追放薬師は人見知り!?

川上とむ

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第五部 薬師学校の先生になります!?

第19話『薬師、自習を見守る』

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 その翌日、最初の授業は自習となった。

 なんでも、ルシアン先生に急用ができたとかで、わたしは一人教室に残されている。

 わたし自身、めちゃくちゃ緊張しているけど……教室から出ていくわけにもいかない。

 教卓に座って、生徒たちが自習する様子を見守っていた。

「先生、ちょっと質問があるんですけど!」

「ひっ、は、はい。なんでしょうか」

 ……こんな感じに、時々質問されることはあるけれど、基本は自習。教室内は静かなものだった。

 定期的に教室を見渡して、手元の教科書をパラパラとめくる。

 今日は本来、効能学の授業なのだけど……ルシアン先生から渡された教科書の中身は全て知っていた。

 教科書を読むふりをしつつ、時間が過ぎるのを待つ。

「ねぇねぇ、フィオナっちー、ちょっと教えてほしいところがあるんだけど」

「えっ、あ……はい。どこでしょうか」

 すると、ナタリアさんがノートを手に、フィオナさんの席を訪れていた。

 先日の協力実習以来、二人は着実に仲良くなっているようだった。

 お昼休みの中庭で、肩を並べてお弁当食べているのを目撃したこともある。

 フィオナさんも少しずつ心を開いているようで、わたしも自分のことのように嬉しかった。

 苦手な調合も、少しずつだけど落ち着いてできるようになってきているし。全てが順調な気がした。

 ――来週には、エリン先生一人に授業を任せられるかもしれませんね。

 ルシアン先生はそう言ってくれたけど、まだまだ自信はない。

 現に、こうやって自習を見守るだけでも緊張しているし。なんとか慣れないと。

 ……そんなことを考えていると、フィオナさんの近くを歩いていたサンドラ様が羽ペンを落とした。

 南方の珍しい鳥の羽が使われているのか、鮮やかな青色をしている。

 さすが貴族。わたしたちが普段使っている水鳥の羽ペンとは、見た目の豪華さがまったく違う。

「あ、あの、落としましたよ」

 それを見たフィオナさんが席を立ち、羽ペンを拾い上げる。

「あ……さ、触らないでくださいっ」

 それに気づいた直後、サンドラ様はフィオナさんの手から羽ペンをひったくる。

「え、ちょっとサンドラ、フィオナっちに拾ってもらっておいて、その言い方はないんじゃない?」

 その様子を見ていたナタリアさんが声を荒らげる。

「あら、ナタリアさん、あなた準貴族のくせに、わたくしに意見するのですか?」

「いや、身分は学校じゃ関係ないし……拾ってもらったんならお礼言わないと。純粋にカッコ悪いよ?」

「なっ……!」

 気がつけば、先程までの和やかな空気は一変していた。

 サンドラ様とナタリアさんはお互いににらみ合い、二人を中心にピリピリとした空気が教室中に広がっていく。

 ナタリアさんの言うことももっともだし、サンドラ様も貴族のプライドがあるのか、どちらも譲らない。

 むしろ、平民のフィオナさんに頭を下げるという行為が、貴族のサンドラ様にとっては屈辱なのかもしれない。

「あ、あの、わたしは別に気にしていないので、ナタリアも落ち着いて……」


 そんな二人の間で、フィオナさんはオロオロとするばかりだった。

 というか、わたしも動揺しまくっている。

 こんな事態は初めてだし、背中に冷たい汗が大量に流れていた。

 この場を見守る教師として、なんとかしようと思いつつも……声が出なかった。

 わたしは必死に考える。

 そして思いついた方法を……即座に実行した。

 わたしは目の前にある教卓を、思いっきり押す。

 バランスを崩した教卓は前のめりに傾き……やがて轟音とともに床に倒れた。

 その音はわたしの予想をはるかに超えていて、場の空気が一気に凍る。

 それと同時に、生徒たちの視線が一斉にわたしへと集まった。

「す、すみません。勢いが良すぎて……自習、続けてください」

 わたしは平謝りをしつつ、自ら倒した教卓を必死に起こす。

 生徒たちはしばらく呆けていたけれど、何事もなかったかのように机に向かい始めた。

 めちゃくちゃ注目を浴びてしまったけど、場の空気を元に戻すことには成功したようだ。

 わたしは胸をなでおろし、再び自分の席に腰を落ち着かせたのだった。

 ◇

 ……そんな出来事のあとの昼休み。

 いつものように温室で昼食をとっていたわたしのもとに、フィオナさんとナタリアさんがやってきた。

「あれ、お二人とも、どうしたんですか」

 最近、フィオナさんはナタリアさんと一緒に中庭で昼食を食べていることが多い。

 二人が揃って温室に来るなんて、珍しいこともあるものだ。

「エリン先生、助けてくれてありがとうございました」

 その時、フィオナさんとナタリアさんは揃って頭を下げた。

「な、なんのことでしょうか」

 明らかに自習の時間のことを言っているのだろうけど、わたしは知らないフリをする。

「……あれ、フィオナっちの言ってたことと違うよ?」

 すると、ナタリアさんがいぶかしげな視線をフィオナさんに向けた。

「じ、自習の時、エリン先生、わたしたちの状況を見ていて、わざと教卓を倒しました、よね……?」

 フィオナさんは戸惑いながら、そう聞いてくる。

 どうやら彼女はわたしの行動も見ていたみたいだ。

「じ、実はそうなんです。その、ああやって注意を逸らせるくらいしか、できることが思い浮かばなくて。驚かせてしまって、すみませんでした」

 わたしは深々と頭を下げる。

「気にしなくていいと思うけどなぁ。あれはサンドラが全面的に悪いんだし」

 ナタリアさんは唇を尖らせ、不満を隠さずに言う。

 授業中もそうだったけど、ナタリアさんはサンドラ様を呼び捨てにしていた。

「あの、ナタリアさん、さすがに貴族様は敬称をつけたほうがいいかと……」

 同じことを思っていたのかフィオナさんはおずおずとそう口にする。

「もちろん、状況によってわきまえるよ? でも学校にいる間は身分とか関係ないし」

 ナタリアさんはあっけらかんと言い、その場でくるりと一回転する。

 生徒は学業の名のもとに平等で、校内では身分は関係ない……この王立薬師学校の理念だ。

「だからフィオナっちも平民だからって萎縮せず、あたしのことを好きに呼んでくれていいんだよっ。おすすめはネティ!」

 言いながら、ナタリアさんは思いっきり肩を寄せていた。フィオナさんは明らかに戸惑っている。

 すっかり仲良くなっているみたいで、何よりだった。

 まぁ、ナタリアさんが一方的に……という気がしないでもないけど。

「それで、フィオナっちはエリン先生に相談があって来たんだよね」

 そんなことを考えていた矢先、ナタリアさんがフィオナさんを見ながら言った。

「え、相談ですか」

 相談という単語に、わたしは背筋が伸びる。

「は、はい。実はわたし……サンドラ様とお友達になりたくて」
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