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第三部 夏の思い出を作りに行きます!?
第21話『薬師、夏の終わりに花火を楽しむ』
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レリックさんに助けられて窮地を脱したわたしは、すぐに皆のもとへ戻り、事の次第を報告した。
その後は結構な騒ぎとなり、フランティオ工房が引き起こした今回の事件は、すぐさま伯爵様の耳に入ることになった。
伯爵様はその日のうちに、指揮下にあるという自警団に指示を出し、あっという間にフランティオ兄弟を捕らえてしまった。
「……この度は、我が愚息たちが大変ご迷惑をおかけいたしました」
その翌日になって、兄弟の父親という男性がノーハット邸へ謝罪に訪れた。
わたしや伯爵様に深々と頭を下げる彼は、その年齢以上に痩せて見えた。
「……状況が状況である。長年街に尽くしてくれている工房と言えど、処分は免れん。わかっておるだろうな」
「はい。いかなる処分も、謹んでお受けいたします」
伯爵様の言葉に、男性は今一度深々と頭を下げる。
結局、彼らの工房はお取り潰しこそ免れたものの、伯爵様から渡された補助金と、ここ一月の間の売上を全て没収された上、罰金も支払う羽目になった。
それに加えて、事件の元凶となった兄弟の薬師免許は取り消し。一度は工房長の立場を譲ったはずの父親が、再びその座につくことになった。
「薬師様にも、ご迷惑をおかけしました。どうかお許しください」
「あ、いえそんな……お気になさらず……」
「そうは参りません。それに、その若さで伯爵様の随伴薬師とは。我が愚息たちに爪の垢を煎じて飲ませてやりたい」
「い、いえいえ、本来伯爵様の随伴薬師はわたしではなく、エドヴィンさんで……」
もう一度頭を下げ、謝罪の言葉を口にする男性を前に、わたしは胸の前でわたわたと両手を振ることしかできなかった。
逮捕されたフランティオ兄弟の証言によってレリックさんの無実も証明されたわけだし、わたしにとってはそれで十分だった。
◇
食中毒事件が解決してからは、平穏な日々が続いた。
時々スフィアやクロエさんたちに表に引っ張り出されることもあったけど、それまでの出来事に比べれば些末なことだった。
そして海辺の街ポルティア、滞在最終日。
今日は浜辺でノーハット伯爵様主催の花火大会が催されることになっていて、わたしたちは朝からその準備に追われた。
夕方頃になるとその準備も終わり、ようやく一息つく。
「あのふわふわした白いものはなんでしょうか。綿のようにも見えますが、食べ物でしょうか」
その時、いくつか出ていた屋台の一つを見ながら、スフィアが目を輝かせる。
「あ、あれはワタアメですね。砂糖を使ったお菓子で、甘くておいしいんですよ」
その様子を微笑ましく見たあと、わたしは彼女にそう教えてあげた。
「そうなんですね……エリン先生、あとで買いに行きましょう! あ、向こうのイカ焼きも気になります!」
「ちょ、ちょっとスフィア、落ち着いて。屋台は逃げませんよ」
「はは、珍しい屋台ばかり呼びましたからね。目移りするのもわかります」
わたしの手を取って、今にも駆け出しそうなスフィアを制止した直後、聞き覚えのある声がした。
顔を向けると、そこにはレリックさんが立っていた。大きな木箱を抱えていて、中には黒い球体がいくつも入っている。
「それ、花火ですか」
「ええ。正直なところ、処分に困っていたので。今回の花火大会は本当にありがたい限りです」
箱の中身に視線を落としながら、レリックさんが言う。
「は、花火を打ち上げるには専用の発射台が必要だと言っていましたが、手配できたんですか」
「はい。ノーハット家の別荘の倉庫に、古い発射台が保管されていまして。定期的に手入れはされていたようで、安全性に問題はないかと」
気になって尋ねてみると、レリックさんは少し離れた場所に視線を送る。そこには筒状の道具がいくつも並んでいた。
よくわからないけど、あれを使って花火を打ち上げるのだろう。
「あ、エリンさんとスフィアちゃん発見ー」
そんなことを考えていた矢先、背後から声をかけられる。振り返ると、そこにはマイラさんとクロエさんの姿があった。
「せっかくだし、皆で屋台回ろうよ! 食べ物だけじゃなく、なんかゲームもあるみたいだし!」
「ゲームですか!? エリン先生、一緒に遊びましょう!」
「わ、わわわ」
返事をするよりも早く、スフィアはわたしの手を取って駆け出す。
段々と人も集まってきているし、この中に突っ込むの!?
わたしも多少は人見知りを克服しつつあると自負しているけど、この人数は多すぎる。
もう踊りだしてる人とかいるし、陽キャオーラがすごい……わあぁぁぁーー!
◇
その後、皆で日が暮れるまでゲームや屋台を楽しんでいると……やがて花火が始まった。
天高く打ち上げられた球体が夜空で炸裂するさまは、まさに色とりどりの花が咲き乱れているようで、息を呑む美しさがあった。
「姉さん、きれいだね」
「そうね。お屋敷からも見えたでしょうけど、ここだと迫力が違うわ。外に出てきて正解だったでしょう?」
「うん。エリンさんが作ってくれた薬のおかげだね」
人々が集まった浜辺から少し離れた場所に広めの土地が用意されていて、わたしたちはオリヴィア様やイアン様たちと一緒に、そこから花火を鑑賞していた。
伯爵様も同席しているのではじめは緊張していたけど、それを感じなくなるくらい見事な花火だった。
「なんで色が違うのかな。絵の具でも混ぜてるの?」
夜空に咲く七色の花を見入っていると、隣のマイラさんがそんな疑問を口にした。
「え、絵の具じゃないです。その、火薬に混ぜるものによって、色が変わるんですよ。炎色反応というのですが」
「へー、エリンさん、よく知ってるね」
「ほ、本で読みまして。薬の調合と基本は似ていますし。楽しそうだなぁと。あ、花火の調合のほうが、圧倒的に危険ではありますけど」
「ほう。これは来年の花火は薬師殿に調合を頼むことになるかもしれぬな」
「ええっ、伯爵様、さすがにそれは……工房を吹き飛ばしたくはないので、ぜひレリックさんから購入してください」
わたしが思わず叫ぶと、周囲は笑い声に包まれる。
身分の差はあれど、その場にいる誰もが、花火を見ながら笑っていた。
――色々なことがあった夏が、この花火を境に終わっていく。そんな気がした。
追放薬師は人見知り!? 第三部・完
その後は結構な騒ぎとなり、フランティオ工房が引き起こした今回の事件は、すぐさま伯爵様の耳に入ることになった。
伯爵様はその日のうちに、指揮下にあるという自警団に指示を出し、あっという間にフランティオ兄弟を捕らえてしまった。
「……この度は、我が愚息たちが大変ご迷惑をおかけいたしました」
その翌日になって、兄弟の父親という男性がノーハット邸へ謝罪に訪れた。
わたしや伯爵様に深々と頭を下げる彼は、その年齢以上に痩せて見えた。
「……状況が状況である。長年街に尽くしてくれている工房と言えど、処分は免れん。わかっておるだろうな」
「はい。いかなる処分も、謹んでお受けいたします」
伯爵様の言葉に、男性は今一度深々と頭を下げる。
結局、彼らの工房はお取り潰しこそ免れたものの、伯爵様から渡された補助金と、ここ一月の間の売上を全て没収された上、罰金も支払う羽目になった。
それに加えて、事件の元凶となった兄弟の薬師免許は取り消し。一度は工房長の立場を譲ったはずの父親が、再びその座につくことになった。
「薬師様にも、ご迷惑をおかけしました。どうかお許しください」
「あ、いえそんな……お気になさらず……」
「そうは参りません。それに、その若さで伯爵様の随伴薬師とは。我が愚息たちに爪の垢を煎じて飲ませてやりたい」
「い、いえいえ、本来伯爵様の随伴薬師はわたしではなく、エドヴィンさんで……」
もう一度頭を下げ、謝罪の言葉を口にする男性を前に、わたしは胸の前でわたわたと両手を振ることしかできなかった。
逮捕されたフランティオ兄弟の証言によってレリックさんの無実も証明されたわけだし、わたしにとってはそれで十分だった。
◇
食中毒事件が解決してからは、平穏な日々が続いた。
時々スフィアやクロエさんたちに表に引っ張り出されることもあったけど、それまでの出来事に比べれば些末なことだった。
そして海辺の街ポルティア、滞在最終日。
今日は浜辺でノーハット伯爵様主催の花火大会が催されることになっていて、わたしたちは朝からその準備に追われた。
夕方頃になるとその準備も終わり、ようやく一息つく。
「あのふわふわした白いものはなんでしょうか。綿のようにも見えますが、食べ物でしょうか」
その時、いくつか出ていた屋台の一つを見ながら、スフィアが目を輝かせる。
「あ、あれはワタアメですね。砂糖を使ったお菓子で、甘くておいしいんですよ」
その様子を微笑ましく見たあと、わたしは彼女にそう教えてあげた。
「そうなんですね……エリン先生、あとで買いに行きましょう! あ、向こうのイカ焼きも気になります!」
「ちょ、ちょっとスフィア、落ち着いて。屋台は逃げませんよ」
「はは、珍しい屋台ばかり呼びましたからね。目移りするのもわかります」
わたしの手を取って、今にも駆け出しそうなスフィアを制止した直後、聞き覚えのある声がした。
顔を向けると、そこにはレリックさんが立っていた。大きな木箱を抱えていて、中には黒い球体がいくつも入っている。
「それ、花火ですか」
「ええ。正直なところ、処分に困っていたので。今回の花火大会は本当にありがたい限りです」
箱の中身に視線を落としながら、レリックさんが言う。
「は、花火を打ち上げるには専用の発射台が必要だと言っていましたが、手配できたんですか」
「はい。ノーハット家の別荘の倉庫に、古い発射台が保管されていまして。定期的に手入れはされていたようで、安全性に問題はないかと」
気になって尋ねてみると、レリックさんは少し離れた場所に視線を送る。そこには筒状の道具がいくつも並んでいた。
よくわからないけど、あれを使って花火を打ち上げるのだろう。
「あ、エリンさんとスフィアちゃん発見ー」
そんなことを考えていた矢先、背後から声をかけられる。振り返ると、そこにはマイラさんとクロエさんの姿があった。
「せっかくだし、皆で屋台回ろうよ! 食べ物だけじゃなく、なんかゲームもあるみたいだし!」
「ゲームですか!? エリン先生、一緒に遊びましょう!」
「わ、わわわ」
返事をするよりも早く、スフィアはわたしの手を取って駆け出す。
段々と人も集まってきているし、この中に突っ込むの!?
わたしも多少は人見知りを克服しつつあると自負しているけど、この人数は多すぎる。
もう踊りだしてる人とかいるし、陽キャオーラがすごい……わあぁぁぁーー!
◇
その後、皆で日が暮れるまでゲームや屋台を楽しんでいると……やがて花火が始まった。
天高く打ち上げられた球体が夜空で炸裂するさまは、まさに色とりどりの花が咲き乱れているようで、息を呑む美しさがあった。
「姉さん、きれいだね」
「そうね。お屋敷からも見えたでしょうけど、ここだと迫力が違うわ。外に出てきて正解だったでしょう?」
「うん。エリンさんが作ってくれた薬のおかげだね」
人々が集まった浜辺から少し離れた場所に広めの土地が用意されていて、わたしたちはオリヴィア様やイアン様たちと一緒に、そこから花火を鑑賞していた。
伯爵様も同席しているのではじめは緊張していたけど、それを感じなくなるくらい見事な花火だった。
「なんで色が違うのかな。絵の具でも混ぜてるの?」
夜空に咲く七色の花を見入っていると、隣のマイラさんがそんな疑問を口にした。
「え、絵の具じゃないです。その、火薬に混ぜるものによって、色が変わるんですよ。炎色反応というのですが」
「へー、エリンさん、よく知ってるね」
「ほ、本で読みまして。薬の調合と基本は似ていますし。楽しそうだなぁと。あ、花火の調合のほうが、圧倒的に危険ではありますけど」
「ほう。これは来年の花火は薬師殿に調合を頼むことになるかもしれぬな」
「ええっ、伯爵様、さすがにそれは……工房を吹き飛ばしたくはないので、ぜひレリックさんから購入してください」
わたしが思わず叫ぶと、周囲は笑い声に包まれる。
身分の差はあれど、その場にいる誰もが、花火を見ながら笑っていた。
――色々なことがあった夏が、この花火を境に終わっていく。そんな気がした。
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