追放薬師は人見知り!?

川上とむ

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1巻

1-2

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「マイラ、寝てるみたいですね。エリンさん、てもらっていいですか?」
「あっ、はい……」

 神妙しんみょうな顔つきのクロエさんに言われ、わたしはおずおずとベッドのそばに腰を下ろした。
 マイラさんのほおは赤く染まっており、呼吸もあらい。静かに首元にれてみると、脈が速く、明らかな熱を感じた。

「この症状しょうじょうは、やはり熱冷ましの薬が必要、ですね……」

 診断を下し、頭の中で必要な薬材を整理していく。
 解熱鎮痛剤げねつちんつうざいとして一番効果があるのはゴールデンリーフだけど、これは日の当たる森や草原に自生する植物。
 今からりに行く余裕はないし、薬材を取り扱うお店は城下町でも限られている。この時間だと、もうお店を閉めている頃かもしれない。
 次点でパープルアイ。こちらはごく一般的な花だから、花屋に行けばあると思う。
 さらにスイートリーフも必要だ。これも野菜として売っているし、八百屋やおやならどこでも買えるはずだ。
 街の中で手に入る薬材では、簡易かんい的な薬しか作れない。
 ただ、何もしないよりはマシだろう。

「そういえばこのお店、地下に倉庫があるんですよ。前の人が残していったのか、カラカラにかわいた木の根っことかなぞ瓶詰びんづめが並んでいて、不気味ぶきみな場所なんですが」
「……そこ、案内してください!」

 クロエさんの言葉に、思っていたより大きな声で返してしまった。わたしは反射的に自分の口を押さえる。
 そこはおそらく、このお店の薬材倉庫だ。
 もしかしたら、使える薬材が残っているかもしれない。

「いいですよ! こっちです!」

 クロエさんはマイラさんの部屋を出て、どたどたと階段を下りていく。
 彼女についていくと、カウンター奥にある調合室らしき部屋に通された。
 階段下のデッドスペースを利用した調合室には窓がなく、日光がまったく入らない。

「こっちです。一度だけ中を見てみたんですが、気味が悪くてすぐに閉めてしまいました」

 クロエさんは近くのランプに火をともすと床の扉を開ける。
 渡されたランプを手に、わたしは中を覗き込んだ。
 扉を開けてすぐのところに木製のはしごがあり、その先に人一人がやっと立てそうな広さの床が見える。
 周囲は、無数の棚や木箱でくされていた。
 わたしは慎重しんちょうにそこへ下りて、あたりを見渡す。
 目線より少し高いところに、乾燥かんそうさせた木の根が何本も吊るされていた。
 近くの棚には瓶詰めの木の実がところせましと並んでいる。

「おお……あれはジャールの根。こっちにはグリーンオリーブが……!」

 数年間は放置されたとおぼしき場所だけど、予想以上に薬材が残っているようだ。
 想像以上の収穫しゅうかくに、わたしは興奮してしまった。

「やっぱり、薬師さんにはわかるんですねー……この緑色の、お薬の材料なんですか?」
「ひぃっ」

 近くにあったグリーンオリーブの瓶詰めを手に取っていると、すぐ隣で声がした。
 そちらを見ればクロエさんがはしごに腰かけ、興味深そうな視線を向けている。

「そ、そうです。高い木の上にできる実で、採取が大変で……」

 わたしは視線を泳がせながら説明し、そっと距離を取ろうとした。
 けれど地下倉庫が狭いせいで、それはかなわなかった。
 ……ち、近い。それにクロエさん、なんかいい匂いがする。

「じゃあ、ここにある材料だけでお薬が作れちゃったりします?」

 動揺するわたしに気づくことなく、クロエさんは胸の前で両手を合わせ、期待に満ちた目でこちらを見つめてきた。

「そ、それは無理です。足りない材料があるので、お店で買ってこないと」
「じゃあ、行ってきますよ! 何が必要ですか?」

 クロエさんはキラキラの笑顔を見せ、メモ用紙を取り出した。

「えっと……、まず、花屋さんでパープルアイを買ってきてください。その、できれば植木鉢うえきばちえられたものがいいです。それと、八百屋さんでスイートリーフもお願いします」
「スイートリーフって、料理に使う甘い葉っぱですよね?」
「は、はい。そっちは根っこがついたものをお願いします」
「根っこつきでいいんですか? 新鮮しんせんさをアピールするために根っこをつけたまま売っていることもありますが、料理だとてちゃう部分ですよ?」
「や、薬材にはその根っこを使うので。よろしくお願いします」
「わっかりました! それじゃ、ちゃちゃっと行ってきますね!」

 わたしが説明し終わると、クロエさんはメモをポケットにしまい、地下倉庫を飛び出していった。
 ……本当に元気な人だ。
 倉庫から出たわたしはクロエさんの帰りを待ちながら、お店の道具を借りて調合準備を進めることにした。

「ようやく一人になれたし、今のうち、今のうち……」

 調合室に備えつけられた水道設備が生きていたので、まずはおけに水をめる。
 続いて薬を煎じるための土瓶どびんにも水を入れて、火にかけた。
 お湯がくのを待つ間、倉庫から持ってきたジャールの根とグリーンオリーブを、自前の薬研で粉にしていく。
 ……誰にも邪魔されない、調合の時間が一番好きだ。
 グレガノさんに理不尽りふじんおこられても、エルトナの失敗の尻拭しりぬぐいをさせられても、ステラさんに無視されても……
 薬を作り始めれば、周囲の声なんて聞こえない。
 嫌なことを全部わすれて、自分だけの世界に入ることができる。調合作業、最高。
 薬材たちよ、わたしが数年ぶりに命をき込んであげましょう――

「……うん? クロエ、帰っていたのか?」
「ひょえっ!?」

 作業に没頭ぼっとうしかけたタイミングで背後から声がかかり、わたしは悲鳴を上げた。

「い、いいいえ! その、クロエさんはですね……!」
「……うん? 誰だ、お前は」

 うろたえながら振り返ると、するどい目つきの女性が立っていた。見た目は二十代前半といったところだ。
 着古きふるしたチュニックとズボンを身につけていて、一見すると男性のようだ。
 腰ほどまである金髪が、ところどころねている。
 お店の入口が開いた気配はしなかった。この人はどこから現れたのだろう?

「うちの工房に無断で入り込むとは……、あやしいヤツめ」

 そんなことを考えていた矢先、女性はわたしをにらみつけ、腰の剣を抜き放った。
 まるでかがみのように磨き抜かれた剣身に、わたしの姿がうつっている。
 三つ編みにしている深緑色の髪は手入れがき届かず、あちこちがほどけかけだ。
 青色の瞳の下にはクマができていて、顔色も悪い。身につけている割烹着もボロボロだった。
 これは、不審者だと思われても仕方がない。
 ……もはや、現時点で取れる行動は一つだけだ。
 わたしはその場にひざをつき、全力で土下座どげざした。
 そして、できるだけ大きな声で叫んだ。

「ど、どうか、命だけは! 命だけはお助けください。これには深い事情がありまして……!」

『ハーランド工房』では土下座させられることなんて日常茶飯事にちじょうさはんじだったし、これくらい慣れている。

「……頭を下げなくていい。言っておくが、ここにはるようなものはないぞ?」

 どうやら、わたしは泥棒どろぼう勘違かんちがいされているらしい。

「え? あの、わたしは泥棒ではなくてですね」
「違うのか? それならば、何をしにやってきた?」
「えっと、そのですね。あの……」

 必死に声を出そうとするも、頭の中をいろいろな単語が駆け巡るだけで、うまく言葉をつむげない。
 ど、どうしよう。このままだとごうやされて、あの剣でバッサリと……

「ただいま戻りましたー! エリンさん、頼まれた材料、買ってきましたよー!」

 最悪な考えが頭をよぎった時、底抜けに明るい声がした。
 調合室の外から、クロエさんがひょこっと顔を出した。

「えーっと、これはどういう状況です……?」

 部屋の中に広がる光景を見て、クロエさんは固まっている。
 剣を抜いた女性と、その前で土下座し、あせを流すわたし。
 彼女が混乱するのも無理はない。

「……クロエ、それはこっちの台詞せりふだ。こいつはお前の知り合いなのか? 説明してくれ」

 女性がため息をついて剣をさやおさめる。それを確認して、わたしもおずおずと上体を起こした。

「こちらの方は、私がお連れしたんですよ、ミラベルさん。エリンさん、このたびはうちのオーナーが大変失礼をいたしました」

 クロエさんはそう言いながら、手を取って立ち上がらせてくれた。

「失礼も何も……私に話を通していないクロエにも非があると思うが」
「私も気が動転してたんですよー。それにミラベルさん、寝てたでしょう。あ、エリンさん、こちらはミラベルさん。この建物のオーナーです」
「は、はぁ、オーナーさん……えっと、エリン・ハーランドと申します」

 紹介されたオーナーさんと視線を合わせられないまま、わたしは自己紹介じこしょうかいをした。

「ミラベル・ラステルクだ。この店のオーナーで、見てのとおり剣士をしている。驚かせて悪かったな」

 ミラベルさんが握手あくしゅを求めてくる。その手は握り返せたものの、やはり目は合わせられない。

「……声が小さいのはいいとして、せめて握手をする相手の目は見ろ」
「す、すみません。わたし、人見知りなもので……目を合わせるのが、苦手で」
「人見知り……?」

 正直に答えると、ミラベルさんは呟くように言って首をかしげた。

「まぁ、いいだろう。それでクロエ、こいつはどうしてここにいる?」
「ふっふっふー。それがですねぇ。実はこのエリンさん、凄腕すごうでの薬師さんなんですよ! 粉薬をめただけで成分を言い当てちゃったんです!」

 ミラベルさんが問うと、クロエさんは嬉しそうにわたしを見た。

「ほう。つまり、が工房の新しい薬師候補こうほとして連れてきたわけか」
「そうです! 今は、マイラのために熱冷ましの薬を作ってくれてるんですよ!」

 ……はい? 
 薬は作ってるけど、新しい薬師候補とはなんですか? 初耳なんですけど。

「なるほどな……では、お手並み拝見といこう」
「はい! エリンさん、頼まれていたパープルアイと、スイートリーフです!」

 理解が追いつかないでいるうちに、クロエさんが右手に持っていた袋をわたしの胸に押しつけてきた。

「あ、ありがとうございます……えっと、それでは調合作業に入ります……」

 いろいろと思うところはあった。けれど、わたしはその場の空気に流されるがまま、薬研へ向き直る。
 できることなら一人で作業したいけど……それは無理そうだ。
 クロエさんたちには部屋を出ていく気配がなく、背中に視線をひしひしと感じる。自分の手が震えているのがわかった。
 わたしは覚悟を決めると、薬研に残っていたジャールの根とグリーンオリーブを手早く粉にし、それを別の薬皿に移した。
 それから植木鉢のパープルアイを袋から取り出す。
 このパープルアイ、まるで大きな瞳に見えるむらさき色の花を咲かせることが名前の由来で、野生やせいのものは木に巻きついて成長していく。え木をすればくるくると可愛らしくつるを伸ばすので、鑑賞かんしょう用の花として人気が高い。
 でも、薬材に使うのは根っこの部分。花もくきもいらないので、すべてちぎってしまう。


「ああ……綺麗な花だったのに」

 ……クロエさん、それは言わないで。わたしだって罪悪感がないわけじゃないから。
 背後から届く声を聞き流して、あらかじめ溜めておいた水を使って根っこを丁寧ていねいに洗い、水気をき取ってから薬研にかける。
 本来ならきちんと乾燥させるべきだけど、緊急時だからいたし方ない。

「これがお薬になるんですか? なんだか甘い匂いがしますけど」
「ひえっ」

 粉砕ふんさい作業をしていると、クロエさんがすぐ横にやってきた。興味津々きょうみしんしんに覗き込んでくる。

「こ、これは甘いのが特徴なんです。後味は少し苦いですが、他の薬材に比べて飲みやすいので、重宝ちょうほうされています」

 緊張しながらそう伝えると、クロエさんはうんうんと頷いた。
 一方のミラベルさんは腕組みをしたまま、背後からじっとわたしを見ている。
 ……視線が痛い。すごく怖い。
 そんな視線から逃げるように、わたしはスイートリーフに手を伸ばした。こっちも使うのは根っこの部分なので、くきや葉はさっさと取ってしまう。

「……エリン、その薬研はどうしたんだ?」
「はいっ!?」

 ミラベルさんに突然話しかけられ、妙な声が出た。

「こ、これは父の形見、です」
「お父上も薬師だったか。どこかの工房につとめていたのか?」
「あの、『ハーランド工房』……です。わたし、創業者そうぎょうしゃの娘で。今は追い出されましたが」
「ああ……そういえば家名が同じだったな。追い出されたとは、それはまたどうして」
「えっと、その、実はですね――」

 調合作業を続けながら、わたしはたどたどしくも身の上話をする。
 ミラベルさんは何を言うでもなく、静かに話を聞いていた。

「――というわけで、わたしは工房を追い出されてしまったんです」
「なるほどな。お前、なかなかに壮絶そうぜつな人生を歩んでいるな」
「そ、それは、なんとなく自覚しています。あ、熱冷ましの薬、できました」

 身の上話をしている間も手は勝手に動き、気がついたら薬の調合が終わっていた。

「見せてくれ」

 ミラベルさんが薬研の底に溜まった粉薬をわずかに手に取る。

「ふむ。粉も均一で見事なものだ。あの短時間でこれほどの薬を作るとは、クロエの言っていたことにいつわりはないようだな」
「あっ、ありがとうございます……」

 つい頭を下げた。められたのなんて、いつ以来だろう。

「しかし、これだけの腕前を持つ薬師を追い出すなんて、『ハーランド工房』の連中はアホなのか?」

 ……わたしに言われましても。たぶん、アホだとは思いますが。

「お薬もできましたし、マイラ、叩き起こしてきますね!」

 クロエさんは言うが早いか、階段を駆け上っていった。
 いやいや、叩き起こすって比喩ひゆだよね? 病人に対してそんな乱暴な……!
 そう考えた直後、ミラベルさんと二人きりになっていることに気づいた。緊張感が増す。

「量が少ない気もするが、これで一回ぶんなのか?」
「い、いえ。三回ぶんです。この薬は粉のままだと飲みにくいので、湯薬とうやくにします。とろみがあって、体も温まるので」

 わたしはそう説明しながら、いい塩梅あんばい沸騰ふっとうした土瓶のお湯に調合した薬を投入した。

「このまま煮出して、お湯が半分になったら煎じあがりです。スイートリーフのおかげで甘みも出るので、飲みやすいんですよ」
「そこまで水気を減らしてしまっていいのか? 味がくなりそうだが」
「むしろ、十分に加熱することが重要なんです。生煮なまにえだと副作用が強く出てしまって。スイートリーフだと、手足のしびれや筋肉痛です」
「……お前、薬の話になると饒舌じょうぜつになるな」
「へっ? いや、そんなことは……」

 苦笑しながら言われ、わたしは言葉に詰まった。
 沈黙ちんもくが訪れて、グツグツとお湯の沸く音だけが調合室にひびく。
 ……ち、沈黙がつらい。ここは何か話さなければ。

「あの、ミラベルさんも、薬師……なんですか?」
「うん?」

 わたしはしばし考えて、遠慮えんりょがちに尋ねてみた。

「あっ、違ったらすみません。薬について、知っているようでしたので」
「ああ……昔、少しかじったことがある程度だ。だが薬師免許も持っていないし、大したことはできない」

 すると、そんな言葉が返ってきた。
 なんだか言いにくそうにしているし、あまり触れられたくない話題なのかもしれない。
 長年グレガノさんたちの顔色をうかがって生きてきたわたしは、この手の微妙な表情の変化を敏感びんかんに読み取ってしまう。
 相手が言いたくないと察した以上、もう聞くことはできない。
 ……結局、その後は会話が途切れてしまった。
 わたしはなんとも言えない緊張感の中、無言で土瓶をかき混ぜ続けたのだった。


 やがて起きてきたマイラさんが調合室にやってきた。お薬を飲んでもらう。

「……甘いって聞いていたのに、ぜんぜん甘くない。うぇぇ」
「りょ、良薬りょうやくは口に苦しと言いますし、頑張って飲んでください……!」
「でもなんか、きそうな気がする。薬師さん、ありがとね」

 マイラさんは赤い顔でわたしにお礼を言うと、ふらつきながら部屋へ戻っていった。
 急いで作った薬だけど、きちんと飲んで一晩寝れば、熱は下がってくるはずだ。

「そ、それでは、わたしはこれで……」

 マイラさんを見送ったあと、わたしは急いで道具を片付けた。
 お役御免ごめんだろうし、これ以上居座っても迷惑がかかる。早急においとましよう。
 調合室を出ると、クロエさんとミラベルさんもついてきた。

「ちょっと待て」

 店の外へ向かう扉に手をかけた時、ミラベルさんに呼び止められた。
 わたしはおっかなびっくり振り返る。

「薬師エリン、お前の腕前を見込んで頼みがある」
「な、なんでしょう……? わたしの腕前なんて、その辺にいるスライムと同じくらいで……」
「よくわからないたとえで自分を卑下ひげするな。私たちはお前の腕を高く買っている。うちの専属薬師にならないか?」
「……はい?」

 思いもよらない提案に、わたしは耳を疑った。

「実は、近いうちにここで薬師工房を開こうと思っていてな。雇用こよう予定の薬師に逃げられて途方に暮れていたんだ。エリンが入ってくれるのなら、こちらとしても助かる」

 ミラベルさんは腰に手を当てて、店内を見渡す。わたしは反論を試みた。

「で、でも、新しい工房を開くと、『ハーランド工房』に目をつけられて潰されてしまいます。潰された工房、たくさん知っているので」
「あいつら、潰しに来るのか? はっはっは。上等じゃないか。なぁ、クロエ」
「そうですねー。あんなぼったくり工房、逆に私たちで潰しちゃいましょうよ」

 答えたクロエさんは笑顔だけど、声が笑っていない。
 法外ほうがいな値段で薬を買わされたうえに、あんな接客をされたら頭に来るのもわかるけど……こう勝負を挑むつもりなのかな。

「なぁに、心配するな。エリンの調合技術があれば、誰が相手でも負けはしないさ」

 反応に困っていると、ミラベルさんはまるでわたしの心を読んだかのように言った。

「寝ているマイラは事後承諾じごしょうだくでいいだろ。あいつにとって、エリンは薬を作ってくれた恩人おんじんなわけだし、感謝こそすれ、こばむことはないはずだ」
「そうですね!」
「そ、そうですかね……?」

 ニコニコ笑顔のクロエさんに思わずツッコむも、彼女の耳には届かなかったらしい。
 ミラベルさんがさらに言う。

「工房を追い出されたなら、今晩の宿も困っているんじゃないか? ここなら部屋が余っているぞ?」
「え、それはまぁ……困ってはいますけど」

 わたしの返事を聞いて、クロエさんが両手を合わせた。

「なら決まりですね! 掃除そうじも終わってますし、すぐに使えますよ!」
「ああ。今日から入居して構わない。うちの薬師として働いてくれるのなら、家賃やちんも不要だ」
「え、えっと。そのー、あのー」

 なんだかトントン拍子びょうしに話が進んでいく。わたしは意を決して手を挙げた。

「あ、あの! お気持ちはすごくありがたいんですが、一つだけ教えてください」
「いいだろう。なんでも聞いてくれ」
「どうして、行きずりのわたしを雇ってまで、この街で薬師工房を開きたいんですか。その……潰されるかもしれないのに」
「そうだな……この街の現状が我慢がまんならなかった、というのが理由かな」

 わたしの問いかけに、ミラベルさんはよどみなく答えてくれた。

「薬というものは、みんなに平等に与えられるべきものだろう? 一部の人間が独占してはいけないと思ったのさ」

 予想外にまっすぐな答えが返ってきて、わたしは目を見開いた。
 多少は薬の知識があると聞いていたけど、ミラベルさんは剣士のはずだ。
 それなのに、この人は『ハーランド工房』が支配する街の現状を変えようとしている。

「……さぁて、私の崇高すうこうな目的を知ったからには、が非でも協力してもらうぞ」

 ミラベルさんはニヤリと笑う。その笑顔に気圧けおされてしまい、わたしは頷くことしかできなかった。

「よしよし。これからよろしく頼むぞ、薬師エリン」
「こ、こちらこそ、よろしくお願いいたしまする……」

 深々と頭を下げたら、緊張で変な口調になってしまった。
 話が急すぎて頭の整理が追いつかない。
 とりあえず住む場所には困らなくて済みそうで、わたしは安堵あんどしたのだった。


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