を作って人を助ける職業で、みんなのあこがれだ。
 国一番の薬師を父に持つわたし――エリン・ハーランドは、おさない頃から薬師になるべく勉強に明けれ、十歳の誕生日をむかえる頃には最高ランクである特級薬師免許とっきゅうくすしめんきょを取得。神童しんどうともてはやされた。
 ……そこまでは、順風満帆じゅんぷうまんぱんな人生だったけど。
 わたしが特級薬師免許を取得した翌年、男手一つでわたしを育ててくれた父が流行はややまいくなった。
 そして父の『ハーランド工房』は、叔父おじのグレガノさんに引きがれ……もとい、乗っ取られてしまったのだ。
 身寄りがないわたしは叔父に引き取られるも、その後の生活は悲惨ひさんそのもの。奴隷どれい同然に働かされた。
 調合室に閉じ込められ、ひたすら薬を作り続ける日々。
 部屋から出ることさえできず、食事はわずかな水とパンが与えられるだけ。薬の材料である植物をかじってえをしのいだこともあった。
 そんな生活を六年近く続けた結果、わたしは人と話すことが極端きょくたんに苦手になってしまった。
 ぞくに言う、人見知り。下手をすると、人間不信のいきに達している。それくらい、人と話せなくなっていたのだ。


 ……そんなある日のこと。わたしはグレガノさんから工房長室に呼び出された。
 あの人がわたしを呼ぶなんて、いつ以来だろう。
 もしかして、ようやく待遇たいぐう改善かいぜんしてくれるとか?
 せめて、週に一度はお風呂に入らせてくれないかな。
 体はらした布でいているけれど、常に清潔せいけつにしておかないと薬の調合にも支障ししょうが出るし。
 期待に胸をふくらませながらとびらをノックし、工房長室へ足をみ入れる。
 そこには部屋のあるじである赤髪あかがみの男性――グレガノさんと、その妻のステラさん、むすめのエルトナの姿があった。

「……エリン、てめぇは今日でクビだ。今すぐこの工房から出ていけ」

 かつて父が使っていた机に足をせながら、グレガノさんは開口一番そう言った。
 言葉の意味が理解できず、頭の中が真っ白になる。
 ……出ていけって、そんないきなり? なんで? どうして?
 これまで散々貢献こうけんしてきたはずのわたしが、どうして工房を追い出されるの?
 疑問が頭の中をめぐる。でも駆け巡るだけで、うまく言葉にならない。

「あっ、その、どうして……」

 しどろもどろになって視線を泳がせる。
 すると、部屋の奥から一人の女性が出てきた。知らない人だ。

「紹介するぜ。こいつはマリエッタ。うちの新しい薬師で、今日からお前に代わってエルトナの補佐ほさを担当してもらう」

 名前を呼ばれ、女性が一礼する。
 こしほどまである金髪きんぱつみにった、緑のひとみ綺麗きれいな人だった。いつも目の下にクマを作っているわたしと違って、きちんとお化粧けしょうまでしている。
 つまり、代わりの薬師をやとったからわたしは用済みだと? そんな身勝手な。

「マリエッタは特級薬師免許を持つだけじゃなく、性格が明るくて愛想あいそもいい。ろくに接客もできないお前とは大違いだ」

 グレガノさんがさげすんだ目でわたしを見てくる。

「え、えっと、その」

 いやいや、接客以前に、お店にすら立たせてくれなかったのは誰なのか……!
 そもそも、誰のせいで人と会話することもままならないような性格になったと思っているのか……!
 心の中でさけぶも、実際に言葉にすることはできなかった。
 わたしはもごもごと口を動かしながら、周りを見回す。
 誰か、助けぶねを出してくれそうな人はいないかな。
 やがてその視線が、ステラさんをとらえた。
 ……この人はダメだ。彼女はわたしを引き取って以来、ずっと無視し続けている。
 ただひたすらに、父の遺産いさんを食いつぶしてきた人だ。
 今もああやって、我関われかんせずといった様子で大きな宝石ほうせきみがいているのだ。助けてくれるはずがない。
 続いて、エルトナに視線を向けた。
 この子はわたしと同い年の十六歳だけど、すごく高飛車たかびしゃな性格で……わたしに調合させた薬を奪い、まるで自分が作ったかのように吹聴ふいちょうして回っていると聞く。
 うそも百回言えば本当になるのか、彼女は今や、「将来有望な『ハーランド工房』の看板かんばん薬師」なんて言われているそうだ。

「……何よ? 言いたいことがあるなら、目を見てはっきり言いなさい」
「ひいっ、すみません……」

 エルトナにすごまれて、わたしは反射的に謝った。

「パパが決めたんだからあきらめなさい。往生際おうじょうぎわが悪いわよ」
「で、でも、わたし、これまで薬……たくさん作りました……」
「そんなの関係ないの。わかんない? あなたはもう用済みなのよ。人見知りのエリンちゃん?」

 女の子だけど、人を見下す時の表情は叔父とそっくりだ。
 わたしはつい顔をせた。人見知りなのは事実だから、反論できない。
 この人たちにとってわたしは身内ではなく、あくまでエルトナの補佐にすぎなかったのだ。

「……あ、もしかしてお金が欲しいの? パパ、エリンにこれまでの給料をはらってあげてよ」
「給料だぁ? まぁ、エルトナが言うなら少しくらい出してやるか。なんて心の優しい娘だ」

 グレガノさんはそう言うと、ボサボサの髪をかきながらポケットをあさる。
 そして一枚の硬貨こうかを投げてよこす。それはゆかころがり、わたしの足に当たって止まった。
 ひろい上げてみると、それは百ピール銅貨どうかだった。
 百ピールというと、この街では一回ぶんの食事代になるかどうかだ。
 ……六年働き続けた報酬ほうしゅうが、これ? あまりにもふざけている。

「あと、これも餞別せんべつにあげるわ。こんな古いの、置いていかれても邪魔じゃまだし」

 エルトナはあろうことか、わたしが愛用していた薬研やげんを放り投げてきた。
 わたしは床にたおれ込みながら、なんとか落ちる前に受け止める。
 薬研は薬材やくざいをすり潰してこなにするための、薬師にとっては命の次に大事な商売道具だ。
 それを投げるなんて。しかもこれ、お父さんの形見かたみなのに。

「給料も受け取ったな。さあ、出ていけ」
「元気でねー」

 まったく悪びれる様子がないグレガノさんとエルトナに強いいかりを覚えつつも、今のわたしにはどうすることもできない。
 わたしは形見の薬研と銅貨をにぎりしめると、そのまま『ハーランド工房』を飛び出したのだった。


 工房を追い出されたわたしは、城下町をさまよっていた。
 ここ、ミランダ王国は小さな国ながら、王都はそれなりに発展している。その中心部の城下町ともなれば、人通りも多い。
 ど、どうしよう。人の視線がこわい。
 今のわたしは薄汚うすよごれた割烹着かっぽうぎ姿だし、どうしても人目についてしまう。
 なるべく目立たぬように、道のはしをあてもなく歩いていく。

「こ、これからどうしよう」

 自分の体を抱くようにして、ふるえる声でつぶやいた。
 わたしは薬を作ることしかのうがないけど……このまちに存在する薬師工房は、『ハーランド工房』だけだ。
 そこを追い出されたとなると、薬師として働くためには別の街に行く必要がある。
 でも、わたしの所持金は銅貨一枚のみ。これでは旅に出るなんて到底とうてい無理だ。
 ……まずは旅費をかせがなくちゃ。どこかでアルバイトをしないと。
 そんな結論にいたった時、近くの食堂が目にまった。
 入口にはデカデカと『アルバイト募集ぼしゅう中!』の看板をかかげている。

「……アルバイトの王道といえば、接客業だけど」

 いきなりお店に入るのは怖いので、わたしは通りに面したまどから店の中をのぞいてみた。
 店内にお客さんの姿はなく、一人の少女がいる。
 かたほどまでの青色の髪を左右にらしながら、カフェエプロン姿の少女は掃除そうじをしているようだ。
 ほうきを片手に鼻歌でも歌っているのか、幸せオーラ全開といった感じである。

「くはっ、まぶしいっ……!」

 わたしはその子を直視できず、反射的に視線をそらした。

「わたしが、あの子と同じようにこのお店でアルバイト……?」

 そう口にしてみるも、まったく現実味がない。
 わたしは想像力を働かせ、お店の中で笑顔を振りまきながら働く自分を想像してみる。

『いらっしゃいませー!』
『いよー、エリンちゃん、今日も可愛いねー』
『もー、おだてても何も出ませんよー!』
『わかってるってー。今日もいつもの頼むぜー』
『はーい、ありがとうございまーす!』

 ……いやいやいや。そんな対応、絶対できない。
 現実に戻ってきて、わたしは一人頭を抱えた。
 人と目を合わせられないし、すぐに緊張でパニックになるし、声は小さいし……。
 やっぱり、わたしに接客業なんて無理だ。想像しただけでたましいけそうになる。
 別の仕事を探そう。幸いにしてここは城下町だし、人とかかわらずに黙々もくもくと作業できる仕事があるはず……。
 そう考えた時だった。

「あのー」
「ひっ!?」

 先程まで店の中にいたはずの青髪の少女が、なぜか目の前に立っている。
 わたしは思わず悲鳴を上げ、数歩後ずさった。

「さっきからお店の中を気にしていらしたので……もしかして、お食事ですか?」
「あっ、いえその、えっと……そ、そうです」

 わたわたと手を動かしながら、わたしは思ってもいなかったことを口にする。
 突然話しかけられて、完全に気が動転していた。

「そうだったんですねー。ランチタイムはすぎましたが、まだ食事は可能ですよ! こちらへどうぞ!」

 少女は明るく笑い、わたしを店内へいざなった。
 ――いえいえ、食事じゃないんです! ここで働かせてもらおうと思っていただけなんです!
 ……そう言いたいのに、例によってうまく言葉が出ず。
 気がつけば、わたしは窓際の席へこしかけていた。

「本日のオススメは日替ひがわりランチです! 大盛りの鹿肉しかにくシチューに、今ならサラダとパンがついてたったの百ピールですよ!」

 少女の口から料理名を告げられると、それに反応するようにおなかが鳴った。

「あっ、えっと、じゃ、じゃあそれで……」

 手持ちのお金も足りているし、もうこうなると、欲望よくぼうおさえられない。

「かしこまりましたー。店長さん、注文入りましたよー!」

 わたしより一つか二つ年上っぽい少女はキラキラの笑顔で一礼すると、かろやかな足取りで去っていった。
 ……おかしい。アルバイト志望のはずだったのに、普通に食事してどうするの!
 心の中で叫び、真っ白いクロスがかれたテーブルに頭を打ちつける。
 ……うん。食事を終えたら、ここで働かせてもらえないか聞いてみよう。このままだと一文無いちもんなしになってしまうし。
 頑張れエリン。負けるなエリン。
 料理が運ばれてくるまでの間、わたしは自らをはげまし続けたのだった。


 その後、わたしは料理を堪能たんのうし、お店をあとにした。

「……はぁ。結局、アルバイトの話は切り出せなかった」

 久しぶりのまともな食事は心の底からおいしかったけど、本来の目的はそこじゃない。
 このままだと、このお店で食べた料理が最後の晩餐ばんさんになってしまう。それだけはけないと。
 というわけで、わたしは城下町中をめぐり、従業員を募集ぼしゅうしていそうなお店にかたぱしから足を運んだ。
 けれど、勇気を出せたのもそこまでだった。
 店員さんに取り次いでもらって、店長さんにアルバイトの話を切り出すなんて芸当げいとうは、人見知りのわたしにとってはハードルが高すぎる。
 店内を薄汚れた恰好かっこうでうろつき、誰かに声をかけられると一目散いちもくさんに逃げ去っていく……そんなわたしの姿は、お店側からすれば不審者ふしんしゃ以外の何者でもなかっただろう。申し訳ない気持ちでいっぱいだった。
 そんなこんなで夕方近くまで頑張ってみたものの、特に成果を上げられていない。

「はぁ、わたしの意気地いくじなし」

 結局、最初に食事をした食堂に戻ってきてしまっている。
 どうやらこのお店、今は営業時間外らしく、扉には『準備中』の看板が下がっていた。
 けれど、店内は明かりがまだついている。中に人はいるようだ。
 窓から覗くと、カウンターの奥で作業する店長さんの姿が見える。
 立派なヒゲをたくわえた強面こわもての店長さんは、眉間みけんにシワを寄せながらお皿を磨いていた。
 ……これが最後のチャンスだ。今一度勇気を出せ、薬師エリン。
 そう言い聞かせて、扉に手をかける。自分でもわかるくらい、その手は震えていた。
 まずは挨拶あいさつして、次に表のアルバイト募集を見て来たことを言って……

「それでは、今日もお疲れ様でしたー!」

 中に入ったら言うべき言葉を頭の中で繰り返していた時、お店のわきから明るい声がした。
 店舗てんぽには裏口があったようで、お昼にわたしに声をかけた、青髪の女の子が出てくる。
 彼女はわたしに気づかず店の横を通り過ぎ、大通りを走り去っていった。
 ……そうだ。先にあの子に相談してみたらどうだろう。
 その後ろ姿を見送っていると、頭の中にそんな考えが浮かんだ。
 少しだけど話をしたし、何より優しそうだ。わたし一人で店長さんに話をしに行くより、よっぽどいいかもしれない。
 そんな結論に至ったわたしは、急いで女の子を追いかけた。

「あれ、ここって……」

 そうして辿たどり着いたのは、『ハーランド工房』だった。

「あの子、お薬を買いに来たのかな……?」

 わたしが首をかしげていると、少しだけ開いた扉の奥から、グレガノさんと女の子の話し声が聞こえてきた。
 息をころしながら扉に近づき、耳をそばだてる。

「ちょ、ちょっと待ってください! 熱冷ねつさましの薬、昨日は四百ピールだったじゃないですか! それがどうして、千ピールになっているんです!?」
「そりゃあ、値上ねあげしたからに決まってるだろ。材料費が高騰こうとうしたんだよ。こっちも商売なんでな」

 女の子の叫ぶような声に、グレガノさんが気怠けだるそうに答えている。

「高騰はわかりますが、それでも一晩で値段が倍以上になるなんておかしいですよ!」
「文句を言うなら買わなくてもいいんだぜ? うちの薬は薬師の技術料も込みなんだ。なぁ、マリエッタ」

 グレガノさんの言葉に反応するように、女性の声がした。
 距離が離れているらしく、彼女がなんと言ったのかは聞き取れない。

「むむむ……! わかりました! 買います! 買いますよ!」
「そうこなくっちゃな。へへっ、まいどあり」

 女の子は苛立いらだちをかくさずに告げ、薬を購入こうにゅうした。
 ……それにしても、『ハーランド工房』の値上げはばはどう考えても異常だ。
 グレガノさんのことだし、値段をり上げてさらにもうけようって魂胆こんたんだろうけど……この街唯一ゆいいつの薬師工房がそんなことをしていては、お客さんの反感を買うだけだと思――

「わぎゃ!?」

 ……モヤモヤした気持ちになっていると、目の前の扉が勢いよく開け放たれた。
 その扉にはじき飛ばされ、わたしは地面にひっくり返る。
 次の瞬間、女の子が『ハーランド工房』から勢いよく飛び出してきた。

「きゃ!?」

 彼女は地面に転がるわたしに足を取られてバランスをくずし、盛大に転んだ。
 その拍子ひょうしに、女の子が持っていたふくろは空中へ放り出され、中身の粉薬こなぐすりがぶちまけられた。

「あああ、せっかく買った薬が……!」

 わたしにおおいかぶさったまま、女の子は悲痛な声を上げる。

「ご、ごごごめんなさい。その、わたし――」
「なんだぁ? さわがしいと思ったら、エリンじゃねえか」

 女の子の下敷きになったまま謝っていると、扉の奥からグレガノさんが顔を覗かせた。

「お前、まだこの辺をほっつき歩いていたのか? さっさとどっかに行け」

 彼は吐き捨てるように言ったあと、乱暴に扉を閉める。
 荒々あらあらしい音に、わたしは思わず身をちぢこまらせた。

「うわぁ……この薬、まだ使えるでしょうか。すなが混ざってそうですが、り分ければどうにか……!」

 そんな中、女の子はわたしの上からい下りて、地面に散らばった薬を必死にかき集めていた。
 混乱しているのか、粉薬と砂を選り分けるなどというよくわからないことを口走っている。

「あ、あの、どなたか体調が悪いんですか……?」

 わたしも起き上がって、おずおずと尋ねた。
 扉の前に陣取じんどっていた以上、こちらにも非があるし、申し訳ない気持ちでいっぱいだ。

「は、はい……実はここ数日、親友が高熱に苦しんでいて。アルバイトでめたお金で、ようやく薬を買えたんですが……」

 砂と薬が混ざったものをかき集めながら、女の子はそう言葉を返す。
 そういえば、熱冷ましの薬がどうこう聞こえたっけ。
 でも、熱冷ましの薬にしては、この匂い……。

「……ちょっと、失礼」

 違和感いわかんを覚えたわたしは、袋の中にわずかに残っていた薬を手に取り、少しだけめてみた。

「……主成分はゴールデンリーフにパープルアイ。それにグリーンオリーブも少量入っているけど、スイートリーフの配合量が明らかに少ない。たぶん、規定量の半分以下。これじゃ、すごく苦いだけで熱冷ましとしての効果はうすい」
「え?」

 スイートリーフはその名のとおりあまい葉っぱで、料理にも使う一般的な植物だ。薬として用いるのは根っこの部分。根には甘味かんみ成分が濃縮のうしゅくされており、それは葉の数十倍に達する。
 その甘さたるや、根っこをせんじて粉末にした場合、すぐさま鼻に届くほどに強烈きょうれつだ。
 それがまったく感じられないなんて、どう考えてもおかしい。スイートリーフの使用量が極端に少ないか、もしくは配合されていない可能性すらある。
 わたしならこんなミスはしない。この薬はエルトナか、あのマリエッタさんが作ったのかな。

「……あの、もしかして薬の成分がわかるんですか?」
「へっ? いえ、これはその……」

 集中して材料を分析していたところに声をかけられ、わたしはあわてふためいた。

「『ハーランド工房』の工房長さんともお知り合いのようですし……、まさか、あなたは薬師だったりするのでは!?」
「い、一応薬師ですが、今は失業した身でして……」
「お願いします! ぜひうちに来てください! あ、私はクロエって言います!」
「は、ははぁ。クロエさん。わたしはエリンと申します……って、わわわ!?」

 自己紹介もそこそこに、クロエさんはわたしの手をつかむとぐいぐい引っ張って走り出した。
 ちょ、ちょっとちょっと。わたし、どこに連れていかれるの!?


 わたしがクロエさんに連れてこられたのは、城下町のはずれにある二階建ての建物だった。

「あ、あの、ここ、どこですか? さっきの食堂じゃないですよね……?」
「食堂? ……ああ、お客さんでしたか。あそこはただのアルバイト先ですよ。どうぞ、上がってください!」

 クロエさんにうながされるがまま、わたしは建物へ足を踏み入れた。
 たなには小物や道具が置いてある。部屋の間取りを見た限り、ここはもともと薬師工房のようだった。
 そういえば、父が亡くなるまではこうした小さな工房が街の至るところにあった覚えがある。
 ただ、グレガノさんが『ハーランド工房』を引き継いでからは、利益独占どくせんのために、他の工房に圧力をかけて潰していったと聞く。
 ここは、その被害にったお店の一つなのかな。

「あ、あの、クロエさん、このお店、薬師工房のようですけど……」
「そうなんですよー。ミラベルさんが買い取ってくれたんですが、まだ開店準備はおろか、国に開業の申請しんせいすらしていなくてー。ミラベルさん、今も部屋で寝てるんでしょうか」

 そう言いながら、クロエさんは腰に手を当ててお店の中を見渡す。
 そこかしこにほこりが積もっているものの、棚の上の道具だけは新品のようだった。

「あの、この街で薬師工房を立ち上げるのは、やめておいたほうがいいかも……」
「え?」
「い、いえ。なんでもないです。ごめんなさい」

 思わず忠告したものの、声が小さすぎてクロエさんには届かなかったらしい。
 聞き返してきた彼女にとっさに謝り、わたしはうつむいてしまった。

「マイラは寝込んでしまうし、雇うはずだった薬師さんには逃げられてしまうし。もう踏んだりったりなんですよー」

 そんなわたしを気にすることなく、クロエさんは困った顔のままカウンターを通り抜けた。
 そして、その奥の階段の下で足を止める。

「あ。熱を出しているのがそのマイラって子で、今は部屋で寝ているんです。こっちですよ」

 振り向いてそう言ってから、クロエさんは階段を上り始めた。
 ……どうやら彼女、こちらが聞かなくてもいろいろと答えてくれる、おしゃべり好きなタイプのようだ。
 人見知りのわたしからすれば、付き合いやすい相手かもしれない。

「昔わずらった熱病の後遺症こういしょうで、マイラはときどき熱を出すんですよ。普段は元気いっぱいなんですけど」

 そんな説明を聞きながら二階へ上がったわたしは、一番手前の部屋へ案内された。
 部屋の中にはベッドが置かれていて、赤髪の少女が横たわっていた。
 どこかあどけなさが残る顔立ちだ。わたしより年下だろうか。

しおりを挟む
感想 3

あなたにおすすめの小説

初夜に暴言を吐いた夫は後悔し続ける──10年後の償い【完結】

星森 永羽(ほしもりとわ)
恋愛
王命により、辺境伯ロキアのもとへ嫁いだのは、金髪翠眼の美しき公爵令嬢スフィア。 だが、初夜に彼が告げたのは、愛も権限も与えないという冷酷な宣言だった。噂に踊らされ、彼女を「穢れた花嫁」と罵ったロキア。 しかし、わずか一日でスフィアは姿を消し、教会から届いたのは婚姻無効と慰謝料請求の書状──。 王と公爵の怒りを買ったロキアは、爵位も領地も名誉も奪われ、ただの補佐官として生きることに。 そして十年後、運命のいたずらか、彼は被災地で再びスフィアと出会う。 地位も捨て、娘を抱えて生きる彼女の姿に、ロキアの胸に去来するのは、悔恨と赦しを乞う想い──。 ⚠️本作はAIの生成した文章を一部に使用しています。

お前は家から追放する?構いませんが、この家の全権力を持っているのは私ですよ?

水垣するめ
恋愛
「アリス、お前をこのアトキンソン伯爵家から追放する」 「はぁ?」 静かな食堂の間。 主人公アリス・アトキンソンの父アランはアリスに向かって突然追放すると告げた。 同じく席に座っている母や兄、そして妹も父に同意したように頷いている。 いきなり食堂に集められたかと思えば、思いも寄らない追放宣言にアリスは戸惑いよりも心底呆れた。 「はぁ、何を言っているんですか、この領地を経営しているのは私ですよ?」 「ああ、その経営も最近軌道に乗ってきたのでな、お前はもう用済みになったから追放する」 父のあまりに無茶苦茶な言い分にアリスは辟易する。 「いいでしょう。そんなに出ていって欲しいなら出ていってあげます」 アリスは家から一度出る決心をする。 それを聞いて両親や兄弟は大喜びした。 アリスはそれを哀れみの目で見ながら家を出る。 彼らがこれから地獄を見ることを知っていたからだ。 「大方、私が今まで稼いだお金や開発した資源を全て自分のものにしたかったんでしょうね。……でもそんなことがまかり通るわけないじゃないですか」 アリスはため息をつく。 「──だって、この家の全権力を持っているのは私なのに」 後悔したところでもう遅い。

「君は有能すぎて可愛げがない」と婚約破棄されたので、一晩で全ての魔法結界を撤去して隣国へ行きます。あ、維持マニュアルは燃やしました。

しょくぱん
恋愛
「君の完璧主義には反吐が出る」――婚約者の第一王子にそう告げられ、国外追放を命じられた聖女エルゼ。彼女は微笑み、一晩で国中の魔法結界を撤去。さらに「素人でも直せる」と嘘を吐かれた維持マニュアルを全て焼却処分した。守護を失いパニックに陥る母国を背に、彼女は隣国の軍事帝国へ。そこでは、彼女の「可愛くない」技術を渇望する皇帝が待っていた。

【完】あの、……どなたでしょうか?

桐生桜月姫
恋愛
「キャサリン・ルーラー  爵位を傘に取る卑しい女め、今この時を以て貴様との婚約を破棄する。」 見た目だけは、麗しの王太子殿下から出た言葉に、婚約破棄を突きつけられた美しい女性は……… 「あの、……どなたのことでしょうか?」 まさかの意味不明発言!! 今ここに幕開ける、波瀾万丈の間違い婚約破棄ラブコメ!! 結末やいかに!! ******************* 執筆終了済みです。

『スキルなし』だからと婚約を破棄されましたので、あなたに差し上げたスキルは返してもらいます

七辻ゆゆ
恋愛
「アナエル! 君との婚約を破棄する。もともと我々の婚約には疑問があった。王太子でありスキル『完全結界』を持つこの私が、スキルを持たない君を妻にするなどあり得ないことだ」 「では、そのスキルはお返し頂きます」  殿下の持つスキル『完全結界』は、もともとわたくしが差し上げたものです。いつも、信じてくださいませんでしたね。 (※別の場所で公開していた話を手直ししています)

腹に彼の子が宿っている? そうですか、ではお幸せに。

四季
恋愛
「わたくしの腹には彼の子が宿っていますの! 貴女はさっさと消えてくださる?」 突然やって来た金髪ロングヘアの女性は私にそんなことを告げた。

婚約破棄された令嬢が記憶を消され、それを望んだ王子は後悔することになりました

kieiku
恋愛
「では、記憶消去の魔法を執行します」 王子に婚約破棄された公爵令嬢は、王子妃教育の知識を消し去るため、10歳以降の記憶を奪われることになった。そして記憶を失い、退行した令嬢の言葉が王子を後悔に突き落とす。

「君は完璧だから、放っておいても大丈夫」と笑った夫。~王宮から私が去ったあと「愛していた」と泣きついても、もう手遅れです~

水上
恋愛
「君は完璧だから、放っておいても大丈夫だ」 夫である王太子はそう笑い、泣き真似が得意な見習い令嬢ばかりを優先した。 王太子妃セシリアは、怒り狂うこともなく、静かに心を閉ざす。 「左様でございますか」 彼女は夫への期待というノイズを遮断し、離縁の準備を始めた。

処理中です...
本作については削除予定があるため、新規のレンタルはできません。

このユーザをミュートしますか?

※ミュートすると該当ユーザの「小説・投稿漫画・感想・コメント」が非表示になります。ミュートしたことは相手にはわかりません。またいつでもミュート解除できます。
※一部ミュート対象外の箇所がございます。ミュートの対象範囲についての詳細はヘルプにてご確認ください。
※ミュートしてもお気に入りやしおりは解除されません。既にお気に入りやしおりを使用している場合はすべて解除してからミュートを行うようにしてください。